第63話 結婚と地獄。

「だと思った」と帰ってきた大久保さんは言った。


俺は2日目の夕方に熱を出した。

柚子香に厨房での料理は厳しいので、スープパスタだけは作って2人で食べて朝まで倒れていると、帰ってきた大久保さんは俺を見て「だと思った」と言って、「喜べ内春雄大」と言って俺の顔に、保険証とマイナンバーカードと銀行のカードを押し付けてきた。


懐かしいカード類を見て「え?」と言う俺に、大久保さんは「1年間肩肘張った疲れの限界だ。医者に行くぞ」と言う。

俺と柚子香は医者に行くと、柚子香が先に手首の傷を見せて「こんなに思い詰めるまで頑張ったねぇ。でももうダメだよ?」と言われて塗り薬を塗られて包帯を巻き直す。

聞くと勢いで傷をつけただけで、傷は残るが、縫う程ではないので安心するように言われた。

柚子香の保険証も大久保さんは持って来てくれていた。


俺の方は「風邪だね。薬飲んで栄養剤飲んで寝てるんだね」と言われてしまった。

体温計と栄養剤はこの為か…。



戻ると食事の間に大久保さんは3日間について話してくれた。


「私は副業で弁護士をしていてね」

「は?」

「副業ですか?」

「まあ事務所の職員達は逆だと言うのだが、部下が育ってくれたから私は隠居をして、夢だった飲食店を始めたんだ」


大久保さんは東京に向かう間に俺の事を部下に調べさせると、弁護士として手始めに誉の所に行き、柚子香と俺の身柄を預からせてくれれば悪いようにはしないと言い、保険証とかを持ってきてくれた。


「さて、柚子香さん。君は雄大と2人ならどんな地獄でも耐えられると言ったね?」

「言いました」


「それではこのお店で働いてください」

「え?」


「東京には帰れません。雄大と居てもらいます」

そう言った大久保さんは、証人欄に誉と大久保さんの名前が書かれた婚姻届を出してきて、「2人で地獄を味わって貰う為に、結婚してもらいます」と続けた。


「え?」

「私と雄大が結婚ですか?」

「はい。今してください」


俺達に拒む理由は無いので婚姻届に署名すると、大久保さんは「よし、これからは地獄だ。まあまたお店を休むけど、来週からは働いてもらうし、キチンと色々とやる事があるから心するんだ」と言ってまた何処かへと行ってしまう。


大久保さんが居なくなった後で、俺と柚子香は「結婚…」「できた」と言って顔を見合わせて泣いて喜ぶ。


俺は今になって柚子香が味わう地獄が気になり、「地獄って何すんだろ?」と言うと、柚子香は「雄大となら地獄なんて地獄じゃないわ」と言ってくれた。



だがまあ甘かった。

本当に地獄が待っていた。

俺と柚子香の新しい住民票を持って帰ってきた大久保さんの手により、まずは現金の使用が禁止された。

結局銀行カードは俺と柚子香が裸で持っていた現金達を全て入金する為のものだった。

小銭すら認めない大久保さんは、「端数の638円?千円に変えてやる。神社のお参り?その時に出してやる。飲み物?店のものを飲め。キチンとノートに書けばいい」と言って、全額千円以上に変えて目の前で入金させられて、その場でカードを没収された。

久しぶりに口座の残高を見たら結構な額になっていて、ちょっと嬉しかった。


買い物は全部町の商店で、大久保さんのツケ払いになっているので変なものは買えないが、柚子香と使う家具とか服を買う時に安物を買うと真剣にやれと怒られる。


柚子香は特技が掃除なので、Italian windを本気で毎日掃除をして、「雄大!こんなに汚れがあったわ!」と喜び、バンバンゴミを捨てて2階を住みやすくする度に、テンションが上がっていく。

2階は物置という名のゴミ置き場だった名残はない。高額家賃が取れる部屋に生まれ変わり、「壁紙とか勉強して張り替えたいわ」と柚子香は言って、リホームの勉強をしたいと大久保さんに言っていた。

そんな柚子香の地獄は、食べられる日は3食キチンと食べて、何を食べたかを感想付きで書いて、食べられない日は医者に行ってキチンと診察を受けること。日々何をしたかの日記を付けて、夜には可能な限り俺とセックスをする事を命じられる。


最後について管理されるのは不服だが問題はない。だが意味はわからなかった。


問題は俺の地獄だった。朝の清掃も仕込みも市場への買い付けも全部やる事になり、1ヶ月以内に店の全メニューをマスターする事を命じられる。その癖、柚子香に求められたら風邪や不調の日以外は拒めない。どんなにヘトヘトでも、どんなに翌日が早起きの日でも、喜んで柚子香を抱く事を求められた。

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2024年9月20日 18:00
2024年9月21日 06:00
2024年9月21日 18:00

うちはる。 さんまぐ @sanma_to_magro

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