第30話 もっと突き詰めて
「お金での取引は諦めよう。街に行っても変わらず釣りができるなら食べ物には困らないでしょ?」
「俺たちの取り分はあるのか?ニンゲンが魚を全部獲っちまうってことは?」
「漁獲量が決まってるから大丈夫。でも、釣り場所の制限とかあるんだったかな…」
「なんだそりゃ?」
「釣りをして良い場所とそうじゃない場所があるの。ダメな場所で釣りしてたら注意されるよ。捕まりまではしないだろうけど」
「はあ…?そんなことまで決めてんのか?誰が釣ろうが自由だろ」
「街の人にも生活があるから、制限は仕方ないよ」
「じゃあどうしろって?」
「ジブンたちが釣りの制限がある場所を街で聞いてくるから、それまで釣りはしちゃダメ」
「ただ待ってろって?」
「そういうこと。いっぱい寝られてお得でしょ?」
「そりゃそうだけどよ…」
「待て待て。聞くっつっても、金ないんだろ?」
「それくらいじゃお金取られないよ」
「ええ?どこからどこまでが取引なんだ?」
「基本的には物にしかお金はかからないよ。よほど大事な情報とかならお金がいるけど」
「例えば?」
「さあ…情報屋はあんまり近づかない方が良いとしか教えられてない」
「ははん、裏の臭いがするな」
「勝手に話しかけないでよ?」
「わかってるっつうの」
ほんとうに大丈夫だろうか…。
「人に物を聞く時は丁寧にね。わからない、とか教えたくないとか言われても苛ついたらダメだよ」
「あ?なんでだ?」
「なんで」と来た。いつも脅して聞き出していたのがわかって顔をしかめたくなる。
「変な人だと思われるから。都会だと人の評判は簡単に広まってレッテルを貼られちゃうんだって。余計に警戒されちゃうよ」
「なんで警戒される前提なんだよ…」
「普通は話しかけたりしないからね。しかもジブンたちは情報を得なきゃいけないからたくさんの人に聞くことになるでしょ?ただ聞いて回るだけでもかなり目立つよ」
「はあ?都会ってあんなにうじゃうじゃ集まってるくせして話1つしないのか?」
「しない訳じゃないらしいけど…ジブンの村みたいに、皆が皆知り合いじゃないんだって。だからあまり話さないんだと思うよ」
「一種の交流の場や通り道としてのみ機能しているのかもしれんな」
ティチュはすぐに理解したようだった。さすがだ。
「ヒトの数が多いだけで一丸となってる訳じゃないってことか?」
「そう。だから世間話くらいのものなんだって」
「俺たちだってそんな深い話を聞く訳じゃねえだろ?」
「でも街に居る人としては変わってるよ。旅行客でもないくせして、大勢で一つのことを聞いて回って何かを知りたがってるなんて…怪しいとまではいかないにしろ、注目されるんじゃないかな」
「ニンゲンは監視癖でもあんのか…?」
「都会はそういうところなの」
「思ったより面倒だな…」
そりゃあ、昼寝だけしていれば良いモンスターよりかは複雑だろう。
コイツら、面倒くさがってばかりで不安になってくる。今度は逆に、話しかけられた場合のことも心配だ。
「みんな、人に話しかけられても上手くかわしてね。あんまり話続けたらダメだよ」
「なんでだよ。ガキじゃあるまいし」
「普通、むやみに話しかけたりしないでしょ?怪しい商談とかぼったくりの可能性があるんだって。単に親切な人かもしれないけど、安全のために全部無視しなさいって村の大人は言ってたよ」
「つっても騙されたところで無一文だろ?」
「ついて行って良いんじゃなぁい?騙されたところで返り討ちにしたらいいじゃん」
「それだよ、それ!騒ぎ起こしたらただ逃げたら良い訳じゃないの」
「はいはい、憲兵がいるんだろ?撒けばいいっての」
「指名手配されたらどこもほっつき歩けなくなるよ」
「手配ったってな、ニンゲンはモンスターの識別なんざできねえんだから…」
「こっちには変身魔法があるしな。てんでばらばらに逃げ出したらいいだろ」
「最近の人はモンスターを見たらすぐ捕まえるんでしょ?モンスターっていうだけで全員グル扱いで捕まって吊るし上げにされちゃうよ。それに一匹だけで潜り込んでる訳ない、とか思われて近くの街にもお触れが広がって警戒されて、全然聞き込めなくなったらどうするの?」
「ああクソ…面倒くせえ」
皆が暗い顔をした。ジブンのお説教がウザったくて、というより街の仕組みがうっとうしいらしい。
面倒くさがるというのはやる気がない、つまり実行しないということだ。街中で面倒ごとにあっても寝て紛らわせられはしないけど、いつものらくら躱すくらいだしどうにかするだろう。そこのところはジブンより上手くやる気がする。せまい船の中でやりくりしてきたヤツらだし、そこのところは心配しなくていい。
「ええと?話しかけるのもその逆も…行動する時は軒並み全部注意しろって?」
「そう。人の目があって厳しいんだから慎重にね」
「これは聞かなきゃ一生知らなかっただろうな…」
「だろうね。ちゃんと心に留めてよ」
「何度も言わんで良い」
ビーゾンはあしらうように手を木の葉みたいに上下させた。頭がパンクしそうなのかもしれない。街での立ち振るまいはわかったようだし、話はここまでで良いだろう。…と思ったけど、肝心なことが抜けていた。
「夜、寝るのはどうするの?」
「船に戻れないほど暗くなっていたら、近くで野宿になるだろうな」
「ええ…嫌だ。魔法で明るくしながら帰ったらいいじゃん」
「憲兵に見つかるんじゃないか?」
「あ、そっか…」
陸だとモンスターが辺りを歩いていて危ないから、夜に出歩こうとすると兵隊さんに止められる。都会は船よりかは自由だけど、面倒くささは跳ね上がるな…。
都会が安全なのはモンスターを警戒しているからなんだろう。であれば、モンスターを引き連れているジブンはむしろ危ないってことじゃないか?捕まるリスクを冒しに行くようなものだ。
でも人に聞かないとわからないことだって絶対にあるし、避けては通れない。モンスターしか知らないことは船旅であらかた聞き尽くしたんだから。
「たき火でもするか?」
「いや、何であれ明かりを点けちゃダメだと思う」
「私を下敷きにして寝ます?」
「うーん…」
マントマンの申し出はありがたいけど、モンスターとべったりはちょっとな…。寝ている間に何かされたらと思うと怖いし。
「なら、俺のボディに入って寝ると良い」
「無理無理無理…!」
「地べたで寝るより寒いだろ…」
鉄のヨロイなんて夜は冷たいに決まってるじゃないか!船長ったら自分の体のこともよくわかっていないんだから…。
「その辺の葉っぱを集めたら寝られると思うよ。船旅で鍛えられたし」
「木箱のそばで寝てたしな」
「そういうこと。だから我慢するよ。船長のボディはいらない」
「む…そうか」
船長は残念そうに見えなくもない反応だった。ほんとうに変なヤツだ。
夜、寝る時の問題は有り余ってるけど我慢するということで良いだろう。あと、気になる問題はないだろうか。
「…あっ!ダメだよ、お風呂入らなきゃ!」
「風呂?水浴びか?」
「そうだよ。都会は身だしなみに厳しいの。見た目だけじゃなくて臭いにも気をつけなきゃ嫌われるんだって」
「それだけでか?制約ありすぎだろ…」
「制約っていうか、暗黙の了解がたくさんあるんだって。ジブンも綺麗さっぱりしなきゃ」
「では、海水を蒸留して温めて、各々で体を拭こう」
「船長は別に良いんじゃないの?」
「いや…多少、錆か油の臭いがするかもしれん。拭いておこう」
「余計にサビるんじゃないの…?」
「では渇いた布で拭くとしよう」
「それ、意味ないと思いますケド…」
マジュツシの小声でのツッコミに心の中で頷く。確かに意味がなさそうだ。でも、体臭じゃなくてサビの臭いだったらそこまで気にしなくて良い気がする。問題は獣臭い方だ。
「獣臭いモンスターは行かない方が良いかも。狼男とかビーゾンとか」
「その2匹しかいねえじゃねえか」
「なら俺は留守番な。楽で良いわ」
「んじゃあ俺も留守番で…」
狼男はやや凹んだ様子だ。それどころか、しおらしくてなよっちくて…いつもと違う。いくら街に行く前で緊張してるからってこんなになったところは見たことがないし、らしくない。
…まさか、あんまり話したことがない方の狼男が残って、二匹組の狼男が出て行ったのか?
それは、だいぶ衝撃だ。始めに気まずそうに声をかけに来たのもそういうことだったのか。誰が出ていこうがどうでも良いと思っていたけど、そうとわかると心細い気持ちになる。
「どうかしたか?」
「ううん、なんでも。それで…ええと、なんだっけ?」
「風呂がどうとか留守番がどうとか」
「ああ、それね、うん」
「急にどうした?どっちか贔屓にでもしてたか?」
「心細いって訳ぇ?ミナライも子どもだねぇ」
「そういうんじゃない」
そうだけど、そうじゃない。ふてくされて膝を抱える。それだけじゃ足りなくて、肘をついて顔を逸らした。
「ミナライも飽きてきたみたいだし、お開きで良いだろ。解散」
「む?ミナライ、そうなのか?」
「そんな訳ないでしょ。てきとう言わないで」
「そうか?そうにしか見えなかったが」
そんなこと言って、体よく切り上げたかっただけだろう。ビーゾンやドラーゴンはもう耳にタコができた気でいるらしい。もっと突き詰めたらいくらでも話すことはあるっていうのに、やる気のないヤツらだ。
緊張感よりも面倒臭さが勝ったんだろう。こういうヤツらはなんで残ったんだろうな、ほんとうに。
「ミナライ、辛いんなら切り上げても良いんじゃ…」
「話し合いは追々でも良いだろう」
「ううん、大丈夫だから」
心配されると強がってしまう。キャノヤーやティチュに対しても「狼男がいなくて寂しい」だなんて言えないから、元より強がるしかなかったけれど。
残った狼男の方はどういう気でいるのやら…聞いてみたいけどそれはそれで気まずい。爪も毛皮も、記憶の中の狼男のそのまんまだ。知ってなきゃ、アイツらとは違うなんてわからない。
別に友達って言うほどでもなかったけど、でも悪いヤツらじゃなかったのは事実だ。
がらんどうの船でジブンが船長に話しかけそうになるのを止めた狼男はコイツだったんだ。ものすごい剣幕で、話しかけていたらどうなっていたことかと叱ってきた。今の様子からは想像もつかない。
残ったメンバーの中でジブンを止めるのはティチュかキャノヤーくらいのものだろうけど、コイツが真っ先に止めてきた。
思わず手が出たのか、もしくは前々からジブンを気にかけていたのか…だとしたら船長みたいで気持ち悪いな。思わず手が出たということにしておこう。狼男族は良いヤツが多いっぽいし。
「他になにかあるっけ?」
「思いつかないのなら切り上げて良いんじゃないか」
そう言われるとまだ何かあるような気がしてくる。身だしなみの点で言うなら、まだどうにかできるような…。
「ああ、爪切りがあった方がいいな…」
「街に行ってからじゃないと工面できないんじゃないか?」
「でも買えないんでしょぉ?」
「譲ってもらうとか…爪切りくらいならいけるかも」
「意地汚ねえな」
「盗もうとしてたヤツは黙ってて」
「悪かったな。てか爪切るったって、ほぼ割れてるだろ」
「今からでもちゃんとしないと。手は意外と見られてるんだって」
「盗みでもすんのか?」
「違うよ!物の売り買いの時とか嫌でも目に入るでしょ。あんまり汚かったら普通の生活してないってバレるちゃうの」
「けっ、面倒臭えな…」
それに関しては完全に同意だ。ジジババや村の大人から聞かされていた、都会での身の振る舞い方が思い出される。
話半分に聞いていたけど、こんなところで役に立つなんて。ジジババに従って準備万端で都会に来た場合でもイヤになっていただろう。村とはあまりにも勝手が違いすぎる。
今までは爪が伸びたら割れるのを待つかやすりみたいな岩に擦り付けてどうにかしていたけど、これからはそうもいかないだろう。
「手袋でも買った方が早いんじゃない?」
「袖がない服に手袋は可笑しいでしょ」
「なんで?」
「見た目が変じゃん」
「え?どこが?」
ダメだ。モンスターは服装の決まりがないから通じない!コイツらとまともに話し合おうとしてもムダだ。見た目の話なんか特に。ドラーゴンだってそうだったしな。
見た目といえば、髪も意外と伸びていたりするだろうか。ギシギシに固まっているけど水でとかしたらどうなるかわからない。ツタで縛れば良いかな?
服もヨレヨレでサカナやらなんやらの臭いがこびりついてクサいだろうけど、水で洗って煮沸してどうにか誤魔化すしかない。
船長のボディに入ることもできなくはないけど、街中で甲冑は目立つだろう。変身魔法でどうにかしてジブンと船長とで別々の方がはるかに動きやすい。
大勢の人のそばだとモンスターはどんな動きをするかわからないし、それぞれでいた方が良い。変な騒ぎに巻き込まれたくない。
「そんなに変な目で見られやすいんなら、そもそも大勢で行動するのは可笑しいんじゃなぃ?大丈夫なのぉ?」
「どうかな…申請してあるキャラバンじゃない限り、大人数での移動ってあんまり無いかも」
「つっても6匹くらいだろ?言うほど大人数か?」
「ううん…どうだろう」
都会の価値観はよくわからないからなんとも言えない。村の大人から聞きかじっただけでも驚く話がいくつもあったくらいだ。
ジブンにとっての大人数、となれば村の人全員だけど、都会ではそうじゃないかもしれない。人が多いけど個々で活動する人が多くて、みんながグループになっている訳ではない。
だから誰かに言っておいたことがすぐに全体に広まるようなことはない。逆に言えば人に何か尋ねたり物を頼んだりするときは逐一話しかけなくちゃいけないから面倒に感じる。
やましいことが無い立場なら張り紙でもなんでも頼んで作ってもらうけど、あまり注目されても困ってしまう。
「話を聴くのは個別でも良いよね?」
「さすがにな」
「固まってなくてもできるしねぇ」
「じゃあ変な目で見られたら散らばるって感じで良いんじゃない?」
「そんなインスタントな作戦で良いのか、本当に?」
「良いでしょ。多少見られるってだけですぐに通報されることはないよ」
見られて噂されるのもかなりの減点ではあるけど、元々モンスターと一緒に過ごしている身だ。この際、通報さえされなければ気にすることはない。堂々としてなきゃ話を聞く前から怪しまれてしまう。
皆はそれでも不安だろうけど、この船に残っている時点でバクチに出ていることくらいわかってるだろう。街に行くなんて更なるバクチだ。ジブンの村探しが目的だとわかっているからには付き合わされることは想定してるだろうし、肝の据わった面々だと思っていい。
なあなあだったり踏ん切りがつかなくて残ったということはないだろう。ずっと逃げ出せなくて、折角安全に逃げ出せる絶好の機会が昨夜訪れたのに、それをみすみす逃したんだ。自分だけならまだしも、大勢が逃げ出したんだから腰は重くなかったはずだ。
取り残されたジブンの方がずっと心細い。狼男だって誰だって当たり前のように逃げ出して…冷たいヤツらだ。ここに引き止める方が酷いことなのかもしれないけど。
「話を聞き終わったらどこで落ち合う?」
「街の外で良いんじゃないか?」
「でもグループによって話を聴き終わる時間が違うよね?」
「いつだろうと変わんねえだろ。どうせ夜には魚を食いに船に戻るんだし。大勢で移動するとそれこそ目立つしな」
「聞いたフリしてとっとと帰るのはナシね」
「んなことしねえよ」
どうだか…。船ではいつも寝ていたヤツもちょこちょこいるので不安が残る。だいたいは真面目に仕事をやっていたヤツだから、そういうヤツと組ませておけば大丈夫だろう。
とはいえモンスターは人に聞くのは苦手そうだから、早めに引き上げる判断は正しいのかもしれない。端から人間にビビりまくってるから、早めとか遅めとかは関係ないかもしれないけど。
なんであれ、引き際は心得ているだろう。逃げるのはほんとうに危なくなったら、だ。そう簡単に怯えて逃げ出して、これ以上数が減ることはないはずだ。
こっちは気持ちが引き締まったのに、皆は不安そうな顔をしている。後はやるしかないんだから、もっとしっかりして欲しい。
「せめてミナライが人里に入った経験があればねぇ」
「ジブンのせい!?」
「いいや、別に。そう思っただけぇ」
ジブンだってどうにか街に行こうとした経験はある。知らないくせにテキトー言ってばかりなんだから…。ジジババにあと10年後じゃなくて今すぐにでも行った方がマシだって言ったけど、ダメだって止められたんだ。
それに、この歳で都会に行くのは危ないのに。商談したくても舐められがちなんだとか。子ども一人で歩いていると迷子だと見なされて兵隊さんに連れて行かれてしまうこともあるらしい。
それに子どもは抵抗する力が弱いから、人さらいに狙われやすくもなるんだとか。だから今回はジブン一人での偵察は無理だ。いい人にも悪い人にも捕まっちゃう。
陸の方が自由かに思えたけど、モンスターと絶対いっしょじゃないといけないなんて、船よりも窮屈じゃないか。
「話し合いはこれくらいで良いんじゃない?」
「ミナライが言うんならその通りだな。寝ようぜ」
「え?明日のために準備するんでしょ?」
「寝なきゃやってられん」
「ああそう…」
「ビーゾンは好きにしろ。俺たちは海水の煮沸でもしよう」
「ちょっと、ドラーゴンとドオルも手伝いなよ」
「別にサボろうって訳じゃねえぜ」
「そうそう、言われたらちゃんとやるってぇ」
「言われなくてもやれ。一大事だぞ」
がやがやしながら準備に入る。
波がざぶざぶと船を揺らすのを見るとそそられる。でも今日は準備で忙しい。どうしたって浜辺で遊ぶことができなくて悔しかった。
村の友達は今ごろ、遊んでいるだろうか。わからないけど、ようやく近付いたようにも思えるしとっくに手の届かないところに行ったような気もする。もう手遅れ?最初からどうしようもなかっただけ?
ダメだ、考えたって村には近づけない。早く準備に取り掛かろう。
ミナライの旅 燕屋ふくろう @oinku
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