第3話 デルセス迷宮

 こっちの世界に来てから、丁度二週間となった今日、全員が宰相に集まるように言われた。

 このタイミングで呼ばれることに、心当たりはない。優秀組の子たちならまだしも、僕たちも呼ばれるとは思わなかった。よほどの事なのかもしれない。

 一体、何を話すのだろうか。


「皆さん、貴方方は二週間という期間で、とてつもなく成長されました。いや、二名を覗いてですが。それで、皆さんには、迷宮に挑んでもらいたいと考えてます」


 迷宮、そういったものが存在していることは知識としてはある。ただ、情報は少なく、多数の魔物がいるということしか分からない。危険な場所であることは確かだ。

 そんな場所に行けと言われて、喜んで行くとは言わないだろう。訓練しているとはいえ、いきなり実戦となれば、不安に感じるのが自然な反応だ。

 僕なんかは、他の人よりも力がないから、何倍も死ぬ確率が高い。

 しかし、不安を抱いている子がいても、このクラスには彼がいる。


「皆、たしかに、いきなり魔物と戦うのは不安に感じるかもしれない。でも、俺たちは二週間も必死に訓練を頑張ってきたじゃないか。今こそ、その力を試そうぜ」


 またしても、彼の言葉だ。龍弥君の言葉を聞いて、不安そうにしていた子も、自信に満ちた表情へと変わった。

 彼が何かを言えば、全てが可能といった雰囲気だ。間違いなく、彼を中心として動いている。だからこそ、彼が行くと言えば、それが皆の総意となってしまう。いや、正確に言えば、彼の意見に反対をしようと思うことが出来ない。そんなことをすれば、この場にいる皆を、敵に回すことになる。

 それ故に、実力がないとしても、断ることは出来なかった。

 気付いた頃には、話が進んでいて、迷宮には明日向かうこととなったようだ。

 僕たち二人は蚊帳の外といった感じだろうか。

 こうなってしまっては、僕たちは僕たちに出来ることを最大限するしかない。


「どうしようね、僕たち」


「安心しなよ。レンのことは、僕が命に代えても守ってあげるから」


「そうか、それじゃあ、そうならないようにするよ」


 シュウの言葉が、冗談なのか本気なのかは分からなかった。でも、嬉しかったのは確かだ。

 迷宮への挑戦、頑張るしかない。

 

~翌日~


 遂に迷宮に向かう時となった。

 必要な荷物は、シュウと相談をしながら決めた。少量の食料などの、迷宮と呼ばれる場所で必要になるであろう物ばかりだ。何と言っても、僕たちは迷宮という場所について知らなさすぎる。それ故に、準備をしようにも、想像の範囲内でしか出来ない。

 

「よし、皆準備は出来たか?」


 流石は、力のある人たちと言うべきだろうか。装備している物の質が、僕たちとは違うのが見てハッキリと分かる。当然、あのレベルの装備を僕たちが使いこなすことは出来ない。だからこそ、僕たちは質の悪い装備でも我慢するしかない。

 こうして、引率を含めた30人が迷宮へと向かった。

 引率者の案内で、迷宮には思いのほか早く辿り着いた。

 

「ここを通れば、デルセス迷宮へと挑むことが出来る。いいか、油断はするなよ」


 そう言って、引率者の男の人は僕たちに何かを見せてきた。

 見た感じは、魔法陣と呼ぶべきものに近い。男の人の言葉通りならば、この魔法陣のようなものが入口となる筈だ。

 ここまで来て、躊躇う人は1人としていない。

 前に立つ人から順に、陣の上に立っていった。陣の上に立った人は、瞬時に姿が消えた。

 そして、僕たちの番となる。

 本音を言えば、この陣の上には立ちたくはない。この先は死地と呼ぶべき場所。それでも僕が行くのは、それしか道がないから。

 僕は気持ちを落ち着かせて、陣の上に立った。

 こっちの世界に来た時と同様に、視界が光で覆われた。


「これが、迷宮・・・・」


 覆われていた光が消えた時の感覚は、異世界に来た時と同じ感覚だった。周りは薄暗く、いつ何が出てきても不思議ではない雰囲気だ。洞窟のような感じはするが、棒靴なんかよりも圧倒的に死というものを近くに感じる。

 こんな場所で1人になってしまったら、生きて出るのは不可能だろう。

 迷宮とは名の通りで、初っ端から道が複数に分かれている。どうするのかと困惑してもおかしくないところだが、皆そうではなかった。

 それは、ひとえに龍弥君の存在だ。

 彼が指揮を執ることに、絶大な信頼を寄せている。

 周りを警戒しながら前に進んでいると、目の前に魔物が現れた。


「あれが、ゴブリンだな」


「皆、戦闘態勢をとってくれ!敵を仕留めるぞ」


 ゴブリンと呼ばれる魔物が複数体。初めての魔物との対面ということもあって、動揺する人が多かったが、龍弥君の掛け声で冷静さを取り戻した。

 そこからは、あっと言う間。圧倒的な力の差で、敵を仕留めていった。

 僕とシュウは、後ろで見ていることしか出来ない。対して、他の子たちは一度の戦いで自信がついたのか、その後も順調に敵を仕留めていった。


「よっしゃー、30レベルに到達だぜ」


「え~、私はまだ28レベルだよ」


 当然、戦いを重ねていれば、レベルも上がっていく。ここでも、さらに彼らとの差を開けられてしまった。

 彼らの戦いを後ろから見ていて分かる。今の僕では、ゴブリンすら倒すのに一苦労だろう。

 一体、どこまで進むつもりなのだろうか。そんなことは聞けるはずもなく、静かに後ろを歩く。

 前の人の背中を見ながら歩いていると、その背中が急に止まった。何かあったのかとざわつき始める一同。だが、そのさわつきをかき消すくらいの声が響く。


「に、逃げろ!」


 何と、声を響かせていたのは龍弥君だった。それが分かっても、すぐに動く人はいなかった。動き出したのは、龍弥君の後を追っている巨大な魔物の姿を見てから。

 それだけで理解するのには充分だった。一斉に皆が逃げる為に動き出す。

 僕も逃げ出そうとした。だが、後ろを振り向こうとした瞬間、僕の体は道端へと押し倒された。底が見えない道端に押されてしまえば、待つのは落下死。


「お、お前なんかは、あの魔物の餌にされば良いんだよ」


 ああ、僕はクラスメイトに殺されて終わりを迎えるのか。

 そう思い、諦めそうになった。だが、誰かが僕の手を握った。それが誰なのかは、確認する必要もない。なぜなら、こんなことをするのは一人しかいないからだ。


「シュウ、僕のことは良いから、早く逃げてくれ。あの怪物が迫ってきてるぞ」


「馬鹿言うな。命にかけても守ってやると言った僕の言葉を嘘にさせるつもりか?」


 シュウは必死に僕の体を持ち上げようとしてくれている。

 そして遂に、怪物もコチラに気付いてしまった。しかし、もうすぐで上がれそう。

 そんな時だった。シュウの力が弱まり、僕の方へと倒れ込んできた。それを追う形で、魔物も飛び込んできた。

 ここまでくれば、今度こそ本当に落下してしまう。

 ただ、最後まで友が守ってくれてことは死んでも忘れないだろう。

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