第4話  トッピング全のせのJK

 「JKはイタリアンと甘いものが好き」という意味の分からないことを言い出した芙由に連れていかれたのは、近所のパンケーキ屋さんだった。


「どれがJKぽい?」

「食べたいの食べろよ」

「今日はJKをやるんだよ。せっかくJKになるんだから!」

「JKって単語使いすぎてて、やばいやつに思われるぞ」


 周りを見ればおば様や本物の高校生にくすくす笑われていて、喋り続ける芙由の頭をメニュー表で叩く。


「やばいやつなら那津もだからね。まだ入学式もやってないのに制服着てパンケーキ屋さんなんて」

「なら芙由はもっとやばいやつだかな」


 更に笑われてしまい恥ずかしさから耳が熱くなっていくことが分かった。

 高校入学式前日。前夜祭だ、という芙由の言葉から高校の制服着用でのお出かけ。いつも通り、芙由の奇行だと思いながらもついてはきたが、来るべきじゃなかったと後悔する。


「で、どれがいいと思う?」

「食べたいのでいいだろ」

「んー……。この抹茶のなら甘すぎないかね」

「甘いもの食べに来たんだろ」

「甘いものは苦手なのですよ」

「じゃあなんできたんだよ」


 大きなため息をつき、レモンの味が微かにするデトックスウォーターを飲む。

 お店にあるビバレッジサーバーにはレモンと草のようなものが入っていて、後に知ったのだがあれはミントだったらしく、ただの水なのに美味しく感じた。


「だって、那津は甘いもの好きでしょ?」


 デトックスウォーターに感動しているなか、芙由の言葉に驚き彼女を見ればニコニコとしている。

 無意識の気遣いに、素直に受け取って感謝を伝えられるほど大人でもなく。


「……コーヒーとかそういうのが好きだから」

「苦すぎて一杯飲むのに時間がかかる癖に?」

「……うるせ」


 恥ずかしさから彼女の言葉をはぐらかし、空となったコップを口まで持っていけば、芙由にコップを取り上げられ水を汲まれる。

 持ってきてもらった水は先ほどとは違い、リンゴの味が微かにしてレモンよりも好みな味に驚けば、芙由はニコニコと笑っていて、目を逸らして逃げるしかできなかった。

 物心つく前からずっと一緒にいたことで、お互い何が好きで何が嫌いなのかをほとんど知っている。

 食べ物だけとっても、芙由は甘いものやおしゃれなイタリアンよりも、ラーメンや焼き肉が好き。でもその『好き』は憧れの前では些細なもので、嫌いな甘いものでも、好きなフリをすることができるような人間でもある。

 まあ、今は好きになるための準備段階だからか、普通に『苦手』だと言うのだが。


「……そうだ、シェアしよう」

「シェア?」

「分け合うてきな? 最近の若い子たちは友達同士でシェアするらしい」

「……俺チョコにするから、甘いぞ」

「チョコはちょこっとだけつければいいんだよ」

「……」


 JKはどこにいったんだよ、なんて突っ込みはせずに、おやじギャグを聞いた隣の高校生は噴出していた。

  頼んだものがきたとたんスマホで何枚も角度を変えて写真を取り出す姿は慣れずに、自分もつられてパンケーキの写真を撮る。JKたるものかわいいものはSNSにあげなくては、何て言いながらも、とりあえず写真をあげるだけでJKとはほど遠い。なにより、食べた数日後にあげるのだから、さらに遠退く。


「やっぱちょこはチョコっとだけでも甘いね」

「当たり前だろ」

「チョコっとなのにだよ!」

「そういう抹茶はどうなんだよ」

「は『まっちゃ』うくらい、抹茶美味しい」

「そりゃよかった」


 何をきっかけにダジャレを言い出したのかは分からないが、反応しないでいれば飽きたのか、目の前のパンケーキに集中しだす。


「こんなふわふわなのどうやって作るんだろうね」

「なん型とかに入れてるんじゃねぇの?」

「たい焼きみたいに?」

「多分? それかなんかうさぎの目玉焼き作るみたいな型で?」

「ああ、それなら作れそう」

「さすが」

「お店のよりは美味しくないかもだけれど、作ってみるから、家でも食べよう」

「……お前、甘いの苦手だろ」

「那津が高校入学したからね。祝わないと」

「それは芙由もだろ」

「じゃあ、一緒に作ろう」

「ラーメンを?」

「甘いやつ!」


  パンケーキに蝋燭をたてればいい感じにお祝いっぽい、それなら板チョコの裏側を使って文字を書けばチョコプレートができて、小さなホールケーキが出来上がる、なんて話をはじめ想像が膨らんでいく。

 でもその想像の中には、芙由本人のためではなく全てが俺のためで。甘いものが苦手だと言いながらチョイスするものは全て甘いものだった。

幼い頃からそうだった。

 お互いがお互いのことばかり考える。だからこそ、自分が自分を蔑ろにしても気づかない。

 でもその関係が居心地い。


「……パンケーキ作るのもいいけれど、次はお前の好きなもの食べよう」

「好きなもの? イタリアン?」

「お前が好きなのってラーメンとかだろ」

「何を言う。JKはラーメンを嫌うのだよ」

「だからどこ情報だよそれ」

「じゃあ、ツタンカーメンのお面をつけてラーメンを食べよう」

「……もしそれがダジャレだって言うなら、一回黙ったほうがいいぞ」


 無理に言った駄洒落に突っ込めば、頬を膨らませて、芙由はデトックスウォーターを一気に飲み干していった。



*************************************


 「ツタンカーメンがラーメンを食べる」

「は? 何言ってんの?」


 ぼそっと呟いた一人頃に明菜はキレ気味に反応して、店主に食券を渡す。


「野菜大盛りで、ニンニクもがっつり入れてください」

「はいよ」


 芙由の目指すJKはラーメンを嫌うと言っていたが、JK代表のような風貌の人間は、テーブルを挟んで前に座る友人は鼻歌を歌いながら、大将がラーメンを作る姿を見ている。

 ラーメン屋に来てから明菜は機嫌がいいらしく、話していない間は、今年の吹奏楽部の曲を口ずさむ。右手も無意識なのか、人差し指、中指、薬指が曲に合わせて動かされている。

 吹奏楽部のトランペット奏者。中学の頃から吹奏楽部に所属していて、高校でもソロを吹くことを目標にしていた。高校を選んだ理由も、吹奏楽部があって強いから。まあ、去年に顧問が変わったらしく、県大会をギリギリ突破できる程度のレベルになってしい、落胆していたのは半年以上前の話。

 それでも部活は真面目に出ていた。いや、出ていたはずだった。

 高校二年になってから徐々にサボり始めたらしく、今日もラーメンを食べるという理由でサボって来た。


「……部活、いいのか?」

「いいのよ」

「去年は頑張ってただろ」

「去年は去年よ。それより、あんた、ラーメンに全然トッピングのせなかったけれど足りるの?」

「お前が食いすぎなんだよ」

「何? 大食いだって言いたいわけ?」

「間違ってないだろ」

「ふーん。女子より食べられない男なんて、残念ね」

「…………男より食べる女子もどうかと思うがな」


 男だとか女だとかは言いたくないが、売り言葉に買い言葉。目の前にある水を飲めば、明菜も同じタイミングで飲んだらしく、テーブルに置いたときの音が響く。


「あんた、もっと静かにおけないわけ?」

「お前もだろ」

「まあまあ、お客さん。仲が良いのはいいけれど、もう少し静かにね」

「仲良くないわ」「仲良くない」


 店主が気を使って仲を取り持とうとしてくれたが、明菜との会話はこれが通常で、今更一般的に言われる男女の会話をしろと言われても、不可能だ。

 でも、ずっと言い争うような会話をしていたわけじゃない。小学校のころだって普通に……。いやまて。出会った時から酷かった気がする。

 小学校5年生の時に転校してきたというのに、次の日には女子を取り巻く立場。無理もない。可愛かったのだ。また、猫も被っていたからか、今ほど性格に棘はなかった。女子に対しては。

 男子には厳しく、女子には優しく。まあ、優しくする女子も明菜が気に入った人間だけ。 

 気に入らなかった女子には最低限の会話だけで、さらに酷いときは無視をするような女だった。

 そして、芙由は明菜に無視をされる。

 ただ、女子よりも男子と仲良くしているというだけの理由で。更に一部の女子に無視するように指示をしたりと徐々に孤立させていこうと奮起していた。

 結局芙由は芙由。明菜より完全に上手で男子も女子も関係なしに巻き込んで、逆に明菜を孤立させていった。


「はい、おまち」

「ありがとうございます」

「お嬢さんも、おまけしておいたから」

「え? あ、煮卵ーつ多い。ありがとございます」

「ゆっくりしてってな」


 明菜の前に置かれたラーメンの山盛り具合に若干引きながら、お互い伸びる前にと黙々と食べ始める。

 孤立させようとした明菜を、孤立させた芙由。芙由はそんなつもりはなかったらしく、孤立した明菜に一番初めに話しかけたのは、芙由だった。初めは怯えていた明菜も、芙由の優しさに絆され、心を開き、次第には溺愛していった。


「美味いな」

「そうね」


 ぼそっとラーメンの感想を言えば、明菜も同意して、再び黙々と食べ続けた。

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