第2話 不幸の幕開け
息を吸うと鼻がツーンとして、吐くと白くなるくらい、夜は特に冷え込み、霧がかかっていて周りが見えにくい。すると前方から小さく光る点が現れ、段々と大きくなる。
―ピーポーピーポー
「すみません、道開けてください。救急車が通ります」
救急車か…てか早く前の車道開けろよ。これで救急車が足止め食らって、到着するのが遅れたら、誰が責任取るのだよ。
そういうのも運転する人は考えて欲しいものだ。そういえば救急車が通る前にパトカーも通っていたな…ここらで事件でも起きたのか。
○
家に着くといつも通り「ただいまー」と言いながらリビングに入ると、そこには誰もいなかった。二階や風呂場やトイレにも同じように呼びかけたが、返事は返ってこなかった。
「今日は一人か、しかし、珍しいな母さんも父さんもいないなんて」とぼそっと呟いた。
キッチンの机に茶封筒があり、開けてみる。その中には手紙があったので読んで見る。
「ごめんね。お母さんたち離婚することになったの。本当にごめんなさい。お元気で」と書かれていた。
「は? 何だよこれ。ドッキリか? だったら誰かカメラで撮っているはずだよな? 出てこいよ」と思い切り叫んだ。
しかし、誰からも返事はなく、この手紙の内容が本当であることを嫌々ながらも理解した。封筒の中には手紙以外にも現金十万円と僕のために貯めてくえていた通帳があった。
「こんなもの必要ないよ」とぼそっと呟いた。
『親が離婚したらどちらについて行く?』一度は誰もが考えたことのある話題を小学生の頃友人とよく話した。
「どっちも捨てがたい」なんて、ふざけたことを言っていたが、いざそうなると、選べるどころか勝手に去って行き、僕は置いてきぼり。
酷いものだ。
―トゥルルル
こんな時に電話か…正直出たくないが、母からの電話かもしれないし…なんて勝手に期待しながら受話器を取る。
「もしもし…」
「夜分にすみません。こちら東京都警察の交通課の
「はい…」
「突然のことですが、
「え、父が…」
「心からお悔やみ申し上げます…」
「わかりました。今からそちらに伺います」
―ツー
なんでこんな時に…しかも、父はもう僕と関係ないのに…どうしろっていうのさ。大学入学後は一人暮らしをする予定ではあったが、こんな始まり方嫌だよ。もう何もする気になれない。
○
足に力が入らず、真っ直ぐ歩くことが出来ない。頭もボーッとする。涙と鼻水が止まらない。寒くて鼻を啜ると痛い。
「あの…神楽ですが、交通課の星崎さんいらっしゃいますか?」
「ああー。星崎さんね。少々お待ちください」
父の死体なんて見たくない。見ると余計に傷つくだろうが、父と十分な別れが出来ずに、火葬されるのはもっと辛い。
「すみませんね。こんな夜中に…こちらにどうぞ」
星崎さんに連れてこられたところは、まさにドラマで見た通りの部屋だった。ドアがずっしり重く、部屋の中は冷え切っている。まさか現実で見ることになるなんて思いにもしなかった。
「お辛いかと思いますがお顔の確認をお願いします」
白い一枚の布を取ると、そこには傷だらけの父がいた。見るからに痛々しく、悲惨な事故であったことを深く印象付けた。
それとは反対に父の目はトロッとしていて、口角は挙げっているように見えた。きっと最後だと思い僕に最大の笑顔を見せてくれているのだろう。
「
「ご確認ありがとうございました。事故の書類など後日郵送いたしますので、ご確認のほどよろし――」
星崎さんには悪いが、僕は話を聞けるほどマトモではなかった。もうどうでもいい。今はそんな気持ちだ。
家に帰って、寝て、すぐに休みたい。そのまま一生寝続けて、もう死にたい。そういう気分だ。
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