いつかアポロになれたなら
播磨光海
いつかアポロになれたなら
まるで凪いだ夜の湖を思わせるような響きだった。
ホールの観客席で、日和は身動きができずにいた。ホール全体の空気がピンと張りつめていて、その中をゆったりとしたメロディーが流れていく。
背中がぞくりとしている。ホール内は暖房が効いているのに、ひんやりとした空気さえ感じられそうな音色。
そして、どくんと心臓が大きく跳ねるのを日和は感じていた。
舞台の上では一人の男性がピアノを奏でている。その様子に、日和は目も耳も奪われていた。
曲はベートーヴェンのピアノソナタ第十四番「月光」。元は第十三番と併せ「幻想曲風ソナタ 作品二十七」としてまとめられたこの曲は、後世の詩人レルシュタープが「湖の月光の波に揺らぐ小舟のよう」と表現したことで「月光」の通称がつけられたという。男性が今弾いているのはその第一楽章である。咆哮のような第三楽章とは対照的な穏やかな曲調にも関わらず、聴いている日和の心はかき乱されていた。
織物みたいだ、と日和は思った。美しく、緻密に織られた布。そんな演奏を、日和は今、耳にしているのだった。
第二楽章に入っても男性は丁寧に、音を一つ一つ拾い上げていく。それは同じくピアノを弾く日和にはできないことだった。怒涛ともいえる第三楽章を、打ち付ける波濤のようなアルペジオで締めくくり、男性は大きな拍手で迎えられた。
「やっぱすごいわ、服部先輩。……日和?大丈夫?」
「え……?あ、うん、ごめん。ぼーっとしてた」
友人の加奈子に声をかけられ、日和はハッとした。休憩に入り、観客たちが次々と席を立っているところだった。
加奈子は日和の高校時代からの友人である。ピアノが趣味ということで仲良くなり、別の大学に通う今も親交があるのだ。今日は加奈子の大学のピアノサークルの定期演奏会に誘われていて、とっくに出番の終わった加奈子と共に日和は演奏を聴いていた。
静かな旋律。夜の湖のような響き。それが日和の耳の奥で再生される。
「ひーよーりー。さっきからどしたの?」
「あ……ちょっとね。『月光』がすごかったから」
「感動したの?いやーわかるよ、服部先輩めっちゃうまいもん」
「感動したっていうか」
衝撃だった。あんなにも繊細な織物のような演奏を聴いたのは、日和には生まれて初めてだった。
どくんどくんと心臓が早鐘を打っている。
凪いだ夜の湖の上に、月が静かに輝いている。その情景が日和の頭に浮かんだまま離れない。
二人がロビーに出ると、演奏者と観客が入り乱れて談笑していた。その中を、先程「月光」を披露した男性が歩いているのが日和の目に留まった。
「加奈子、あの人さっきの」
「気になる?いいよ、話しにいこ」
「いや気になるわけじゃないんだけど……って、ちょっと加奈子」
「服部せんぱーい」
男性は加奈子と引きずられる日和に気付いたようで足を止めた。
「服部先輩、さっきの『月光』、ほんっとに良かったです!」
「おう、ありがとうね灰原。いやー体力使ったわ。で、この方は?」
「私の友人です」
男性が日和の方を見た。目が合って、思わず日和はそらしてしまう。顔が熱を持っているのが分かる。
「えと、土田日和と言います。よろしくお願いします」
「服部浩太です。君もピアノ弾くの?」
「弾きます!あの」
どうしよう、感想を言うべきだろうか?初対面なのに?日和の頭を考えがぐるぐると回る。衝動のままに、日和は言葉を口にしていた。
「第一楽章。あんなに静かで緊張感ある音、私初めて聴きました!聴いてから、凪いだ湖を月が照らす情景が浮かんで離れないんです。ひんやりした空気の中で見る月の光って感じがしました。第二楽章は飛んだり跳ねたりして、生き生きとした様子が伝わってきましたし、第三楽章はあんなに速いのに一つ一つの音色がとても美しくて、きれいな織物みたいでした!っと……あー……」
日和はそっと服部の顔を見た。服部はどこか驚いたような顔をしている。
「日和ってば、すっごい勢いで喋るんだから!もー」
加奈子が隣で爆笑している。
「すみません!その、いきなりこんな風に話してしまって……」
「いや、いいよ」
少し笑いを含んだ声で服部が言った。
「ありがとう。僕の演奏にそんな感想をくれて。感じたことを言葉にするのが上手いんだね、うらやましいよ」
「そりゃあ日和は文学部ですから」
加奈子がなぜか誇らしげに言う。
「それは感想が上手いわけだ。それじゃ、僕はこの辺で」
去っていく服部の背中に、日和はぺこりと頭を下げた。
「服部先輩さ、今年で卒業なんだ」
加奈子がぼそりと言う。
「え……ってことは、これでもう服部さんの演奏聴けないってこと?なんで去年の演奏会呼んでくれなかったの?」
「去年はだって、日和のところの演奏会と被ってたんじゃん」
「そうだった、そうでした」
「ま、心配しなくても服部先輩はITubeに演奏動画上げてるからさ。後でチャンネル教ええてあげるよ」
「ありがとう!」
休憩の終わりを知らせるブザーが鳴る。二人はホールへと戻った。
演奏中も日和の脳裏にはピアノを演奏する服部の姿が浮かんでいた。
目の前の演奏に集中したいと思っても、先程イメージした月の輝きが頭をよぎる。
ぼんやりとしたまま、日和は残りの時間を過ごした。
演奏会が終わり、打ち上げがある加奈子と別れ、帰りの電車を待つホームで日和は教えてもらった服部のチャンネルを見ていた。十二月の風は肌を刺すように冷たく、日和は思わず体を震わせる。
「ショパンのスケルツォに、グリーグのソナタに……プロコフィエフの戦争ソナタ?すごい、色んなの弾いてるんだ」
イヤホンを取り出し、耳につける。途端に、職人が魂を込めて織りあげるような演奏が流れ出す。
「でもやっぱり、ホールで聴くのが一番いいな……。『月光』、もう一度聴いてみたいな」
どくん、どくん。日和の心臓がまた早鐘を打ち始めた。
すっかり暗い夜空の端に、三日月が浮かんでいるのを見ながら、日和はイヤホンから流れる曲に意識を集中した。
それから日和は、毎日のように服部の演奏を聴いていた。
バッハの半音階的幻想曲とフーガ、ベートーヴェンの熱情、ラヴェルのクープランの墓、ドビュッシーの喜びの島、バルトークのルーマニア民俗舞曲集等々、服部のレパートリーは豊富だ。
しかし、どの曲を聴いても日和の脳裏に浮かぶのは定期演奏会で「月光」を聞いた時の輝く月の情景だった。
気付けば日和は「月光」の第一楽章をゆっくりとピアノでなぞるようになり、そうして服部のことを思い出すようになっていた。
もう一度会いたい。会って話をしてみたい。服部のことを知ってみたい。そう思いながら日々を過ごしていたある日のことだった。
日和は繁華街に出かけていた。駅直結のショッピングモールで買い物をし、行き交う人々の間を歩いていると、どこからかピアノの音が聞こえてきた。
ショッピングモールは一部が吹き抜けになっていて、一階部分にストリートピアノが置かれているのを日和は知っていた。駆け寄って下を覗き込むと、一人の男性がピアノを弾いているのが見えた。曲はサティの「ジュ・トゥ・ヴ」で、楽しげなメロディーがショッピングモールを華やかに彩っている。日和も楽しくなってきて、思わず一緒に鼻歌を歌ってしまう。
「うん?あれって……」
日和は目を凝らした。見覚えのある横顔に、思わずどきりとする。
日和はエスカレーターに飛び乗った。曲はまだ終わらない。早く、早く。焦る気持ちと裏腹にエスカレーターはゆっくりと動く。
一階に着くと、ちょうど演奏が終わったところだった。足を止めて聴いていた人々から拍手が上がる。椅子から立ったのは、やはり服部だった。
服部は一礼して、通行人の間に消えていく。その背を、日和は追いかけた。
「あの、服部さん!」
服部が振り向いた。そして、少し驚いた顔をした。
「えっと、土田さんだっけ。この間は来てくれてありがとう。奇遇だね、こんな所で」
「はい。ちょっと買い物に来ていたもので」
しまった。日和はそう思った。衝動的に話しかけてしまったせいで会話が思いつかないのだ。
「さっきのジュ・トゥ・ヴ、途中からしか聴けてないんですけど、でもすっごく聴いてて楽しかったです」
「そうか。ここの雰囲気に合うと思って、買い物してる人が楽しいと思ってくれたらいいな、なんて思いながら弾いてたんだ。楽しんでもらえたならよかったよ」
「雰囲気にぴったりでしたよ!あの演奏を聴いた人は、わくわくすると思います」
「はは、そこまで言われるとちょっと恥ずかしいな。そうだ、このあと時間ある?せっかく会ったんだし、お茶でもどうかな」
「えっ!そんな」
日和は急に自分の恰好が気になり始めた。今日はお気に入りのワンピースだ。メイクも気合を入れたわけではないが、そこそこの仕上がりのはず。
「いいんですか?」
「いいよ。タルトは好き?」
「好きです!」
「じゃあ、おすすめのお店があるから行こう」
服部が案内してくれたのは、駅から少し離れた所にある、小さなお店だった。黄色を基調とした店内のショーケースには、宝石のようなタルトがずらりと並んでいる。
「うわぁ、どれも美味しそうで迷います」
「そうでしょ?ここのは本当においしいんだよね」
「おすすめってありますか?」
「うーん、僕のおすすめはこのベリーのやつかな。ベリーの酸味とクリームの甘みがちょうどいいんだよね」
「じゃあ、私それにします」
日和はベリーのタルトと紅茶を頼んだ。服部も同じ組み合わせだ。
「紅茶、好きなんですか?」
運ばれてきた紅茶に口をつけて、日和は聞いた。ベルガモットの香りが鼻をくすぐる。
「飲むのが好きというより、香りが好きなんだ。なんだか落ち着くんだよね」
「落ち着くの、私もわかります。香りって不思議ですよね」
日和はベリーのタルトを口に運んだ。ラズベリーの酸味が、クリームの甘みで調和されていく。
「おいしい!おすすめしてくださって、ありがとうございます」
「どういたしまして。そういえば、普段はどんな曲弾くの?」
「バッハとかモーツァルトとか、古典に偏ってますね。たまにメンデルスゾーンとかシューマンも弾きますけど。服部さんは、なんか満遍なくって感じがしますね」
「そう?あ、もしかして僕のITubeチャンネル見つけた?」
「はい、加奈子に教えてもらったんです。上がってるのは全部聴きましたよ!特にグリーグのソナタがかっこよくて何度も聴いちゃってます。ピアノ曲なのにオーケストラみたいな音色で、びっくりして。特に第四楽章は協奏曲みたいだなって思いながら聴いてました」
「第四楽章は僕もオーケストラとピアノをイメージして弾いてたから、そう言ってもらえると幸いだよ」
そう言って、服部は紅茶を一口飲んだ。
ふと、日和の脳裏に湖を照らす月のイメージが浮かんできた。
「加奈子から聞きました。服部さん、今年で卒業なんですね」
「そうなんだ。卒業研究がまだ終わってないんだよね」
「あの」
日和は一つ息を吸った。会って二回目の人に、こんなことを言うのはいかがなものかと悩んでしまう。もう一度息を吸って、日和は口を開いた。
「私、もう服部さんの演奏をホールで聴けないのが残念です」
「ああ、それなら心配いらないよ。僕、卒業コンサート出る予定だし」
「それって、一般の人も聴きに行けるんですか?」
「いや、招待制なんだ。だから土田さんを招待するよ」
その言葉に、日和は思わず頬が緩むのを感じた。
「ありがとうございます!何の曲を弾かれるんですか?」
「うーん、秘密。当日の楽しみってことで」
「じゃあ、楽しみにしておきます」
「うん。僕も土田さんが来てくれるのを楽しみにしているよ。あ、よかったら連絡先交換しない?招待する時に名前と電話番号が必要なんだよね」
「しましょう!」
トークアプリのQRコードを見せながら、日和は夢を見ているのではないかと思っていた。服部と、まだ二回しか会っていないのに、距離が縮まっていく。あんなに会いたいと思っていた服部と、今こうして話をしている。その事実に、頭がくらくらしそうだ。
「ちょっと気になったんだけどさ、土田さんの手って大きいよね」
「そうですか?」
「オクターブ余裕じゃない?」
「えっと……そうですね、十度は届きます」
「わ、僕と一緒ぐらいかもしれない」
そう言って服部が広げた手の平を日和に向けた。
「手。どっちが大きいかな」
「え」
それはもしかして、手と手を重ねて比べるということだろうか。
思わぬ展開に、日和はかっと顔が熱を持つのを感じた。服部にも分かるくらい赤くなっていないことを願う。
おずおずと、日和も手を差し出す。触れた手の平は少しひんやりとしていた。
綺麗な爪だ。日和は思わずそんな感想を抱いた。
「同じくらい、ですね」
「だね」
手が離れていく。それを名残惜しいと思ってしまう自分がいる。そしてその手に触れることができる人が他にもいるのか、日和は気になってしまう。
「服部さんって」
恋人とか、いるんですか?
そんな質問をしそうになって、日和は口をつぐんだ。会って二回目の人にそんな質問をするのは早すぎる。
「いつからピアノ、やってるんですか?」
ごまかすように、日和は問うた。
「三歳の頃かな。母の友人がピアノの先生で、そこで習うようになったんだ」
「三歳!早いですね。今も習ってるんですか?」
「いや、今は独学だよ。高校生の時に先生が亡くなってしまったから」
「そうだったんですね……」
触れてはいけない話だったか、と日和は焦りながら、服部の顔を見た。服部は全く気にしていないようだ。
「本当は音大に行くことを考えてたんだ。でも先生が亡くなったショックを引きずったまま試験を迎えてしまってね。当然、落ちた。幸い勉強は嫌いじゃなかったし、音響に興味があったから今の大学に入ったけど、でもみんなほど研究に熱中できるわけでもなかったしなぁ」
「卒業したら、就職されるんですか?」
「うん。今の大学の事務員をやることになってる」
「そうですか」
よかった、と日和は思った。これなら、加奈子の所に遊びに行った時に会えるかもしれない。
「土田さんは?灰原と同じなら今三回生だっけ、ぼちぼちインターンとかあるんじゃないの?」
「私は大学院に行こうと思ってるんです。国語の教員免許を取る予定なんですけど、修士課程まで進んだら専修免許が取れるんで、そっちの方が将来的に有利かなって思って」
「そっか。研究は楽しい?」
「楽しいですね。分からないことが分かっていくのが、楽しいです」
「それはいいことだね」
服部がふっと笑う。その笑顔に、日和はどきりとしてしまう。
「そろそろ出ようか」
服部の声に、日和ははっとした。気付けば、カップの中身は残り少なくなっていた。
もっと一緒にいたい。その気持ちを抑え、日和は頷いた。
店を出ると、辺りは薄暗くなっていた。駅までの道を、二人並んで歩く。
「寒いですね」
「うん。これからもっと寒くなるのが信じられないよ」
そう言って、服部は白い息を吐いた。
「服部さんは、これから卒業研究で忙しくなりますか?」
「そうだねぇ。卒業させてもらえるように頑張らないと」
「それは頑張らないといけませんね」
会話が途切れた。
どうしよう、どうしよう。日和は頭の中で話題を探す。好きな食べ物、好きな映画、好きな場所。そんな質問しか思い浮かばない。
もうすぐ駅についてしまう、多分この後は卒業コンサートまで会えないだろう。頭をフル回転させていると、服部が口を開いた。
「土田さん」
「はい」
「土田さんは、なんでピアノを弾くの?」
思いもよらない質問だった。意図がつかめないまま、日和は答える。
「何となく、楽しいから、でしょうか」
「そっか」
それきり、服部は何か考え事をするかのように黙ってしまった。
駅に着いてしまった。
「じゃあ、僕はこっちだから」
「あ、私は反対ですね」
「それじゃ、次は卒業コンサートかな」
「はい。楽しみにしてますね」
手を振って、お互い別れる。
人混みに消えていく服部の背中を見送って、日和はホームへと向かった。
「あー!まただめだ」
大学の部室で、日和は思わず叫び声を上げた。
後期の期末試験も近づいて、普段は人で賑わっているピアノ部の部室には、今日は誰も来ていない。日和は試験勉強の合間に部室に来ていた。今取り組んでいるのはブラームスのラプソディ一番だ。
先程から日和はうまく弾けずに困っていた。
跳躍は外し続け、曲の持つ荒々しさに引きずられて逸ってしまう。
日和は頭を振った。
頭からあの月の輝きのイメージが離れない。
服部に会えないのがもどかしい。卒業コンサートまではまだ一か月近くもあると考えると、それだけで日和の頭はおかしくなりそうだった。
「だめだ、全然集中できない」
日和は楽譜を閉じた。こんな状態ではとてもラプソディなど弾けない。
鞄から「月光」の楽譜を取り出す。そして、第三楽章を開いた。
ゆっくりと冒頭のアルペジオを弾いてみる。スフォルツァンドの和音。元のテンポで弾けたならば、激情に駆られる今の自分にぴったりだっただろうと日和は思う。
「月光」というタイトルはベートーヴェン自身によって付けられたものではない。だから、この第三楽章の激流のようなメロディーは、月をイメージして書かれたものではないはずだ。しかし、今の日和には、まるで月の光に惑わされた様子を描いているように思えるのだった。
もうずっと、服部のことを考えている。あの定期演奏会で聴いた「月光」が耳から離れない。また聴きたい。また服部に会いたい。会って話をしたい。
そんな思いが募っていく。
服部とは連絡先を交換した後、少しやり取りをして、それきりだった。こちらから連絡しようと思っては、何度も思いとどまった。服部は今、卒業研究で忙しいはずだ。邪魔をしてはいけないと、日和は自分に言い聞かせていた。
気持ちが整理できず、加奈子にも何度も相談した。加奈子は笑って
「青春だねぇ」
と言うだけだった。
また湖を照らす月のイメージが日和の頭に浮かんできた。
「今日はもうやめにしよう」
日和は楽譜を鞄にしまった。その時、スマートフォンが振動した。
「……えっ?」
チャットメッセージの差出人に思わず悲鳴を上げそうになる。
そこには「服部浩太」とあった。
「服部さん!?なんで!?」
震える手で日和は画面をタップした。
「土田さん、ご無沙汰しております。2月26日にみずうみホールでオケの公演があるのですが、チケットを2枚いただきました。良ければ一緒に行きませんか?……うそ」
思わずスマートフォンを落としそうになる。まさか、あの服部からコンサートのお誘いが来るなんて。
「夢……?」
日和は何度も文面を読み返した。送り先を間違えたというわけではない。確かに、日和あてに送られたものだ。
「『お久しぶりです。卒業研究お疲れ様です。お誘いいただき、ありがとうございます!ぜひご一緒させてください!』と」
悩むこと十分、日和は服部に返信すると、コンサートについて調べた。どうやらアマチュア団体の定期公演のようだ。そういえば以前、加奈子からピアノサークルにアマチュアオーケストラにも所属しているメンバーがいるという話を聞いたことがある。その伝手だろうか。
「あーーーー嬉しすぎる……。服部さん、私のことどう思ってくれてるんだろう」
日和はため息をついた。そこで、ふと疑問が頭をよぎった。
果たして自分は、服部とお付き合いがしたいのだろうか?
「どうなんだろう、私」
ここまで毎日服部のことで頭をいっぱいにして、ピアノの練習も覚束ない状態で。そこまでして、自分は服部の何になりたいのか?
「分からない……」
また月のイメージが脳裏に浮かぶ。
自分は服部とどうなりたいのだろう。その答えが出ないまま、日和は悶々とコンサートまでの日を過ごした。
コンサート当日、日和はブラウスにセーターを重ね、その下にスカートを履いていった。メイクも服装に合わせた色味にし、髪も巻き、自分にできる最高のおしゃれをしたつもりだ。
「お待たせ、土田さん」
会場の入り口で待っていると、服部が姿を現した。ジャケットにシャツ、ズボンといういで立ちだ。
「服部さん、おしゃれですね」
「そうかな。土田さんもよく似合ってると思うよ、その服」
「そ、そうですか?ありがとうございます!」
舞い上がってしまいそうな気持ちになるのを、日和はこらえた。
服部と並んで、ホールの座席に座る。それだけで、日和はどきどきしてしまう。
今日の曲目はベルリオーズの幻想交響曲とショパンの協奏曲第二番だ。
「知ってる?ベルリオーズ」
「いえ、知りませんでした。初めて聴きます」
「僕もなんだ。幻想交響曲は名前だけ知ってたけど、生で聴くのは初めてだよ」
プログラムには曲の詳細が書いてある。
幻想交響曲の原題は「ある芸術家の生涯の出来事、五部の幻想的交響曲」と言い、第一楽章「夢、情熱」、第二楽章「舞踏会」、第三楽章「野の風景」、第四楽章「断頭台への行進」、第五楽章「魔女の夜宴の夢」から成る。内容は「思いが破れた若き芸術家が死を覚悟してアヘンによる服毒自殺を図る。昏睡状態の中で彼は幻覚を見る。彼は幻覚の中で愛していた彼女を殺し、断頭台に送られる。死後、彼は魔女のサバトに遭遇し、そこに彼女がやってきたのを見る」という、ショッキングなものだ。
ショパンの協奏曲第二番は、ショパンの初の協奏曲だ。全三楽章から成り、特に第二楽章はワルシャワ音楽院の同学年であるコンスタンツィヤを思って書かれたものだという。
「なんというか、どちらも情熱的ですね」
「そうだね」
開演のブザーが鳴る。
まずは幻想交響曲からだ。
ゆったりとした序奏で始まり、やがて浮足立つような響きに変わる。しかし、所々で悲嘆に暮れているようなメロディーが混ざる。まるで春の野原に時たま雨が降っているようだと日和は感じた。
やがて曲は華やかな舞踏会へと移り変わり、それが終わるとのどかな田園風景が広がった。しかし、牧歌の合間にティンパニーによる遠雷が聞こえてくる。そして、おどろおどろしく、時に華やかな行進曲が始まった。断頭台で刃が落とされ、不気味なサバトが始まる。弔鐘が鳴り、「怒りの日」が奏でられる。
指揮に従い、団員が一つの生き物のように音楽を奏でる。その様に、日和は見惚れていた。
アヘンを飲んで幻覚を見る若き芸術家。自分ももし服毒したら、こんな奇怪な幻覚を見るのだろうか。服部はそこに登場するのだろうか。
日和は思わずそんなことを考えてしまった。
圧倒的なクライマックスで曲が閉じられた。観客の拍手が雷鳴のように聞こえる。日和も負けじと手を打ち鳴らした。
「休憩だね。僕は自販機で何か飲もうと思うんだけど、土田さんはどうする?買ってあげるよ」
「そんな、申し訳ないですよ」
「いいよ、今日は来てくれて嬉しかったから」
その一言に、日和は天にも昇りそうな気持ちになる。「来てくれて嬉しい」だなんて、服部はどんな気持ちで自分を誘ってくれたのだろうか。
服部とどうなりたいのかという疑問が、一気に頭から去っていく。
自販機で、服部はコーヒーを、日和はココアを買った。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。それにしても、聴くのに体力使うね」
「はい」
日和はココアを一口飲んだ。甘さが口いっぱいに広がり、一時間演奏を聴き続けて消耗した体力を回復してくれる。
「次は協奏曲か。どんなピアノが聴けるんだろうね」
「楽しみです」
第二部開演五分前のブザーが鳴る。二人はホールへと戻った。
協奏曲第一楽章は語りかけるような提示部で始まった。そして、ホール全体を満たすようにピアノが奏でられ始める。
第二楽章はまるで甘い夢のようだった。幸せな夢を見ているかのようなピアノの響きに、日和はついうっとりとしてしまう。ああ、まるで今の自分のようだ、と日和は思った。隣に服部がいて、こうして二人でコンサートを見に来て。同じ時間を共有している、それが幸せと言わずしてなんと言うのだろう。歌うような中間部は、秘めた情熱さえ感じられるようだ。
日和は自分の頬が緩むのを感じていた。心臓が高鳴っている。今こうしていて、服部に自分の気持ちが知られていませんようにと願うばかりだ。
第三楽章はマズルカのような、民族的な響きで展開される。まるでオーケストラ全体が踊っているようだ。鍵盤の上を指が縦横無尽に駆け巡る。そして、曲はクライマックスを迎え、ピアノの速いパッセージとオーケストラの華やかな響きで締めくくられた。
拍手が鳴り響く。
日和は前のめりになっていた上体を起こした。
「ふう……」
思わずため息をついてしまう。
「疲れた?」
「ええ、少し」
「僕もだよ」
少しだけ余韻に浸った後、人の流れに乗って、二人は会場を出た。
駅まではすぐだった。電車がやってきて、それに乗り込む。
「いや、すごい迫力だったね」
「そうですね。私、『幻想交響曲』の第三楽章のティンパニーの所に感動しました。あんなに静かに、聞こえているか聞こえていないかくらいの音量で遠雷が表現できるんですね」
「あそこは僕も感動したよ。情景が目に浮かぶようだった」
「ショパンは情感たっぷりでしたね。」
「うまく言えないけど、これぞショパン!って感じの演奏だったね」
「第二楽章が特によかったです。まるで歌ってるみたいで、秘めた思いを表に出さないようにして、それでも分かってしまうような、そんな演奏でした」
「土田さんは、感想を言うのがうまいんだね」
「いや、そんなことはないですよ」
「そんなことあると思うよ。よく聴いてくれてるんだなって感じる」
「それは……ありがとうございます」
日和は照れくさくなってうつむいた。
その時、またあの疑問が頭に浮かんできた。
自分は、服部とどうなりたいのだろうか?
思い浮かばない。想像できない。こうして並んでコンサートを見ることができて、一緒にいられて幸せだと思うのに、この先自分がどうしたいのか全く分からない。
手を繋いでみたい?キスは?その先は?
そんなことがしたいわけじゃない、と日和は思う。
ではこの感情は、いったい何のためにあるのだろうか。
「土田さん?」
服部の声に、日和は我に返った。
「は、はい。すみません」
「もうすぐ、乗り換えだよ」
「ありがとうございます」
しまった。服部の前でぼんやりとしてしまっていた。日和は軽く後悔した。
服部の前では完璧な自分でありたいと思う。一部の隙も無い自分を見てほしいと思う。
自分だけを見てほしい、とも思う。
服部と別れた後も、日和はずっとそのことを考え続けていた。
考えれば考えるほど、分からなくなる。頭の中であの輝く月のイメージが繰り返し沸き起こり、服部のことしか考えられなくなる。
こんな状態は嫌だ、と日和は思った。こんな、何か一つのことで頭がいっぱいになって、他のことが手につかなくなるのは自分じゃない。
どうしたらいい?どうしたら楽になれる?
こんな、ただ在るだけで気が狂いそうになるほどの感情なんて、無くなってしまえばいい……。
いっそ手放してしまえばいい。
そう思うのに、手放せない。あの湖を照らす月は、日和の中で煌々と輝いている。
電車が最寄り駅に着いた。日和はふらふらと駅舎を出た。
半月が西の空に浮かんでいた。
いよいよ卒業コンサートの当日がやってきた。
日和は今日も自分にできる最高のおしゃれをして、会場へと向かった。
「よっ、日和」
受付には、加奈子が立っていた。
「名前と電話番号は合ってるね、よし」
「これ、服部先輩に渡してくれる?」
日和は小さな紙袋を差し出した。中には音楽をモチーフにしたチョコレートが入っている。デパートの地下を駆け回って探した一品だ。
「はい、しかと承りました。……で、日和、どうすんの」
「どうすんのって、何を?」
「こ・く・は・く」
声を落として加奈子が日和に話しかける。
「しないよ。だって、私、付き合う気もないのに」
「ええー。でも、今日くらいしかチャンス無いでしょ?」
「それは、そうだけど……」
「まあ、考えときなって」
加奈子から渡されたプログラムを受け取って、日和はホールに入った。招待制ということもあってか、観客は定期演奏会より少ない。
「第一部に現代曲持ってくるんだ」
第一部は自作曲とアルカンのスケルツォ・フォコーソ、ヒナステラのピアノソナタ一番だ。第二部もショパンのバラード四番、リストのメフィスト・ワルツ、バラキレフの東洋的幻想曲「イスラメイ」と難易度の高い曲が並んでいる。第三部はバッハのパルティータ一番、モーツァルトのピアノソナタ八番、そして服部が大トリで演奏するベートーヴェンの第二十三番「熱情」だ。
「『熱情』か。確か高校の時の演奏だったっけ」
服部はITubeに「熱情」の演奏動画を上げていた。キャプションには高校三年生の時のピアノ教室の発表会での演奏であると書かれていた。
隅々まで統制された上で表現される感情の奔流に、日和は感動したのだ。
第一部、第二部と、様々な演奏が続いた。踊るような演奏、祈りのような演奏、人それぞれだ。
悲嘆に満ちたモーツァルトのソナタが終わった。
いよいよ服部が舞台に登場した。日和は拍手をしながら、自分の全身に力が入っているのを感じていた。舞台に立つわけでもないのに、緊張している。
服部がピアノの前に座る。鍵盤に手を乗せ、一呼吸の後、弱音で主題が奏でられる。
日和は耳を疑った。どこか逸っているような、危うげな、そんな感じが否めない。それは高三の時の演奏には感じなかった印象だ。
曲に飲み込まれてしまっている。日和はそう感じた。
音が舞台上で留まっているのだ。今までの服部の演奏から感じた、こちらに訴えかけるような響きが、ない。
第二楽章は穏やかな主題で始まった。天上から音の粒が降り注ぐかのような演奏。
しかし、それは繊細なだけだ。一音一音がその場で弾けては消えていく。
これじゃない。
日和はそう思った。
私の好きな演奏は、これじゃない。
私が好きなのは、あの美しい織物のような演奏だ。
あの、湖の上に輝く月を思わせるような演奏に、私は魅せられたんだ。
そうだ。あの時、舞台上に月が在った。
私はそれに、手を伸ばしたんだ―――。
耳をつんざくような、力強い減七の和音が響く。日和は現実に意識を引き戻された。
第三楽章はまるで大きな嵐だった。速さは高三の時を上回り、それでいて寸分の狂い無く奏でられる。引いては打ち寄せる波のように、音が、激情が、舞台上を駆け巡る。
どこか苦悩を振り切ろうとするかのような演奏に、日和の胸は痛んだ。
何がそんなに苦しいのか?
何がそんなにも服部を苦しめている?
日和には分からない。
日和が見ようとしてきたのは、舞台の上の服部の姿だけだった。服部と会った時も、無意識に演奏する服部のことを考えていた。
それに思い当たり、日和はうつむいた。
全てを薙ぎ払う竜巻のような再現部が終わり、コーダへと突入する。加速は止まない。プレストで和音が打ち鳴らされ、また第一主題が再現される。そしてアルペジオの奔流の中で、服部の演奏は終わった。
大きな拍手がホールを満たす。服部は深々と頭を下げ、ゆっくりと体を起こした。そして舞台袖へと退場していく。
どこか遠くに行こうとしている。日和は不意にそう感じた。このまま、もう二度と会えないかもしれない、そんな風にさえ思った。
衝動的に、日和は席を立っていた。急いでホールを出る。
「日和!どうしたの?」
受付の片付けをしていた加奈子と目が合う。
「服部さんと会いたいの!いい?」
「う、うん。服部先輩なら今出てったよ」
「どこに行くとか、言ってた?」
「ううん、何も。ていうか日和どうしたの?そんなに慌てて」
「『熱情』がいつもの演奏と違ってて。なんか、どこか遠くに行っちゃう気がしてて……」
「そっか。じゃあ、追いかけな」
バン、と背中を叩かれる。
「ありがとう」
日和は建物の外に出た。見当もつかず、ひとまず建物を一周してみることにする。
服部はすぐに見つかった。喫煙所で、紫煙をくゆらせていた。指には細い煙草が挟まれていて、バニラのような香りがしている。
「服部さん」
日和の呼び声に、服部が振り向いた。どこか疲れ切った顔をしている。
「土田さん。ありがとね、聴きに来てくれて。それに、お菓子も」
そう言うと、服部は煙草の火を消した。
「服部さん、煙草吸われるんですね」
「本番の後だけね。それも最後か」
ああ、と日和は気付いてしまった。先程の、苦悩を振り切るかのような「熱情」。服部には、もうピアノを続ける気が無いのだ。
「服部さん。今から、私のエゴを言いますね」
日和は一つ息を吸った。
「『月光』を、また聴きたいんです」
「『月光』を?」
「はい。あれが、私の好きな服部さんの演奏なんです。あの演奏が、私の頭に残って離れないんです。だから、もう一度聴かせてください」
「なんで『月光』なの?僕、『熱情』も頑張ったと思うんだけどな」
「『月光』の第一楽章、あの序奏で背中がぞくってしたんです。そんな演奏、初めてで。Itubeに上がってる曲も全部聴きましたけど、やっぱり『月光』が私の中で一番なんです。」
日和はきっぱりと言い切った。
「今日の『熱情』はなんだか自分の世界に閉じこもってるような感じがしたんです。服部さんの演奏、この前のショッピングモールのジュ・トゥ・ヴなんか特にそうでしたけど、演奏を聴く人のことまで考えられてるじゃないですか。他の人はどう仰るか分かりませんけど、正直、高三の時の演奏の方が、私は好きです。画面越しなのに、こちら側まで訴えかけられるものがありましたから。でも、今日の演奏はそうじゃなかったんです」
思い切って、日和は言葉を紡いだ。普通なら、こんなこと絶対に言わない。普通なら。
「そう、か……」
服部はしばらく黙っていた。そして、大きく息を吸い込んだ。
「あーーーーーもう、悔しい!」
あまりの大声に、日和は思わず目を見開いた。
「みんな『すごい』『うまい』しか言ってくんないし、先生は亡くなったし、何がしたくてピアノやってんのかも考えるのにも疲れたのに!これが最後って思ってたのに、高三の時の方が良かっただって?そんなの、終われないじゃないか!」
服部は肩で息をしている。
「土田さんは、厳しいよ、ほんとに……俺はね、『熱情』を弾ききって、土田さんの口から感想を聞いて、それでピアノを終わろうと思ってたんだ」
そう言って、泣きそうな顔で笑った。
その時、日和は初めて服部の顔をちゃんと見たと思った。優しげな垂れ目に、筋の通った鼻、口元にはほくろがある。
ああ、自分は服部のことを何も見ていなかったのだ。その事実が、すとんと日和の中に落ちた。
「服部さん、定期演奏会の時にはもう辞めようって考えてたんじゃないんですか」
「そうだね」
「それなのに、全然気づかなかった。私が見てたのは、舞台に立つ服部さんだったんです。ずっと、あの『月光』を弾く服部さんを追いかけていました」
「そっか」
服部は空を仰いだ。夕暮れが近く、空はオレンジ色に染まっている。
「土田さんは、これからも俺の演奏聴いてくれる?」
「もちろんですよ」
「舞台に立つ俺のこと、応援してくれる?」
「当然です」
日和は力強く頷いた。もう迷うことはない。自分がそれでも好きなものが何か、分かったから。
「私、ちゃんと『月光』弾いてみたいです。服部さんみたいな演奏ができるようになりたい」
「うん。待ってる」
そのたった四文字が、日和にはこれ以上ないほどの最高の贈り物だった。
「じゃあ、そろそろ私は戻りますね。『月光』また聴かせてください。絶対ですよ」
「うん」
日和は一礼して、服部に背を向けた。
「月光」に狂おしいほど魅せられた、それは今も変わっていない。
けれども、日和の頭の中はすっかり晴れている。
例え届かなかったとしても、月に手を伸ばし続ける―――それが自分のやりたいことだと、やっと分かった。
夕日は沈もうとしている。その後は、月が昇るだろう。
沈みゆく夕日の最後の光が、服部の目を刺した。
「眩しいなぁ」
去っていく日和の背を見ながら、服部は呟いた。
定期演奏会で「月光」の感想を伝えてくれた時、日和から並々ならぬ熱量を感じた。それは自分にはないもので、それを持てるのが少し羨ましかった。気付けばお茶に誘っていたし、またあの日和の口にする感想を聴きたいと思ってオーケストラも誘った。
「熱情」は先生が好きな曲だった。先生があまりにも楽しそうに弾くから、自分も弾きたくなって、高三の時にやっと弾くことができた。それを弾いて、日和から自分だけに向けられる感想を聞いて、ピアノ人生に幕を下ろそうと考えていたのだが、甘かった。
日和があんなにも真っすぐに、思ったことを伝えてくれる人だとは思ってもいなかった。
「悔しいよ、ほんとに」
今思えば、演奏中に自分の音を聴いていなかった。これが最後だと、もう先のことを考えて苦しむのは終わりだと、そればかり考えていた。ただただ、幕を下ろすことだけが頭にあった。
心のどこかで、自分の演奏に満足してしまっていた。日和のおかげで、それに気付くことができた。
その上、「月光」を弾きたいと言ってくれた。
「自分が弾いた曲を弾きたいって言ってもらえるの、こんなに嬉しかったんだ」
服部が、かつて先生の演奏を聴いて「熱情」を弾きたくなったように。
そうだ。日和には「熱情」も弾きたいと思ってほしい。先生が好きだった曲を弾く人が増えたならどんなにいいだろう。
聴く人がそう思えるような演奏をしよう。
服部はそう思った。
辺りはすっかり暗くなっていた。
服部は煙草を携帯灰皿に入れ、会場へと戻ることにした。
東の空に、満月が顔を出していた。
(終)
いつかアポロになれたなら 播磨光海 @mitsumi-h
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