タイパ、という流行語にあえて逆行することで持ち味を引き出した作品

 映画の高速再生であるとか、youtubeの動画をコマ送りするなど、時間を短縮して内容を摂取する生き様が『賢い』と評される時代になりました。

 しかしこの作品は、あえて逆行しました。

 タイパを重視して生き急ぐ人々から、時間球という特殊な物質がこぼれ落ちてしまう設定なのです。

 どうやらタイパが優れた生き方というのは、時間球という形で自ら時間を捨てているみたいなんですね。

 さらにいえば、宇宙人も時間球を求めているため、時間球を排出しやすい地球という環境は、都合のいい狩場になっていました。

 これらの設定だけでもユニークなのに、物語の根幹はもう一歩先にありました。

 もし時間球を自ら捨てるような生活習慣を続けていたら、いつか地球人は時間そのものを失うんじゃないか、という懸念です。

 ここまで書くと、壮大なハードSFっぽいんですが、そうではなくて、『少し不思議』よりのSFです。

 主人公の女の子は、要領の悪いマイペースな学生として描かれています(それゆえに時間球を排出しにくい生活習慣を持っている)

 そのパートナーとして、見た目はモヒカン頭で不良っぽいんだけど、実は学力が高くて要領のいい男の子が存在します(要領が良いので焦る必要がなく、タイパを求めなくても成果が出る――つまり主人公の対となる存在)

 この女の子とモヒカンが日常生活を過ごしながら、時間球と関わっていくことになります。

 しかも地球人に化けた宇宙人も仲間になってくれるので、SF要素の説明はスムーズに進んでくれます。

 女の子+モヒカン+友好的な宇宙人=これらの要素のおかげで、軽い持ち味ながら、SFとしての科学性に触れることもできるし、おまけに女の子とモヒカンの淡い恋の行方も楽しめるようになっています。



 ちょっと長めにキャラと設定に触れてきましたが、この作品の最大の持ち味はしっかりした文章ですね。軽めに仕上げてあるのに、締めるところを締めている感じです。

 SFを読むのが苦手だと思っている人ほど、この作品をおすすめします。SF要素を維持しながら、読みやすい文章を確立しているので。

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