百合帝国と純粋神聖クエーサー帝国の語らい
クリュはとまどった。
これから、装甲帝都クエイスシャイタンの各所をはじめとする、純粋神聖クエーサー帝国を代表するような場所を案内し見てもらい、その後に政府要人に面会してもらい…といった手順を踏んだ後、国交樹立の交渉に入るだろうと思っていたのだ。
しかし彼女ら、百合帝国側はその前に国交樹立と取り引きを申し込んできたのである。
「ああ、客人の皆様。そう急がずとも構いますまい。私共としても、急には話を決めかねます。案内いたしますので我が国をゆるりと見て回り、それから交渉に入っても良いではありませんか」
と彼からは性急に感じられる百合帝国人たちを諌める。
(彼女らの魔法を用いない技術は我々からみれば驚異的な高みに達していると、博士達の見立てによりわかった。彼女らが魔法を得るための協力の対価に、ある程度の技術移転を受けれることは、我々の社会にも大きな変化をもたらす可能性が高い。だが変化とは良いものだけではない…、退歩も衰退も変化のうちだ。とはいえ決めるのは最終的には議員たちと現人神女帝陛下だ。俺じゃない)
(彼女らが他に取り引き材料として出したものは…、文化コンテンツは我が方では国の仕事じゃない。民間の役目だ。出版社、配給会社、劇団、楽団、画廊…どことでも好きに交渉すればいいと思うのだが…、彼女らは貨幣経済を卒業した社会ということだからな。民間業者が存在しないと、そんなことまで国と国の取り引きになるわけか…)
(食材の取り扱いは博士達から要注意と言われたな。我が帝国の食材のサンプルを渡す分には、こちらの腹は傷まない。しかし、向こうから貰うには問題がある。異星の動植物を迂闊に我が国に入れて野生化でもされたら生態系にどのような変化をもたらすか予測不可能とのことだ。我々の種族にとって有毒な種はあらかじめ除外するとは言われたが、彼らから苗や家畜を提供されたら、当面の間、厳重な管理の元に有用な性質を持っているかどうか確認する必要があるな。食糧資源省の仕事だが。)
(貴金属は…、百合帝国にとっても金銀プラチナは貴重で価値があるのか)
クリュは博士達の言葉を取り入れ、フル回転で脳を回し自分の考えを大雑把にまとめた。
「あら、そうですネ。ワタシどもとしたことガ」
照れを隠すかのように口に手を当て、キャロールが言った。
「本日は我が国を知っていただくべく、こちらで宿泊施設を手配させていただきました。食材サンプルを取り引き材料とするということは、我々の飲食物は問題ありませんね? 異星の方々の口に合うかはわかりかねますが、ぜひ我が帝国でも最高の美食と美酒を味わっていただきたく」
「ありがとうございます。わたくしたちはあなたがたの作法を心得ていないため、お見苦しい食べ方になるかもしれませんが、お言葉に甘えさせていただきますね」
「それではお車にご案内いたします」
護衛のバイクと共に、彼らを乗せた政府公用車が基地を出る。
基地は都市の郊外に作られており、自然の残る中、街への道が続いていた。
道には魔法による表面加工を施された、塗装のないむき出しの鋼板が敷かれている。
しばらく走ると、周囲の風景は邸宅と呼べる大きさの住宅が立ち並ぶ住宅地となった。
道の脇には並行して、地上から成人の平均身長の倍ほどの高さの空中に敷設された配管が延びていた。
そして一行はやがてクエイスシャイタンの都市部へと到達する。
クエイスシャイタンの郊外と都市内の境は明確に異なっている。
城壁の類があるわけではない。
クエイスシャイタンの市街は廃棄された産業革命以前の旧市街の上に、鋼鉄製の無数の柱で支えられた、これもまた鋼鉄製の空中プレート群の上に築かれているのである。
本来の地面と空中プレートの間の階層には都市の配管が施されている。
道脇の配管は空中プレートの下に延びていた。
そして道はスロープで都市部の空中プレートと接続されている。
一行はなだらかなスロープを登り、クエイスシャイタン都市部へと入っていった。
それはアーコロジーに住む百合帝国の民にとって非常に異国情緒あふれる光景だった。
灯りの魔法が進歩し洗練された形態である、幻影の魔法による、半透明で光って動く立体映像による看板がところどころに見かけられる。
それは百合帝国においても当たり前の物だが、この場の百合帝国人はこれが電力ではなく魔力という未知によるものであるという事実を知っている。
車に乗る百合帝国人たちは、クエーサー帝国人にとってはただの看板に特別な感銘を受けていた。
クエイスシャイタンの都市内は建築物の表面を塗装しないのが基本らしい。
その建築物の表面には曲がりくねった配管が露出しており。その有り様もまた独特の雰囲気を街にもたらしている。
そして百合帝国人から見てこの街を個性付けている要素は他にもある。
縦横無尽に延びる空中回廊である。
交通事故を防ぐためだろうか、この市街では車道と歩道は層によって分けられているのだ。
人間が歩く回廊は車道の上の層に敷かれているのである。
雨を防ぐためだろうか、空中回廊には天蓋があった。
「この車の動力も街の灯りも全て魔法だなんテ…」
キャロールが独り言を呟く。
「その通りですぞ。この自動車もまた、原初の加熱の魔法を洗練・発展させた魔法によって水を一瞬で高温高圧の水蒸気へと変換し、その膨張力で動作する第4世代蒸気機関で動いておるのですぞ。我が帝国のほぼ全てが魔力によって動いていると言っても過言ではありますまいですぞ。貴方がた百合帝国では主に電気を用いて機械を動かしているそうですが…。」
工学博士が答えた。
「そうですネ、ワタシたちの始祖種族は『発電機』と『モーター』の発明をもってして産業革命の第一歩を踏み出したのでス」
「その『ハツデンキ』と『もおたあ』というものはなんですかな?」
「ハツデンキは電磁誘導を利用し機械的エネルギーを電気エネルギーに変換する装置でス…、もおたあはその逆を考えていただけれバ」
「ああ、発電機とモーターのことですな。我が帝国では研究室で基礎実験の段階ですぞ…、そうか、電気の利用にはやはり魔法なしで文明を支えるだけの潜在力があるのですな」
純粋神聖クエーサー帝国の言語にも発電機とモーターの語彙は存在する。
しかし、百合帝国側が純粋神聖クエーサー帝国公用語を学ぶ際用いたサンプル…、臨検隊員の語彙には『発電機』と『モーター』はなかった。
純粋神聖クエーサー帝国では、これらはまだ研究室の中だけの言葉であり、一般には知らないものも多い。
くだんの臨検隊員は『電磁誘導』の語彙は義務教育の物理により持っていた。
このため彼らの会話を日本語訳で記載すると、このようなものとなるのである。
「魔力を発生させているのは人間ですからな。クエーサー帝国は全てが人力により動かされておるのですぞ。より効率の良い、魔法の洗練された構成は常に研究されていますが、大出力を必要とする分野ではそろそろ文明発展の頭打ちが見えてきているのですぞ。今ですらエネルギー不足の兆候は出始めており、専業魔力充填労働者は不足気味なのですぞ…。電力の利用法を確立すれば水力や風力、波浪、海流といった自然力を元に機械力を発生させ、それらを発電機で電力に変換し、電力で代替しうることは電力利用で置き換えることで、より有効に魔力を利用することができるはずだと考えられていたのですぞ…。貴国とのコンタクトはその考えを裏付けるものであり、それだけでも我々にとって有意義なものでありましたぞ」
そこで生物学博士が口を開く。
「客人の言われたエーテル仮説…、魔法が突然使用できなくなる可能性が示唆された以上、電力利用を実用化する重要性は更に増しましたな」
そこでリーリスが口を挟んだ。
「今、貴方方と接触しようと水上船舶を派遣しようとしている日本人…彼らは外国との非常に積極的な交流交易ありきの社会を築いているようでした。彼らはかなり高度な電力利用を実用化しているので対価を払えば電力を利用する機器も高度な実用発電機も、たぶん売ってくれるでしょう…。彼らは最近自分たちが魔法を使えることに気づいたばかりの種族ですから、魔法を利用する技術移転を対価にすれば、電力利用の技術移転もしてくれるかもしれませんね。決めるのは彼らですので私共には『かもしれない』とかしか言えませんが」
「私共としても、クエーサー帝国の皆様が、私共がクエーサー帝国内で活動し、被験者を集め魔法の素質が何に起因しているのかを解明し私共が魔法を身につけようと努力することを許していただけるなら、対価にクエーサー帝国の工業水準で作成可能な発電機、そして電力利用機器の設計図をお渡しできると思います。この程度であれば貴方がたの自然な進歩をちょっと加速するだけのささやかな手助けとみなされ過度な干渉とはみなされず、評議会は許可してくれるでしょう」
(ずいぶんと赤裸々にこちらに有利になる情報を渡したな。電力利用は研究段階の技術。百合帝国が日本より進んでいるとしても、積極的な技術移転をしてくれるのなら百合帝国の交渉カードの価値は減ったはず。彼女らは知性を人工的に増強しているはずなのだが…そういう交渉術なのか?)
クリュは研修によって、交渉術を学んでいた。
ゼロサムゲームの状況で如何に相手に損害を負わせこちらの利益を最大にするか、非ゼロサムの状況下で如何にWin=Winの関係を構築するか、こちらが不利な状況で如何にふっかけられずに損失を避けるか…如何に不利を隠しあるいは騙すか、こちらが有利な状況で如何にぼったくるか。どうやれば大して価値のないものを高い価値のあるように思わせれるか、あるいは相手にとってはあまり利用価値がないがこちらには価値があるものがあったとしてどうやってふっかけられずに手に入れれるか。
様々なシチュエーションを想定した座学を経験していた(ちなみに実務で発揮するのはこれが初めてである)クリュは思わず考え込んだ。
深読みである。
実はリーリスは何も考えずに思ったことを正直に口にしただけだった。
あらゆる労働を自動化し、欲望は五感全てに対応した、わざと仮想現実であると知らせる仕様でなければ現実と見分けがつかないような仮想現実で満たせる百合帝国。
彼女らには有限のリソースを取り合い交渉を行う経験などないのである。
そして深読みするクリュをよそに博士たちと百合帝国人たちの語らいは続くのであった。
百合帝国、異星に転移する うどん魔人 @Spirits90ABV
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