第7話 事情聴取


 決闘裁判をちらつかせ門兵を脅し、騒ぎ散らかしていた強盗騎士を殴って黙らせて、手助けをしてあげたつもりだったのだけど、今はその手助けをしたはずの門兵に一斉に槍を向けられている。仕方がないので抵抗する気が無い事を示す為に、杖をインベントリにしまい両手をあげる。


「なっ! 杖が消えた!」「気を付けろ何かする気だ! 囲むように陣形を展開しろ」


 え~っ! インベントリは身近なものじゃなかったの~? 門兵たちが槍を構えたまま、じりじりと私を囲むように移動し始める。


「ち、違います誤解です! あの……えっと」 


「兵長さま、お待ち下さい! こちらのエレコさまはこの強盗騎士を捕まえて、私を救ってくれた命の恩人でございます」


 危ないところでザックさんが止めに入って、兵長さんに説明をしてくれたおかげで、一応、その場は収まったのだが、調書を作成するという事でザックさんと共に城壁内にある一室に案内される。


 ♦ ♦


「それで橋を塞いでいた強盗騎士をこの魔術師殿が決闘で倒したと……う~む……魔術師ならありうる話だが……」


 魔術は使っていないけどね……使えないし。


 そして、少し考えこんだ後、兵長さんは話を続ける。


「でも、あの強盗騎士を殺さなくて正解だったと思うぞ。決闘は神の審判と言われるほど神聖なもので、本来は神に誓いを立てるなど、一連の手順を踏んで行われなければならないものだ。ましてや審判者をつけない決闘はただの殺し合いだ。揉めたその場で決闘をするなど、それが許されるなら人を殺した後に、決闘と言えばいいだけなのだから、殺人犯は野放しになり法が意味をなさなくなってしまう」


「それは私も初めて知りました。なるほど……それでエレコさまは奴を殺さずに……」


 えっ? ザックさん? 私も知らなかったよ……。偽ゲオルグはそういう人々に多くは知られていない部分を利用していた事を考えると、あのゴリラみたいな見た目に反して、思ったより頭が良かったのかもしれない? まあ、主に悪知恵の方だけど……。


「ところで魔術師殿は何用でこの王都へ?」


 えっ! ここって王都だったんだ。


「何用? え~と……人々を助ける? それはちょっと偉そうか……人々の役に立つためですかね?」


「……というと西方教会の関係者の方ですかな?」


「教会? 違います、違います。普通の一般通過エレコです」


「一般通過……?」


「――兵長さま、少しよろしいでしょうか? エレコさま、少々お待ち下さい」


 そう言うと二人は私を残して部屋から出て行ってしまった。えっ? 何? 一般通過ってふざけたのがまずかった?  





 ♦ ♦ ♦ ♦




 

「兵長さま、どうやらエレコさまは貴族という身分を隠して、王都を楽しみたいようなのです。それとバレバレなのですが、口調を変えたりして男性に扮しているつもりのようです。これはかわいそうなので、気付かないふりをしてあげてください」


「気付かないふりをするのは、構わないのだが…………やはり貴族であったか……で、どこの御令嬢なんだ? 私の実家も一応は貴族の端くれではあるのだが、魔法が使えるからといって一人で出歩いて、しかも強盗騎士を捕らえるような豪胆な令嬢の噂は聞いたことがないぞ……」


「確かベルウッド家とお聞きしましたが、兵長さまはべルウッド家について、何かお聞きになった事はございませんか?」


「べルウッド家か…………すぐ近くの領地ではないのは確かなんだが……まあ、私は三男だからな! どうせ実家を出る事になるからと、その辺はおぼえる気がまったくなかった……う~ん、思い出せん。それで、俺を連れ出したのはそれを話すのが目的ではないのだろう?」


「流石、兵長さまにはすべてお見通しでしたか。エレコさまは私の命の救ってくださった命の恩人でございます。それで、少しでも恩をお返しをする為にも、王都に滞在する間は我が家でおもてなしをしたいと考えております。ですが、エレコさまは身分を証明できる物をお持ちじゃないという事で、規定どおり通行料を支払いたいと思うのですが、兵長さまに直接、お渡ししてもよろしいでしょうか?」


「……うむ、今回は特別に私が受け取って処理をしておこう」


「ありがとうございます。こちらがエレコさまの分の通行料となります。どうぞお納めください」


 そう言ってザックは中身の詰まった革袋を兵長に握らせる。


「うむ、恩に報いる事は大事な事だな。話した感じ悪い人間ではないようだし、通っても問題はないだろう。強盗騎士の処分が決まったら報酬がでるだろうから、折を見て取りに来るように伝えておいてくれ」


「分かりました。それでは失礼いたします」





 ♦ ♦ ♦ ♦





「エレコさま、お待たせしました。もう、通って良いそうです。行きましょう」


 部屋に入ってきたザックさんにうながされて検問されていた場所まで戻り、邪魔にならないように端に寄せられていた馬車に乗り込む。どうやら、ザックさんが通行料も支払ってくれていたようなのでお礼を言う。


「いえいえ、受けた恩に比べたら微々たるものです。どうかお気になさらないで下さい。では、出発いたしますね」


 馬車は石畳をガタゴトと小気味よい音を立てながら大きな門をくぐっていく。もちろん、乗り心地は凄く揺れるので良くはない。入ってすぐの所には大きな広場があり、そこには沢山の屋台がずらりと軒を連ねていて、大きな市場を形成していた。その光景はとてもカラフルで記念に写真を撮りたくなったのだが、スマホを無くした事を思い出して楽しい気持ちも吹き飛ぶ。まあ、スマホ依存症ぎみだったし、た、たまにはスマホを手放して健康的にね……。そんな事を考えていると、上半身裸で裸足の子供たちが、こちらに手を伸ばして馬車と並走し始める。


「えっ! 食べ物が欲しいのかな? こっちに来たばっかりで何も持ってないんだよね。ごめんね。ザックさん! ここの屋台って金貨って使えますか?」


「いけません。ちょっと待ってください」


 そう言うとザックさんは荷台の荷物を前を向いたまま手で探り、取り出した赤い果物を次々に子供たちに投げ渡す。それを受け取ると子供たちはお礼を言って馬車からはなれていった。


「今のはスラムの子供たちですね。お金を持っていそうな人を見つけると、あのように追いかけてきて小銭をせびるんです。可哀そうな子供たちなんですが、それでも決してお金は渡さないようにして下さい。どうせ渡しても裏にいるチンピラたちに取り上げられてしまうので……。ですから私の場合はいつも食べ物を渡すようにしてるんです」


 元の世界でもなんか同じような話を聞いたような……。どこの世界でも割を食うのは子供たちなんだね……。私が黙っているとザックさんはさらに続ける。


「それとなんですが、こんな人目の多い場所で金貨を使うのは、大金を持っていると周知しているようなものです。魔術師は滅多に襲われませんが、大金を持っていると知れば、危険をおかしてでも襲おうとする者は必ず出てきます。いくらエレコさまが強いといっても、目を付けられるのは面倒だと思いますので、金貨の使用はある程度、名の通った店や商会だけにした方がよろしいかと思います」


 あの~金貨しか持っていないんですが……。それを正直に伝えると、ザックの商会で後で両替をしてくれることになった。


 そして、エレコはまだ気付いていないが、その金貨しか持っていないという事実が、さらにザックの勘違いを加速させるのだった。

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