第7話 重力加速度って結局

 高校の行事でトップ3に入るであろう文化祭の時期。既にクラスではパンケーキを販売することが決まっているらしく、一部の女子がワイワイ騒ぎながらメニューを考えていた。だからと言って、学生の本分は学業。中間テストまでに既に一週間を切っていて、課題に追われていた。


 テストがあるなら課題なんか出さずに各々の勉強をさせてくれよ、なんて思っていた時期もあったが、以前芙由に課題の部分だけをやれば学校のテストだったら八割は余裕だよ、と言われたことがあったが、八割の点数を取れる科目なんて限られてくる。


 その上、課題だけを勉強していたら応用が効かずに模試の結果が散々となり、結局どの勉強がいいのか分からず、課題とプラスαでどうにかしている。


「ちょっと、この問題教えなさいよ」

「……は、なんで」

「私が馬鹿なこと知っているでしょ。那津には私に勉強を教える義務があるの」

「義務ってなんだよ。それにお前、模試で俺に勝ってただろ。だからラーメンをだな」

「文系科目が多かったんだから、勝てたのよ。今お願いしているのは、数学」

「……理系選択、だよな?」

「そうよ」

「文理選択間違えたなら早めに先生に行ったほうがいいぞ」

「は?」

「文系が得意なら、そっち行ったほうが受験は――」

「受験が楽だとしても、私は看護師になりたいの。苦手だからっていう理由で夢を諦めるとか、本物の馬鹿がやることよ」


 説得力のある言葉ではあるものの、彼女の持っているプリントの右上には3の文字。二十点満点の小テストではあるものの、内容は難しくはなく授業さえ聞いていればどんなに悪くても十点は取れる。彼女の決意や夢を否定するつもりはないが、もっと現実を見ろと言いたくなるのを必死に堪え、別の提案をする。


「勉強なら、芙由に頼めよ」

「芙由に馬鹿だってバレる訳には行かないでしょ」

「お前が馬鹿なのは知られているだろ」

「中学の頃とはレベルが違うのよ。そんな姿を見せたくない乙女心、分からないわけ」

「分からねぇよ……」


 大きな溜息を月、教室で勉強する約束をする。ついでに明菜と同じくらい頭の悪い宮本に声を掛けると、「やばくなったらよろしく」と言われ、彼はスケッチブックに服のデザインを描いていた。




 中学生の頃の話。

「放課後の制服での勉強会に憧れるんだよ」と言った芙由によって始まった、勉強会。少女漫画にはまりにはまった芙由は、事あるごとに漫画の話をしては振り回すを繰り返していたことで、先生に放課後教室を使用していいかの確認と許可取りなど、先に準備をするようになっていた。

 そうして始まった勉強会、とは言うが漫画であるような「結局話して終わっちゃったね」なんてこともなく、お互いがお互いの勉強を黙々と進めてしまい、下校時間のチャイムがなると、「これは勉強会だけど勉強会じゃない」と悲しみ嘆いていたが、どうすることもできず、取り合えず芙由が飽きるまで勉強会に付き合っていた。


「ちょっと、二人で何しているの!」


 黙々と続けていた勉強会は、明菜によって変化した。


「あれ、明菜。どうしたの」

「どうしたもこうしたもないわ。何で、二人で勉強しているのって効いているの」

「んー。じゃあ、明菜も一緒にする?」

「するに決まっているじゃない。むしろしたいの。なんで誘ってくれなかったの」

「部活が忙しいかなっておもって」

「テスト期間でどの部活もお休みだって知ってるくせに」

「でも吹部ってギリギリまで練習してない?」

「今日から休み! てことで、私も一緒にする」

「うん。しよ」


 明菜は嬉しそうに芙由の隣に座り、芙由と同じ科目の勉強を始め、その日は明菜によって芙由の望む『お喋りで終わる勉強会』が無事に成し遂げられていた。

 満足な勉強会を実施できた芙由は、学年一位の結果を出し、話し続けたことで散々だった俺と明菜の点数は目も当てられず、明菜はその後親に言われて塾に通わされ、高校に入って明菜とまた、放課後に勉強会を開くとは思わなかった。

 あれから約五年。互いが互いのコミュニティを形成し(明菜は芙由にべったりだが)互いの過ごしやすい環境に身を置いて日々を送っている。だからこそ、明菜が居なくなった後に呼ばれた想い人との距離があるのも仕方がないのだろう。


「分からないわ」

「どこが」

「全部よ」

「さっきから那津、日本語話していないでしょ」

「話しているから」


 物理基礎の教科書を開きながら問題集を問いていたのだが、基礎問題で躓いた明菜は自分の馬鹿さに苛立ち始め、大きな舌打ちと共に問題に取り掛かり、解けないを繰り返している。板書は全てノートに写し、先生が話した言葉もメモで残す糞真面目。でも要領が悪いことで何故だか本当に……。


「何その目は」

「憐れんでた」

「は?」

「それより今使ってる公式違うだろ。何で重力だってのにaが出てきてるんだよ」

「は? 公式ってこれでしょ」

「お前が見ている頁は加速度の話してるだろ」

「加速度? 重力って加速度那の?」

「は?」

「は?」


 教え方が悪いのか、明菜の理解力が乏しいのかは分からないが、顔を合わせて何言っているんだこいつ、とお互いが心の中で思っている。

 再び一から説明をして、公式に当てはめるだけで解ける問題を順々に解いてもらう。

 とりあえず公式を覚えていけば、0点は免れるはず。看護師を目指すということは、入試で物理は受けずに別の科目でどうにかなる。それなら、学校のテストでいかに点数を取るかだけを考え、教えていけば同とでもなるはず。そう、なるはずだと自分自身に言い聞かせ、全く別の公式を持ってくる明菜に優しく使う公式を教えた。


「いや、だから、ちがうだろ。さっきも言っただろ」

「は? さっき言ったからこれ使ったんじゃん」

「よく見ろよ。お前はここから積分するのかよ」

「は? 積分て何よ。何で数学が出てくるわけ?」

「だからな、この三つの公式は――」


 『ガラガラ』と教室の扉が開き、明菜と同時に扉に目を向けると、芙由のひょこっと顔を覗かせる。学年一の救世主に安堵し手を振ると、芙由は嬉しそうに教室に入ってくる。


「楽しそうにやってるね」

「明菜をどうにかしてくれ」

「ふふーん。学年一位の私が来たからにはもう大丈夫」


 胸を張ってから席を移動させて、明菜の隣に座る。


 芙由が勉強会に遅れて参加した理由は、中間テストから数週間後に実施される文化祭準備に追われているからである。中学の頃は生徒会選挙に出て当選した次の日に辞退する奇行をしていたが、高校では生徒会に入り、時期生徒会長と噂される位には専念している。

 というのも、芙由が生徒会に入った大きな理由は文化祭の後にある後夜祭でキャンプファイヤーをやりたい身体宗田。

 今までの後夜祭では未成年の主張や女装・断層コンテストをいていたらしいのだが、芙由にとっては魅力に感じなかったらしい。というのも、文化祭自体がどこか盛り上がりに欠け、そのまま後夜祭も盛り上がらずに終わっていた、と芙由は言っていた。


 そんな文化祭するくらいなら失くしてやる、とはならずにどうにかして変える、と行動する部分は芙由らしく、とりあえずまずは生徒会選挙に出馬して席を獲得していた。


「文化祭準備は順調?」

「いやぁ、後夜祭でキャンプファイヤーするし、花火の許可ももらったから多分盛り上がるんだけどさ。開会式とか文化祭中がまだまだ盛り上がりに欠けていましてな。その辺の準備にも手を出したら、結構ギリギリなんだよ」

「何でもかんでもやりすぎるなよ」

「わかっておりますよ。体調崩して当日休む結果になったら、悔やんでも悔やみきれない。おばあちゃんになって死んだ後もずっと後悔……。どうしたの明菜。なんか怒ってる?」


 明菜は静かに俺を睨みつけ、机の下で脚を思い切り蹴る。


「い、って。おま、脛は痛いだろ」

「自業自得よ。何勝手に芙由呼んでるのよ」

「そりゃ呼ぶだろ。学年一位だぞ」

「だからこそよ。頭のいい人に私の出来なさを見せるのよ? それも芙由に。ただの羞恥プレイよ。訴えるわよ」

「どこにだよ」

「芙由によ」

「意味が分からねぇよ」


 しょうもない言い争いに芙由は止めることなくただ笑い、明菜に会わせて物理基礎の教科書を出して、明菜のノートを覗き込む。


「大丈夫だよ、明菜。明菜が理系科目苦手でも、看護師になりたいから理系クラスに来たこと知ってるから。私で良ければ力になるよ」

「芙由ぅ……。那津とは大違いね。本当。見習いなさいよ」

「なんだよお前……」


 大きな溜息と共に、物理基礎の教科書を閉じる。

 芙由は明菜に勉強を教え、明菜は悩みながらも問題を少しずつ解いていく。解き終わると嬉しそうに明菜は笑い、芙由もニコニコと笑っている光景が癒されるのは、幼稚園児にものを教える光景に似ているからだろうか。

 なんて考えながら、自分も英語の勉強を始める。


 明菜を馬鹿にはしたものの、高校に入って中学とは比べ物にならないくらい難しくなったことは確か。ぼーっとしているだけで置いて行かれてしまう状況で、人の面倒を見るほど余裕があるのかと聞かれれば一切ない。


 一切ないが、知らない単語が連なる文を読んでいると眠気が襲ってくるのだった。

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