夜空を照らす光

ぷりん

私の光

 私は、運命とか直感とかを信じるタイプではないけれど、この日は運命なのではないかと思うくらいの衝撃を受けたのだ。何を言っているのか分からないと思うかもしれないけれど、少しの時間を借りて話をさせて欲しいと思います。


 私の世界は突然真っ暗になった…

 私はいつも通りの仕事にも、いつも通りイラつく上司も何もかもが嫌になったのだ。

 この、理不尽な世の中にさえ嫌になってきていた自分に、ふと一つの音が、歌詞が入り込んできたのだ…


『♪何があっても前を向いて歩いていこうけれど時には無理かもしれないね でも下を向いた時にだけ 見えることだってあるはずさー♪』


 この歌が聞こえてきて私は思わずその場に立ち止まった。まるで今の私のことを言っているかのようだったから…


「ちょっとそこのお姉さん大丈夫っすか⁈すごい泣いてるっすけど⁈」


 そう言われ泣いている人を探したけれど誰もおらず、もしかして、と思い顔に手を伸ばすと濡れていて自分だったのだと分かりそれに答えようと思ったのだけれどうまく声が出なくて、「だ、大丈夫れす。」と少し鼻声のようになってしまった。


「いやいや、そんな大丈夫そうじゃない人ほっとけないっすよ!ちょっとすみませんっす!」と私の方まで来て彼女は私の手を引きベンチがある公園に連れて行ってくれた


「はい、ココア好きか分かんないけどどうぞ!」と渡して隣に座ってくれた

「えっ、あ、ありがとうございます。あの、お代…」

「そんなの気にしなくて良いっすよ〜自分が勝手に渡しただけなんで!あっ、お姉さん名前は?」

「えっと、夜野月よるのつきです…」

「じゃあ月さんっすね!ウチは光っす!

 朝陽光あさひひかる、名前似てるっすね〜」

「ふふっ、本当ですね。朝と夜、です。」

「あっ、やっと笑ったっすね!というか敬語じゃなくて良いっすよ〜、にしても何で泣いてたんすか?」

「えっと、その…」

「言いづらかったら言わなくても良いっすよ?」

「いや、聞いて欲しい…あのね、嫌な事がいっぱい積み重なってなんか生きるのが辛く、なっちゃってたんだけど、あの、光ちゃんの歌声が聞こえてきて、自分のことのように想えて感動した、というか何だか、勇気がもらえた気がして、それで、気がついたら何か分からない間、に泣いてたの…」

 また、泣きそうになって途切れ途切れで話していたのに光ちゃんは頷きながらしっかり聞いてくれてすごく、心が落ち着いた。

「きっと、誰にだってそういう嫌なことも、辛いことも、いっぱいあるんすよ、でも月さんは誰にも言えずに自分一人でそれを抱え込もうとしてしまったから、その嫌なことが溜まりきっちゃって辛くなったんす。だから、これからは誰かを頼って下さいっす!家族や友達をいっぱい、いっぱい頼って下さいっす!それでもキツくなったら月さんが勇気づけられたっていうウチの歌を何回でも聴きに来て下さいっす!!それで、何度だって月さんのこと勇気づけて笑顔にするんで!」


 心の中のモヤモヤしていた気持ちが瞬く間に晴れていくようだった。ずっと誰にも相談できず、一人で抱え込んで自分のことを嫌いになってしまったことも何度もあったし、その度にどうしたら、どうやったら良いのかと悩むたびに自分が惨めに思えて…でも、誰かに相談しても良いのだと誰かに甘えても良いのだと、言ってくれた人は居なかったから初めて言われたことに私は戸惑うけれど、たまには自分に素直になってもいいのかな、誰かに甘えたって良いの?こんな迷ってばかりの自分を好きになっても良いのかなぁ?

 そんな時、どこか遠くで誰かが『いいんだよ自分を好きになっても、いいんだよ誰かを好きになっても』と言ってくれたような気がした。


「ひ、光ちゃんありがとう…光ちゃんのおかげで誰かに頼ってみようって、自分を好きになってあげようって、そう思えた気がする…本当にありがとう。」

「そんなお礼とかは別にいらないっすよ〜だってウチがただ思ったこと言っただけっすから!それに困ったときはお互いさまっていうじゃないっすか?だからウチが困ってたら次は月さんが助けてくださいっす!」

「それでお礼になるなら光ちゃんが困っていたら相談に乗るね。」

「だからお礼とかじゃないっすってー

 それに、ウチには夢があるんす!沢山の人を笑顔でいっぱいにして勇気づけて、いつかウチが昔、そうしてもらったように沢山の人が自分の夢に向かっていけるように背中を押してあげたいんす!」

「ふふっ、良い夢だね。」

「まぁ、まだ全然立ち止まって聴いてくれる人とか居ないんすけどね…」

「じゃあ、私が今の仕事辞めて光ちゃんの歌が沢山の人に聴いてもらえるようにする!!」

「えっ?い、良いんすか?というか会社辞めて大丈夫なんすか?」

「良いんだよ!あんなところ元から辞めてやるつもりだったし!あっ、でも退職願い出してからすぐに辞めれるわけではないから少し待ってもらうことになるんだけど…」

「い、いや、ウチは嬉しいっすけど、月さん次の仕事どうするんっすか⁈」

「ふふっ、私こう見えて資格いっぱい持っているので何だって出来るよ?あっ、サイトとか作れば光ちゃんを知ってくれる人は増えると思うから作っちゃおっか!」

「えっ?そこまでしてもらうわけにはいかないっす!」

「でも、それが今私が一番やりたいことだから!もちろん光ちゃんが嫌ならしないけど…」

「い、いえ、全然嫌じゃないっす!むしろ、めちゃくちゃ嬉しいっす!!よろしくお願いします!」


 そう必死に言う姿を見て、もしかしたら私に勇気をくれた彼女もまた、誰かを頼ることが出来ず、一人で必死にギターを弾き、歌をつくり人前で歌っていたのかもしれない。だって私が最初に聴いた彼女の歌の歌詞は彼女そのものが体験して分かったことだったのかもしれないのだから…

 もし、本当にそうならば私は彼女の支えになりたい。私は彼女に救ってもらったのだから。あの時そのまま帰っていたら私はどうなっていたか分からない、そんな私のことを彼女は、光ちゃんは救ってくれた。光ちゃんが気づいていなくても私はあの歌で、声で、音で、救われたのだ。だから、だから、彼女が倒れてしまいそうになったなら今度は私が、それを支えれるように側にいたい。今までやりたい事なんてなかったし、資格をとったってそれに関係することをやってきたわけじゃなかった。でも、今度こそ本当にやりたい事が見つかった気がする!これが、光ちゃんの助けになるかは分からないけれど少しでも力になれるよう頑張りたい!


「うん、任せて!光ちゃんの助けになるように精一杯頑張っていくから!!」

「へへっ、そんなにウチの歌気に入ってくれたんすか?」

「そうだよ、だって光ちゃんの歌が聴こえたから私は救われたんだよ」

「大袈裟じゃないっすか⁈」

「全然大袈裟じゃないよ。私はあのまま帰っていたらどうなっていたか、分からないし、明日もまた頑張ろうって今思えていられるのも光ちゃんのおかげなんだから。」

「そうなんすか?だったらウチの夢少しだけ叶えられたみたいっすね!沢山の人を勇気づけて笑顔にするっていう夢の最初の一人っす!」

「じゃあ、私ファン一号だね!」

「へへっ、そうっすよ!」


 こんな無邪気に笑う人を見たのはいつぶりだろう。私は思い返してみればずっと、ずっと、下を向いていたのかもしれない。誰かに嫌われたくなくて愛想笑いだけは上手になったけれど、それだけだった…

 結局嫌われるでも好かれるでもなく、無関心の目で見られるだけだったのだ。嫌われたくないからと自分がやらなくて良い、人の仕事まで頼まれたら断ってはいけないと安請け合いしていたら、何でもかんでも押し付けられるようになったし、それを見ている人達は、誰一人として注意してくれることもなかった…

 だから、本当にいつぶりなのかも私には分からないけれど、人の感情というものはこんなにも、はっきりと表情として表れるのだと驚いた。


「そんな笑顔でいたらこっちまで、笑顔になれそうだよ」

「へへっ、そう言ってもらえて嬉しいっす!沢山の人笑顔にするんなら、まず自分からっすよ!!」

「ふふっ、そうだね私もその笑顔見てたらすっごい笑顔になれたよ。あんなに泣いてたのにね」

「それなら良かったっす!いやー前向いたらウチの歌聴きながら泣いてる人いたんで何かしちゃったかと思ったすよ〜」

「あの時は何か、気づいたら泣いちゃってたから」

「でも、これからはもう泣かせませんからね!ウチがそばにいて支えるっす!!」

「な、なんか、告白みたい、だね…」

「えっ、えっと、そのなんだかすみませんっす!」


 何故だろう、少しも嫌だとは思えない。むしろ、そうだったら嬉しいだなんて思ってしまっている。

 だって、自分のことも好きになれなかった自分を好きになってあげても良いんじゃないかと、誰かを好きになっても良いのではないかと、そう考えることが出来たのも光ちゃんのおかげだから…

 光ちゃんが居なかったらこれからも、ずっと自分のことが嫌いで、誰のことも好きになれなかったかもしれないのだから。だから、きっと光ちゃんに会ったあの瞬間、歌を聴いた瞬間に私は変わったんだ。そして、光ちゃんに恋をしてしまったんだろう…でも、私のこの気持ちは今は邪魔になってしまうかもしれないから、そっとしまっておこう…


「いや、大丈夫だよ。私こそ変なこと言ってごめんね?」

「いえ、ウチもちょっと言い方が悪かったんで!でも、月さんが泣かないようにしたいのはホントっすよ!!」

「私はもう泣かないよ!だって光ちゃんが歌えば私はいつだって笑顔になれるんだから!だから、光ちゃんは歌ってて、声をあげてくれて、求めてくれる人がいる限り、ずっと歌っていて。例え立ち止まって聴いてくれる人がいなくたって私は聴きたいと思っているから。それだけは、忘れないで?」

「そんなこと言われたら、歌うこと辞められるわけないじゃないっすか!ずっと、ずーっと、歌い続けるっす、月さんが、ウチの歌が嫌になっちゃったとしても振り向かせれるように努力するっす!!」

「嫌になることは無いと思うけど…」

「いつか突然嫌になるかもしんないっすから!」

「だから、無いって!」

 そんな時ふと自分がつけている腕時計が視界に入り

「って、もうこんな時間⁈光ちゃん帰らなくていいの?」

「あっ、ヤバいかもっす!」

「じゃあ帰ろう!ほら、立って!」

 私は立ち上がり光ちゃんを立たせようと手を差し出すと彼女は私の手をとり立ち上がると

「へへっ、さっきと逆っすね!」

「ふふっ、本当だね」

「じゃあウチは帰ります!月さんも帰ってちゃんと、ご飯食べて寝て、心と身体を休めるんすよ!」

「うん、ありがとう!」

「それでは、またっす!」

「うん!またね〜

 絶対また歌を聴きに行くからね!!」

「はい!待ってるっす!」

 と彼女は私が見えなくなるまで手を振り続けていた。


 きっと、私は今日という日をずっと忘れないのだろう。今日光ちゃんに出会ったことは、きっと、いや、絶対に忘れられない。忘れたくない。他のどんなことを忘れてしまったとしてもこの事だけは忘れたくなんてない。だから、私は何度だって光ちゃんの歌を聴きに行くんだ。この日のことを忘れないように、そして、この先の光ちゃんとの楽しい記憶を増やせるように。それに、私は彼女の夢も叶えさせてあげたい。

 でも、彼女は、光ちゃんは私の助けなんてなくても

 叶えれるのではないかと思う。


 だって、彼女は自力でキラキラ輝いて暗闇すらも照らす光であり、真っ暗で何も見えない夜空さえも、太陽の光で月を照らし輝かせるのだから…

 けれど、太陽も助けがいることだってあるのでは無いかと思う。誰かに支えられていないと存在できないような、そんな気持ちになることだってあるかもしれない。


 だから、だから私は太陽を支えてあげたい、月だっていつも照らされているだけじゃないんだよ、微力でも貴方を照らすことだって出来るんだよ。と、そう伝えたい。


 その想いを私は、三日月に誓いながら帰路に向かったのだった—


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