第8話 冒険者ギルド
この王都は貴族街、職人街、平民街、貧民街と街が分かれており、もちろん貴族街に許可無く立ち入れば即刻処分され、そのほとんどは死罪になるそうだ。今、私が馬車で進んでいる通りは、平民街で主に自由民や商人などが住んでいる場所で、ここから少し城壁に向かうと貧民街、所謂、スラムがあり、そこはいくつかの犯罪グループが住み着き、縄張り争いをしている為、抗争や犯罪が絶えないので一般の人は、ほとんど近づかないのだという。
「スラムの人たちは勝手に住み着いているんですよね? 警察は……いないか…………衛兵? は何もしないんですか?」
「追い出しても、また少し離れた場所に住み始めるので、効果がないそうです」
「は~なるほど……」
もしかしたらこれを解決すれば、元の世界に一歩近づくんじゃないとかついつい考えてしまう。でも、これじゃ駄目だよね……見返りを求めて助けている感じになってるし、これで助けても本当の善行っていえない気がする。こんなことなら帰れる方法を先に聞かない方がよかったかもしれない。どうしてもそこは考えちゃうし、神様も『困った人がいたら助けてあげてね』ぐらいの感じで言ってくれてれば、見返りとかも考えないで助けられたかもしれないのに……。もう、数撃ちゃなんとかね。とりあえず助けまくっていけば、その内、何とかなるでしょ。なるよね?
♦ ♦ ♦ ♦
石造りの街並みを馬車に揺られて進んでいると、ほどなくしてザックさんの実家の商会に到着する。場所もちょうど平民街と職人街の間に通っている大通りに面しているし、建物も石造りの三階建てでかなり立派だ。立地もいいし、これは儲かっとりますな! ザックさんは建物の裏側に馬車を止めると使用人を集め、荷台から自ら買い付けてきた荷物を運び出させる。
「その箱とこの箱は地下倉庫に! その苗は全部、農具置き場に運んでおいて下さい」
ザックさんは荷物の運び先を慣れた様子で指示していく。
「苗とかも扱っているんですね」
「うちの商会は売れるものは何でも扱っていますよ。今の苗は標高の高い村落から、はるばるやって来ていた男性と物々交換しました。他にも面白いものを持ってきていたので、今後も取引をする約束をしてきました。高地なので木が少なく動物も余りいないので、次回は木材と干し肉を大量に欲しいと言われました」
「へ~っ! いい出会いがあったんですね。そういう偶然に出会った人の話を聞くのも楽しそう」
「そうなんですよ! いい出会いを生かすのも、商人の腕の見せ所なんです。色々と面白い話を聞けたので、よろしかったら夕食の時にでもその話をお聞かせしますね。その頃には両親も戻って来ていると思いますし」
「あっ……はい、ぜひ、聞かせてください」
そうだった……すっかり忘れていたけど、知らない人の家に泊まるのも中々だけど、更にその人のご両親を紹介されるとか、相手もそうだろうけど難易度が高すぎる……。
♦ ♦ ♦ ♦
荷下ろし終了後、ザックさんに冒険者ギルドに連れて行ってもらった。目的は登録だけだけど、依頼は大抵、困っている人が出していそうだし、受けるのもありかもしれない。後で見ておこう。
「おお、ザックじゃね~か、護衛の依頼か?」
今はザックさんとギルド内で一旦別れて、一人で受付の列に並んでいたけど、この世界の唯一の知り合いを呼ぶ声に、思わず聞き耳を立てる。
「いや、ちょっとな……」
「お前、最近、護衛を付けてないらしいな。その内、痛い目にあうぞ」
やめてあげて、もうすでに痛い目にあってるから……。あっ、でも心配してくれてるのか。
「そ、そうだな……」
「なんだ? まだ引きずってんのか? 護衛対象を置いて逃げるなんて、滅多にある事じゃね~よ。まあ、お前が低ランクの冒険者を雇ったのも悪い」
うはっ! ザックさんも中々ハードな人生を送っているようだね……。
「いや、あれは急ぎの――」
「――次の方~! どうぞ! 次の方~!」
「おい! 何やってんだ! 早く行け!」
「あっ! ごめんなさい」
後ろのおじさんに、思いっきり背中を突き飛ばされて前につんのめる。少しイラっとしたけど、ぼーっとしていた自分も悪いし周りの目もあるので、甘んじて受け入れて受付のおねえさんの下へと向かった。でも謝った時に目が合ったけど、めちゃくちゃ見下した感じでにやけてたから、やり返した方が良かったかも。やばい、今になってムカついてきた。次があったら、絶対にやり返そう。うん、そうしよう!
♦ ♦ ♦ ♦
「冒険者ギルドへ、ようこそ! 当ギルドにいらしたのは、初めてでしょうか? 私は受付を担当するリリーと申します。今後ともよろしくお願いいたします」
私は初めて訪れた魔術師風の格好をした女の子(多分、年齢は成人したてぐらい?)にいつも通りの対応をする。
「は、はい、こちらこそ、よろしくお願いいたします。エレコ・ベルウッドと申します。王都には今さっき到着しました」
どうやら、この女の子は姓をお持ちのようだ。もしも身分が高かった場合に、失礼があってはまずいので、そこは慎重に確認をしていく。しかし、この身なりからすると、豪商か貴族のご息女だと思われる。
「そうでしたか…………あの~見た感じエレコさまは魔術師とお見受けいたしますが……エレコさまは貴族さまでいらっしゃるのでしょうか?」
「違います違います。全然、貴族ではないです……はい……」
「……でも魔術師ではあるのですよね……?」
「う~ん……一応、魔術師なんですかね? 魔法は使えるとは言われましたけど……」
「それは誰に……いえ、大体、理解いたしました。それでは早速ですが、ご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
リリーの勘が、これ以上は詳しく聞くなと告げている。姓を持っている者は商人も含めると平民の中にもそれなりにいるし、それだけで貴族とは断定できないが、明らかにこの女の子の話し方や服装は、貴族かそれに関係ある人物だと思われる。どんな理由で隠しているのかは知らないが、さっさと依頼を聞いて帰ってもらうのが、一番良いだろうと彼女は判断した。
「え~と、登録をお願いしたいんですが……」
何かの依頼かと思っていたのだが、彼女の用件は予想に反して、冒険者ギルドへの登録だという。
「他の支部の登録は……なるほど、していないと……畏まりました。それではこちらの用紙にご記入ください」
読み書きも問題なく出来ると……。渡した用紙にすらすらと記入していくエレコをみて、さらにリリーは自分の考えの確かさを確信する。
「畏まりました。それでは、登録料として大銀貨三枚が必要になります。お支払いはどういたしますか?」
そう言って、一応、小さい木の盆を前に差し出す。
「あの~」
そう言って言い淀む彼女をみて、気を利かせたつもりで分割払いがあることも伝える。しかし、その返答は予想とは違っているものだった。
「いえ、支払いは出来るんですが、金貨で支払いが出来るのか、お聞きしたくて」
「はい?」
「両替えをしてもらうのを忘れてて……ダメだったら両替えしてからまた来ます」
そう言って彼女は木の盆の上に金貨を静かにのせる。
「……し、失礼いたしました。金貨でのお支払いも、もちろん問題ございません。そうしましたら、お釣りと登録プレートのご用意が出来ましたらお呼びいたしますので、ギルド内でお待ちください」
「…………あの、領収書とかって……?」
「りょうしゅ……?」
「いえ、何でもないです。それではお願いします」
そう言って受付を後にする彼女の背中をみながら、リリーは困惑していた。従者もつけずに金貨を持ち歩いていて、危ない目にあったことがないのかしら? それだけの実力があるって事? でもこれで貴族である事は間違いなさそうね……。
こうしてザックに続いてリリーまでもが、エレコを勘違いしていくのだった。
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