第3話 黒い人影

 夢の中はフワフワしていて、居心地が良く、現実世界であった辛いことを忘れさせてくれる。だが幸せだったのも束の間、現実世界での恐怖が蘇る。


―キー。キー。キー。


 ドアの開け締めが繰り返される。


「うるさい。うるさい。うるさい。やめろよ。これ以上僕を不幸にさせないでくれ」


 すると、ドアの音がピタリと止まり、そのドアから誰かが出てくる。しかし、それは黒くて、モヤモヤと雲がかっていて、地面に映る人影を立体にしたような姿で、誰かは分からない。


以前このような人物の噂を聞いたことがある。アメリカを中心に世界各国で目撃されていて、その正体はいろいろ推測されているが未だ真相にたどり着けていないのが現実だ。


 その名は『シャドーピープル』


 僕が見たシャドーピープルは中折りハットを被り、ロングコートを着ていた。それはまるで一九〇〇年代初期のアメリカのファッションのようだった。


「あんたはな、これからもっと不幸になる運命なのだ。この変えようのない運命を受け止めて、生きることだな」とそれだけを言い残し消えてしまった。


 もっと不幸になるか…そんなことあってたまるかよ。



 目が覚めると時計の針は六時を指していた。いつもより早く起きてしまった。冬なのに体中汗だらけで、パジャマや布団がベタベタだった。まだ置きたくないが、中途半端な時間に起きてしまったので、起きる他ない。


 少しふらつきがあって、気持ちが悪く、今にも吐きそうだ。体もかなり暑い。いや、疲れているから、そう感じるだけなのかもしれない。今日だけではなくこれからも、学校に行かないでおこう。


 これまで、受験勉強を必死でしてきた自分が馬鹿馬鹿しくなった。「いただきます」と一人寂しく手を合わせ、食べようとするが、それが出来ない。口に無理矢理でも押し込もうとするが、気持ちが食べ物を拒否して、受け付けてくれない。


―ピンポーン


 こんな時間に誰だ。まさか先程のシャドーピープルが現実に…?そんな訳ないか…でも、もし奴だったらどうする。どちらにせよ、今、僕は誰とも話したくない気分だ。よって、応答しないことにした。


―ガタガタ。キー。キー。


 まるで地震が起きたときのように家が揺れる。ゆっくりくねらせて揺れていて気味が悪い。窓は震えが止まらない、まるで今の僕みたいに。ドアは一時も休むことなく開け閉めが繰り返される。


 すると、机を挟んだ向こう側にシャドーピープルがゆっくりと姿を現し、やがて真っ黒な人影が完成した。


「もう止めてくれよ! 一体僕が何をしたっていうんだ」


「あんたは神楽の一族だろ? 神楽の性で生まれてきたことを恨むのだな」


 シャドーピープルの手がこちらに向かってゆっくりと伸びてくる。


 恐怖で身動きが取れない。心では『逃げないと』と思うが、体が鉛のように重く動かない。このままでは死んでしまう。


 親の離婚と父が死んでしまった時は、誰かに殺してほしいとばかり願っていたが、いざ死ぬとなれば慄然として手足がすくむような気持ちだ。


「くっそー。動けよ。動けー! 動け…」と声が枯れるまで叫んだ。


 すると体がいきなり動き、その反動で転んだ。そして、シャドーピープルの手を避けることが出来たが、次の攻撃するため、こちらに向かって歩いてきた。床がミシミシとなる。次にシャドーピープルは自分の腕をブチッと生々しい音を出し、引きちぎった。血管や神経が垂れているが、出血はしていない。


 腕が取れているはずなのに、その指はなめらかに動き、筋肉もピクピクして、手首の関節を小刻みに動かしている。まるでプラナリアだ。


「あんたは一体何者なんだ! もうこっちに来るなよ。そして関わらないでくれ」


「……避けないと死ぬぞ」


 シャドーピープルは僕の話に聞く耳を持たず、勢いよく振りかぶって、腕を投げてきた。


 なんとかシャドーピープルの腕を危機一髪のところで避けてることが出来て、玄関へ向かい外に出ようとする。後ろには追ってくる気配がなく、振り返ると、誰もいなかった。


 僕は安心して、やっと落ち着いて呼吸ができた。体温はとても熱く、涼しいところへ行きたいのと、外の空気を吸うたために前を向き歩こうとすると、そこにはシャドーピープルの顔があった。肩から下はなく、首には引っ張って裂けた跡がある。


 僕はあまりの恐怖に気を失ってしまった。


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使者神楽の呪われたフェイト/fate〜不幸の運命を変えてあるべき幸せを〜 布川恭奈 @shizup12

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