コーヒーの香が漂う朝
西しまこ
「朝食も出来ているよ」
コーヒーの香りで目を覚ました。コーヒーが落ちるこぽこぽこぽという音も聞こえる。幸せな気持ちでいっぱいになって、布団の中で名前を呼ばれるのを待った。
「しのぶ、おはよう」
斗真の声を布団越しに聞く。起きているけれど、起こされるのをじっと待つ。なんか、起こされるのって、嬉しい。これまではいつも起こすばかりだった。
ベッドがぎしりときしんで、斗真がベッドに腰かけたのが分かった。布団を少しめくって、斗真はあたしの頭をなでた。
「しのぶ。コーヒー入ったよ。朝食も出来ているよ」
ごはんが出来たよって起こされる日が来るなんて。
あたしはそっと目を開けた。斗真と目が合う、斗真はあたしに軽くキスをすると、「起きて、いっしょに朝ごはんを食べよう」と言った。あたしは「うん」と言ってベッドから出ると、斗真と一緒に食卓についた。
クロワッサンにベーコンエッグとサラダ。それから、コーヒー。
「ありがとう! いただきます」
「どういたしまして。いただきます」
斗真の顔をそっと見る。かっこいいなあ。
「ん? 何?」
「小さかった斗真が、こんなにかっこよくなるなんてね」
あたしはくすくす笑った。
「しのぶもきれいになったよ。最初会ったとき、びっくりした」斗真は美しく笑う。
「……あのとき、斗真に再会出来てよかった。もし斗真がいなかったら、あたし、今ごろどうなっていたか、分からない」
「僕も再会出来て、嬉しいよ」
あたしたちは顔を近づけて、キスをした。……元夫とは、いつの間にかキスをしなくなっていた。キスってなんて、優しいんだろう?
「ねえ。ずっとキスしていてね。年を重ねても」
斗真はまたあたしにキスをした。
コーヒーの味がする。でもきっと、あたしもコーヒーの味がする。少し甘みのあるコーヒーの味。
元夫と正式に離婚が決まって、ようやくあたしたちは恋人同士になれた。その夜、斗真はあたしのずっと奥まで入り、あたしそのものに触れた。こんなこと、ずっと長い間忘れていた。魂が震えるような。
「悠は元気にしているかな? おばあちゃんちお泊り、初めてなんでしょう?」
「大丈夫よ。オレ、年中さんだからって張り切っていたわよ。今日の夕方お迎えに行けばいいみたい」
「……美咲さんに会うの、なんだか恥ずかしいな」
「どうして? 斗真とこうなったの、喜んでいたわよ」
斗真の母とあたしの母は親友だ。だからあたしたちは、小さい頃はよく遊んだものだった。あたしが中学に入学してから次第に会わなくなっていったけれど。
あたしが元夫の浮気に悩んでいたとき、母から紹介された弁護士が斗真だった。……母たちの策略を感じるけど、でも。
斗真と抱き合う。
あのままずっと、永久に暗い冷たい場所で膝を抱えていたら、あたしはあたしでなくなっていた。
コーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。
きっとこの香りはいつも幸せな感情を運んで来るような予感がした。
了
一話完結です。
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コーヒーの香が漂う朝 西しまこ @nishi-shima
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