好きな芸術のお話をしよう。わかる人がいたら嬉しいな。そんな作品は好き?

良い作品でした。
何度か「ここで終わってもいい雰囲気だけどまだ続くんだ」となりながら読み、ラストで「なるほど、このなんともいえない感動を得るにはここまでのページ数が必要だったんだ」と思わせてもらいました。ラストまで読んだ人の特権といえましょう。

第一印象は、蜂蜜と遠雷とかピアノの森。千秋ちゃんと大悟のエピソードではブルーピリオドも思い出しました。それ系が好きな方に刺さるのではないでしょうか。
全文拝読した感想として、どことなく海外文学味がある作品だなと。

ラフマニノフのピアノ協奏曲第二番のエピソードがいいですね。
この夫婦って主人公側が夫の天才性、こだわり、病みゴッホ化(安い表現しちゃってごめんね)みたいな精神性を心配してるのですが、それが実は妻本人も割とそう。で、同じ芸術感性ペアなんだけど互いにどうしても専門外なところもあるんですよね。分かり合えるけど分かり合えてない部分もある。
相手がわかってない。それは仕方ないことなのでわかれと言うようなことでもなく、「わからなくて仕方ない」でしかない。
このどうしようもない孤独みたいなのがリアルで愛しい。

画法を教えてもらって自分の演奏方法を思案する。この感性もいいなと思いました。
学問とか芸術系ってそれ一個で独立してるように思われつつ別のジャンルと繋がってて、別のジャンルに触れることでより深く理解できたり感性を磨かれたりできますね。

褒め言葉に「私の演奏でよかった部分を都合よく切り出して集めた褒め言葉のアルバムにすぎない」と冷静な考えでいるのも、その道に打ち込んできた主人公らしさがあっていいですね。

マネージャーが美術界詳しいんだなって思って、単に作者都合でそういう意見を言わせたくてしゃべってるのでなく、主人公と関わる中で調べて詳しくなった、とかだったらエモいなぁと思いました。

あと、ありがちな「芸術主義と商業主義」。これもこの手のお話をするならやはり外せないポイントなので、きっちり丁寧に描いているのが好感でした。

イップスの『薄皮を重ねるような努力の積み重ねによって、作品というものを世に出していく。イップスと言う病気は、その積み重ねた努力の結果を奪うどころか、芸術家として一番脂がのっている時期の時間を治療として捧げることを強要する。しかも治る保証などどこにもない治療に時間を捧げることを強要する』という説明も、必要なことをきっちりと書いてその重大さを教えてくれていて、素晴らしい。

そして作中の主人公ゆきは、考えが甘いところがあり、感情的なところもあり。応援コメントでもたまに言われてます。でも、そこがリアルですよね。
現実世界でもそうですが、芸事に打ち込んできたコンテスタントが優勝してプロになる。その感性って普通の社会人と同じようには育たなくて、ピュアすぎたり、おこちゃまメンタルだったり、お姫様お姫様してたりするってのがあるあるなので。
追い詰められてる時に最善策を理性的に選択できる? と考えると、まあまあ普通の人でも難しいわけで。
描かれてるメンタリティ、その考えの「なんでそっちにいっちゃうの? ちょっと待った」と言いたくなるところ含めて、リアルだなと思いました。

(と書いてて自分で「なんか自分偉そうだな」と思ってしまった……素人が偉そうにすみません!土下座しとこう)
本編外のコラムもとてもよかったです。
教養と情熱を感じる作品でした。私は好きです。

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