第5話 おそろしいコール
決闘を一目見ようとこんな状況に慣れた人たちが集まり、当事者の二人を取り囲むように円を作る。丁度その円の部分には雑草が生えていないので、かなりの回数を重ねている事が伺える。その中心には跪いている商人の男性と、ひたすら自分が傷ついた事を大声で喚き散らす大男の姿があった。
「貴様は国の為に戦場で命を懸けて戦い、右手を失って義手になったこの俺様の事を侮辱したのだ。さあ、その腰の剣を抜け! 決闘を始めるぞ」
「私は決して侮辱など……それに決闘など私にはとても……私が出来る事でしたら、何でも致しますのでどうかご容赦下さい」
「か~~ぺっ! この腰抜けが! …………まあいい、今、確かに何でもと言ったな……」
ゲボボボ、気持ち悪い! 大男は唾どころか痰を商人の男性に吐きかけてそう言うと、下卑た笑みを浮かべる。
「やっぱり、贖罪金で終わりか……」「まあ、そうだろうな……行くか」「あの若いのも、可哀そうだが、いい勉強になっただろう」
その場面をみて野次馬たちも興味を失い、その場をたち去り始める。
「それで貴様は――」
「――ちょっと待ちなさい! そんな奴の言いなりになる必要はないわ」
それを聞き、残っていた野次馬たちが一斉に私に振り返る。
「あの格好は魔術師さまじゃないか?」「何か面白くなりそうだぞ」
そして、私をみとがめた野次馬たちが色めき立ち始める。
「今、言った奴は誰だ!」
私の言葉に反応して大男が激怒してそう叫ぶと、私の前にいた野次馬たちがモーゼの十戒の海割りのようにさ~っと横に避けた為、ここで初めて大男と対峙する事となる。
「ちっ! 魔術師か」
「あなた恥ずかしくないの? 自分で自分の事を貴族って言っていたけど、貴族は弱いものを助けるものなんじゃないの? それにあなたが義手だろうと何だろうと誰も興味ないわよ。自意識過剰なんじゃない? あっ! 頭が悪そうだから自意識過剰は意味が分からないか……簡単に言うと興味はないけど、でかい図体で橋の上に立っているから、みんなあなたが目障りって事。ねっ?」
私がみんなに同意を求めると、野次馬たちは俺たちは関係ないと全力で首を横に振る。
「貴様~~! 名を名乗れ、そして男らしく正々堂々魔法なしで戦え!」
「何を~、なら魔法なしで決闘だ~…………って言うとでも本気で思ったの? それのどこが正々堂々なのよ? 本当に頭が悪いみたいね」
(こいつ、こんなにプリチーな私の事を男だと思ってんの? 確かに胸はまだ発展途上だけど……失礼しちゃう。あっ、でも女性の一人旅と思われているよりは、男性の一人旅と思われている方が安全かも……)
ここでエレコは血の涙を流しながら、男性だと思われている事を否定しない事にした。
「貴様~~!」
「ほら、頭が悪いから貴様、貴様って同じ事しか言えないじゃない」
「き、貴様~~!」
流石に野次馬たちも、これには我慢できずに笑いが起きる。しかし、本気で怒ったのか大男の雰囲気が変わり、凄い威圧感に笑う者はすぐさまいなくなる。
「い、命が惜しくないようだな。こいつの前に貴様……お、お前を叩き斬ってやる」
大男は商人の男を蹴り飛ばすと顔真っ赤で大きな両手剣を構える。あれで斬られたら間違いなく大怪我では済まないはずなのに、何故か妙に心が落ち着き、自分が集中していくのを感じる。
(ここで一番重要なのは、果たしてあの両刃の剣をこの杖で受けたり引き落しが出来るかだね……。まあ、この杖がゲームを参考に作ってあることを考えれば、大丈夫だとは思うんだけど……。だってゲームの中では剣の攻撃を杖で受けていたし……)
「決闘の最中に考え事……かっ!」
そう言いながら、上段から振り下ろされた男の剣を横に体をかわして避け、本手打ちで思いっきり相手の右手首に振り下ろす。
「エイッ!」
見事に手首を捉え、手ごたえと共に大きな金属音が響き、野次馬から歓声が起こる。
「ぐっ! 避けるのだけは上手いようだな……しかし、俺様の義手にそんな軟な攻撃など通じるものか! これで終わりだ!」
(そういえば右手が義手とか言ってたね……。でも左手も金属の篭手を付けているし、やっぱり狙うのはむき出しの頭ね)
ワンパターンに上段から力任せに振り下ろしてくる剣を、今度は右斜め前に体をかわして相手のこめかみ目掛けて
「エイッ! ホーッ!」
カウンター気味でもろに急所に攻撃が入ったからか、大男は白目を向いて崩れ落ちピクリとも動かなくなった。これには野次馬たちも驚いたようで今日一番の盛り上がりを見せる。
「すげぇー……あの人、本当に魔法なしで、あのゲオルグに勝っちまったぞ」「あの人は魔術師じゃないのか?」「これでやっとここも安全に通れるようになるのか……」
(ふ~っ……何とかなった。昔は杖術の掛け声が恥ずかしくて嫌だったけど、咄嗟の時には自然と出るもんだね……何故か杖術の掛け声は打撃は『エイ』で突きは『ホー』なんだよね。っていうかあの人、死んじゃってないよね……?)
一応、剣を取り上げてから大男に近付き確認をすると、呼吸は浅いようだが気絶しているだけのようなので、ほっと胸をなでおろす。それを見て何を勘違いしたのか、野次馬たちから『殺せ』コールが巻き起こる。
(えっ! 確かに悪い奴みたいだけど、私には絶対無理なんですけど……)
そのコールにドン引きして立ち尽くしていると、先程、助けた商人の青年? が駆け寄ってきた。
「あの……この度は本当に危ない所をありがとうございました。あのままでしたら、私は命を落としたか、父に多大な不利益を及ぼすところでした。是非ともお礼がしたいので、お名前をお教えいただけないでしょうか?」
「えっ、名前ですか……?」
「あっ! 名乗りもせず失礼いたしました。私は商人見習いをしているザック・フランメと申します」
いつの間にか『殺せ』コールを止め、こちらの話を当たり前のように立ち聞きしている野次馬たちが、青年の名前を聞いて何故かざわつく。有名人なの?
「えっ、あっ、はい、え~と……(男性のふりをするなら、一人称は私じゃない方がいいか……)ぼ、ボクはエレコ・ベルウッドと申します。わた……ボクは当たり前のことをしただけなので、気になさらないで下さい」
「…………そ、そうはいきません。これから街にいらっしゃるのであれば、何日でも滞在していただいて構いません。是非とも私の家にお越し下さい」
(う~ん……確かに何も知らない街だからそれは助かるけど、嫁入り前の私が男性の家に泊まるのはね……)
そう思い答えを躊躇していると、青年はさらに続ける。
「それに両親は街で一、二位を争う商会を営んでおります。ですから両親にも会っていただければ、必要な物も格安でご提供できますし、街での生活が快適になると思うのですが……」
「えっ? ご両親と住んでいるんですか?」
「はい……いずれは独り立ちして家を出ようとは思っているのですが……」
「えっ! じゃあ、お願いしようかな……?」
「ぜひぜひ……それでは馬車を取ってきますので、とどめを刺したらこの近くでお待ち下さい」
「えっ?」
どうやらここの人たちは、どうしても私にとどめを刺させたいようだ。
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