第7話 物件を探そう

(なんて拳だ。一体どれほどの修練しゅうれんれば、ああなるんだ)


 人間なら一撃必殺となる拳を、豪雨のように浴び続け、クマ怪人は思う。


(がむしゃらに殴り続けているように見えて、全打撃がガードの隙間すきまを突いてくる)


 薄れゆく意識の中、クマ怪人はブルーの打撃を分析した。

 細かい点は違うが、空手にもボクシングに似た技がある。ジャブはきざみ突き、フックは鉤突かぎづき、ボディーは下突したづき、アッパーはげ突きなど、多岐たきわたる。

 それらを無意識下でたくみに使い分け、ブルーはクマ怪人をけずっていた。


(一年間、死に物狂いで修行してきたからこそ分かる。一年前では気づけなかった実力差が明確に)


 痛感した彼我ひがの差に打ちのめされそうになるクマ怪人。


「だが! 魔王様のためにも! 負けるわけにはいかんのだ!」


 しかし、彼はおのれ鼓舞こぶし、戦いを放棄ほうきしなかった。

 クマ怪人の想いが乗った拳が、ブルーの顔面をとらえる。そこでクマ怪人は力を使い切り、崩れ落ちた。


「一人の空手家として、不撓不屈ふとうふくつのあなたの精神は、賞賛しょうさんあたいします」

 

 怒りを発散し溜飲りゅういんを下げたブルーは、眼下で横たわるクマ怪人へ語りかける。


「なに、メガネを一つ壊されたところで、私には第二第三のメガネがひかえています。どうでしょう? みなさん、彼を見逃してあげては?」

 

 荷馬車の荷台に立つ仲間たちへたずねるブルー。するとイエローが、


「どうでしょうも何も、半殺しにしたのジブンやけどな」


 と冷静に突っ込み、レッドとグリーンが、


「ぼ、僕はいいよ。いつでも倒せるし」


「右に同じ」


 と同意を示し、ピンクは


「どーでもいい。てゆーかスーツ着て」


 マニュキュアらしき物を爪に塗りながら答えた。


「というわけです。よかったですね」


 足元のクマ怪人へ、ブルーは微笑ほほえんだ。


「ふっ、スイーツのように甘くみられたものだ。覚えておくがいい」


「ええ。次に試合しあうことを心待ちにしてます」


 一方的とは言え、生まれて初めて全力を出し切れた相手に、ブルーは今まで感じたことのない充足感を覚え、その場を後にした。



⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎



「とんだ道草を食ってもうたな。日没前に、最寄りの村に着く時間ないんちゃう?」


 荒野の地平線に触れようとしている日輪を見て、イエローが言った。


「ど、どうだろう」


 荷馬車で手綱を握るレッドが曖昧あいまいに答えると、荷台にいたグリーンが唐突にレッドの肩を掴んだ。


「待て、レッド! 森がある」


 グリーンが右を指し示す。

 そこには、距離感が狂うほど巨大な樹木がつらなる森があった。


「えっと……だから?」


 グリーンの意図が分からず、レッドが反応にきゅうする。


るぞ」


「なんでや! 時間ないゆうたよな!」


 グリーンの発言に、イエローが間髪かんぱつ入れず突っ込んだ。


「レッドよ。あの木を見て、どう思う?」


「聞けや!」


 レッドの肩に腕を回したずねるグリーンへ、シカトされたイエローがえる。


「え? えっと……すごく……大きいです」


「そう! あれは五十メートル近く育つこともあるアオイもくアオイの樹木バオバブ! 樹齢は数千年に達すると言われ、大木の幹には十トンもの水分を蓄えている!」


 イエローの叫びなど意にかいさないグリーンは、レッドの感想を聞き、気分を上げた。


「ほう、それはなんというか、すごくすごいですね」


 ブルーが特に意味のない感想を述べるが、


「決めた。俺はあそこに住民票をうつす」


「うつすな」


 グリーンは無視して会話を進め、イエローが簡潔に突っ込む。


「どの道、日もだいぶ傾いている。俺の物件探しも兼ねて、野営やえいに適した樹を探すぞ。バオバブの幹の直径は、最大で十五メートルまで育ち、中は空洞くうどうになることが多いからな」


「まー、一理あるんじゃない?」


 一応筋は通るグリーンの言い分に、ピンクは同意を示す。

 否定意見も出なかったため、一同は野営地を探すべく森へ向かうことにした。



⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎



 ファイブカラーズがバオバブの森へ入って行くと、民族衣装らしきものを身にまとった老翁ろうおうと遭遇した。


「おお! ひょっとして、あなた方は新たに召喚された勇者様でございますか! 我々の救難要請にこんなにも早く応じてくださるとは!」


(人おったんかい! あかん、グリーンの物件探しに来たとは口がけても言えん)


 イエローが荷台の上で思考を巡らせていると、


「勘違いするな。物件を探しに来ただけだ」


 向かいに座るグリーンが身もふたもないことを言い、


「口裂いたろか! おい!」


 イエローはグリーンのほおを、左右へ思いっきり引っ張った。

 しかし、老翁は気にせず会話を続ける。


「ははっ、聞き及んでおります。異世界ではつんでれ、と言う社交辞令しゃこうじれいだとか」


「そ、そう言えば、勇者は何度か召喚されてたんですよね? どんな方だったんですか?」


 レッドは浮かんだ疑問を口にした。


「あなた方とよく似たおし物を着ていました」


「ほう、私たちの先輩方が行ってたとは」


「博士、そんなこと言ってたっけー?」


 老翁の答えにブルーが反応し、ピンクが口を開いた。


「あのハゲは隠しごとしかせえへんからな。ハゲは隠さんくせに」


 イエローは溜息ためいき混じりに、博士と呼ばれる者への愚痴をこぼす。


「そんなことはどうだっていい! それよりも大事なのは俺がここに住めるかだ!」


「それこそどうでもええわ」


 グリーンの熱のこもった言葉に、イエローは冷たい言葉を浴びせた。


「勇者様の永住となると、国王陛下へお伺いしなければなりませんので、わたくしめからはなんとも。もちろんお泊まりになるのでしたら何泊でも。ただ」


「ただ?」

 

 言葉を詰まらせる老翁を、グリーンがうながす。


「実は数ヶ月ほど前から魔族の襲撃を受けていまして」


「わかった。その魔族を始末すれば、ここに永住していいんだな?」


「なんもわかってへんやないか」


「た、退治はするんで、ご心配なく」


 我が道をいくグリーンに、イエローが突っ込みを入れ、レッドがフォローを入れる。


「おお、ありがとうございます!」


 レッドの言葉に老翁が安堵あんどし、感謝の言葉を発した時だった。


「ホー、このフクロウ怪人に森で勝てるとでも?」


 ファイブカラーズの後方に、巨大なフクロウが姿を現したのは。

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陰キャのレッド、インテリ風バカのブルー、人類滅亡を狙う自然愛護者グリーン、清楚系ビッチのピンク、それらにツッコミを入れる金髪関西人美女イエローの戦隊異世界旅 秋山紅葉 @AkiyamaKouyou

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