浪人生活のおわりは恋の

 東大が憧れだった。落ちた。崩れた。折れた。どうしようもなく。

 悔いが残った。燃料切れして頑張りきれなかった。くやしかった。もう一回、受験したいと、18年間生きてきて、はじめての土下座を両親にした。

 

 そして、わたしは浪人生となった。

 父方の親戚のヨネダの伯母さんは、「女の子が浪人って~、き遅れるんじゃない」って、それ、なんだよなことを、お母さんに言ったそうだ。

「ふん。あそこの係累、ろくな成績の子、いないんだから」と、お母さんも、たいがいなことを言っていた。


 気負い過ぎたのか、わたしは春休みに発熱して、予備校1日めは昼からスタートになった。

 でも、それが、よき出会いを連れてきてくれた。


 バスの中で小銭を落とした、同じ予備校に通う男子と知り合えたのだ。

 彼は、ものすごく感謝してくれた。ただ、わたしは小銭の音に敏感だっただけなのに。1ヵ月ほどたったころに、予備校の自習室にいるわたしに声をかけてくれた。予備校で友人なんかできないよと思いかけているところだった。そもそも、友だち作りに来ているわけじゃないし。


 現役で大学に進学した友人とは、SNSでつながるだけとなった。そして、わたしを気づかってか連絡、来ないし。

 わたしも、『予備校の日のお昼、今日はフードコートのラーメン』なんて、SNSにあげても、心やさしい同級生は、どう反応していいかわからないだろう。


 女子校育ちなもんで、男子とは、とんとごぶさたで、もっと別次元の生き物とも思っていたが、彼とは、すんなり話せた。彼が傾聴型の人間であったためかもしれない。浪人生という共通事項も、親密になるきっかけだったろう。

 志望校がちがうことも、わたしにとっては楽だった。


 彼は、わたしが東大志望だと打ち明けると、ちょっとびっくりしていた。

 そういえば、見た目、あまりかしこそうに思えないって言われる。なぜだろう。

 彼は逆に、「かしこそう」と言われるのだと情けなさそうに言った。

 たしかに、なんだか言葉がていねいで、銀縁眼鏡をかけていて、シャツのいちばん上のボタンまで留めている。昭和の受験生っぽい。

 そうか。親しみを感じたのは、お父さんの若い頃のファッションに似ていたせいか。


 冬期講習の時は、都会の予備校本部で講習を受ける日が、彼といっしょになった。

 買ってきた駅弁をラウンジ自習室で、いっしょに食べた。

 少し、うきうきした。わたしの暗黒の18歳に、少しだけ、ひだまりの思い出ができた。こういうのをデートにカウントしてはいけないのだろうか。年齢イコール彼氏いない歴となることを、わたしは心の片隅で恐れている。

 いや、そんなことは飛沫ひまつだ。

 わたしは受験に専念しなければ。








 『♪合格した』


 彼からラインが来たのは2月の終わり。

 2月のサクラは咲いたのだ。

 たしか、第1志望は関西の大学だったかなぁ。

 関東の大学も受けたはずだけど。

「どこも自分にとっては第1志望だよ」って言ってたなぁ。



 わたしは。わたしも。サクラ、咲け。








 

 ぼくは家を出たところで、ヨネダさんにつかまった。

 この人、ぼくが出てくるのを張り込んでたんじゃないだろうか。


「あら~。おはようございます」

 ヨネダさんは、ぼくをバス停に向かわせる気はないらしい。

 母は、この時期、ヨネダさんを徹底的に避けていたから、直接、本人に聞こうという行動に出たな。

「どちらに? 進学するの?」


 ぼくは、ちょっと考えた。そして。

「東京 の 大学に行くことになりました」

 確信犯的に、〈の〉を言うときに小さな声にしてみた。


「東京⁉ 大学⁉」

 目をむいたヨネダさんを置き去りにする。

 


 んなことあるわけねーだろ。

 ま、近所に喧伝けんでんして、ぼけたと思われるがいいさ。




 同じ季節に彼女も上京する。

 入学式会場は日にちがちがうだけで、同じところだ。

 東京、の、大学って、そうなんだって。



 彼女のサクラが咲いたんだ。

 彼女が見ることになる桜を、ぼくは一足早く見た。それを携帯で撮って、彼女にラインで送った。

 彼女の入学式の桜もきれいだろう。






     〈サクラサク

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東京『の』大学に行きました。 ミコト楚良 @mm_sora_mm

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