第5話 ありのままの姿で

「うおっまぶしっ!」


 城壁を出ると、そこは荒野だった。

 荷馬車で手綱を握るレッドは、殺人級の日差しに顔をしかめる。

 改めて旅に必要な物を買いそろえたファイブカラーズは、ようやく旅に出たのであった。

 

「ほら、帽子ぼうしみんなの分、うたさかい被っとき」


 荷台にいたイエローは魔法使いが被りそうな帽子を次々と仲間に被せていき、最後に手綱当番で前に座るレッドに被せようとした。


「スリザリンは嫌だ。スリザリンは嫌だ」


「ホグワーツの入学式か!」


「ま、魔法使いっぽい帽子だったから」


 唐突とうとつなボケたい衝動しょうどうに身を任せたレッドへ、イエローが小気味こきみいいツッコミを与えた。


「そういえばこの異世界、生活で魔法は使わないんですね」


 王城を出てからここにいたるまで、魔法らしきものを見なかったブルーが感想をもらす。


「市場でいたが、大昔はそんなものを使ってたらしいが、今は誰も使ってないそうだ。例外として、王族は口伝で召喚魔法だけ使えるんだと」


 グリーンが自身の調査結果を述べると、


「なーんだ。つまんない」

 

 ピンクが爪を見ながら嘆息たんそくした。


「てか、ウチらのスーツの固有能力が魔法みたいなもんやからな。ん? なんか前におるで」


 話の途中で、前方の様子に気づくイエロー。そこには、仁王立におうだちした黒毛で全長二メートルのクマの姿があった。

 

「待っていたぞ、ファイブカラーズ! このクマ怪人が」


「ほな、ジャンケンやるでー」


 クマ怪人が言い終える前に、イエローは握り拳をかかげる。


「ウチのグーの強さ、なめたらアカンでー。相手がパー出そうが指3本殴ってチョキにしたんねん」


「強さをはきちがえてるよ⁉︎」


 無茶苦茶なことを言うイエローに、思わずレッドの口からツッコミが出た。


「いーからやるよー。じゃーんけーん」


 ピンクがうながし、全員が荷台の上で立ち上がる。

 戦隊スーツを着た五人の男女が、魔法使い風の帽子を被り、ジャンケンをする珍妙ちんみょうな様子を、クマ怪人は呆然ぼうぜんと見つめていた。

 勝負は一回で決する。

 ブルーがパー、彼を除く全員はチョキだったからだ。

 ブルーは帽子を脱いで荷台に置くと、


「フッ、みなを代表し、私が戦うとしますか」


 無駄に洗練せんれんされた無駄の無い無駄な動きで飛び降りた。

 その様子を見たイエローは、


「敗北者の分際ぶんざいでイキっとるなぁ」


 とつぶやき、グリーンは颯爽さっそうと荒野を歩くブルーを見て、


(イエローがグーの話をしたからパー出せば勝てる、とブルーが思ってるだろうから、みんなチョキ出した、とは気づいてないんだろうな)


 と思ったが、あえて教えはしなかった。

 そんな一部始終を、ずっと待ってくれていたクマ怪人も遂に、堪忍袋かんにんぶくろが切れる。


「貴様ら、なめてるのか! 五人全員でかかってこい!」


「なめとんのはジブンやろ? ウチら五人を相手にできると思っとんのか?」


 イエローは顔を上げ、帽子のツバの下から見下すような視線を向けた。


「何を言って」


「試しにブルーを攻撃してみ」


 クマ怪人の言葉を遮るイエロー。

 ブルーはすでにクマ怪人の間合いにいた。


「……上等だぁーーー!!!」


 肉球を握り締め、全力の突きをはなつ。

 ブルーはおくすることなく、空手の回し受けで、怪人の剛腕を受け流した。

 クマ怪人はすかさず、ブルーが受け流したことでガラ空きとなったレバー(右脇腹みぎわきばら)へ、見事なフォームの回し蹴りをり出す。

 それをブルーは、受け流しで上げていた肘の打ち下ろしと膝蹴りで、上下から怪人の蹴り脚をはさみ込んだ。


「ぐあぁっ!」


 たまらず、苦痛に顔をゆがめるクマ怪人。

 その後も猛攻を続けるが、ことごとく迎撃げいげきされてしまう。

 力の差は、歴然だった。

 

「ウチらが手ぇ抜いてたん、ジブン気づいてなかったやろ?」


 荷台で仁王立ちのイエローが声をかける。


「な、なぜそんなマネを?」


 せぬといった面持おももちで、クマ怪人はたずねた。すると、


「五人で動物ボコっとったら、動物愛護団体がクレーム入れてくるからや!」


「たしかに!」


 イエローの言葉に衝撃が走ったクマは、心の底から同意した。


「フッ、所詮しょせんはクマ。殴り合いで人に勝てる道理どうりなどありません」


「ふつうは勝てへんけどな」


 格闘でわずかにずれたメガネの位置を正すブルーへ、イエローは淡々たんたんと突っ込んだ。


「図に乗るな! スーツの力がなければ戦えないヒーロー風情ふぜいが!」


 激昂げっこうするクマ怪人。

 だが、彼の怒りはレッドの言葉でかき消されることになる。


「こ、このスーツに肉体強化機能なんてないよ」


「…………なに?」


 クマ怪人は、自身の耳を疑った。


「博士が発明した固有能力ならあるがな」


 グリーンが補足したが、クマ怪人はまだ理解が追いつかない。


「な、なら! お前たちは今までの肉体で戦っていたと言うのか⁉︎」


「まー、せーかくにはー、博士の固有能力をつけたいってワガママのせいで、肉体強化機能をつける余地がなくなったんだけどね。ホント男ってバカだよねー」


「激しく同意するあまりハゲになりそうやわ。か弱い乙女がおるのに、なに考えとんねん、あのハゲ」


 説明というよりも、博士への愚痴ぐちをこぼす女性陣。


「嘘だッ‼︎」


 認めたくない現実を吹き飛ばそうとするかのように、クマ怪人は叫んだ。


「人間が殴り合いでクマに勝てる道理など、あってたまるか!」


「フッ、でしたら、どこでも好きなところを攻撃しなさい」


 クマ怪人の疑念を払拭ふっしょくするため、ブルーは戦隊スーツを脱ぎ捨て全裸になった。


「だからって下まで脱がんでええやろ! キンタマ蹴られたらどないすんねん!」

 

 後方からの至極しごく真っ当な指摘してきに、全裸のブルーは華麗かれいに反転すると、


「安心してください、入ってます。空手のコツカケで、体内にね」


 自慢げに両手の人差し指で局部きょくぶし、イチモツを女性陣へ見せつけた。


「エノキダケがぶら下がったまんまやろがい‼︎」


「おっと、これはとんだ粗相そそうを。どうかうったえないでください」


 イエローの魂の込もったツッコミに、ブルーはバカのため、本当に気づいていなかった様子で反転し背を向けたが、


「罰としてー、後で切り落とすからー」


 どこからともなくハサミを出したピンクの、腹の底からこごえる声を背後からび、


「すみませんでしたァ‼︎」


 心の底から罪(わいせつ物陳列罪)をい改めるのであった。


「ふ、ふざけるのも大概にしろぉ!」


 全裸のブルーへ、全力の拳が襲いかかる。

 クマ怪人の毛におおわれた拳は、ブルーの顔に直撃した。

 ブルーは宣言通り、防御や回避を一切いっさいしなかった。しかし、彼はその場から突き飛ばされることなく、無傷で受け切った。

 割れたメガネを除いて。


「おい、どこでも好きなところを攻撃しろと言ったな。あれは嘘だ」


 ブルーは今までとは違う低い声で語りかけながら、メガネを外す。


「オレが吐き気をもよおす邪悪とは、他人のメガネを破壊することだ! テメーはオレを怒らせた‼︎」


「……なぁ、アイツどないしたんや?」


 普段はバカだが丁寧な言葉遣いからの豹変ひょうへんぶりに、イエローが男たちにたずねると、


「説明しよう! ブルーはメガネを壊されると、ブチ切れて口調がジョジョになるのだ!」


 グリーンが説明しよう!口調でテンション高く説明したが、


「なんの説明にもなってへんわ!」


 意味不明な説明にイエローが切れた。


「てゆーか、市場でイエローも壊さなかったー?」


「女の人に壊されるのは、私は一向いっこうにかまわんッ! むしろ嬉しい! って言ってたよ」


 ピンクの疑問にレッドが答えると、


「あいつ、おの性癖せいへきを満たすために、あんなボケかましたんか! 腹立つわー!」


 バカ(ブルー)に良いように誘導ゆうどうされたことに、イエローは尋常ではない怒りを覚えた。


「オラオラオラオラオラオラ‼︎」


「完全にスタープラチナと化してる……」


 ジョジョを代表する近距離パワー型スタンドさながらの拳打けんだラッシュを見て、レッドは怪人にあわれみをいだく。


「全裸の男がクマをタコ殴りしとる絵面えづらは、なかなか見ててつらいもんがあるな」


 イエローは異様な光景に対する、素直な感想をもらした。

 薄れゆく意識の中、クマ怪人の脳裏を走馬灯が駆け巡る。


(申し訳ありません。魔王怪人様)


 彼の脳裏に浮かんだのは、昼下がりの公園のベンチ。

 タピオカミルクティーをたずさえてやってきた魔王怪人の姿だった。

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