クトゥルフ神話TRPGシナリオ:蘆屋家の崩壊

ねこたろう a.k.a.神部羊児

蘆屋家の崩壊

 概要:荒野に建つ洋館、蘆屋館を訪れた探索者は主人の蘆屋乙六に薬を盛られ、地下牢で目を覚ます。不可解にも懐にあった鍵で牢から脱出するものの、地上への戸口は閉ざされていた。扉の外に立つ女性、蘆屋円は地下にある合鍵を取りに行くよう探索者を促す。指示に従った探索者が見つけるのは、合鍵ではなく、一冊のノートだった。ノートには蘆屋円が【復活】の魔術によって甦った吸血鬼であることを知る。地下に降りてきた円に問いただすと、円は自殺するために探索者の力を借りたいという。その後、二人の前に蘆屋乙六が現れる。乙六は「精髄の塩」から甦生させた怪物をけしかける。探索者がノートに記された【復活】の逆呪文を唱えると、怪物と共に円もまた塩に変わる。狂乱した乙六が【復活】を唱えたことで、円の塩と怪物の塩が混ざり合った怪物が甦り、乙六を殺害する。探索者は再度【復活】の逆呪文を唱えて怪物を塩に戻し、蘆屋館から脱出するのだった。



 現代日本、人里寂しい荒野を旅する探索者は、孤立して建つ古びた洋館を訪れる。その主人のもてなしを受けた探索者は、突如意識を失い、目覚めた時には牢に閉じ込められていた。はたして、生きてこの館から脱出することができるだろうか。


1.はじめに


 このシナリオは”新クトゥルフ神話TRPGルールブック(以下”ルールブック”)”に対応したシナリオで、キーパーとプレイヤー1人だけでプレイするようデザインされている。プレイ時間は探索者の作成時間を含まずに1~2時間程度だろう。舞台は人里離れた洋館で、探索者は凶悪なカルティストによって捕らえられている状態から始まる。シナリオの雰囲気は、陰鬱で、ややグロテスクな要素を含む。基本的に戦闘が発生するが、戦闘力の低い探索者でも問題ない。

 特に必要な技能はないが、呪文による抵抗ロールが発生するため、選択ルールの「幸運を消費する」(”ルールブック”95ページ参照)を採用すると展開がスムーズになるだろう。プレイヤーが1人であるため、狂気の発作の際はサマリーではなくリアルタイムのものを適応した方が良いかもしれない。

 また、このシナリオはエドガー・アラン・ポーの「アッシャー家の崩壊」とハワード・フィリップス・ラヴクラフトの「チャールズ・デクスター・ウォード事件」から着想を得ている。事前にこれらに目を通しておくとシナリオの雰囲気を掴む助けになるだろう。


2.キーパー向け情報


 蘆屋家は人里離れた沼沢地に孤立して建つ洋館だ。建物は老朽化が激しく、外壁には蔦が這った跡のようなひび割れが浮かんでいる。蘆屋家は旧華族で、かつてはこの地方で隆盛を誇っていたが、今では当主の蘆屋乙六(あしやおとろく)しか残っていない。

 今からおよそ20年前、乙六は双子の妹の円(まどか)を病で亡くした。心痛から正気を失った彼は禁断の魔術に手を染める。どこからか手に入れた魔導書『野狗子道経(やこうずどうきょう)』の中に人間や動物の死体から「精髄の塩」を抽出し、甦らせる呪文【死灰よりの帰還】(【復活】のバリエーション。【復活】については”ルールブック”254ページを参照)を発見した。この20年の間、乙六は地下に設けた実験室で研究を重ね、研究室にはさまざまな動物や人間の精髄の塩が大量に蓄積されることになる。

 実験の結果に自信をつけた乙六は、密かに保管していた円の遺体から「精髄の塩」を取り出し、蘇らせることに成功した。ただし、この呪文で精髄の塩から蘇った生き物は、定期的に同種の生き物から血液を摂取しなくてはならないという難点があった。乙六は蘆屋家への訪問者を捕らえ、地下に監禁し、円が必要とした際には食料として提供している。

 一方の円は死から甦り、他人の血を啜って生きながらえている自分を自然に反するものだと考えている。

 吸血衝動の発作に襲われると、耐え難い飢えと苦痛に苛まれて正気を失い、気がつけば犠牲者の血溜まりの中で目を覚ます。このことに円は深い悔恨と恥辱を覚え、ついには自殺を考えるまでになった。しかし、普通に自殺をしても、乙六によって【復活】させられるのは目に見えている。円は探索者を利用して、兄に甦生されない方法での死を遂げようとしている。


3.登場するNPC


 蘆屋乙六

 40代半ばの男性。蘆屋家最後の当主。双子の妹の円を喪ったことで狂気へと道を踏み外した。独りよがりな性格で、一般的な倫理観は全く持ち合わせていない。邪な魔術で妹を死から甦らせたのみならず、その食糧として生きた人間を捕らえ、地下に監禁している。彼は他者の命を奪うことに対し罪悪感を持つのはとうに止めてしまった。死を超越する呪文を手にしたことで、人の生き死にに対して無感覚になっているのだ。妹が密かに自死を望んでいることをそれとなく察しているものの、具体的な行動に出るとは考えていない。

 容姿の描写:血色の悪い、中年の男性。かつては美男子だったようだが、長年の研究によって精神を蝕まれ、その目には常に狂的な色が浮かんでいる。

 特徴:彼の望みは蘆屋館で妹といつまでも暮らすことだ。そのためには円本人の意向にも頓着しない。

 ロールプレイの糸口:乙六はいつでも円の食料となりそうな人間を探している。容易い獲物だと考えた相手には慇懃に振る舞い、薬や暴力などで制圧する機会を探っている。手中に収めた相手にはほとんど関心を示さない。


蘆屋乙六(45歳)、狂気に囚われた兄

STR 35    CON 50    SIZ 50   DEX 50    INT 80

APP 65    POW 60    EDU 85   正気度 5   耐久力 10

DB:0 ビルド:0 移動:7 MP:12

近接戦闘(格闘)25%(12/5)、ダメージ 1D3+DB

回避 25%(12/5)

呪文:【死灰よりの帰還】(復活)【野狗子を招く】(食屍鬼との接触)

技能:〈オカルト50%〉、〈ほかの言語(中国語)〉35%


 蘆屋円

 20代半ばの女性。乙六の双子の妹。彼女が死亡している20年間で、乙六と年齢の差が生じている。もともとはおっとりとした性格であったが、死から甦るという経験と、吸血行為への罪悪感に打ちのめされている。円は、兄が自分を甦えらせたのは自然に反する行いであると考えている。魔術の副作用により定期的に湧き上がる吸血の衝動と、その衝動に屈して吸血を繰り返してしまう自分自身をひどく厭い、恥じている。

 容姿の描写:血色が極端に悪い、若い女性。静脈の透ける色白の肌には病的な美しさがある。瞳には深い厭世の色が浮かんでいる。

 特徴:円の望みは、安らかな死である。自分自身がきちんと葬られれば、兄がこれ以上罪を重ねるのを止められると考えている。

 ロールプレイの糸口:円は礼儀正しいが、目的のために手段を選ばないという点では兄に似たところがある。必要であれば、探索者に恩を着せようとしたり、探索者の不利な立場を思い出させるような言動もする。


蘆屋円(25歳)、生を望まぬ甦生者。

STR 35    CON 50    SIZ 50   DEX 50    INT 60

APP 80   POW 45    EDU 70   正気度 10   耐久力 10

DB:0 ビルド:0 移動:8 MP:9

近接戦闘(格闘)25%(12/5)、ダメージ 1D3+DB

回避 25%(12/5)

呪文:なし

技能:〈魅了50%〉


4.シナリオの導入。


 探索者は、自転車旅行の途中、道を誤って湿地帯に迷い込んでしまった。折悪しく天候が崩れ、激しい雷雨に苛まれながらしばらく行くうち、沼のほとりに建つ洋館を目にする。雨宿りに軒を借りようとしたところ、建物に灯りがともる。一見廃墟のように見えた建物には人が住んでいたのだ。館の主人は蘆屋乙六と名乗り、探索者を大袈裟に歓迎する。乾いたタオルを与えられ、勧められた飲み物に口を付けた所で記憶は途切れている……。

 以上は一例であり、他にも以下のようなものが考えられる。


■探索者は蘆屋乙六の所持する稀覯書『野狗子道経』の噂を聞き、蘆屋館を訪れた。

■探索者は遭難した友人の痕跡を探している。友人はこの付近で行方不明となった。

■探索者はフードデリバリーサービスの従事者である。皮肉なことに自分が食べられそうになっている。


 等、プレイヤーとキーパーが自分達にふさわしいと思うように自由に改変してかまわない。


5.地下牢


 探索者は暗闇の中で目を覚ます。冷たい床に横たわっているのがわかる。光は全くと言って良いほどなく、どこか遠くで水の滴る音が聞こえる。空気は冷たく、湿っており、鉄か銅のような匂いがする。舌になにか苦い、薬のような味が残っている。

 手探りで調べると、三方は頑丈な石壁で、残りの一面は鉄格子となっているのがわかる。部屋の大きさは四畳半ほどで、部屋の隅には粗末なベッドがある。大声を出せば、声の反響から、トンネルのような空間であることがわかる。声に対する反応などはない。自分が閉じ込められたことを知った探索者は、ショックから1/1D4の正気度を失う。この危機から脱出するのが探索者の目的だ。

 さらに調べると、以下のことがわかる。


■牢の扉は施錠されている。〈鍵開け〉ロールを試みた場合、イクストリームで成功すれば扉が開くことにしても良い。

■探索者が自分の懐を調べれば、ポケットに古びた鍵が入っているのがわかる。この鍵で地下牢の扉を開けることができる。


 鍵を開けて扉を開くと、蝶番が叫び声のような軋みを上げ、洞窟中に響き渡る。キーパーは、誰かが聞いていれば、探索者が牢を出たことに気づくだろう、と強調しても良い。

 廊下は幅が広く、両手を広げても手が届かない。壁伝いに移動することになる。房の向かい側には同様の鉄格子がある。灯りがないため、現状では、中の様子を見ることは出来ない。房を出て左側の通路はすぐ行き止まりになる。廊下を右に向かって壁伝いに進めば、T字路に到達する。T字路の右手の方が、ほのかに明るいように見える。


6.地上への扉


 T字路を右手に進むと、次第にあたりが明るくなってくる。真っ直ぐに進むと、やがてカーブしながら上昇する階段へと到達する。階段を登り切った先には格子窓の付いた扉がある。扉は施錠されており、開けることは出来ない。〈鍵開け〉ロールにイクストリームで成功すれば鍵は開くが、扉は開かない(扉を押すと、向こうに何か重いものが置かれているらしいことがわかる)。

 探索者が格子窓から外を見ると、そこにNPCの円が立っている。円は名乗り、「兄がこのようなことを……申し訳ありません」と言って、探索者に頭を下げる。

 探索者は、円をどこかで見たことを思い出す。それは、乙六に薬入りの飲み物を振る舞われた応接室にあった肖像画だ。肖像画には乙六と円の二人が並んで描かれていた。INTロールに成功すれば、乙六は肖像画の中よりも20年ほど老けているのに対し、目の前の円は肖像画に描かれてから少しも年を取っていないのに気づく。

 円は自分が乙六の双子の妹だと自己紹介する。蘆屋屋敷には自分と兄の二人暮らしで他に人間はいない。探索者を閉じ込めたのは兄の乙六だと言う。乙六は危険人物で、狂気に冒されている。円自身も兄によって館に囚われているのだと述べる。探索者のポケットに入っていた牢の鍵は、円が兄の目を盗んで、忍ばせたものだ。探索者が問えば、円はそれを認める。


 円の嘘

 探索者がドアを開けて解放してくれるよう頼むと、ドアは施錠されていて自分では開けることはできないと言う。開けるには、鍵が必要だと断言する。乙六は地下に研究室を設けており、そこで人体実験を含む異常な研究を行なっている。鍵は普段、兄が所持していて、その合鍵が研究室のデスクにあるのだという。鍵があれば探索者は自由になれると請け合う。

 この時、〈心理学〉ロールに成功すれば、円が何らかの目的のために探索者を利用しようとしているのがわかる。このことを問い詰めても円ははぐらかす。現時点では、探索者が牢から脱出するには円に従うほかない。探索者が地下に鍵を取りに行くと言えば、円は懐中電灯を渡してくれる。これで地下での活動が可能になる。


 乙六の声

 探索者が十分な情報を得たとキーパーが判断したタイミングで、乙六の声が聞こえてくる。円はその場を離れ、乙六を扉から引き離す。探索者がその場に留まり、二人の会話を盗み聞きしようとした場合、乙六の言葉のみが聞こえる。

「こんな場所でどうしたんだ? もう次が欲しくなったのか?」

「ちょうど昨日、新しいのを捕まえたばかりだ」

「必要なら、いつでも降りて行って摂りなさい。そのために鍵も渡してあるのだから」

 といった内容である。

 乙六は円が「食事」のために地下牢に降りようとしていたのだと誤解し、特に不審がっている様子はない。

 現時点では探索者にとって意味をなさないが、何かしらの欺瞞の匂いを感じ取るだろう。


7.再び地下へ

 階段を降りると、研究室まではまっすぐ進めば良い。


 通路の足跡

 探索者が地下通路を歩いている際に〈追跡〉か〈目星〉ロールに成功すれば、床に血の足跡が残っているのがわかる。足跡は女性の靴のものであり、T字路を曲がった先の地下牢から続いているのが分かる。足跡を辿れば、それは探索者が閉じ込められていた牢の向かい側から出てきているのが判る。

 探索者が懐中電灯の明かりのもとで牢を調べてみた場合、そこには大量の血がぶち撒けられている。知識ロールに成功すれば、それは一人の人間からの出血であれば、確実に死に至るであろうことがわかる。思わぬところで血を目撃した探索者は、1/1D3の正気度を喪失する。扉の錠は、探索者の持つ牢の鍵で開けることができる。牢の中にはベッドがある。


 ベッドの下のメモ

 〈目星〉ロールに成功すると、ベッドの下にくしゃくしゃに丸められたノートの切れ端が落ちているのが見つかる。広げると「あの女が来る 次は俺の番だ」と殴り書きでされているのがわかる。これを読んだ探索者は1ポイントの正気度を失う。このメモは探索者が捕らえられる直前に地下牢に閉じ込められ、吸血鬼と化した円によって殺害された犠牲者が残したものだ。これは血の足跡と共に、円が必ずしも善意の存在ではないかもしれないという可能性を示唆するものだ。おそらく、探索者は円に疑念を抱くだろう。


8.研究室


 階段からT字路を真っ直ぐ行った先に乙六の研究室がある。研究室にはドアがあるが、鍵はかかっていない。ほぼ正方形の部屋の壁際には、大きな棚が据え付けられている。研究室というにしては器具などは見当たらず、奇妙に殺風景な部屋だ。乙六の実験がどう言ったものなのか、部屋の様子からは窺い知ることはできない。


 壺

 棚は天井近くまでそびえており、棚板には陶器の小さな壺が無数に並べられている。そのいずれにも数字と記号の書かれたラベルが貼られている。内容物の何らかの違いによって分類されているらしい。壺を開けてみると、蓋のところまでぎっしりと青みがかった結晶質の粉末が入っていることが分かる。いずれの壺の中身も同様であり、見た目では区別できない。

 これらの壺の内容物は、乙六が実験の過程で抽出した「精髄の塩」である。これらは乙六が【死灰よりの帰還】の魔術を完成させるために行った無数の実験の被験体の成れの果てである。マウスやウサギ、イヌやヤギ、ウシやウマといった動物の他、中には違法な手段で手に入れたヒトから抽出した精髄も含まれている。これらを壺から取り出して【死灰よりの帰還】の呪文を唱えることで、生きた動物や人間を再生することができる。


9.デスク

 円の言う乙六のデスクは部屋の奥の壁に接している。デスクの上には、古風な石油ランプとマッチ箱、筆記用具などが置かれている。デスクの引き出しを開けると、中には古いノートと、中国語で書かれた魔導書『野狗子道経』が収まっている。ノートの上には、星形の図形が刻まれた石が重ねられている


「ムナールの星石」

 ノートの上に置かれているのは、ムナールの星石と呼ばれるアーティファクトである(”ルールブック”)267ページを参照。〈オカルト〉ロールに成功すれば、それが一種の魔除けであることがわかる。これは【死灰よりの帰還】によって蘇生した存在を遠ざける力がある。これらの存在に対し、投げつける、押し当てるなどの方法で接触させれば、耐久度に1D6ダメージを与え、石は力を失う。


 蘆屋乙六の日記

 ノートは、蘆屋乙六が日記と兼用した研究メモである。中を読めば、おおまかな内容を把握することができる。

 今からおよそ20年前、乙六は双子の妹である円を喪い絶望の縁にあった。そんな折、死者を蘇生するという禁断の魔術の噂が耳に入る。古い伝手を辿り、海外の怪しげな業者から『野狗子道経』なる本を法外な値段で手に入れた。本には死者を甦生する魔術が記されていた。乙六は、内容の一部を日本語に翻訳して書き付けている。

 【死灰よりの帰還】の呪文は、死んだ動物の身体から特殊な方法で「生命の真髄の塩」と呼ばれる物質を抽出し、その塩に呪文を唱えることで、生きていたままの姿を甦らせることができる。また、そうやって復活させた生き物に、呪文を逆に唱えることで塩の状態に戻すこともできる。これを逆呪文と呼ぶ。

 この魔術によって死から甦った者は、その存在を保つため、定期的に生きた人間の血が必要なことが記されている。

 また注意点として、人間をかつて生きていた時のように再生させるには、死体から抽出した生命の精髄の塩が不足なく、純粋である必要がある。塩が足りなければ、再生されるのは悍ましい怪物となる。また、塩に別の人間や動物の塩が混じった場合、それらの肉体が入り混じった世にも恐ろしい代物となるという。

 記述から、乙六は妹を甦らせることに成功したらしいことがうかがえる。

 乙六のノートには【死灰よりの帰還】の呪文と、その逆呪文が記されている。このノートを読んだ探索者は、これらの呪文を唱えられるようになる。ただし、可能なのはすでに抽出された塩を再生/分解することだけだ。死体から塩を抽出する方法には、ノートの完全な研究が必要になる。

 乙六の日記を読んだことで、探索者は1ポイントの正気度を失い、同じだけの〈クトゥルフ神話〉技能を獲得する。


【死灰よりの帰還】

 ”ルールブック”の254ページ記載の呪文【復活】のバリエーション。コスト等はこれに習う。ただし、このバージョンの呪文で蘇生されたクリーチャーは定期的に同族の血液を摂取する必要がある。それがかなわない場合、血が得られるまで正気を失い、凶暴化して近くの生物に見境なく襲い掛かるようになる。呪文の文言を逆さに読み上げる(逆呪文を唱える)ことで、復活した存在を元の塩に戻すことができる。この際、対象との対抗POWロールが必要である、逆呪文を唱えるには2ラウンドの時間がかかる。


『蘆屋乙六の日記』

 日本語。蘆屋乙六著、現代。蘆屋乙六が人体実験を含む研究のデータや個人的な忘備録を書きつけたもの。『野狗子道経』から、乙六の関心の対象である死者の甦生についての記述を抜粋し翻訳した文章を含んでいる。

正気度喪失:1D4

〈クトゥルフ神話〉:+1%/+3%

神話レーティング:5

研究期間:12週間

呪文:【死灰よりの帰還】(復活)


『野狗子道経』

 中国語。著者不明。19世紀ごろにオリジナルから抜粋された写本。状態は非常に悪く、誤字脱字、ページの脱落や虫食いがある。ゾンビや吸血鬼といったアンデッド、食屍鬼などについて記されている。

正気度喪失:1D6

〈クトゥルフ神話〉:+3%/+6%

神話レーティング:12

研究期間:24週間

呪文:【野狗子を招く】(食屍鬼との接触)【僵尸を歩かせる】(ゾンビの創造)【死灰よりの帰還】(復活)


 研究室の探索が終わったタイミングでキーパーは〈聞き耳〉ロールをさせること。成功すれば、背後から近づいている円に気づくことができる。探索者が〈聞き耳〉ロールに失敗した場合、予期せず声をかけられたことで、探索者は0/1の正気度を失う。


10.蘆屋家の秘密


 円と戦う

 探索者は、これまでに得た情報から、円を吸血鬼として倒すべき存在だと考えるかもしれない。探索者が円を攻撃すれば、それは奇襲になる。以後は戦闘ラウンドに移行する。文鎮や陶器の壺が即席の武器になる。円は可能なら探索者を説得しようとする。探索者が聞き入れない場合、円はノートを手に入れるために反撃してくる。円が戦闘不能になったら11.蘆屋家の末裔 に進む。探索者が行動不能になれば、円はノートと『野狗子道経』を持って何処かへと消える。おそらく、蘆屋乙六が探索者を発見し、物語に結末を付けるだろう。


 円と話す

 デスクに鍵がないこと。鍵がなければ開かないはずのドアを抜けて円が地下に降りてきていること。探索者がこれらを問い詰めれば、彼女は嘘を認め、謝罪する。以後、彼女の口から蘆屋家の秘密が語られる

 円は、兄の手で甦らされた不死者だ。乙六の【死灰よりの帰還】の魔術によって、生命の精髄の塩から甦った存在であり、定期的に生きた人間の血液を摂取しなくてはならない。血に対する飢えは強烈なもので、円自身には衝動を制御できない。吸血の衝動が湧き上がると、正気を失い、人喰いの怪物と化すのだ。

 乙六はゆきずりの人間や、策略をもって館に引き寄せた犠牲者を地下牢に捕らえ、円が必要とした時に餌食として与えてきた。探索者が捕らえられたのは、円に供されるためだったのだ。円は最近、血を摂取したばかりであるため、今の所正気を保っているが、血への渇望が戻ってくるのは時間の問題だろう。

 円は、自分の呪われた運命に深く絶望している。これ以上、他人を餌食として生きていることがしのびなく、自分自身を破壊することを望んでいる。ただし、普通の方法で自殺しても、乙六はすぐに彼女を蘇生させるだろう。円は兄の研究ノートを手に入れ、そこには記されている【死灰よりの帰還】の逆呪文を得る必要があった。

 円の自殺願望を薄々察していた乙六は、研究室のデスクには魔術的な障壁「ムナールの星石」を設置していたため、アンデッドである円はノートには近づくことができなかった。円は「ムナールの星石」を排除するため、探索者を利用することにした。彼女は探索者のポケットに鍵をしのばせ、牢から出られるように計らった。そこに鍵があるという嘘でデスクを開けさせ、封印を取り除くように仕向けたのだ。


 円の願い

 円は、探索者にノートにある【死灰よりの帰還】の逆魔術を示し、自身を塩に戻すよう依頼する。塩は屋敷の外に持ち出し、二度と蘇生されることのないよう、撒き散らして欲しいという。

「そうすれば、兄がこれ以上に罪を重ねることもないでしょう……」

 探索者は円の願いを聞き入れるかどうかを決めること。探索者が円の願いを聞き入れるかどうか決めたタイミングで、11.蘆屋家の末裔 に移行する。


11.蘆屋家の末裔


 異変を察知した蘆屋乙六が研究室へ近づいてくる。

 キーパーは〈聞き耳〉ロールを行わせること。ロールに成功すれば、蘆屋乙六の接近をあらかじめ知ることができる。探索者は何か一つ行動する猶予を得る(物陰に隠れる、部屋の入り口で待ち構える、「ムナールの星石」を扉の前に置く、など)。

 乙六は、牢の外に居る探索者を見ると、事態を察知して襲いかかってくる。

 以後は戦闘ラウンドで推移する。乙六は自分で攻撃するよりも、生命の精髄から蘇生したクリーチャーをけしかけるのを好む。探索者が何らかの方法で阻止しない限り、乙六は懐から取り出した壺の中身を床にあけ、蘇生の呪文を唱えて手駒にする。なお【死灰よりの帰還】の呪文が唱えられた時点で、壺に封印されていない精髄の塩があれば、それらはすべて復活を遂げる。もし、これまでの行動で探索者が壺の中身をこぼしていたりした場合、さらに厄介な状況が生まれるだろう。


 番人(クストデス)

 乙六は、万が一の時のために生命の精髄の塩を携帯している。彼はこれを番人と呼んでいる。このクリーチャーは、半ば人間、半ばネズミといった奇怪な存在だ。人間とネズミの精髄が混じり合った塩から再生された存在で、乙六に支配されている。

 精髄の塩から甦った存在であるため、番人は「ムナールの星石」の影響を受ける。研究室の戸口に「ムナールの星石」が置かれていた場合、番人は1ラウンドの間、中に入るのを躊躇う。2ラウンドめには恐怖を克服して石を払い除ける(石に触れたことで耐久度に1D6のダメージを受ける)。3ラウンドめには研究室の中に入ってくる。番人が倒された場合、乙六は二体目の番人を甦生させ、けしかけてくる。

 番人はゲーム的にはガスト(”ルールブック”279ページを参照)の平均値のデータを使う。


 足止め

 円が行動可能な状態であれば、乙六と番人を牽制し、【死灰よりの帰還】の逆呪文を唱えるのに必要な時間を稼いでくれる。探索者が躊躇えば「呪文を唱えて!」と口走る。乙六は円の意図を知れば、彼女を攻撃してでも探索者を阻止しようとする。円が死亡してもまた蘇らせれば良いからだ。


 逆呪文の詠唱

【死灰よりの帰還】の逆呪文を唱えれば、乙六の蘇らせた番人を塩に戻すことができる。この時点で円が塩の状態でなければ、円も魔術の影響を受ける。円がすでに死亡していた場合でも同様だ。それぞれにPOWの抵抗ロールを行う。呪文が実際に効果を発揮し、人間が目の前で一握りの塩と化したのを初めて見た探索者は、呪文のコストとは別に1/1D6の正気度を失う。探索者がキャスティングロールに失敗した場合、キーパーはプッシュをするかどうかを確認すること。

 キャスティングロールのプッシュに失敗した場合15.地震 に移行する。


 円の塩

 円と番人が同時に分解されるか、すでに床に他の塩が存在する場合、これらが入り交じる。それは人間としての円の蘇生が不可能になることを意味する。円の塩が汚染されると、乙六は悲痛な叫びをあげ、半狂乱になる。禁断の研究ですでに狂気の瀬戸際に立っていた乙六に、最後の止めを刺す出来事だ。以後、乙六は探索者を完全に無視して円の塩の山に飛びつき、塩を選り分けようとして引っ掻き回す。


12.兄妹の再会


 探索者が無抵抗の乙六を攻撃するか、通路に出ると、乙六は【死灰よりの帰還】の呪文を口走る。そして、塩から濃い緑色の煙が立ち上ってくる。煙の中に、異形のシルエットが立ち上がる。入り混じった精髄から蘇るのものは、もはや人間ではない。狂気に陥った乙六は甦らせたのは、円の要素と、番人の要素を兼ね備えた見るも悍ましい存在だ。

 蘇った円のデータは、ゲーム的にはガスト(”ルールブック”279ページを参照)の最大値を使う。

 怪物が最初にすることは、手近な存在で宇宙的な飢えを満たすことである。探索者がまだ室内に居た場合、怪物の攻撃を受ける可能性がある。探索者が〈幸運〉ロールに成功すれば、怪物は乙六を最初の獲物に選ぶ。

 怪物に襲われた乙六は、頭を丸かじりされて即死する。この恐ろしい情景を見た探索者は、怪物を見て失った正気度に追加して1/1D6の正気度を失う。


13.遅すぎた埋葬


 怪物の身体は大きすぎ、戸口から外に出ることはできない。探索者が廊下まで逃げ延びれば、あとは自由に立ち去ることができる。

 探索者が円の願いを叶えるため、再び【死灰よりの帰還】の逆呪文を唱えた場合、怪物は崩れ去る(円と約束を交わしていれば、抵抗ロールは不要)。研究室の床には、噛み砕かれた乙六の死体と、青みがかった一山の塩が残される。これらをどうするかは探索者に任せられる。

 探索者が怪物と化した円を放置してその場を立ち去ると、背後から「タスケテ……」「コロシテ……」などの言葉が放たれる。恐ろしいまでに歪んでいながらも、それは明らかに彼女の声である。この悍ましい声を耳にした探索者は1/1D3の正気度を失う。


14.結末


 探索者が地下から地上に出れば、そこは蘆屋館のキッチンである。以後、探索者は晴れて自由の身だ。そのまま蘆屋館を立ち去っても良いし、呪われた蘆屋家の記憶を葬るため、館に放火するという選択肢もありうる。

 冒険を終えた探索者は2D6の正気度を回復する。また、追加で以下の正気度の回復にボーナスを得る。


■円の願いを聞き入れ、彼女を葬った。正気度を1D6を回復する。

■乙六の研究ノートを破壊した。正気度を1回復する。

■『野狗子道経』を破壊した。正気度を1回復する。

■蘆屋館に放火して全てを闇に葬った。正気度を1ポイント回復する。


■怪物として甦った円を放置して蘆屋館を立ち去った。探索者には常に彼女が追ってくるのではないかという恐怖が付きまとう。1D6の正気度を失う。


15.地震


 探索者が【死灰よりの帰還】のキャスティングロールのプッシュに失敗した場合、地下の奥深くから、何か巨大な存在が突進するような音声が響き渡り、局地的な地震が蘆屋家を襲う。壁から棚が落下して壺のほぼ全てが床で砕け散り、中身の生命の精髄が散乱する。研究室に居るものはDEXロールを行い、失敗した者は転倒して1D3のダメージを受ける。揺れが収まると逆呪文が効果を発揮し、円と番人は塩と化して床の塩と入り交じる。彼女の要素をそこから選り分けるのはもはや不可能だ。探索者は呪文のコストとは別に1/1D6の正気度を失う。

 この状況に乙六は狂気に陥り、円の塩にかがみ込んで復活の呪文を唱え始める。濃密な煙が辺りにたちこめ、なにか恐るべき事態が発生しそうな切迫した雰囲気が募りはじめる。KPは探索者に、すぐにこの場を離れるのが賢明だと伝えること。


16.蘆屋家の崩壊


 探索者が地上に出ると、外は夜になっている。探索者が屋敷から離れたところで、再び局地的な地震が始まる。屋敷が揺れ動き、外壁が崩れ落ちる。探索者が振り返ると、屋敷が内側から膨れ上がるのを目の当たりにする。狂気に陥った乙六が、散乱した大量の塩に呪文を唱えたことで、全てが入り混じり、巨大な怪物として甦ってしまったのだ。

 キーパーは以下の文章を読み上げること。

「屋根と壁とを卵の殻のように割って、キュクロプスめいた巨体が身を起こした。それは崩れ落ちた館の屋根よりも高く聳え立ち、世界を睥睨するかのように頭を巡らした。ぬらぬらとした体表から立ち上る有害な滲出物めいた湯気に浸されて、爛れた目のような赤い月がかげろうのように揺れた。悪性の腫瘍のような肉塊は、一部は剛毛に覆われ、また一部は火傷の跡のように引き攣り、身体のあちこちで目や耳、唇や舌、むき出しの臓物が蠢き、出鱈目に突き出した手や指や獣の脚が時折痙攣的に動いた。まるで幼児が出鱈目にこねて作った泥細工のようでありながら、それでも、そのシルエットにはおおむね人の形を思わせるものがある。

 魔術によって塩から甦った女性は、魔術によってまた塩に戻った。その塩は、大地を揺さぶる途方もない力によって地下室の床に撒き散らされた塩と混淆し、血迷った兄の魔術によって千もの生き物の精髄の入り交じる、死灰のキメラとして再度の復活を遂げたのだった」

 この黙示録的光景を目の当たりにした探索者は、1D6/1D20の正気度を失う。


 死灰のキメラ

 乙六の手によって、蘆屋館の地下に蓄積された無数の実験体の塩と、円の塩が入り混じったものから復活した怪物。ゲーム的にはショゴス(”ルールブック”288ページを参照)を利用する。

 まだ探索者が狂気に陥っておらず、怪物に立ち向かうなら【死灰よりの帰還】の逆呪文が有効である。怪物のPOW50に対し、対抗ロールに成功すれば、怪物は再び精髄の塩に還元され、恐怖は去る。

 探索者がその場を逃げだせば、死灰のキメラは追っては来ない。17.結末2 へ移行する。


17.結末2

 太陽が昇り、崩壊した蘆屋家を照らし出す。跡地にはクレーターのような大穴が開いており、周囲の池から流れ込んだ泥水で奥底を見通すことはできない。あたりを見回しても、怪物の存在を示すような痕跡はどこにも見当たらない。

 探索者には昨夜の出来事が夢のように感じられる。あれは本当にあったことなのだろうか? ともかく、これで自由の身だ。生きて結末を迎えた探索者は2D6の正気度を回復する。また、追加で以下の正気度にボーナスを得る。


■死灰のキメラを破壊した。正気度を1D6回復する。

■乙六の研究ノートを破壊した。正気度を1回復する。

■『野狗子道経』を破壊した。正気度を1回復する。


■復活した死灰のキメラを倒さなかった:いつか蘆屋家の怪物が追ってくるのではないかという恐怖に囚われる。1D6の正気度を失う。


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クトゥルフ神話TRPGシナリオ:蘆屋家の崩壊 ねこたろう a.k.a.神部羊児 @nekotaro9106

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