ただの幼馴染は色んな関係に変化していった。

第１話 お弁当交換会と言う名の、ご飯会

　「本日は初めてのお弁当交換会且つ、二人きりのお昼ですが、どうですか！」

「その話し方はなんだよ」

　理科室や放送室のある特別教室で構成されているＣ棟の三階一番奥の美術室。作品が乱雑に保管されている空間で、独特な匂いを消すために窓を開ける。五月上旬、連休明けの初日の学校。既に暑くなっている季節だからか、入ってくる風は涼しく感じる。

　唯一の美術部員である俺は教室の鍵を借りることは容易だったが、男女二人でお弁当を食べることがバレれば、注意は免れない。

　でも、二人きりがいい、という芙由の願望を聞き入れることと比べれば、些細なことだった。

「だって二人きりだよ！　いつ誰か来るか分からない、ドキドキな空間。自然にいられるほうが可笑しいと思うのだよ」

　幼稚園からずっと一緒にいるにも関わらず、彼女の言葉は理解できなかった。

　でも、生まれてこの方、ずっと一緒にいたはずの彼女の新たな一面を見て笑うことを我慢して諫める。

「とりあえず落ち着け。自分が何言っているか分かっているか？」

「分かっていたら、意味の分からない日本語は使わない」

「何言ってんだ」

「だってだよ。彼氏とお昼食べるって初めて友達の誘いを断ったんだよ？　でも相手は那津だし、那津と学校でご飯を食べるなんて思い浮かべたら、なんか面白くて笑いそうになって。でも笑ったら可笑しいでしょ？　だから我慢してたら照れてるって言われて。その言葉で、私、那津とご飯を食べることに緊張しているのか？　って思い始めた結果が今です」

　彼女は息継ぎなしに話し、最後に敬礼のポーズを取る。前の彼氏にもこんな対応だったのかよ、なんて想像したら笑ってしまう。

　とりあえず今の状態の芙由を放置することは良くないと思い、紙パックとは別で買ったブラックコーヒーのペットボトルを彼女の前に置く。

「とりあえずそれ飲んで落ち着け」

「……私、コーヒー嫌い」

「嘘つけ。毎朝飲んでるだろ」

「学校ではそういうキャラなんです！」

　文句を言いながらも渡したペットボトルを開け、半分飲み干す。苦手な奴はコーヒーをそんな飲み方はしない。苦手じゃなくてもそんな飲み方はしないが。

　あと、キャラってなんだよ、と突っ込みたくもなるが「JKはイタリアンと甘い物が好き」と高校入学前から言い続け、お昼は必ず甘い飲み物、特に苺ミルクを買っている。

「落ち着いた」

「それはよかった」

　一息つき、彼女は保冷バッグからバンダナに包まれたお弁当を取り出す。

「それでですね、那津さん」

「なんだよ、その呼び方」

「今日のお弁当はなんと、フリフリのエプロンを着た兄貴が作ってくれたんですよ」

「色々突っ込みたい部分が、今の言葉にあったんだけど？」

「朝から刺激的だったよ。本当に驚いた。朝ご飯とお弁当を作る、フリフリエプロンを着た兄貴。あ、そのエプロンは前に私の誕生日の時に着たメイド服でね。それを着た兄貴が朝から卵焼きを焼いているんだよ。お父さんもお母さんも何も言わないし、若が分からなかった」

　中学の頃だったか、彼女の誕生日に家に招待されたと思ったら、出迎えたメイド服の彼女の兄、雪弥。脛毛は全て剃られ、本人曰く身体全体のありとあらゆるムダ毛ををったらしく、脚や腕はツルスベ肌となっていた。

　しかし、メイド服を着た兄に一日中付き纏われた彼女は怒り、服を剥ぎ取られ、見るも無残な姿になっていた。

　そんな過去があるにも関わらず、雪弥はフリフリのエプロンを着てご飯を作っていたらしい。

「……雪弥のやつ、ここ数年でやばくなっているな」

「ここ数年じゃないよ。生まれたときからずっとやばい奴だ」

「はは……」

　乾いた笑いでしか反応できなかった。

　その間に芙由は弁当箱を開き、中身を見せてくる。パンダの形をしたご飯。耳は海苔で包まれていて、目や口も海苔で表現されている。そしてハートの型日置かれた卵焼き、ハムやソーセージで作られた花。他にも数は詰められていて、隙間にはブロッコリーで森を表現している。所謂キャラクター弁当が広げられた。

「……兄貴のお手製弁当。那津なら食べてくれるよね」

　上目遣いをする彼女から目を逸らしお弁当を見るt、パンダの眼がこちらを見つめる。パンダは可愛いのに恐怖を感じるのは、雪弥の愛情だからだろうか。

　妹のためなら何でもする、を信条にしている雪弥は、その夢を叶えるために何でもするようなシスコン。誕生日にメイド服を着たのだって、妹を想っての行動。兄なりの優しさではあった。まあ結果は最悪だったが。

「……愛情たっぷりなんだから、お前が食えよ」

「せっかくの初のお弁当交換会！」

「だとしても無理だろ」

「兄貴のエプロンの下、パンツ一丁」

「その情報を出されて、交換しようとはならないだろ」

「大丈夫。ビキニじゃない。ボクサーパンツだった」

「どっちでもいいわ。つかお前、雪弥が作るって分かって今回の弁当交換を提案したな」

「お、良く気付いたね、那津くん。そんな君にはこのお弁当を」

「いらないって」

　少しだけ大きな声を出すと、彼女は頬を膨らませる。その姿に溜息を付き、自分のお弁当箱を広げる。

　お弁当交換はするという約束であったが、自分の手作り弁当じゃなくて良い、というありがたい言葉を彼女から貰い、自分が持ってきたお弁当は母親が作ったモノ。その中少し焦げた卵焼きを箸で掴み、パンダの上に乗せる。

「それ、俺の手作り」

「え？」

「卵焼きって難しいんだな。今度はもっとうまく作る」

「……ありがとう。今度は兄貴が作ったことを内緒にして、お弁当渡す」

「おい」

　交換することが目的となっている今、彼女には何を言っても無駄だと思い、それ以上今回のお弁当交換会には振れず、弁当を食べ始める。

　幼馴染から進展した恋人の関係。恋人が大切にするイベントにい憧れ、記念日は祝い合い、デートだって月に二回以上はしている。学校の登下校は必ず一緒で、よくある恋人の姿。

「そういえば、ゴールデンウィークのデートの話はしたの？」

「そりゃもちろん。一緒に映画を見て、ウィンドウショッピングして。その後ご飯を食べたよって話した」

「ふーん」

「あ、手も繋いだことも話したよ。やっと進んだって言われたけれど」

「まあ、付き合い始めて５カ月経ってるもんな」

「そうなんだよ。次はキスだねって言われて。笑うしかできなかったよ」

「……手を繋ぐのに５カ月だったんだから、次に進むまで一年たってもいいだろ」

「だよね」

　笑って言う彼女は、ハートの形にされている卵焼きを躊躇いなく半分を口に持っていく。

　ゴールデンウィーク中の映画のデート。「ラブストーリーを見に行こうか」と、テレビを見ながら発した彼女の言葉で決まったお出かけは、所謂デートだった。幼馴染の関係が長く、今までも一緒に映画を見に行くことはあったが、今回は手を繋いだ。

　幼稚園以来の手を繋ぐ行為は、幼馴染だというのに緊張して震えていた。手汗も酷かった。この世にる恋人たちに尊敬しながら、その日は過ごした。

　そのデートを、芙由は友人たちに報告した。

「手汗やばかったな」

「気持ち悪かった」

「手を繋ぐのは冬だけだな」

「うん。夏だと手から汗が垂れそう」

「どこ歩いたかバレるな」

「ストーカーが付いてきやすい」

「最悪だな」

「最悪だ」

　芙由は右掌を、俺は左掌を見て鼻で笑う。

　風で靡くカーテンは大きく広がり、彼女の顔を包み込み、姿を隠す。

　生まれたときからずっと一緒にいた女の子。幼稚園も小学校も中学校も同じ所に通い、ずっと隣にいた。

　それは高校に入っても変わらない。

　昔ほどのべったりではないけれど、登下校は一緒で、休日も時折一緒にダラダラ過ごし、誰よりも彼女のことを知っている。

　でも、高校一年の冬の日、彼女の、清水芙由の言葉は今までの関係を変えていった。