第4話 死地

 確実に死んだ。そう思うのが当然だと言えるくらいの高さからの落下だった。だが、幸運にも落下先が水場だったこともあり、死は免れた。

 とはいえ、あの高さからの落下だけあって、今までに感じたことのない衝撃が体に走る。骨折したかとも思ったが、体は正常に動く。

 そんなことよりも、問題は・・・・・


「シュウ、しっかりしてくれ。目を覚ましてくれ、僕を1人にしないでくれ」


「んっ・・・・・ああ、まだ生きられたようだね」


 シュウも目を覚ました。

 だが、シュウの足は負傷していて、今も出血している。何とか、あるものだけで応急処置は済ませたが、傷が深すぎる。そして、処置をしていて気づいたのが、落下したことによる傷ではないということ。

 明らかに、矢のようなもので攻撃された痕が残っている。あの場にいた誰かが攻撃したに違いない。

 かなり痛そうだ。


「その足、大丈夫なのか?」


「痛いけど、何とか我慢は出来る。そんなことよりも、一緒に落ちてきた魔物はどうなった?」


 それを聞いた瞬間、慌てて周りを見回した。見た限りでは、一緒に落ちてきた魔物の姿はない。

 どこかに消えたのだろう。

 それならば、僕たちがすべきことは決まっている。今すぐに、この場所から移動をすることだ。ここにいたら、あの魔物が戻ってくるかもしれない。幸いなことに、周りに魔物の姿は見られない。移動するならば、今が最適だ。

 ただ、シュウは足に怪我を負っている。それも、かなりの深手。移動するのは難しい筈だ。だが、それがどうしたというのだ。

 僕が肩を貸せば良いだけの話。

 シュウは、何度も置いて行けと言うが、僕には初めから、その選択肢は消している。友人でもあり、恩人でもあるシュウを、見捨てるなど死ぬことよりも嫌なことだ。

 

「ごめん、足手まといになって・・・・」


「何を今さら、足手まといはお互い様だろ。それに、これくらいのことは負担には感じないさ」


 何があっても、負担を感じているとは思わせてはいけない。そう思いながら、少しずつ進んでいく。

 事前に、この迷宮はいくつもの階層があるとは聞いていたが、今いる場所が何階層なのかは分からない。

 少し歩いたところで、良い休憩場所が見つかった。休憩は勿論のことだが、これからのことについて話し合う必要がある。

 肩を貸しているシュウを、ゆっくりと座らせた。近くで見て分かったが、シュウの汗が大量に出続けている。痛そうな素振りは見せないが、体は正直なようだ。


「それより、これからどうしようか?」


「この迷宮から出たいのは当然だが、僕たちは、この迷宮についての知識がなさすぎる。それに、所持品が少なすぎる」


「そうだね、食料も1日しか持たないくらいの量しかないし、使えそうな道具も短剣くらしかないし・・・・・・」


 このままだと、魔物に襲われる前に餓死してしまう。

 どうするべきだろうか。シュウの怪我もあるし、僕たちの実力だと、魔物と遭遇しただけで死ぬ確率が高い。でも、ここに早く迷宮を出なければ食料品が底をついて死んでしまう。持つとしても3、4日くらいだろう。

 こんな酷な選択をする勇気が僕にはない。

 僕が悩み続けている間にも、時間は経過していく。


「もう僕は大丈夫だから、移動しよう」


 今の僕にとっては、これ以上ないくらい後押しとなる言葉。

 休憩した時間は5分にも満たなかった。それでも、再び肩を貸して歩き出す。いくつも道が分かれている時には、勘で動くことにした。

 今のところ、魔物とは遭遇せずに進めている。

 これなら、思いのほか早く出られるのでは・・・・・


「止まれ」


 隣で一緒に歩くシュウが、強い言葉で制止を指示した。それを聞いて、迷わず足を止めた。

 シュウに言われ、急いで岩陰に隠れた。何も起こっていないのに、何故隠れる必要があったのかは聞かなくても分かる。シュウの焦った様子から考えて、良くない未来が視えたのだろう。

 隠れて僅か5秒後だった。目の前を魔物が通り過ぎていった。

 シュウがいなければ、確実に遭遇していただろう。

 何とか危機からは逃れたが、未来を視たことによって、シュウの体力が一気に削られてしまった。だが、こんなところで止まるわけにはいかない。

 疲れて動けそうにないシュウを担いだ。歩くスピードは遅くなったが、止まるよりはマシだ。

 どこに進めばいいのか分からないまま、ただひたすら歩き続けた。道中、魔物と遭遇しそうな場面は何度もあったが、上手く避けることで難を逃れた。

 そして、何キロ歩いた頃だっただろうか。

 僕たち二人の目の前に、1つの階段があった。ただ、それは上がる為のものではなく、下に行く階段。

 迷わず進んできたが、流石に足が止まってしまう。


「どうしようか、下りてみる?」


「そうだね。もしかしたら、何か手掛かりがあるかもしれないし・・・・・」


 階段を下りて、先に進むことに決まった。だが、セオリー通りならば、下に行くほど危険度が高まっていく筈だ。それは、シュウも理解しているだろう。

 それを分かっていながらも、下へと進んでいく。一段下がっただけで、前の階層との雰囲気の違いを感じ取ってしまう。思わず足が止まりそうになったが、足を震わせながらも気持ちだけで何とかしていった。

 

「ここは・・・・・・」


 階段を下りた先は、複雑な道があるわけでもなく、ただの広間のような場所だった。

 あまりにも前の階層と違い過ぎて、呆気に取られてしまった。

 周りを見ても魔物一匹すらいない。ここならば、安心して休息がとれる。そう思い、シュウに休憩をしないかと提案をしてみた。

 疲れて眠っているのか、返事は帰ってこない。仕方がないと思いながら、確認のためにシュウの顔を確認しようと後ろを振り返る。

 だが、僕の目に映ったのは、疲れて眠ったシュウの姿ではない。巨大な鳥の羽のようなものが背中に突き刺さって、血を流しているシュウの姿だった。


「シュウ!しっかりしてくれ、何があったんだよ」


「ハァ、ハァ・・・う・・・・えだ・・・・」

 

 良かった、死んでいないようだ。

 すぐにシュウの手当てをしたいところだったが、そうもいかなかった。微かに聞き取れたシュウの言葉通り、上を見ると、巨大な鳥の怪物が見下ろしていた。

 間違いない。シュウを刺したのは、あの鳥の羽根だ。

 最初の懸念は正しかった。ここが安全かもしれないと少しでも思った自分が馬鹿らしい。

 当然、こんな怪物に勝てるわけがない。逃げの一択しかない。

 慌てて、階段の方へと向かった。ただ、それを見逃してくれるほど怪物も甘くはない。数えきれないほどの羽根を飛ばしてきた。

 その何本かが、僕の足や腕に突き刺さる。

 死にそうなくらいの痛みが走るが、それでも全力で逃げた。

 微かに抱いた僕たちの希望は、どうしようもない巨大な絶望によって打ちのめされた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る