第9話 冒険者ギルドの食堂
ザックさんはまだ、さっきの人と喋っているようなので、お釣りと登録プレートの準備を待つ間、冒険者ギルド内を見て回る事にした。まず最初に掲示板を見に行くと、汗というか獣臭が漂ってきたので口呼吸に切り替える。そこには臭いの元である薄汚れた冒険者たちがいて、掲示板に打ち付けられた釘にぶら下げられている依頼の書かれた木札を眺めていた。どうやらここから受ける依頼の木札を外して、受付に持っていくようだ。
「あの、ちょっといいか?」
「えっ?」
同い年ぐらいの男の子たち三人組に声を掛けられて、少し身構える。
「あんた、字が読めるんだろ。ちょっと銅級でも受けられる討伐の依頼があるか見てくれないか?」
な、なるほど……そういう事ね。ナンパだと思った自意識過剰な自分に、恥ずかしさがこみ上げてくる。
「い、いいですよ! え~と、討伐は…………無いですね。魔物の素材の納品っていうのは、いくつかあるけど……」
「あっ! じゃあ、それで」
「それなら、これがゴブリンの魔石を五個納品するってやつで、こっちがボアっていう魔物の皮を三枚納品ってやつ……あとは常駐ていうのが――」
「――常駐はいいや、報酬はどんな感じ?」
「え~と、ゴブリンの方が魔石が五個で銀貨五枚で、そこから一個増えるごとに銀貨一枚プラスされるみたい。それとボアの方は皮が三枚で大銀貨一枚と銀貨二枚で、一枚増えるごとにプラス銀貨四枚だって」
「やっぱり、ゴブリンしかないか……」「そうだな、オレたち解体できないし」
「そうだな……あいつらの素材は魔石ぐらいしか売れないから、儲からないけど仕方ないか……。教えてくれてありがとう。ゴブリンにするよ。これ少ないけど……」
そう言うと、その男の子が何故か硬貨を渡そうとしてきたので押し返す。
「えっ? いいよ! お金貰うような事はしてないし」
「えっ、いいのか、ありがとう。じゃあ、儲けたら今度おごるよ、本当にありがとな」
「「ありがとう」」
「いえいえ」
お礼がちゃんと言えて偉い! ゴブリンの方の木札を外して、受付に走っていく男の子たちを見送る。思ったよりいい子たちだったな。ゴブリンの魔石が一個で銀貨一枚か……日本円で幾らぐらいなんだろう? 確か日本でも熊を駆除する報酬が、一万円以下で安すぎるってニュースになってたけど、多分、それよりも断然安いと思う。
その後も一通り、掲示板を眺めてみたが、銅級で受けられる依頼で一番高額なのものは、さっきのボアの依頼だったようだ。という事は解体出来ないと儲からないって事だね……でも私にはちょっと無理かな。出来そうなのは採取とか掃除ぐらい? まあ、お金には困ってないし、今すぐにやる必要はないんだけど…………う~ん、やっぱり、依頼よりも先に回復魔法を覚えておくべき? 回復魔法が使えれば、人助けも捗りそうだし……。
そんな事を考えながら隣の掲示板に移動すると、そこには初心者向けの講習会の案内が貼られていた。
♦ ♦
初心者講習会
簡単な心構えや必要な持ち物や服装、装備などの話を聞いた後、
簡単な武器や盾の使い方を実技形式で習えます。
詳しくは受付でお聞きください。
料金 無料
♦ ♦
おっ! 受けてみようかな。でも、これだと魔法は習えないのかな? 後で受付の人に申し込んだ時に聞いてみよう。っていうか、ほとんどの初心者がこの案内を読めないんじゃない? さっきの男の子たちも、文字が読めないみたいだったし……。
「エレコさま、すみません、お待たせしました」
ザックさんの声に私以外も振り返る。待ってないから! それにそんな大きな声で様付けしたら、みんな振り返るに決まってるじゃん……。何やら周りがざわざわし始める。
「あの~その様付け、止めてくれませんか? 私の方が年下ですし、目立つのも嫌なので……」
「そ、それは失礼しました。しかし、何と呼べばいいか……」
「エレコでも何でも、様付け以外なら何でもいいです」
「じゃ、じゃあ、エレコさんとお呼びしますね」
ん~っ……あんまり変わってないけど様よりはいいか……。
「じゃあ、それでお願いします。登録プレートがまだ出来ていないんで、もう少しかかるそうなんですが、ザックさんの時間は大丈夫ですか?」
「ええ、もちろん、問題ないです。エレコさ……んは、この講習を受けられるんですか?」
「そうですね! お願いしようかと思ってます。でも本当は魔法の方が習いたかったんですが……」
「魔法ですか……確か講師が日によって違うので、運が良ければ習えるかもしれませんよ。それがダメだったら、後は魔術師ギルドか教会で習うか、道具屋で魔導書を見つけるかですかね。どれも、かなりのお金がかかりますが……」
そういえばネコガミさまも、そんな事を言ってたっけ。確か自分でも魔法が作れるとも言ってたけど、いまいちピンとこなかったから、一回、ちゃんと習ってみたいんだよね。回復魔法っていったら教会だよね、明日にでも行ってみようかな。
「エレコさ……ん、何か飲んで待ちませんか? ちょうど、席も空いていますし」
「あっ、ちょうど喉が乾いてたんです。行きましょ行きましょ」
ザックさんの提案にのり、ギルド内にある食堂に向かい空いてるテーブルに座る。すると、どこからともなくアルコールの臭いが漂ってきたので、またしても口呼吸に切り替える。
「こんな時間からみんな飲んでいるんですね……」
「冒険者ギルドの食堂は、つまみすら誰も頼まないぐらい不味くて有名なんですが、ギルドの特権でどこよりも酒だけは安いので、お金のない人間はここで四六時中飲んでいるのですよ」
どんだけ不味いのよ……。
「あら、いらっしゃい。ザックさんがここで飲むなんて珍しいわね! 何にする?」
肩がむき出しのドレスをきたウェイトレスの女性が、注文を取りに現れる。どうやら、ザックさんの知り合いだったようだ。
「え~と、私はエールで! エレコさ……んは何にしますか?」
「アルコール以外で何がありますか?」
「えっ、アルコール以外!」
それを聞いた周りの客が、一斉に驚いた顔でこちらに振り向く。
「えっ! えっ! ないの? じゃ、じゃあ、み、水で」
「水っ!」
どんだけ驚くのよ!
「エ、エレコさん、私が代わりに注文してよろしいですか?」
「あっ! はい、お願いします」
「こちらの方には果実水を!」
「か、かしこまりました。他にご注文はございますか?」
「じゃあ、何か食べるものを……」
「た、食べるもの!」
「あいつ、正気か?」「金をドブに捨てる気か?」
「エレコさん、本気ですか?」
「冗談です! どんなリアクションをみんながするか、見てみたくなっちゃって……」
ほっとした大きな溜め息の後、食堂内に笑いが巻き起こる。
「いや~ヒヤッとしたぜ」「あいつ、中々やるな」「まんまと引っかかっちまったぜ」
「おい、その魔術師さんの果実水、オレにつけといてくれ」
食堂のみんなの反応に、どんだけ不味いのか逆に本当に見てみたくなってきちゃったよ。そして、何故か今のやり取りで気に入られて、果実水までごちそうされたのだった。
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