ハロウィンの夜の日が次第に過ぎて……。
こちらで、ハロウィン連作の解説&制作小話をしたためてみようと思います。
※(当然のことながら)ネタバレを多分に含みますので、『Sweet Trick Bitter Treat』『ベター・オレンジ』未読の方はまだお読みにならないことを推奨いたします!
★ハロウィン連作のきっかけ
①ハロウィン → 吸血鬼→ 永遠の時を生きる
↓ → 魔女 → 悪魔との契約で成る
死者の霊が帰ってくる
②カクテル言葉を使ったハロウィン短編、というお題
これら①②から着想を得て、二作を書きました。
ちなみに、この二作の短編、掲載場所がそれぞれ『月と牙 吸血鬼短編集』、『短編集 ~ファンタジーから日常まで~』と違っているのは、〝吸血鬼の登場有無の差〟という理由もありますが、〝二人のいる世界が違う〟ことの象徴でもあります。
それでは以下、それぞれの短編の本文中の細かい小ネタを中心に、解説していこうと思います。
★『Sweet Trick Bitter Treat』
☆タイトル
「Trick or Treat」と「甘い・苦い」の組み合わせです。直訳すると「甘いいたずら、苦いおかし」となります。
〝恋人ベリダが訪ねてくる〟という、甘く幸せで苦く切ない事象。その想起に繋がれば、と思います。
☆ベリダの歩いてくる姿が見えない
現れた今の彼女は、限られた範囲(時間・空間)でのみ存在でき得る亡霊のようなもの、だからゆえです。
☆蜘蛛の巣、固まりついたバルコニーの扉
城に張った蜘蛛の巣については、エドマンド当人も言っていた通りベリダの薬作りのため、という部分もあります。一方で、その話題の前後に言及された「使用人全員に暇を出した」ことにより、「掃除をする者がいない」状態が長く続いていることを表す一端でもあります。
バルコニーの扉が開け放たれたまま固まりついているのは、やってくるベリダをどうにか見たいと待ち続けるエドマンド、そうして過ごしてきた時間の長さを物語ります。
☆寒がるが、その一方で、火を点けることを厭うベリダ
彼女が寒がるのは、死者であるゆえに体温がないため。
火を厭うのは、最後の方に言及がありますが彼女は魔女として火に焼かれて死んだため。〝火あぶり〟は魔女の処刑方法として〝アイコニック〟ですよね。
☆ハロウィン祭の催し
森のふもとの人間たちの住む町でのハロウィン祭についてエドマンドが言及する際、彼は吸血鬼や魔女は認識していますが、〝頭にネジのついたツギハギの大男〟つまりいわゆる〝フランケンシュタインのかいぶつ〟、これについては「奇っ怪なもの」として、特に名前などを認識していません。メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』が出たのは1818年。永い時を生き、恋人が亡くなってからは城で塞ぎ込んでいた彼にとっては、馴染みのないものであったのでしょう。
一方で、祭の中で奏でられている音楽には馴染みがあったこともうかがえます。
☆溝、涙、河
二人が共にいられないことをエドマンドが嘆く際の描写一式について。
・二人の間に横たわる深い溝
・涙は流れる水である
→二人の間には涙の河が流れるようだ
吸血鬼には、〝河(川)など流れる水を渡れない〟という特性・伝承があります。
また河について、東洋的な捉え方ではありますが「彼岸」「此岸」というものがあります。(三途の)河を挟んで、あの世とこの世が隔てられているイメージですね。
それらを統合して、不老不死の吸血鬼は、涙の河を渡って、死者の世界たる向こう側にいる魔女の手を取れない。というメタファーとなります。
★『ベター・オレンジ』
☆タイトル
こちらもタイトルの解説から。カクテル〝ビター・オレンジ〟をもじったもの、です。
ちなみにべター・オレンジの〝べター〟は『Sweet Trick Bitter Treat』の〝Bitter〟と、音の重なる部分を持たせているつもりです。(英語・日本語表記には特に意味はなく……、見た目の問題ですね)
〝ベター〟は〝ベター・ハーフ〟=より良い半身=ベストパートナー から。
〝オレンジ〟は〝オレンジの片割れ〟=半分に切り分けたオレンジはもう半分としかピタリと合わない=ベストパートナー から。それぞれ言葉をもらいました。
☆カクテル〝ビター・オレンジ〟
作中でも言及がありましたが、ビター・オレンジはビールとオレンジジュースを合わせたカクテルです。
(前述の)オレンジは(前述のように)半分にしたものを搾って。そしてビールは、吸血鬼のいるイメージの強い北寄りのヨーロッパで特に有名であるかな、と思われます。
こちら、カクテル言葉は(調べてみた限り)ありません。
☆カクテル〝ブルームーン〟
ジンとスミレのリキュールを使ったカクテルです。悪魔は作中でこちらをクッと飲み干していましたが、度数の高い強めのカクテルですので、もしお飲みになる際はご注意を……
カクテル言葉は作中で出した「できない相談」の他に、「完全なる愛」と「叶わぬ恋」というものがあります。これらの言葉をどう当てはめるかは、読んでくださった方それぞれにおまかせしたいな、と思う筆者でございます。
ブルームーンの美しいうすむらさき色を作るのは、スミレの花のリキュールです。魔女ベリダの自然とまとう魔法の香りにもリンクさせました。
魔女ベリダはもう〝魔法の薬〟は作らないけれど、魔法の薬にも似た美しいカクテルの数々を作り続けている。それが例え悪魔に雇われての仕事だとしても、その「カクテルを作り、提供する」という行為自体は、彼女の心に沿ったものであると良いな、と思います。
また、(余談に余談を重ねるようではありますが)ブルームーンにレモンピールの月を浮かべる図は、今作を書くために訪れたバーでいただいた一杯からアイディアを拝借しました。
カクテル・ブルームーンを頼んで、目の前にスッと出された時。作中の悪魔のように、(笑い声こそは立てませんでしたが)強くハッと衝撃を受けたのは、今も鮮明に心に残っています。
☆カクテル〝ジョン・コリンズ〟
ウイスキーベースのカクテルです。ハイボールに甘みを足したような、飾りのレモンとチェリーも可愛らしい、親しみやすいカクテルです。
カクテル言葉は「気さくな関係」。魔女になる契約を結んだ先、自分の魂を握っている相手、多重の意味での雇い主。そんな悪魔にこう示されたら、「粋ですこと/悪趣味ですね」と言わざるを得ませんね。
作中で、悪魔がこのカクテルと同じ名前を〝偽名〟で名乗っていました。ジョン・コリンズ。ありふれた名前として有名な〝ジョン・スミス〟の中のジョン、でもあります。
☆満足した悪魔
魔女は悪魔と契約をして魔法を使う、という伝承もあります。今回はそれを用いて、「魔女の魂は死後、契約を結んだ悪魔の元へ行く」という背景にしました。
魔女を誘惑する。その行動そのものが、彼にとっては「一仕事」だったのでしょう。
ベリダの気持ち・心は悪魔にありませんから、〝悪魔の配下〟としては不完全な状態です。悪魔からの言及もあった通り、この状態のベリダに行動の自由はありません。それでもベリダは、心を悪魔に渡すことを選びませんでした。
そしてこの作中の時点で、ベリダともそれなりに長い付き合いになっているだろう悪魔も、それにどこか満足した……。そんな風だと良いなと思います。
そしてその「どこか満足」に感じたこと。それはおそらく悪魔にとってこれまでになかった類いの感情でしょう。それを悪魔当〝人〟は無自覚である部分も大きいでしょうね。
バーという空間も暗に示すように、魔女ベリダと悪魔ジョン・コリンズの関係は単純・簡単なものではありません。
ふるいおとぎばなしのような城での、魔女ベリダと吸血鬼エドマンドの関係とは、まったく違うもの……と感じていただければ幸いです。
☆届いた花束
白百合は献花です。
白百合の強い香り、からエドマンドのつける香水が想起されると良いなと思います。ほのかに漂うようなふるめかしい香り、は言わずもがな。
「供えられたものは、何らかの形であの世に届く」そうだと良いなと思い、この場面を書きました。
★最後に
以上、野暮な部分も多分にあるでしょうが、ハロウィン連作『Sweet Trick Bitter Treat』と『ベター・オレンジ』の解説&制作小話でした。
(思っていたより長文になってしまいましたね……)
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!
Ellie Blue