ブラックにする? ホワイトにする? それとも───カフェオレ? 3




 わけがわからないと首を傾げて見せると、どうしてか痛ましいものを見るような、憐憫の色を灯した眼差しを向けられた。


 〈あの……?〉

 「すみません……急に魂が割れているだなんて言われても困っちゃますよね。ええ、ご説明します。だから、うん───、」


 もし傷つけたらごめんね、と。ひとりごちるように詫び言が零される。

 声はなかった。口唇こうしんの動きだけで目の前の相手はそう告げて、目を伏せる。ないはずの音調を、けれど脳が処理したところで、落とした視線を再度上げた気配がした。


 〈……ぇ?〉


 そこにはもう、

 自らを採用担当係であると名乗りながら、面接官らしい立場にあるにもかかわらずとても親しみやすい───もはや馴れ馴れしいまであった───あたたかな雰囲気を纏っていた人物が忽然と消えた。それらすべてがあの一瞬で霧散し、罪悪感に塗れた表情も、憂いを帯びた瞳の色も失せている。

 スイッチが切り替わったようにあっという間だった。

 ロアが座っていた椅子に、一切の感情を刮ぎ落とした得体の知れない存在が代わりに座していた。ゆったりと、パイプ椅子をまるで玉座か神座のようにして。

 


 「魂が割れているというのは、貴方の状態そのものを指します」


 男女どちらともつかぬ声は相変わらずだったが、加えて声音には熱量がない。冷ややかな鋼のように無機質な声。


 「通常、人間は死ぬと解脱げだつ───身体という肉の器を脱ぐ作業ですね───状態に入りますが、貴方の場合はその過程で問題が発生しています」


 まるで別人。

 淡々と事務的に喋るそれは、流暢に話すよう調整された自動音声のようにすら聞こえてしまう。


 「と、宗教用語を交えて話したところで理解が得づらいことをいましがた理解しましたので、現代人である貴方からも理解を得やすいであろう説明に移ります。───生命いのちが絶える体験というものは原則一度きりの、どの生物にとっても特別な事象です。同時に、生命論理への介入はセンシティブ事項に設定されています。そのため、我々介入側───株式会社異世界転生商社では三段階認証システムを採用しています。[第一認証:意識の理解]、[第二認証:肉体の損傷あるいは消失]、[第三認証:魂の承諾]に設定しており、それらすべてを突破してはじめて、死が成立するというわけです。第一と第二は往々おうおうにして順番が入れ替わったり、特殊コードの入力により一段階飛ばしたりということもありますが、システムに登録されている正規行動ですので支障が生じることはありません」


  と、おもむろに腕を伸ばしたロアが何もない空間を指でひと撫でする。するとヴォン……と鈍い起動音を伴って半透過ディスプレイが出現した。


 〈……〉

 「さて、では貴方の場合の話をしましょう。弊社営業部の営業車に衝突された貴方の肉体は生命維持活動が不可能なまでに損傷しました。これが今回の[第一認証:肉体の損傷あるいは消失]にあたり、無事認証を突破しています。次いで[第二認証:意識の理解]につきましても問題なく認証が通っていることを確認済みです」


 複数のモニターに表示されている膨大なデータを無感情に見つめている。


 「貴方は、自身が死ぬ瞬間を?」

 〈……はい〉


 静かに問われ、ぎこちなく頷く。まるで尋問の様相だが、それを指摘するだけの気概など████にはない。



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