鬼牢

目々

憾んでいた慕っていた待っていた

 俺の実家、田舎なんですよ。だからみんな車持ってんですよね。んで、暇な若者が機動力を手に入れたらどうなるかったら、まあろくなことはしないんですよ大体。


 田舎だと娯楽の選択肢もないから、ドライブでの行き先もろくにない。先輩はほら、ずっと都会こっちですよね。だから夜でも行き場がある。だけど田舎は夜になったら何にもない。星見るか夜景見るかってのはカップルのやることですし。

 じゃあ馬鹿な男連中で集まったら行き先なんて決まっちゃうんですよね。心霊スポットで度胸試しですよ。


 そういう連中が好きな場所はね、ちゃんとあるんですよ。田舎のくせに。


 国道沿いの小学校、その前の長くてキツい坂をずっと上ってくんですよ。あとは神社とか野菜直売所の廃墟とか、そういう目印を拾っていくんですね。その辺はこう、口伝みたいなもんですよ。馬鹿な友人とか怖い先輩とか地域の噂とか、そういうやつ。


『鬼の村』が一番デカい枠の呼び方ですかね。山奥にある、村というか集落跡。テレビの特番であるじゃないですか、交通の便が死んでて道路もタコでそんなとこに普通は人住めねえよ! みたいな秘境扱いされるような場所。あれほどじゃないですけど、まあ道ガタガタだし幅狭いし真っ暗な山ん中です。

 そこにこう、三十軒くらいかな、民家とか神社の残骸がごちゃっとある一帯がある。廃村ですよね。年寄り連中なんかは名前も知ってるんですけど、あんまり口にしたがんないんで、鬼の村で通じるようになってる。それはそれでどうかなって気もしますけどね。


 でも鬼の村、そんなに的外れな呼び名でもないんですよ。そもそもそこの集落がこう、落人? が住み着いたとか訳ありのはぐれ者が逃げて溜まったとかそういう感じの閉鎖的なとこで、昭和になって道が通るまでは本当に限られたところとしか付き合いがなかったんだそうです。もう一つ、もっと穏当に廃村になったところもあって、そこと商売とか嫁婿やりとりしてなんとかしてた、みたいな。そっちの集落の出の人が言うには「全員なんかしら後ろめたい気配があって、他のところとできるだけ関わりたくなさそうだった」ってことでした。山奥だから人付き合いも何もなさそうだけども、人間が生きていくにはやっぱり繋がりって大事ですよ。その辺最低限にしちゃうってのはやっぱり、それなりの理由とか色んなもんを勘繰られますよね。


 実際その手の話もありますよ。っていうか、心霊スポットの醍醐味はそれでしょ。あることないこといっぱい噂で聞きました。やましい廃村っていうお題での連想ゲームですよね。参加者がみんな馬鹿だから、ベタだし無茶だしいい加減ではあるけど、その場で盛り上がるには最高みたいな話ばっかりです。


 因習、っていうか田舎の迷信とか謎習わしみたいなやつがいっぱいあったらしいんですよ。そんなに意外性もないやつ。双子は不吉だから片方なかったことにするとか、何年かに一度鬼子が生まれるとそいつのせいで不幸が起きるとか、鬼子を産まれた時点で始末すると神様が満足して村が栄えるけど隠すと全部駄目になるみたいな。鬼子って単語、俺この噂で初めて知りました。地元の友達にすげえ馬鹿にされましたけど、別にこれ一般教養じゃないと思うんですよね。あいつだってペンローズのことデザイナーとか言ったくせにさ。


 そこの集落が廃れたのもそういう──因果? が巡り廻ったって話でした。


 ざっくり言うと、本家の子供が双子な上に一方に生まれた時点で角だか歯だか鱗だかが生えてた忌子で始末するには体面とか情とかあったから家ん中に座敷牢作って閉じ込めといたら、そいつの気が狂ってある夜いっぱい殺した、みたいな。聞いたことある感じですよね。

 そんないっぱい人が死んだら絶対騒ぎになってんだろ新聞とかねえのか、みたいなのは大体みんな突っ込みます。けど、そういうの気にするのも野暮つまんないですし。お化け屋敷の由来って、おどろおどろしければ何でもありでしょ。

 そこの地主だか村長だか、まあ一番偉い金持ちが住んでたデカい家があるんです。そこが一番ヤバイって話で。当たり前ですよね話の流れ的には。だってそこにいたわけですから。忌子で鬼子な人殺しが、座敷牢の中に。

 村行っても余程のことしなければ帰ってこれるけど、座敷牢まで見ちゃうと助からない、みたいな噂もありましたね。工藤先輩は行ったから死んだ、みたいな具体的なのに誰かは分からない感じの犠牲者の名前も回ってきたりして。実家のあたり、工藤っていっぱいいるんですよ。一クラスあたり六人ぐらいの割合で。だからどの工藤先輩なのか、よく分かんないんですよね。


 で、そこに行ってきたんですよ。今年の夏に、地元の友達と。


 昔つるんでた連中と別件で遊んでたら、思い出話からそういう流れになったんですよ。昔聞いた噂を確かめてみようぜ、みたいな。先輩一人とタメが一人で、俺入れて三人です。ただ全員ビビリだったんで、ちゃんと昼間に行こうぜってことにしたんですよ。夜の思い付きを昼間にやるってのも別の馬鹿な気はしますけど。お昼ちょっと過ぎたくらいに先輩が家まで拾いに来てくれて、そのまま探検気分でスポット行く前に懐中電灯とかそういうのを揃えたりして。山道上るときにもこれから行くところの噂とか調べたりして、結構盛り上がってたんですよ。


 結論から言うと、全部あったんですよね。廃村も、座敷牢も、因縁の痕も。


 廃村は、普通に廃村だったんですよ。昼間行ったせいもあって、結構余裕持って見て回れました。何か印象が──ほら、有名な影絵みたいなやつあるじゃないですか。なんだっけ、描いたやつの名前を闇医者みたいだって思った記憶だけある……そうだ、キリコ。ああいう感じの静かで乾いた場所でした。怖いとかそういうのは全然なかった。なんにもない、残っていないってだけだった。

 で、うろうろしてたら村長だか地主だかの家も見つけました。っていうか、分かりました。

 ああいうところってわざと分かりやすく作るんですかね。明らかに他の家とは作りが違う、規模も違うみたいな家だったんですよ。平屋なんですけど、蔵もあるし正面っぽいところに家紋もついてるし。今よく見る古民家カフェの豪華版、みたいな感じでした。


 玄関、開いちゃったんですよね。木の引き戸で、いけるかなって友達がえいってやったら、がらがらって。


 で、開いちゃったから入るしかないなって。昼だからお化けは出ないだろうし、人はいっぱい死んでても殺人犯ももういないだろうからじゃあ何も怖くないなって先輩たちと協議して。ただ動物とか不審者はありえるから、みんな固まって動こうみたいな。

 外回りの廊下は、結構明るいんですよ。ただ、部屋とか入っていくうちに、どんどん暗くなっていくんですよね。家の内側になるたびに周りが薄暗くなっていくんだって思ったときはちょっと嫌でした。光の届かない場所があるって、こう、範囲外って感じがするじゃないですか。

 廊下を渡って、襖を開けて、畳を踏んでまた次の襖を開けて、その度に光が薄れていって──その襖を開けたとき、向こうは真っ暗でした。


 その暗い部屋の中に、ぼこぼこに痛んだ畳の先に、檻があったんですよ。


 一歩踏み込んだ目と鼻の先に、赤い格子がありました。壁、みたいに仕切られてて。端の方に小さい出入り口みたいなやつがあって、そこに南京錠が引っ掛かってました。掛け金のところがしっかり閂に通っていて、内側からは開けられないようになってた。

 よせばいいのに、先輩が照らしたんですよ。そしたら中に男がいた。

 全員声も出ませんでしたね。だって全部おかしいですから。廃村と立派な古民家まではまだなんとかなっても、座敷牢は駄目じゃないですか。しかもそこに人まで入ってたら、駄目ですよ。噂の通りのものが揃っちゃうから……。


 暗がりに目が慣れてきて、そいつの様子も見えました。ぱっと見は普通でしたね。髪はぐしゃぐしゃでしたし痩せてましたけど、廃屋こんなところにいるにしては普通っていうか。

 俺と同じくらいの歳、三十はいってないようには見えましたね。おじさんって感じはしないし、子供っていうには図体がデカいってのもありましたけど。

 ただ……目が、ちょっと違うなってのは、思いました。暗がりにいたのに、先輩が突然懐中電灯で照らしたのに、文句も悲鳴も上げずに、じっと俺たちを見ていた。泥みたいに真っ黒で、腐った沼みたいに動きのない目でした。

 恰好がやけに古臭いってのはすぐに気づきました。ドラマとか歴史もののドキュメンタリーであるじゃないですか、大正ロマンとか昭和の戦争まわりのあれこれとかそういうので見る、書生みたいな恰好。


 一通り並べて、やっぱり変じゃないですか。そんなやつが一人で、山奥の廃村跡の廃屋の座敷牢にいる。駄目ですよ、こんな一文が現代日本で成立したら。

 その変なやつが、格子越しに俺たちを順番に眺めてから、


「長く居たんだ。連れて行ってくれ」


 そう言って、ぐっと目を細めました。……今考えると、あれ笑ってたんですかね。口とか全然動いてないから、眩しいのか怒ったかって理解してましたけど。

 何だかもごもごしているから、聞き取り辛かったんですよ。虫歯治して麻酔が効いてるときみたいだなって俺は思いました。できる限り口を動かさないようにしている、そういう感じだったんで。

 俺も先輩もダチも、みんなして困りました。うろたえてた、みたいな。だって全然予測してない状況なんで、どうすればいいのか誰も分かんない。

 懐中電灯がね、何かの拍子に下の方へブレたんです。檻の中、赤い格子の向こうまで届いた光線がそいつの足元と床を照らした。


 踝の骨が目立つ痩せた裸足の周りに、三つ刃物が並んでました。

 鉈と、鋸と、デカい包丁。懐中電灯の光に照らされても光らないくらいに、刃先も何もかもがべとべとに汚れてた。


 あっこれヤベえやつだ、思ったより直に、そんでマジでヤベえって、全員考えたと思います。


 ただ、躊躇しちゃったんですよ。

 だって明らかにおかしいやつのすぐ近くに刃物があるから、そんな一斉に逃げ出したら余計危ないんじゃないかって思っちゃったんです。熊から離れる時、刺激しないようにじりじり後退るっていうじゃないですか。……や、足が動かなかった、ってのも本当ですけど。

 そしたらそいつ、俺たちが何を見ているかが分かったんでしょうね。一度、ゆっくり頷いて、


「あれは母の人の腹を抉った、あれは父の人の胸を刺した、あれは兄さんの喉を割いた」


 デカい蜘蛛みたいな掌をばっと広げてから、骨っぽい指で刃物を指しながら、そういうことを言うんです。

 そんで、笑ったんですよ歯を剥いて──その歯が、こう、鮫とか鋸みたいで。

 それが開いた口いっぱい、喉奥までぎっしり生えてたからもうこれ人間じゃないって踏ん切りがついた。ついでにもうどうでもいいくらい怖くなったんですよ。バケモンに刃物って無敵じゃないですか。檻越しだからどうだって話です、バケモンに木の檻が通用し続ける理由がない。信用性に欠けるんですよ。

 がしゃんと金属音がして、全員駆け出しました。刃物を踏んだか蹴ったか、どれにしたってあの状況で聞きたくない種類の音だった。


 逃げて、廃屋ん外に出て、村の入り口に止めてた車に飛び乗りました。そんで先輩が雑に人数確認して、エンジンかけてアクセル踏みました。


 山道下りる間、誰も口ききませんでした。そのまま町まで出て、ファミレス入って、全員留年決まった学生みたいな顔してポテトの盛り合わせ頼みました。なんかこう、普通のことがしたかったんですよ。

 俺はそのまま駅まで行って、電車乗って都会こっちに帰りました。実家、寄りたくなかったんですよ。何だろう、やべえことした後に自宅に直帰すると殺されるじゃないですか。そういう映画結構ありますし。玄関開けた途端に背後から押し込まれてざくざくやられる系の。


 そんで電車は無事に都会に着いて、乗り換えて最寄り駅で降りて住んでるアパートまでちゃんと帰ったんです。

 玄関、開けようとしたんですよ。そしたら、


「長く居たんだ。連れ出してくれないか」


 ドア越しでもよく聞こえる、はっきりした、嬉しそうな声でした。

 もうね、そのまま玄関開けずに駅まで戻って近くのネカフェ行きました。

 それから一週間帰ってません。こうやって友達んちとか知り合いの家転々としてます。財布持ってたからほら、最低限のもんだけ買い揃えてキャリー転がしてるんですよ。これに今の俺の全財産が入ってます。マジで。キャリーひとつで人間意外といけるんだなってのは俺も驚いてるところですけど。

 でもさすがにそろそろ帰んないといけないんですよ、引っ越すにしても惜しい家財とかは別にないんですけど、印鑑とかそういうのがね。ただ俺が開けんの絶対嫌なんで、誰かに金積むか普通に適当言って開けさせようと思ってます。

 ……先輩には頼みませんよ。これ聞いたら、絶対遊びに来てくんないでしょ、俺んち。一応今日泊めてくれるって人相手にそんなことしませんよ。

 それでも来てくれるってんなら、手伝ってくれるなら、まあ──ありがたい話ですけどね。お礼、好きなもん出しますよ。どうです?

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鬼牢 目々 @meme2mason

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