第5話 決意
何とか1つ前の階層へと、戻ることが出来た。どうやら、鳥の怪物は、あそこからは出られないようだ。
「どうすれば良いんだよ」
それ以外の言葉が出てこなかった。
僕もシュウも、どうにもならないくらいボロボロの状態だ。ここまで頑張った方だと思う。ただ、人というのは意外と簡単には死なないようだ。
僕とシュウの体には、あの怪物鳥の羽根がいくつも刺さっている。今も体中に、とてつもないほどの痛みが走り続けている。
痛い、痛すぎる。
死にたくないけど、死んでいない自分が嫌になりそうだ。
「ハァ、ハァ、どうして、こんな目に合わなきゃいけないんだよ」
もう体が動かせそうにない。シュウも、息はしているが、指1本動かせなさそうだ。こうして動けないまま、ここで死を待つだけなのだろうか。
それだけは、絶対に嫌だ。このまま死んでしまっては、悔しさばかりが残ることになるだろう。それだけは避けたいからこそ、痛みに耐えながら動きだす。
シュウを担いで、壁にもたれかかりながらも歩みを進めていく。正直、自分が何処に向かって歩いているのかは分からない。ただただ止まっていたくはないという気持ちだけで動いていた。
こんな状態で魔物と遭遇したら、今度こそ本当に終わってしまう。だが、そんな時に限って不幸は訪れてくる。
前から、足音が聞こえてきた。魔物の足音なのは確実だ。それでも、ここは一本道だ。それに加えて周りには隠れる物陰が1つとしてない。つまり、後ろに逃げる以外の選択肢がない。
もちろん、僕は後ろへ逃げることを選択する。
「ねぇレン、聞いてほしいことがあるんだけど・・・・・・」
「やめてくれ、遺言みたいじゃないか。僕は、そんなのは聞かないぞ」
後ろへ歩き始めたのと同時に、聞こえてきたシュウの声。その声は、今にも喋れなくなりそうなくらい、かすれた声だ。普通ならば、静かに聞くものかもしれない。それでも僕は、シュウの言葉に耳を傾ける気はなかった。
だが、シュウは話を止めようとはしない。
「僕たちって、何のために死ぬのかな?今、アイツ等が生き延びて、楽しく生活をしていると思うと、悔しくてたまらないよ・・・・・・」
シュウの話した内容は、遺言などではなく、心の内だ。話しながら涙ぐんでいるのが、顔を見なくても分かった。まぎれもない本心であることに疑いようがない。
何故かは分からないが、シュウの言葉を聞いていると、同じような気持ちが込み上げてくる。ただ、不謹慎かもしれないが、僕は少しだけ嬉しい気持ちもあった。出会って初めて、シュウが感情的になった姿を見せたことに。
とはいえ、危機的状況であることに変化はない。しかし、数秒前と違うこともある。気持ちの変化だ。元々、死にたくはないという思いはあったが、シュウの悔しいという言葉を聞いたことで、より思いは強くなった。
「だから、何としても脱出をして、アイツ等に一言言ってやろう」
そして、最後の言葉が、より背中を押してくれた。その勢いのまま、前へ進もうと力強く踏み込んだ。踏み込みを活かして、左足を前出そうとした。
だが、前へ出そうとした僕の左足が見えなかった。たちまちバランスが取れなくなり、その場に倒れ込んでしまう。
一瞬の出来事に、理解が追い付かなかった。思わず、後ろを振り返る。そこにいたのは、僕の左足を持った狼だ。正確に言えば、狼に似た二足歩行の魔物と言うべきだろう。
全身に痛みが走り続けていたせいで、感覚が麻痺していたのかもしれない。斬られた足を見るまで、斬られたことに気付かなかった。遅れるかたちで、左足に痛みが走る。
「あああああああ!」
これまでにない痛みに、叫ばずにはいられなかった。
まさか、近づいてきた魔物が、もう追い付いてきているとは。いや、僕の歩くスピードを考えれば、不思議な話でもない。
そんなことよりも、今考えるべきなのは、ここをどうやって切り抜けるかだ。悔しいが、敵は僕たちのことを舐めきっているのか、すぐには殺しにこない。そのおかげで、何とか死なずに済んでいる。
ただ、何かしようにも、2人とも動けないに近い状態だ。ほぼ手詰まりと言える。だが逆に、そのおかげで、開き直って行動が出来そうだ。
その一手として、短剣を手にした。
敵は油断している。今ならいけるかもしれない。チャンスがあるとすれば1度だけ。
右足と、地面についた左手に力を込めた。
そして、敵が一瞬だが視線を逸らした。その隙を逃さずに、右足を左手の力で、敵に飛びついていく。飛びついた流れのまま、短剣を魔物の首を狙って振るった。
僕が振るった短剣は、魔物の首へと当たる。
だが・・・・・・・・
「なっ!」
無情にも、僕の振るった短剣は、敵の毛皮によって弾かれてしまった。そのまま地面に落ちるかと思ったが、それよりも早く敵の攻撃が当たってしまう。僕の記憶にはないほどの、強靭な爪による攻撃だった。
そのまま、倒れ込んでいたシュウにも同様の攻撃がされる。
意識が飛びそうになるが、寸前のところで持ちこたえる。敵は、もう殺したと思い込んだのか、これ以上のことはせずに去っていった。
そんなことよりも、シュウの様子を見なければならない。
這いつくばりながら、倒れているシュウの側に寄った。
「シュウ、目を開けてくれ!お願いだ・・・・・・」
「・・・・・・・・」
僕の言葉に、何も反応がない。それもその筈、既にシュウは息をしていなかった。信じたくはないからこそ、何度も心臓の音を確認する。だが、何度やっても結果は同じで、心臓の音が聞こえてくることはない。
受け入れたくない事実を目にして、久しく流していなかった涙が流れる。
しかし、僕も死が近づいている。おおよそ、10分後にはシュウと同じようになっているだろう。
少し前の僕ならば、大人しく死を待っていたかもしれない。ただ、今は違う。シュウの最後の言葉が、僕を生かしてくれている。
それならば、一か八かの賭けにでるしかない。
流れ出ている自分の血で、地面に大きなを陣を描く。時間がないからこそ、ゆっくり丁寧に。血は大量に出ているから、描くには困らない。
「ハァ、ハァ」
残されたであろう時間をフルに使って、陣を描いた。
そして、仕上げに一言。
【傀儡化】
全てをやりきると、意識が遠のいていった。
それに抗おうととせず、僕はゆっくりと目を瞑った。
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