第5話 はじめての豊穣

 王妃と言えば公務に社交界に忙しいイメージがあった。だがここではそうではないらしい。


「タイクーンの命令です。ペピータ様は好きになさっていてよろしいそうです」


 実質的な宰相であるフィロメロスに仕事はあるのか聞いてみたら、ないとのことらしい。


「つまりお前が役立たずだからタイクーンは何の仕事もお前には与えなかったということ。やはり妃にふさわしくないな」


 アマリアはいつも通りに私をディスってくるけど、暇なら暇で私は一向にかまわない。仕事は与えられるものではない。自分で作るものである。


「アマリア。護衛団を編成してください。ここら辺一体の調査を行います」


「調査?ここらへんには危険な動物も敵対する勢力もいないことはすでに確認済みなのだが!」


 私は自身のテントで持ってきた道具類をリュックサックに詰めながらアマリアに命令する。アマリアは不服そう。だけど私がいう調査とは軍事的なことではないのだ。


「安全であれば結構な話です。私が調査したいのはここら辺一体の地形と植生などです」


「植生?そんなもの調べてどうするというのだ?」


 ここら辺が説明しずらいのだが、私には今気になっていることがある。寒冷化の兆し。それを調査して見つけたい。残念ながら草原の民は過去に気温を測ってこなかったようなのでデータがない。植生を直接見ることでそこら辺を確認できれば御の字だ。


「植生を調べれば、もしかしたらわたくしたちを待つ未来がわかるかもしれません」


「占いでもするのか?」


「いいえ、博物学によるエビデンスに基づいた予測です。まあとにかく出発しましょう」


 アマリアは首を傾げていたが、護衛団を編成してくれて、私を街の外の草原地帯に連れて行ってくれた。




 竜である程度走ると、すぐに街が地平線の向こう側に消えてしまう。見えるのは地平線。それと西側にある巨大で雄大な山脈の姿のみ。


「あの山は我らにとっては大切な道しるべの一つだ。美しい山だろう?」


「ええとても。あんな大きな山は故郷でもみたことがありません」


 エーレンフリート王国にも山はあったけど、あんなにも巨大な山脈はなかった。その雄大な姿に私は感動を覚えた。だけど観光に来たわけではない。そろそろ調査を行わなければならない。


「今日はここら辺一体の調査を行います」


 地図(とはいっても精度がすごく悪そうな手書きのやつ)にこの場所の座標を知るして、調査記録ノートを開く。例によってスケッチブックもだ。


「調査ねぇ。ここはわたしたちから見ればいつもの草原にしか見えないのだがな」


 アマリアは呆れているように見える。だけど異邦人の私だからこそ気づけることもあるだろう。まずは生えている草の調査からだ。


「この草を竜や家畜が好んで食べるんですね」


「そうだ。竜は雑食だが、肉よりも草を好んでよく食べる」


「人間は食べられないのでしょうか?」


「残念ながら食べられない。あくまでも家畜たちの餌にしかならない」


 私はそれらをメモして、さらに調査を続ける。草をかき分けて地面の土を採取して、試験管に入れた。


「土を見てどうするのだ」


「土を見るとわかることがたくさんあります。ここら辺は乾燥地帯のようですね」


 さらに草と見比べる。植物には成長の痕跡が残る。


「アマリア。もしかしてここら辺の草って、去年よりも背が低くはなっていませんか?」


 そう言った私をアマリアは驚いたような顔で見ている。


「よくわかったな。今年は北へ行けば行くほど草が短くなっている。そのせいで放牧の効率が悪くなって部族同士の諍いが絶えないんだ。まあ彼ら同志で争い合って勢力が弱くなったからこそ、我らのタイクーンに併呑されることになったのだがな」


 草原の民の内部事情が見えてきた。以前父が草原地帯の気温を気にしていたのはこういうことだったのか。気づいたときに言ってくれればいいのに。


「なるほど。タイクーンの躍進の理由はわかりました。みんなが限りある資源を可能な限り分け合うために巨大な王様が必要になったというわけですね」


「そうだ。我らがタイクーンはこの不作の時代に天より遣わされた偉大なる王なのだ。タイクーンがいるからこそ、我らは以前よりも狭くなった放牧地をめぐっての争いから解放された。タイクーンがすべての恵みを管理し我らに平等に配ってくれている。それでも足りなければ南のへなちょこどもから奪ってきてくれる。タイクーンなしに我らは生きていけない」


 寒冷化による食糧不足。その推測は残念ながら正しかった。騎竜の民はそれに適応するために強い王の下で一つの国を興すことを選んだ。同時に比較的食糧が余っている南にやってきて組織的略奪も始めた。エーレンフリート王国の滅亡はその第一段階でしかなかった。父上もダイナミック売国をやったのはタイクーンの南下政策に勝ち組として乗るための政策の一環だったわけだ。だからそういうのって先に説明して欲しいんだよね。


「どうした難しい顔をして。タイクーンの偉大さに恐れおののいて自分の矮小さを自覚したか?とっとと妃の地位など捨てて国に帰ってもらっても構わないぞ。ふはは」


 アマリアの煽りディスがだんだん癖になってきそうだ。私が今困っているのはこの寒冷化現象が飢饉なんてレベルではなく世界大戦の引き金にさえなるという現実にだ。でもとりあえず出来ることからやるしかない。それからしばらく近辺の調査を行った植生の確認、新種の虫や小動物の発見など面白いことは沢山あった。だけどもっとも興味深い現象があったのだ。それは鹿の群れと遭遇した時のことだ。


「チャンスだ。ちょうどいいから狩りを」


「駄目です。彼らを刺激しないでください。観察させてもらいますので」


「えー。せっかくのごちそうなのに」


 アマリアはぶー垂れた顔をしているけど、私としては格好の研究タイムなのだ。邪魔はしてほしくない。遭遇した鹿は私が知る王国の鹿よりも大型だった。彼らは大人しく草を食べていた。だけど一頭の鹿がちょっと変な行動をとっていた。


「岩を舐めてる?」


「ああ、あれか。たまに鹿はああするんだ。なんでかは知らんがな」


 鹿は岩をひとしきり舐め終わると群れに戻っていった。しばらく観測していると、他のしかも岩に近づいてぺろぺろと舐める様子が確認できた。鹿の群れはそのまま私たちから離れてどこかへと消え去った。私は例の岩に近づく。


「ただの岩にみえますね」


「ただの岩でしょ」


 アマリアは興味なさげだ。


「アマリア。木の樹液に虫が群がるのを見たことはありますか?」


「はぁ?そんなものみたことない。草原じゃ木は貴重なんだぞ。南にでも行かなきゃ木は拝めない」


 私がさっきの鹿の行動を見て思ったのは、樹液に群がる虫たちのことだ。虫たちは生きていくために必須の栄養を樹液から取っている。


「鹿も必須の栄養素を岩から取っているということなのでしょうか?…っあ?!そうか!」


 私はリュックからハンマーを取り出してその岩の一部を砕く。そしてそれを虫眼鏡で観測する。


「岩は砕いても石にしかならんぞ」


「石にしたからこそわかることもあります。…やっぱり!!ひょおおおおおおおお!!」


 私は大声を上げる。アマリアは突然のことに驚いてびっくりしていたし、なんか私を引いた目で見ている。


「どうした。石に何かいいものでも詰まってたのか?」


「ええ!すごくいいものが詰まってましたよ!今からそれを見せてあげます!!」


 私はリュックからスクリュー型の地面の掘削機を取り出す。そして岩周辺の地面にそれを突き刺してハンドルを回して地面を掘る。アマリアが私を見る目がなんかすごく痛い。可哀そうなやつを見るような目だ。そして掘削機のドリルの先が何か硬い層にぶち当たった。


「よし!見つけた!見つけました!」


 ワタシはスコップをリュックから取り出して、地面に空いた穴を広げる。


「あなたたちも手伝いなさい!!」


「ええ…。はぁ…なんでこんな奴の執事なんだろう。お兄ちゃん。この仕事やめたいようぅ」


 私は余っているスコップをアマリアと兵士たちに渡して、地面を掘らせる。そして例の硬い層に辿り着いた。穴の底に白い石の層があった。


「何だこの白い石は?宝石にしてはくすみすぎてないか?」


「宝石なんてとんでもない!それよりももっと価値のあるものですよ」

 

 私は白い石の層をハンマーでたたいて少し破片を砕く。そしてそれをさらにおやゆびと人差し指で押してサラサラになるまで擦り、人差し指を舐めた。


「おいおい。そんなもの舐めて大丈夫なのか?!まずそうな顔をしているぞ!」


 アマリアは私のことを心配そうに見ているが、私の体に異常は出ない。私は小さな破片をアマリアに渡す。


「舐めてごらんなさい」


「は?いやだ」


「いいから舐めなさい。命令です」


 私が命令というとしぶしぶと言った様子でアマリアは白い小さな破片を舐めた。そして顔を歪める。


「しょっぱ!?うん?まさかこれは塩なのか?!」


 アマリアはひどく驚いた顔をしている。


「ええ、塩です。どうやらここには岩塩の鉱脈が眠っていたようですね。その岩は岩塩層から染みてきた塩分を含んでいたようですね。だから鹿たちが舐めていたのです。生物にとって塩分は必須ですからね」


「うそだろ。なんてことだ!?この岩塩はどれくらいあるんだ?!」


「はっきりとはわかりませんがここら辺一体の地下はおそらく全部岩塩の層になっていると思います」


「そ、そんなうそだろう?!塩は交易か略奪デモしない限り手に入らなかったのに!こんな近くに沢山眠っていたというのか?!」


 塩は海でもない限りは貴重品だ。内陸であれば交易でもしない限り手に入れることはできないだろう。だがここには岩塩の層があった。それもかなり大きい。


「岩塩はいいですね。そうだ。アマリア、今すぐに鹿を狩ってくださいよ。岩塩は塩分以外のミネラルも豊富だし、精製塩よりも美味しいですから肉の味も引き立ちますよ」


 真にうまい肉の食べ方は岩塩をワイルドにかけること。それ以外の調味料など邪道。私はそう信じている。


「何のんきなこと言ってんだお前は?!岩塩の鉱山だぞ!草原の民にとっては塩は宝石よりも金よりも貴重な品なんだぞ!これだけあれば交易商どもから足元見られてふんだくられることもなくなる!とんでもない大発見だ!」


 エーレンフリート王国は内陸国だが近くに海に面した国があるので、塩の供給には困っていなかった。草原の民は私たち以上に塩を手に入れることに苦心していたらしい。


「ペピータ様。すまないが調査はここまでだ。兄上にすぐにこの岩塩鉱山のことを報告しなければならない!」


 アマリアは竜に跨り、私を急かす。私が思った以上に、岩塩の発見は大事らしい。私たちはすぐに街に戻ってフィロメロスにそれを知らせた。フィロメロスは空いた顎がふさがらないくらいの様子で驚いていた。すぐに大規模な調査隊が組まれて、私の指揮の下岩塩層の調査が行われた。予測よりもどでかい鉱脈が広くひろがっていることがわかった。おそらくここはもともと海か塩湖だったのが枯れて地層が隆起してできたのだろう。博物学者としてはこの発見にはにんまりとせざるを得なかった。発見した岩塩はさっそく私の博物学コレクションに加わってくれて、充実した楽しい調査となってくれた。









 岩塩鉱山を発見してから街の人たちの私を見る目が変わったような気がする。兵士たちは私とすれ違えば最敬礼をするようになったし、文官たちも深く頭を下げる。街の住民たちも塩の天女なるなぞの称号で私を呼び始めた。まあ綽名はともかく認められるのに悪い気はしない。そして鉱山発見から数日後にタイクーンの軍勢が帰ってきた。竜が引っ張る荷車にはなんか米俵やら金銀財宝ががっぽがっぽ乗せられていた。私は竜に乗るタイクーンに近づいた。


「お前か約束通り鉄の原石を持って帰ってきた」


 タイクーンは竜の上からその石をポイっと投げてきた。


「何処にあるのかよくわからなかったから、鉱山の中にまで入ってしまった。だからその石が間違っていても文句は言うなよ」


「そうなのですか。うふふ。ありがとうございます。御安心ください。こちらはちゃんと鉄の原石ですよ。ええ。とても素敵です」


 王国のものよりも含有している鉄の比重が大きそうな感触だ。いいコレクションだ。今夜はこの石をいっぱい可愛がってやろう。


「それにしてもタイクーンの竜は美しいですね。他の竜とは違う種族なのですか?」


「いいや突然変異の個体だ。ただ色が違うだけ。そう。私の髪の毛が他のものと違うようにな」


 タイクーンは他の草原の民と髪の毛の色が違う。どういう事情があるのかは知らない。あまり触れてはいけないような空気を感じるから聞く気はない。もちろん気にはなるのだが。


「でもかわいいですねこの子。とても綺麗」


 私はタイクーンの竜の口に手を近づける。


「やめろ!この子に手を近づけるな!!食いちぎられるぞ!」


 タイクーンが怒鳴る。だけど竜はすでに私の手に口を近づけていた。そして私の手をぺろぺろと舐め始める。


「む?食いちぎられていない?それどころか舐めている?なんだ?なんで舐められているお前の手は光って見える?」


 竜が舐める私の手は日の光を浴びてキラキラと眩く光っている。タイクーンは竜の背中から降りて私の手を覗き込む。


「なんだそれは?宝石か?」


「いいえ、いったでしょう。私は宝石をとくに欲してはいません。これは岩塩ですよ」


 私は竜の口から手を放して、タイクーンの目の前に手の上にのせていた岩塩を魅せる。ハンマーをうまく使って岩塩をカッティングして宝石もどきに加工したのだ。けっこうきれいにできて個人的には満足だ。


「岩塩を宝石のように加工したのか。とても綺麗だ」


「ええ、タイクーンの竜には特別な塩を与えてみたかったのです。あら?」


 タイクーンの竜が顔を私に擦り付けてくる。どうやら気に入られたようだ。


「その子は私以外には懐かなかったのに…。お前には懐くのか」


 私は竜の頭を撫でてやる。戦争の疲れがそれで多少は癒えるといい。


「あの男の言っていたことは本当なのか…?ふぅ。いやまさかな…」


 タイクーンは難しい顔をしていたが、ふっと微笑む。


「出迎えありがとう。今日は宴会を催すから楽しんで欲しい」


 そう言ってタイクーンは竜を引っ張って去っていった。宴会というからにはいい肉もでるだろう。岩塩の美味さが味わえるのは楽しみだった。

 












 

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