第8話 時代の始まり
「ん……」
「おう、起きたか」
「ヴィクトル、寝てないの?」
「いや、寝た。知らない場所だとそう長く寝てられないんだよ、これは性分だから心配すんな」
そう話すヴィクトルは確かに顔色が良いので、その言葉を信じるしかない。まだ眠気の抜けないエレノアは、口元を押さえて小さく欠伸をする。
「……ああ、よく寝た。おはよう、ヴィクトルさん、エレノアさん。ふたりとも早いね」
程なくしてアーサーも起き上がった。うーん、と気持ち良さそうに伸びをする。
「魔物の心配がないって、それだけでいいねえ」
「まあな。この村が魔物の襲撃を受けていないのは、運が良いだけだが」
「えっ、そうなの?」
「ああ。夜になる前に魔物避けをしてやらないと、いつ襲われるかわからない。今日はそこから始めるべきだろうな」
そう話すヴィクトルの顔を、アーサーはまじまじと見つめる。
「……ヴィクトルさんは、魔物を倒しに行くんじゃないの?」
「魔物避けに必要な素材があるから、いくらかは倒しに行くぞ。村の者も魔物に立ち向かえないと、今後困るだろう」
「いや、そういうことじゃなくて。魔石を集めに行くんだと思ってた。だってヴィクトルさんは、早く帰らなきゃいけないんでしょう?」
「帰るための近道を選択しているだけだ。俺はドラゴンを狙うことにした。そのためには、村の奴らを鍛えてドラゴン討伐に向かうのが一番早いだろ」
「あのドラゴンを倒すの……?」
「簡単ではないが、倒せない相手じゃないぞ。俺の時代も、ドラゴンは時々討伐されて素材が売りに回るからな。それにあいつは黄金種だ。昨日の黄金種グリズリーの魔石は、他とは比にならないほど強力だったんだろ?」
「ええ。あんな地面に描いた雑な魔法陣で、マナをたくさん無駄にしたのにジムさんの怪我を治すなんて、とんでもないことだわ」
「あいつは背が金なだけだったが、王都をねぐらにしていたドラゴンは全身金色だったからな。相当の力を期待できる」
自信満々なヴィクトルの態度が、その言葉に説得力を持たせる。
「ちまちま魔物を倒してるだけじゃ、集めた魔石は生活に消えていくってのはもうわかったからな。でかいのを手に入れて、それで帰るしかないだろ」
「……そうだよね、やっぱり」
アーサーがどこか落胆した反応をするが、ヴィクトルは涼しい顔をしている。
「村人に討伐を手伝わせるにしても、生活の基盤がないと始まらないからな。だから復旧を手伝うんだよ」
「手伝うんだからいいじゃない、アーサーくん」
「うん、いいよ。いいんだけどね」
アーサーは、昨日の出来事からまだヴィクトルを非情な人間だと捉えているのだろう。実際、彼の前でのヴィクトルの態度には非情なものが多いので、エレノアとしても擁護し難いものがある。
釈然としない顔つきのアーサーを連れて村長夫妻の待つ居間へ出て行き、何となく誤魔化すことが今のエレノアにできる最大限のフォローだった。
***
魔物避けを村の周囲へ撒き、壊れた家を復旧する。力の要る仕事にヴィクトルは大いに貢献していた。この姿を見てもまだヴィクトルのことを許せないのだろうか、とエレノアはアーサーを目の端で観察する。体力のない彼は早々に離脱し、魔物避けに使う材料を桶の中で混ぜていた。
エレノアはと言うと、魔法陣を描くためのインクを準備しているところだった。魔女セシリィの研究は大したもので、インクは身近な素材で作れるよう考えられている。地面を少し深く掘ると出てくる黒い土の層の中に、たまにやや金色を浴びた鉱石が出てくる。これを細かく砕いて水で溶くと、マナを帯びやすい性質のインクができるのだ。
村人から借りたすり鉢で、ごりごりごり、と鉱石を細かく細かく砕いていく。粉状になったら川から汲んだ水を足し、粘度を調整していく。
さて、インクはできた。村には、使い古したシーツなど布がいくらかある。では、何から始めようか。
「ねえ、ヴィクトル。少し質問してもいい?」
「いいぞ」
作業の合間の休憩中だったヴィクトルに声をかける。彼は、肩から掛けたタオルでぐい、と額を拭きながらこちらを見た。何だか頼もしい仕草だ。胸の端っこが変にきゅんとしたのを感じつつ、エレノアは言葉を続ける。
「魔法陣を描く準備は整ったんだけど、何から始めたらいいか迷ってるの。村の人たちの生活を楽にするために、どうしたらいいのかしら」
「どうして俺に聞くんだ?」
「だってヴィクトルは、これからの時代のことに詳しいから。私があれこれ考えるより、的確な助言をくれるでしょ」
作業場に引きこもって魔法陣ばかり描いていた引きこもり気質のエレノアには、村や町の運営に必要なことなんてさっぱりわからない。既にあれこれ思いを巡らせ、途方に暮れた結果であった。
「……まず必要なのは水だろうな。この村は王都から定期的に魔法使いが来て、貯水槽に水を入れていたんだろ? 魔法はもう使えないって話だからな。水がなくなったら命に関わる」
「ああ、確かにそうね」
「あとは火だな。俺の時代は、取火場というのがあった。大きな火がずっと燃えていて、そこから取った火を持って帰って使うんだよ」
「なるほど、それなら魔法陣は節約できるわね、1枚で済むから。ちょっと考えてみるわ。ありがとう」
ヴィクトルの助言にイメージが膨らみ、エレノアは魔法陣を描き始める。土の魔法と、火の魔法、風の魔法。複数の魔法を掛け合わせて、外の天気に左右されず火が燃え続ける工夫をする。
「ここに火を起こしてもいいですか?」
「ええ、どうぞ。薪を持ってきましょうか? その細腕では力仕事は厳しいでしょう」
「いえ、必要ないんです。火はこれで起こすので」
エレノアがはらりと見せた魔法陣を、村長は不思議そうに眺める。村人たちに言葉で説明しても伝わらない。エレノアは地面に魔法陣を広げ、魔石を置いた。どのくらい必要だろうか。ひとつ、ふたつ……10個重ねたところでやっと変化が起きた。
エレノアより少し背の高い土の塔がにょきにょき生え、中に火がちらつく。風の魔法で火の流れを調整しているので、これらの火が周囲に延焼することはない。
「魔法、ですか? いや、だがお嬢さんは……」
「さっきの布に描いた模様で、魔法が使えるんですよ。あの魔法使い様が教えてくれたんです」
「おお、そうですか! これは素晴らしい。この火は消えないのですよね?」
「中に入れた魔石が尽きたら消えてしまいます。だから常に、魔石を入れておいてください。こんな風に」
エレノアは塔の中へ魔石を2つ投げ込んだ。これで数日は持つ計算だ。布の面積があったので、マナを節約するための模様を精緻に描き込むことができた。
水場に至っては、見た目が普段と変わらないため彼らの感心を呼ぶことすらなかった。とにかく魔石を絶やさないことを繰り返し言い含め、とりあえず水と火の供給は間に合う。
「水と火は用意できたわ。見て、ヴィクトル。取火場ってあんな感じ?」
魔物を狩り、食材と魔石を手に入れて帰ってきたヴィクトルを連れ、取火場を見せる。彼はその塔を、呆然とした様子で見上げた。
「……何か駄目なところがあった? 一応、私なりに長持ちするように、いろいろ工夫して作ったのだけれど」
「これ、俺の街にある取火場とよく似ているんだ。君にこの形状まで話してないよな?」
「聞いてないわ。こうしたら火が長持ちすると思って、考えて作ったのだけれど」
「……この村、リネット村って言うんだよな。俺の住んでた街は、首都リネットって言うんだよ。偶然の一致だと思ってたが……」
ヴィクトルは、エレノアの作った取火場をまじまじと見上げる。
「俺とエレノアが居るから、ここが首都リネットの形になるのかもしれないな……」
「それって、不思議な話ね。私はヴィクトルから未来の話を聞いて作ったのに、その街を作るのが私たちになるってこと? ややこしいわ」
「このまま作業をしていったらそうなりそうだ。それに……いや、こんなこと自分で言うのも何なんだが」
ヴィクトルはくしゃり、と金の髪を片手で乱す。
「街の入り口に男女の石像が立ってるんだが、昔からそれが俺に似てる似てると言われてるんだよ。今思えば、その隣の女性の像、あれは君に似ている気がする。俺たち、これから英雄になるのかもしれないな」
「ヴィクトルはともかく、私にそんなすごいことはできないわよ」
「魔法陣で村を復旧させ、これから街を作っていくんだから十分に英雄だろ。それに、俺たちはこれから黄金種のドラゴンを倒すんだぞ。……ああ、そうか。首都リネットが栄えたのは、かつての政府がドラゴンを倒して、その素材で豊かになったからなんだよ。それを成し遂げるのは俺たちなのかもしれないな」
「ほんと、不思議な話ね……」
未来から来たヴィクトルと、過去から来たエレノア。元々はこの時代に居ないはずだったふたりの存在が未来に影響を与えるなんて、なんだかよくわからない気持ちだ。
ただ、嫌な気分ではなかった。目の前に広がるのは復旧途中の村だが、これが街と呼ばれるまでに発展するのか。そこに自分の描いた魔法陣が関わるのだとしたら──やりがいを、感じる。
「楽しみだわ、どんな街になるのか」
「……そうだな」
ふたりは並んで、夕日に照らされた村の光景を眺める。ここから、新しい時代が始まる。いつだかのヴィクトルの言葉が、今になって胸に染み入るのだった。
***
中編コンテスト参加作品のため、投稿はここまでとなります。ありがとうございました。
無才の魔女エレノアは時を超える 三歩ミチ @to_moon
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