第9話

 淡い蝋燭ろうそくあかりに照らされたテーブルには、晩餐ばんさんの用意がすっかり整っている。食材、調理法、食器の選択、燭台しょくだいの位置に至るまで、全てが僕の指示通りひとつも欠けていない。僕は深い満足を覚えながら、上座かみざに腰を下ろす。


「お父様、食前酒にしてはつよぎやしませんか」

 お父様は先程から、スコッチ・ウイスキーを何杯も重ねている。

「そんな強いお酒を飲んだら、せっかくの料理を味わうことが出来なくなるでしょう」

「……味わうなど、私には到底とうてい出来ない。あんな――あんな臭気しゅうきと、おぞましさの中では」

「何をおっしゃるんです。お父様にとっては、血を分けた息子ではありませんか。僕と同様どうように、深く愛して下さるのが道理どうりというものですよ」


 時計の針が午後8時を刻み、まもなく〝あれ〟がやってくる。

 僕はよろこびに身を震わせながら、正面しょうめんの扉を見詰めた――。


(了)

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異形 咲月 青(さづき あお) @Sazuki_Ao

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