エピローグ


「ナサニエル様っ!」

 半獣の少年が一人、森の抜け道をくぐって天界へと足を踏み入れた。肉球のある黒い毛並みの二本足を、ふわふわとした雲が包む。その雲を跳ね飛ばし、少年は雲の上に建つ白い小さな小屋へと一目散に駆けだした。

 その小屋の前。金色の長髪を持つ、男性の姿をした背の高い人影を見つけて、少年は叫ぶ。その人影は少年の方を振り向いて、穏やかに微笑んだ。

「やぁ、ハヨット」


「ナサニエル様、本当に、力天使様たちの領域に戻らなくても良かったんですか?」

 小ぎれいな小屋の中でハヨットは、テーブルの上の〝天使の鏡〟、その横に置かれたかごに手を伸ばしながら訊ねた。そのかごの中には、いくつもの白い光の玉が入っている。

「ここが一番、ハヨットに近いからね」

 かごの中を覗き込むハヨットの黒いくせっ毛を撫でながら、ナサニエルは言った。ハヨットの耳としっぽがパタパタと揺れる。

「えへへ……。今日は三つの教会と、五軒のお家と、二つの路地裏ですね! じゃあ、行ってきます!」

 ハヨットの胸元には、天使の翼を模したブローチが誇らしげに輝いている。そこには〝天使補佐官〟との称号が刻まれていた。


 外に出て駆けだすハヨットに、天使たちが口々に声をかけてくる。

「やあハヨット君、今日も元気いっぱいだね」

「毎日お仕事、頑張ってるね。ご苦労さま」


 小屋の戸が開き、ナサニエルがハヨットを呼び止めた。

「ああ、そうだ。ハヨット、帰ってきたら庭のハーブを摘んでくれないか? 今日はお客様が来るんだ。ミカエル様たちを、ハヨットのとびきり美味しい摘みたてハーブティでお迎えしよう」

「はい!」


 白い雲の地面、青く澄んだ清い空。それがどこまでも続いていくこの天界中に、ハヨットの元気な声が、今日も明るく響いたのである。






Fin.

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赦シエル Ellie Blue @EllieBlue

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