第3話 耳に光るイヤリングはきらきらする
「ちょっと、どこでお昼食べていたのよ」
お弁当交換会をしたあと、教室に戻れば隣に座る女子生徒に喧嘩を吹っ掛けられる。通常通り過ぎて、弁当箱を鞄にしまいながら「美術室」と答えれば「は?」とキレ気味に返される。
小学校五年生の時に転校してきた、萩原明菜。芙由に紹介されてから五年以上もたっていると思うと古い仲なのだが、今だこいつの沸点が分からない。
「なんであんな臭いところでご飯なんか食べているのよ」
「俺が美術部だからだ」
「それの何が関係あるわけ?」
「鍵が使える、且つ、誰にも邪魔されない」
「は? 芙由を襲ったりしていないでしょうね」
「なんでそうなるんだよ」
「だってそうでしょ? 私の許可なしに手を繋いでるんだし」
「お前の許可がどうして必要なんだよ」
「当たり前でしょ? 私の一番の友達は芙由なんだから」
普通なら芙由の一番の友達は私だという所を明菜は謙虚、というか自信がないのか、どこか可笑しな日本語を使う。
「それより、今日分かっているわね?」
「今日?」
「は? 連休前の模試の結果で私が勝って、ラーメン奢るって約束したじゃない」
一科目だけだろ、なんて突っ込んだらさらに騒ぐだろうと溜息をつきそうになったが、それすら怒られそうで鞄から本を取り出す。
「……今までの比べると額が違いすぎる」
「今まで私がジュース奢り続けたでしょ? トントンよ」
「お前が勝手に勝負吹っ掛けて負けてきたんだろ」
「知らないわよ」
「おま……」
先ほど我慢したにも関わらず結局溜息をついてしまえば、「何その溜息」と言われてしまい、取り出した本の角だけをパラパラと捲る。
萩原明菜は学年一可愛いと言われている。でもそれは第一印象の評価であり、実際は口の悪い人間。特に男子に対しては容赦なく暴言を吐き、いつしか彼女に告白する人間を勇者と囃し立てる始末。逆にそんな彼女もいいという男子生徒もいるらしく、高校二年生になった今でも告白をされている。
まあ、全て断っているらしいが。それも「話したこともないのに、何言ってんの?」と必ず伝えて。挨拶、席が隣になったから話す、同じ委員会だから、なんて彼女の中では話していないに入るらしい。
もう少し言い方があるだろ、なんて言おうとしたこともあったが、間違っていない部分もあるため、特に俺からは何も言わないが。
「芙由誘っていい?」
「駄目よ」
「なんで?」
「恥ずかしいじゃない。ニンニク臭い姿なんて見せたくないわ」
「……俺、芙由と付き合ってるから女子二人は」
「なら、許可貰ってくる」
明菜は彼女の元に向かうのを見届け、パラパラ捲ってしまった本の形を戻す。
「大変だね」
どこか楽しそうにしている前の席に座る友人である宮本。高校一年からの友人で、手芸部。明菜に会って早々モデルにならないかと勧誘していた。まあ、結果は「は?」の一言で終わり、その後も勧誘を続けた宮本は腹を殴られていた。
「お前一緒に来るか?」
「行きたいのは山々だけれどね。文化祭の準備があるから部活が忙しいんだ」
「文化祭何か出すんだっけ?」
「うん。ブックカバーとか巾着袋とか。あとアクセサリーとか……」
「その耳のも作品?」
「え? あ、取るの忘れてた」
「忘れてたって、じゃらじゃらしていて気付きそうなのに?」
「酷い言い方だな。今回の作品だよ? とりあえず休み時間つけて、重く感じたら実用性なんかないし。でも取るの忘れるくらいフィット感があるなら、今回のは成功だってこと」
「……ふーん。すげぇな」
「まあね」
耳から取り外されたイヤリングを見せられ、それは太陽の光によって輝いている。石なのかビーズなのかは分からないが、何かしらがついている。
「こういうのも作れるんだな」
「最近作り始めたんだ」
「それにしてはレベル高いな」
「まだまだだよ。よく見ると、繋ぎの部分が綺麗な円じゃないし」
「ふーん……」
触っていいかの確認をして、イヤリングを手に取ってまじまじと見る。宮本に言われれば、繋ぎの部分の針金の形が歪ではあるモノの、気にはならない程度で。さすが職人気質というか。
「何? それ」
「宮本が作ったやつ」
明菜が戻ってくれば、イヤリングをまじまじと見始める。
「ふーん。宮本って手先が本当に器用なのね」
「そうかな? 誉められているみたいだ」
「誉めているのよ」
「……でも、完全に自分の作りたいものだから」
「だから? 私が凄いと思っているんだから、素直に喜びなさいよ」
「……」
素直すぎる明菜の言葉に宮本は照れたのか、親指の爪を人差し指で掻く。その空間に居た堪れなく、話を変える。
「そういや芙由は?」
「許可は貰ったわ」
「マジかよ」
芙由を見れば視線に気づいたのか、親指を立てるサムズアップを見せてくる。先ほどのご飯交換会をしたことで、恋人の演技は達成しているとか思っているのか、将又何も考えていないのかは分からないが、笑顔を向けてくる。
後のことを考えれば、周りに色々なことを言われるのは明白にも関わらず、それ以上に俺が明菜に振り回されていることを楽しんでいる。
「それより、そのイヤリング。また売ってくれるのかしら」
「え?」
「前はヘアゴム作ってくれたでしょ? あの時のもめちゃめちゃ可愛くてお気に入りなのよ」
「お気に入りにしてくれてるんだ」
「そうよ。使うのが勿体ないけれど、使いたくなる可愛さなのよ」
「……また、貰ってくれるなら作るよ」
「タダじゃないならいいわよ」
「じゃあ、良い値で売らさせていただきます」
「ええ」
宮本が腹を殴られて以来、明菜を怖がっていたと思っていたのだが、いつの間にかモノを売買する関係になっていることに驚きを隠せなかった。というか、二人が普通に話している所も初めて見た。
「那津の分も作ろうか?」
「いや。作ってもらっても多分着けないから」
「そっか、残念。那津の耳、凄い綺麗なのに」
右耳まで手を伸ばされて触られる。ぞわっとして頭を振って手を振り払い、自分の手で右耳押さえる。初対面の時も耳を触られたが、また触られるとは思わず、耳がどんどん熱くなっていくことが分かる。
「おい」
「ごめんごめん。那津の反応面白くて」
舌打ちをして睨むと、宮本は笑っていた。
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