第2話 結局ディースカップルってなんだよ
「ディースカップルになろう」
高校一年のクリスマス当日。雪は降らないのに、只々寒い時期。マフラーとニット帽で顔を半分以上隠した芙由は、教室に響き渡る声の大きさで不可解な言葉を発した。
小学生の頃は男子に混じってサッカーをする、活発な女子なだけだったが、中学に入ると放送室を占拠しラジオ番組を始め、生徒会選挙に出て当選すれば辞退する。卒業式には神を金髪にして、スカートを切って出席し、体育館の外では先生たちに怒鳴られていた。
そんな訳の分からない行動をしていた芙由だったが、高校に入れば多少大人しくなっていた。
いや、生徒会に入っていないときから生徒会室に入り浸ったり、職員室の先生と何か交渉している時点で大人しくはないのかもしれないが。
それでも大それた行動は減っていたことで油断しきっていた。朝、部活をサボると言っていた時点で気付くべきだった。平和ボケとは恐ろしい、なんて思ったが、彼女の真剣な瞳から今の言葉をはぐらかすことなんてできなかった。
「あー……。ディースカップルって何?」
「………………何だろう?」
興奮させないように考えた言葉にもかかわらず、自ら言った言葉に彼女自身が首を傾げる始末。
「おい」
「いや、本当さっきまで、私天才! って思っていたんだよ。『ディースカップル』ってネーミングセンスに。全米も驚くくらい天才だって、思っていたんだけれど……」
「ボケにはまだ若い」
「明日で十六歳」
「そりゃめでたい。今年もサンタの雪弥が来るんじゃないの?」
「兄貴は外国にいるから、今年は不法侵入されずに、誕生日を迎えられる」
「不法侵入って……」
「兄貴がいるだけで、私の誕生日は不幸だ」
「雪弥が聞いたら泣きそうだな」
「それはそれで面倒くさい」
メイド服に始まり、執事や騎士の恰好をされ、一日中付き纏われる誕生日を芙由は毎年贈り、最後は必ず流血事件。雪弥は「血の雨が降ってしまったな」と鼻血を流しながら、彼の顔面で潰されたケーキを食べる。それが恒例行事となっていた。
「で、結局。ディースカップルってなに?」
「……やっぱりやめよう。これもまた、黒歴史になる」
「今更すぎるだろ」
「今更って酷い。中二病具合なら私より酷いの知っているんだからね」
「お前よりはましだ」
芙由はノートに魔法の陣を描いていたが、俺はそこまでではない。頭の中で、自分は転生者だの人とは違う能力を持っているなど妄想に留めていただけで……。思いだしただけでも恥ずかしいな。
「それでなんだよ」
「何かなー、私そんなこといっ」
首を傾けて上目遣いする姿にイラっとし、芙由の頭を軽くチョップすれば、両手で頭を抑える。
「それで?」
「……………………偽の恋人になってほしいなって」
「は?」
じっと見られたかと思えば、目を逸らされる。でも再び芙由は目を合わせて言うのだった。
「もし、恋人役に頼むなら、那津しかいないなって思って」
「……いや、だからなんで、恋人役?」
答えになっていない言葉は、再び疑問を生み、彼女の瞳をじっと見つめる。少しだけ色素の薄い瞳は日本人離れしているような瞳で。でも実際彼女は純日本人。親も祖父母も曾祖父母まで辿っても、外国の血は流れていない。
そんな瞳に魅了されながら、次の言葉を考える彼女を待つ。
恋人役であって、恋人ではない。
生まれたときからずっと一緒にいた男女がお互い好意を持って、でも関係が壊れることを怖がって前に進めない。なんて甘いな空気は一切ない。
彼女は本当にただ、『役』を頼んでいる。
「高校生は恋愛する人が多い。むしろそれが当たり前な風潮もあって。皆、彼氏だ、彼女だ、なんてすぐに言い出す」
「まあ、中学の頃よりは増えたよな」
「うん。頻度が増えて、皆して、那津とは付き合っていないの? なんて言ってくる」
「傍から見たら、言われても仕方ないもんな」
高校になっても未だ登下校は一緒にいていて、土日だって遊ぶ関係。疑われないはずがない。
「でも、那津と恋人には絶対にならない」
絶対、というのは、幼馴染の男女だから以外の理由が含まれる。幼馴染が付き合うまでの、悶々とした空気は一切ない、俺たちの関係。互いが互いを大切には思っているが、それ以上にはならない。
俺が同性愛者で、彼女が異性恐怖症が原因だ。
同性愛者は言うまでもなく、生まれたときから男が好きだった。
でも、芙由は違う。異性恐怖症とは言ったが、私生活において普通に男子とも交流を持つ。だが、恋愛に発展することは一切ない。
彼女は、中学の頃の彼氏に襲われてからは、恋愛の話を一切しなくなった。
「だからって、那津と距離を取るなんて考えられなかった
「それで、恋人になっちゃえば良いって思ったのか」
「……うん」
彼女の頷きを最後に、教室は静まり返る。遠くから、吹奏楽部の練習する楽器の音が聞こえてくる。時刻は十七時。既に外は暗くなり始めていて。電気をつけるか迷い始める時間。
「外、暗くなったな」
「え、あ、そうだね」
「……帰り、コンビニでも寄って肉まんでも食べるか」
「……ピザまんも食べたいから、半分こしよ」
「うん」
どちらも食べたいけれど、二つ買うのは多い。小学生のころ二人で困ったときに、芙由の兄貴の雪弥に「二人でいるんだから、分ければいい」と言われてからずっと半分こをして食べている。
肉まんとピザまんを半分こにするだけでも、懐かしい思い出を一緒に作ってきた人間が困りながらも頼みごとをするのだから、聞き入れる他なかった。
「ディースカップルってネーミングセンスは同かと思うが、偽の恋人ならなろうか」
「…………へ?」
「すげぇ阿保面」
「いや、だって! 普通は断るところじゃない? それなのに、何で、って叩かないでよ! さっきも叩いたし、馬鹿になったらどうするのさ」
五月蠅くなった芙由の頭をチョップすれば、頭を抑えながら怒り出し、先ほどまでのしおらしさが無くなる。
「ディースカップルなんて名前を付けている時点で馬鹿だろ」
「な、全米も褒め称えるくらいの凄いやつだよ!」
「それを言っているのはお前だけだ」
「だとしても! 那津もそれになるって言った時点で同類」
「じゃあお似合いだな」
「お似合いって」
「お似合いだろ。偽でも恋人になるんだ。それならお似合いの方がいいに決まってる」
鞄から芙由のつけている手袋と同じ形をしたミトンを見せる。
「お前はさっき、よく考えたら失礼だなことしたって言っただろ。でももっとよく考えてみろ」
「え?」
ミトンを着けながら、話を続ける。
頭では分かっていても心を痛める言葉で、芙由の顔を見て言うことはいつもできない。
「俺が好きなやつは、芙由のことが好きなだからな」
「そ、れは……」
「まあ、好きじゃなくても仲は良いだろ。てことはだ、俺とお前がディースカップルになれば、必然的に俺は好きなやつと親しくなる可能性がある」
着けたミトンを見せ、芙由の手と併せる。
糸や綿でお互いの手が覆われていることで、触れることのない手。それでも芙由の温もりを感じるのはきっと期のせいではない。
「俺は、今後もあいつに思いを伝えないし、言えるわけもない。でも、今のままだと後悔だけは残ると思うんだよ」
「……」
「俺のためでもあるから、ディースカップルになろうよ」
合わせた手を握れば、芙由は唇を嚙みしめて、今にも泣きだしそうに瞳に涙を溜める。
「……那津は、すっごい馬鹿だ」
鼻を詰まらせた声は、震えていて、でも握った手を握り返される。
「ディースカップルになっても、親しくなれるとは限らない」
「そこはお前が心配することじゃない」
「でも、それじゃあ意味ないよ」
「いいじゃん。これは俺のことなんだから。お前は自分のことを考えてよ。これで、多少は色々言われなくなるんだろ?」
「……」
笑ってみれば、芙由はぎゅっと目を瞑る。それと同時に、涙が頬を伝っていきマフラーに吸い取られていく。
「芙由が笑ってくれるなら、俺はなんだってするよ」
先ほどより手を強く握れば、芙由は嬉しそうに笑った。
芙由が笑ってくれればなんだっていい。それがどんな犠牲の上に成り立っていたとしても。
彼女に対する感情は、恋愛なんていう醜く汚い感情なんかじゃない。幼馴染で、兄弟のように育って。誰よりも大切な存在。涙なんか流さず、ただただずっと幸せに笑っていてほしい存在。
だから、芙由が桑原と今後も親しくしていても特に何も思わない。例え二人が恋人になったとしても、多少は胸が痛くなるかもしれないが、そんなのいくらでも無視して祝福する。
そのぐらいしないと、きっと俺は、自分を責め続ける。
それから偽の恋人、芙由の言葉を借りるなら『ディースカップル』はもうすぐ五カ月がたつ。
「どうだった? 雪弥からの愛情は」
お弁当を食べ終わった芙由に話しかければ、お腹を摩りながらため息交じりに返事をする。
「なんかすごく重く感じたよ」
「流石の愛だな」
「なんか那津が愛っていうと笑っちゃう」
背もたれのない椅子に寄りかかろうとした芙由は、椅子と共に倒れていった。
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