第6話 打ち上げられた魚


 『殺せ、殺せ!』と野次馬たちが余りにもうるさいので、サクッと強盗騎士の止めを刺し…………って出来るかぁ~! 実際はこの通せんぼおじさんは門兵に引き渡す事を伝え、野次馬たちには解散してもらった。それでも、文句を言う人間はいるのだが……。でもいくら文句を言わても、私が人の命を奪うなんてどう考えても無理なんだよね。でも、こんな甘い考えでこの命が軽るそうな世界で生きていけるんだろうか……。考えれば考えるほど不安はつのるのだが、とりあえず、今はこの強盗騎士が目を覚ましても問題が無いように縛っておきたい。そう思い、気絶している男の持ち物の中に縄がないかと物色していると、小さな幌馬車にのったザックが到着する。


「エレコさま、お待たせしました」


 その声に振り返ると、ザックさんは御者台から飛び降りて、こちらに駆け寄って来る所だった。


「あのザックさん、この男を門兵に引き渡そうと思うんですが、縄とか持ってませんか?」


「縄ですか? あっ! 縛るんですね。なるほど、縄なら荷台に……少々お待ちください」


「一応、この義手も取っておいたほうがいいですよね? あっ!」


「エレコさま、どうされましたか……なっ! こいつはゲオルグをかたった偽物だったのか」


 大男の義手は巧妙に義手に見せかけて作られた篭手だった。その篭手を取り外してみると普通に欠損のない右腕が現れたのだった。


「じゃあ、貴族っていうのも嘘だったのかもしれないですね」


「う~ん……それは着ている鎧が立派なので、あながちそこは嘘ではないのかもしれません」


「えっ! 貴族が強盗とかするんだ……」


「よくある話です。大きな声では言えませんが、エレコさまのようなまともな方のほうが珍しいぐらいです」 


 まあ、私が貴族という勘違いはほっておくとして、どうやら、ザックさんの話では、この世界の貴族は長男と次男以外は成人後は家を出なくてはならず、困窮して強盗に身をやつす者は多いらしい。さらにたちが悪いのは、強盗目的ではなく新しく手に入った剣の試し切りで辻斬りまがいの事をする貴族もいるそうだ。貴族こわい……。その後もこの世界の貴族の話を聞きながら、二人で協力をして通せんぼおじさんの装備を外し、手足を縛っていく。そして緩みがないかもしっかり確認して一息ついた。


「ふ~っ……これだけしっかり縛っておけば大丈夫だと思います。でも、どうやってのせましょう?」


 明らかに体重が百キロをゆうに超えていそうなこの大男を、どう考えても二人だけの力で馬車の荷台にのせるのは無理そうだった。


「ん~~っ! あっ! すみませ~ん! 手を貸してもらえませんか? 二人じゃ、これを馬車に乗せられなくて」


 丁度、徒歩のおじさんたちが橋を渡ってくるのを見つけ声をかける。四人のおじさんは持ち上げる物をみて、少し戸惑った感じではあったが、手伝ってくれるようだ。


「これもしかして、あれだろ? 最近、出てた強盗騎士? これで安心して隣町にいけるようになるな」


「ええ、このエレコさまが私が絡まれていた所を助けてくださいました」


「おお、さすが魔術師さまだ! ありがとうございます。これでこの道も安心だ」


「いえいえ、ぼ、ボクは当たり前の事をしただけです。あの~起きたら面倒なので早速なんですが、載せるのを手伝ってもらってもいいですか?」


 もう少し話を聞きたそうだったおじさんたちには悪いけど、早くこの偽ゲオルグを門兵に引き渡したかったので、早速、手伝ってもらう事にする。 


「じゃあ、みなさん持ちましたか? いきますよ! いっせいのっせ! ん~って、えっ! 誰も持ち上げてなくない?」


「……いや、どこであげるのかタイミングが……なあ?」


「ああ、ここらでは聞かない掛け声だったし……俺も思わず目が点になっちまったよ。だははは」


 それを聞いて思わず顔が赤くなる。そっか元の世界の掛け声は通じないのね……。持ち上げるタイミングが合わないコントが始まったのかと思って焦ったよ。そもそも掛け声自体が違ったみたい。





 ♦ ♦ ♦ ♦





 何とかおじさんたちの助けもあり、強盗騎士を積んだ馬車は街の城壁の門にたどり着く。門は貴族用、商人用、一般用で分かれていて、通行をしっかり管理されているそうだ。


「エレコさまは貴族用ですぐに通れると思いますが、商人用は少し混んでいるようなので私の手続きが終わるまで、申し訳ないのですが入ってすぐにある市場の前でお待ちいただけますか?」


 しまった! 貴族を否定しなかった弊害が……。貴族でもない私が貴族用に行った所で、追い返されるだけなら良いけど、下手したら痛い目に合うか牢屋行きだよね? 


「えっと、私は貴族ではないので、一般用で入ろうと思います。何か入る時に必要な物とかってあるんですか?」


 ザックはエレコの清潔さや言葉使い、高級な生地で仕立てられた魔術師風の身なりにより魔術師と断定し(実際は魔法を使っている所は見ていない)、貴族だと思い込んでいた。それもあり、何か事情があると勝手に解釈して、エレコが貴族の身分を隠したいのだと理解する(理解していない)。

 

「なるほど、なるほど。どこかのギルドに所属してる者は、このような証明プレートを持っているので、これを提示することで多少の荷物の検査等はありますが、通らせてもらえます。そのような身分を証明できるような物がない場合は、銀貨三枚の通行料を支払うことで通る事が可能となります」

 

 そう言ってザックが胸元から取り出したプレートは、革ひもで首から下げていていつも肌身離さず身に付けているそうだ。ほぼ見た目は元の世界のドックタグのような感じ。それと銀貨の価値も教えてもらったのだが、銀貨百枚と金貨一枚は同等らしいので私は結構なお金持ちなのかもしれない。


 しかし、これによりザックは『銀貨の価値が分からないほど、世間ずれしているって事は、自分で支払いをした事もない、する必要もなかった、かなり上の身分に位置する貴族のご令嬢なのでは……』と勘違いを加速していくのだった。


「エレコさまには御恩もありますし、今回は私の同行者という形で、商人用の門からご一緒に街に入るというのはいかがでしょうか? もちろん、通行料も私がおもちいたします」


 さすがに支払いまではとお断りしようとしたのだけれど、ザックさんは『エレコさまは命の恩人ですので』と頑として譲らない感じだったのでお願いする事にした。


 そして我々の番となり定位置に馬車を止めて、ザックさんだけが御者台から降りて門兵の下へ向い報告を始める。するとそれを横で聞いていた兵長さんらしき人が指示を出し、兵士たちがぞろぞろ現れ、その場は騒然となり野次馬も集まり始める。


「フランメのせがれが何かやったのか?」


「いや、強盗を捕まえたみたいだぞ」


 商人専用の門だけあって、商人たちが早速、噂話を始めている。そして、声が大きいので全部聞こえる。どうやら、ザックさんの事も知っているようだ。


 そんな中、槍を構えた兵士の一人が馬車をのぞき込み、右手を上げる。すると、何人かの兵士が馬車に向かい偽ゲオルグを掴み強引に引きずり出す。というか落とす。あれは意識があったら絶対痛いやつだ……。


「んが? な、なんだ?」


 どうやら今のショックで偽ゲオルグは目を覚ましてしまったようだ。


「お、大人しくしろ! お前の身柄を拘束する」


「うが~~っ! 貴様ら~! 貴族に手を出したらどうなるかわかっているのか~!」


 怪獣じゃん! 偽ゲオルグは縛られた状態で打ち上げられた魚のように、びたんびたんと跳ね上がり激怒する。それを見て私は必死に笑いを堪えていたのだが、兵士たちは一応は槍を構えているのだが、左右の兵士と顔を見合わせて困惑しているようだ。あっ! 貴族っていったから? どんだけ特権階級なんだよ? 上級国民てやつ?


「よし、決闘裁判だ! 最初は誰がやる? お前か、お前か?」


「兵長!」


 偽ゲオルグの決闘裁判発言に兵士たちは、兵長に助けを求める。しかし、兵長は判断しかねているようだ。兵長は長考に入りました。ってあれ? あいつ、もう私との決闘で負けてるんだから、判決はすでに出ているのでは? そう思い、その後も口から泡が出るほどムキになって周りを脅す偽ゲオルグの下に向かい。杖を振り下ろす。


「おまえはすでに私との決闘で負けただろ!」


 そう言って顎を打ち抜くと男は白目を向き、その場に再び静寂が訪れた。

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