ひとり暮らしを始めた兄のお話。
現代もののホラーです。兄の語りかけてくる言葉を、弟の立場で聞いているという形式の物語。
本当に、ただお酒を飲みながら楽しく仲良く会話してるだけ……には違いないはずなのですけれど、だからこそなんとも言えない恐ろしさがあります。
ちょっとネタバレ気味になってしまうかもですけど、語られていることそのものは本当に思い出話や近況報告のみ。
そこに不気味な内容はあれど、でも作中のリアルタイムでは優しい兄ちゃんが目の前にいるだけで、たぶんそのはずで、でもそれがここまで怖くなるんだから途轍もない。
ちょっと読み終えた今も若干動揺している部分があります。
いやだって、そんな、ええ?
こう、「ドカッとおっかないことが起こってギャーッてなって終わり」、では済まない分だけ、余計に腹に残る怖さがある……。
この尾を引く不気味さが好きな作品でした。
理由ない怪異は理由ある怪異より恐ろしい。ならば、理由を付けてしまえばいいというのは人間が自然現象に妖怪の名を与えたように古来からある話だけれど、この作品はそれで終わらないのが本作。
気さくでどこか緩く気怠げな雰囲気を纏った兄の会話は巧妙な線を引き、編んだ罠に陥ったことも気づかないように絡め取っていく。
悪意とすら呼べない底知れなさや、雑談からいつの間にか怪談に切り替わっている自然な流れな心地よくもあり恐ろしくもあり。
一人称ホラーの妙だけでなく、もう逃げられないし絡め取られたままでもいいかと諦めそうになるような兄の語り口も魅力です。