第6話 映えるスイーツは食べにくい

 それは、レッドたちが異世界に来る一年前の出来事。


 東京都内の某公園。


 広くもなく狭くもない敷地内しきちないのベンチに、全長二メートルの黒毛クマが座っていた。

 そんな誰もが逃げまどいそうな生き物に、男が歩み寄る。

 男は全身黒の出立いでたちで、帝国軍風の軍服に軍帽、マントを身にまとう。

 平日昼の炎天下で誰もいない公園では、いちじるしく浮いた存在である。

 年の頃は五十代といった顔つきで、立派な口髭をたくわえている。

 だが、男は似つかわしくない派手で巨大なスポーツバックを肩にかけ、両手にはタピオカミルクティーをたずさえていた。


「すまんな。こんな人里ひとざとの公園まで」


「いえ、最近はエサを求めて下山げざんするクマが多いですし、怪人が暴れる時代です。クマが公園で座ってても、ツイッターにあげられる程度ですよ」


「ツイッターだが、最近Xって名前に変わったらしいぞ」


「なんですか、その秘密結社ひみつけっしゃっぽい名前! 我々にこそ相応ふさわしいじゃないですか!」


「まったくだ。イーロンめ、都内在住だったら粛清しゅくせいしておったわ。ほれ」


 物騒ぶっそうなことを言うと、クマ怪人の前まで来た男は、タピオカミルクティーを差し出す。


「ありがとうございます。魔王様」


「どういたしまして。アンド、よっこいしょういちっと」


 漆黒の男・魔王怪人は、ギックリ腰にならないよう細心さいしんの注意を払いながら、スポーツバックをベンチに下ろし腰かけた。


「新大久保でスイーツを買ってきた。資料を読みながら一緒に食べよう」


「お気遣きづかい感謝します」


「これ、トゥンカロンといってな。クリームを大きめのマカロンではさんだものだそうだ。あとこれ、今年の戦隊ヒーローの資料」


 スポーツバックから紙皿とスイーツ、左上をクリップで挟んだA4用紙のたばを出し、クマ怪人に渡していく魔王怪人。

 クマ怪人はまたを閉じると、そこにトゥンカロンがのった紙皿を置き、資料を受け取る。

 表紙には、こうしるされていた。



【要注意! 今年のヒーローはヤバいぞ!】

 以下、概要がいよう。(詳細は後掲こうけい)


・桃園 桜花 / ももぞの おうか

 ピンク担当、本年度にて19歳

 全国高等学校
柔道選手権大会

 女子無差別級 三年連続覇者

 人類史上初の超軽量級者による無差別級

 制覇。それを一度ならず三度。

 今までに喰った実力者と男は数知れず。


・エマ・ゴールドウィン(日本国籍)

 イエロー担当、本年度にて19歳

 K1甲子園 女子ワンマッチ-55kg

 三年連続覇者

 日本に帰化きかしたアメリカ人総合格闘家を

 両親にもつサラブレッド。

 打撃とツッコミのするどさには定評ていひょうがある

 ストライカー(打撃系総合格闘家)


・緑山 林道 / みどりやま りんどう

 グリーン担当、本年度にて19歳

 全国高等学校剣道大会男子個人

 三年連続覇者

 公式・非公式問わず、敗戦記録なし。

 都内の山のどこかに在住。オフの日は

 常時木刀携帯のため奇襲は困難。


・青海 拳正 / あおみ けんせい

 ブルー担当、本年度にて19歳

 全日本空手道選手権大会

 三年連続覇者

 満16歳以上(つまりは大人も)出場し

 無差別級のみの上記大会にて全試合

 一本勝ちを果たす。

 なお、本人はいまだにルールを忘れ

 頭部への突き(反則)をしそうになる。


・赤崎 焔 / あかさき ほむら

 レッド担当、本年度にて19歳

 中学卒業後、引きこもりになる。

 その後、戦隊入りするまでの経歴は

 一切不明。



「どうしてこう、えるスイーツというのは食べにくいんだろうな」


 マカロンとマカロンの間からはみ出るクリームに悪戦苦闘している魔王怪人が言った。

 対して、クマ怪人は口が大きいので、一口で

トゥンカロンを食べ切っていた。


「魔王様。このレッドの経歴なんですが」


「何らかの力が働いておるようで、調査しても何も出てこんかった。そしてこのマカロン、めっちゃクリーム出てくるな」


「それにしても、レッド以外の経歴は目を見張るものがありますね」


「時代が違えば、四人とも一騎当千いっきとうせん猛者もさとして歴史に名をきざんでいたであろうな。ちょっと手ぇ洗ってくる」


 魔王怪人は、公園の水栓柱すいせんちゅう(水飲み場)までけて手を洗い、ベンチに戻る。

 その間も、クマ怪人は会話を継続する。


「戦隊の採用条件は、ただ一つ。強いこと。それ以外の人間性、知性、品性は一切不問。容姿は願わくば端麗たんれい、でしたっけ?」


 言い終えた後、タピオカミルクティーのストローをくわえようとするが、クマにはできなかった。


「ああ。強さを選考基準にせんと、政治家を人外の生物から守る、などという激務げきむたせんしな」


 魔王怪人はしゃべりつつ、クマ怪人のタピオカ容器からストローを抜き、カップ上部のカバーを外し、直接飲めるようにした。


「ありがとうございます。一年契約とは言え、ヒーローも大変ですよね。襲ってる側が言うのもなんですが」


「ヒーロー協会。あれこそ既得損益きとくそんえき権化ごんげ天下あまくたりした汚職政治家のめよ。ボランティア活動というていで、ヒーローたちにろくな分配ぶんぱいを与えず、スポンサー料や放映権料の九割九分九厘きゅうわりくぶくりんを独占。ヒーローとなって人生を変えたい数多あまたの若者たちの足元を見た、いやしき老害ろうがい巣窟そうくつよ。あ、ワッフルもあるぞ」


 そう言って今度は、分厚ぶあついワッフルを手渡てわたす魔王怪人。大量の生クリームを、折りたたまれた特大生地がはさんでいた。


「いただきます。食い物にされる若者たちには、人間と言えども同情しますね」


 種族をえたあわれみをいだきながら、クマ怪人は大きな口にワッフルを放り込む。


「そのために我々がいる。今は資金に余裕がなく、地方まで行くと往復の交通費が大変なことになるから、襲撃地は政治家の多い都内のみになっているが、ゆくゆくは全国の汚職政治家を抹殺まっさつし、日本を征服するつもりだ」


 言葉の合間にワッフルをかじりつつ、魔王怪人は展望てんぼうを語った。


「この命尽きるまでおともいたします。人間から迫害はくがいされ殺されそうになったところを召喚され、命を救われたご恩。必ずや返させてください」


「お前たちには苦労をかける。交通費削減のため自転車移動させているせいで、襲撃するまでに必ず戦隊を呼ばれてしまうのも悪いと思ってる」


 魔王怪人はワッフルを食べるのを中断し、心の底から申し訳なさそうに、心情を吐露とろする。


「我々怪人の膨大な食費を、お一人でまかなっておられる方を、悪人だと思う怪人はいません。まあ、たしかに戦隊は厄介な存在ではありますが」


「正義の、いや、政治の味方として、合法的かつ市民権を得た上で税を投入されシステム化された戦隊制度。そんな援助のもと、厳選げんせんされ、鍛えられ、最新鋭装備を与えられた奴らは強い。特に今年のは。だからこそ、奴らのスーツの謎や、苦手なもの、口座の暗証番号などなんでもいい。仮に勝てなくとも弱みを掴み、次の怪人たちへ繋いでくれ」


 語りながらワッフルを食べ終えた魔王怪人は、真っぐな目を、クマ怪人へ向けた。


「承知いたしました」


「奴らはこのポイ捨てされたタピオカ容器と同じ。放置できん存在だ」


 そう言って、魔王怪人はマントからレジ袋を出すと、足元に転がる容器と自身が飲み終えた容器を入れる。


「ん」


「あ、ありがとうございます」


 魔王怪人がちょうだいといったていで差し出した手に、クマ怪人は意図いとさっし、自身の空容器を手渡す。


「政府は無能だが馬鹿ではない。公安や別班べっぱんまで動員し、我らをつぶしに来てる。だから、こうして注意をらすために目立つよう行動しとるわけだが。スッポン怪人の今日の襲撃、上手うまくいくといいな」


「きっと成功するはずです。性欲が強いのがたまにキズですが、彼は優秀です」


「そうだな。それに万が一失敗しても、ファブカラーズがおもちゃの販売促進はんばいそくしんのため、スポンサー契約で必ず戦いの最後に使用を義務ぎむづけられてるラストエンドファイナルほうに、昨日基地へ潜入して細工さいくほどこした。アレの高出力エネルギーを転移エネルギーに変換し、お前たちの故郷へ退避たいひできるようにな」


「すごい! さすがです、魔王様!」


 賛辞の言葉をくれた部下に対し、魔王怪人は気まずそうな表情をすると、ゆっくり言葉をつむいでいく。


「だから、あれだ。もし、故郷に帰りたいのであれば、わざと負けてもいいんだぞ? もとはと言えば、わしがSAT(特殊急襲部隊)にも対抗できる戦力を求めて強引にこの世界に召喚したのだから」


「何をおっしゃるんですか! 動機どうきがどうであれ、命を救われたことに変わりありません! 恩義おんぎむくいるためにも、ワタシは全力で戦います! 仮に敗れたとしても、リベンジの日を待ち、鍛え続けます!」


「……儂ほど部下に恵まれた男はいないな。よろしく頼む。クマ怪人よ」


「はい!」


 部下からの熱い言葉に、目頭めがしらを熱くする魔王怪人。そんな上司からの言葉に、クマ怪人は全力でこたえた。と同時に、


(それにしても、これほど優秀で気配きくばりもできる方なのに、どうしてスイーツを食べるのだけは下手へたなんだろう)


 口の周りをクリームでベタベタにした魔王怪人に、母性のような奇妙な感情を抱く。


「魔王様。クリーム、ついてますよ」


「なに! おのれ、ワッフルめ」


(だが、こんな人だからこそ、こちらも命を張れるのかもしれない)


 またしても水栓柱で口元を洗う魔王怪人を見て、クマ怪人は決意を固めるのであった。

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