草原を征する騎竜民族の王様の人質花嫁だけど、愛される様子がないので暇になりました。なので博物学の知識を使って草原にオアシスを造ったら豊穣の女神扱いされて戸惑います!

園業公起

Chapter0 金の羊毛を抱く草原の花嫁

第1話 婚約破棄!いやせめて婚約者本人が言えよ。なんでその父親に言わせてんだよ?!

 私にとって世界は予定調和に閉じているものに過ぎなかった。

 与えられた義務を果たし、予定された成果を得る。そして日々は恙なく続く。

 そう信じていた。

 婚約が破棄されたあの日までは。













chapter0


『金の羊毛を抱く草原の花嫁』








 庭園の隅にあるエンドウ豆の畑の前で私はスケッチをしていた。


「わかりますか?丸い豆としわしわの豆が約3:1で生えていることに」


 私は傍に控える侍女の一人にそう言った。だが侍女は首を傾げている。


「そうなんですか?どれも同じ豆に見えますが。でも丸い豆の方が美味しそうです」


 なんとも俗物的な回答が返ってきて、私は内心では少しがっかりしてしまった。


「ここで重要なのは豆の味ではなく、その形とその数の割合なのです。この畑に撒いた親の豆はもともとはすべて丸い豆でした」


「へぇそうなんですか?なのにしわしわが生えてきちゃうんですね。美味しくなさそうなのに」


「だから味から離れなさい。さらにいうとその親の豆の親は丸い豆としわしわの豆を掛け合わせたものだったのです。つまり第一世代ではすべて丸い豆、その次の世代では丸い豆だけではなく二世代前のしわしわになる性質が蘇ってきたというわけです」


「ペピータお嬢様は何がおっしゃりたいのですか?豆は豆ですよね?丸かったのがしわしわになっても美味しくなさそうでがっかりなだけでは?」


 やっぱり私の一番言いたい部分が伝わっていない。これは大発見なのだ。物心ついたころから博物学をやってきた。動物、植物、鉱物、土、天気、様々なものを調べて研究してきた。今回の豆の交雑実験はこれまで得た研究成果の中でも特に優れた業績だと私は確信している。


「わたくしが言いたいのは、豆の形を決定する因子には法則性があるということなのです。親の形質が子に伝わることを遺伝と言いますが、遺伝には法則があったのですよ。これがどれほどすごいことなのか!」


 次女はやっぱり首を傾げている。遺伝の法則の発見のインパクトがわからないらしい。


「親に似るのは当たり前じゃないですか?だって親子なんだし」


「それはそうなんですが、そこにはより詳細で複雑な背景があるのですよ!それがどれだけすごいことか!」


「なんかお嬢様がやっている博物学って、簡単な話をわざと難しく言い換えてるみたいですよね。それに何の役に立つんですか?」


 すぐこれだ。学問を聞いてわからないひとはそれは役に立つのかたたないのかだけで価値を決めようとする。


「今の段階では特に役には立ちません。ですがもう少し実験を繰り返してより詳細な遺伝の法則が明らかになれば、例えばコメや小麦の品種改良が行えるようになると思います」


「へぇそうなんですか。すごーい。お嬢様あたまいいー」


 侍女はぱちぱちと手を叩く。なんか馬鹿にされてる気がする。だが王族の血も引く我がナシメント公爵家における私への評価なんてこんなものだ。博物学を真面目にやればやるほど、変わり者の厄介者扱いされる。侍女たちには私が収集した草の標本は雑草の山だし、虫の標本は気持ちの悪い置物だし、鉱物類はガラクタだし、天候の観察日誌や天体の運行記録は紙くずなのだ。


「でもペピータさま。博物学とかよくわかりませんけど、女の子がいっぱい勉強しても可愛くはなれませんよ」


「わたくしは可愛くなるために学問をしているわけではありません」


「でも可愛くなきゃ結婚できませんよ。仮にできたとしても旦那様に愛想つかされて離縁させられて人生終了ですよね」


 こういう物言いには腹が立つ。とはいえそれに反論する言葉は私にはない。結婚は貴族令嬢の仕事・・なのだ。それは果たさないといけない。だけどそれと学問をすることは全く別の話のはずだ。なのに可愛い可愛くないなどというあいまいな価値観ですべてはごちゃごちゃになってしまう。そういう世間の価値観の曖昧さが私には嫌だった。












 王城で行われる夜会は嫌いだ。ここでは男は女を、女は男をまるで商品か何かのように見定め合う。


『ああ、やはりナシメント公爵のご長女のペピータ嬢は本当にお美しい』


 世間的には私は美人さんで通っている。母から遺伝した金髪と蒼い瞳のお陰で誰からも好かれる。顔は遺憾だが美形な父によく似ているが、まあ綺麗な顔立ちだろう。父親似ってところに女心は複雑さを覚えるが。


『それに性格もいい。決してほかの令嬢のようにくだらないお喋りなどしないし、黙って男を立てる細やかな気遣いも欠かさない』


 私は別にお喋りが嫌いなわけではない。嫌いな人間たちとお喋りするのが嫌いなだけだ。夜会で群がってくる男どもは鬱陶しいから嫌いだ。だから余計なことは喋らないだけ。でも相手しないで逆恨みされても困るから適度におだててやっている。それだけで私は穏やかに生きていける。処世術は大事である。


『あとおっぱいいいよね』


『うん。くびれあってデブじゃないのにおっぱい大きいのたまらん』


『おっぱい』


『おっぱいおっぱい』


『おっぱいおっぱいおっぱい』


 やめろ。それを褒められても嬉しくはない。それで肩が凝る気持ちがわからない男はその大きさを讃えるべきじゃない。


『いやよねぇ。あの金髪女。相変わらず顔と体だけで男を引き寄せてるわよ』


『ほんとよね。貴族の令嬢なら教養に裏付けられた会話で男性に感心される様じゃないと』


『喋らないお人形さんがお澄ましして場を荒らしていくなんて、本当に傲慢で恥知らずな女』


 そんなつもりは毛頭ない。別にモテたいなんて思っちゃいない。勝手によってくる男どもに文句を言って欲しい。同じ女に文句を言われると心が痛くなる。


「はぁ。疲れた…」


 私は夜会の会場から庭に出た。外の空気が吸いたかった。庭に置かれていたソファーに座って涼む。ふっと気になってスカートの裏側に張り付けてある温度計を外に取り出す。


「やっぱり去年の今日よりも寒くなってる?」


 私は記録した天候の情報をすべて暗記している。去年の今日より1.5度も王都の気温が低くなっている。


「それに庭の植生も変わってる?」


 去年の今頃の王城の庭とは植生が少し変わっていた。花が少なくなっている。私はスカートの裏に張り付けてあるスケッチブックを取り出して、庭の植生を写生する。


「去年よりも開花の時期が遅くなってる?いいえ?そもそも開花自体ができてないのかしら?」


 つぼみのまま枯れている花を見つけた私はそれが示唆することにすこし恐ろしさを感じた。


「寒冷化が始まっているの?」


 これだけで結論がつけられるほどデータは集まっていない。だけど寒冷化が事実ならそれに備えないといけない。私はスケッチブックとメモを片手に会場に戻る。すぐに父と話がしたかった。だけど。


「ペピータ。どこへいくつもりだ。俺を無視して」


 声をかけられて振り向くとそこにはこの国の王太子ループレヒト・アーベントロートがいた。周りには可愛らしい令嬢たちが侍っていた。お喋りでもしていたのだろう。だったらそのままでいて欲しい。


「王太子殿下ご機嫌麗しゅう。わたくしは無視などしておりません。ちょっと急いでいるので失礼します」


 一礼してその場を離れようとするが、王太子にスケッチブックを持った腕を掴まれてしまった。


「俺という婚約者以上に大事な用がお前にあるというのか?」


「いえ、それは…」


 そうだよ。って言えれば楽なのだが、あいにく本音と建て前渦巻く貴族社会でそんなことは出来ない。


「ほう。面白そうなものを持っているな。見せて見ろ」


 王太子はわたしの手からスケッチブックを奪った。それを広げて周りの令嬢たちに見せつける。


「え?なにこれ。雑草?」


「これはあれ?石?なんでそんなもの描くの?意味わかんない」


「いやだこれなに?虫の絵?本物そっくりで気持ち悪いわ!」


 スケッチブックの中身を見た令嬢たちの反応は散々なものだ。気持ち悪がっている。それが私の心をじくじくと刺していく。わかってる。自分と同じ年頃の女の子はそんなものを書いたり集めたりしない。わかっているから放っておいてほしかった。


「お前はまだ博物学などという役にも立たないものをやっているのか?」


 王太子が侮蔑的な笑みを浮かべて私を睨んでいる。


「役に立たないなどということはありません。これらの収集された知見はいずれ人の役に立ちます」


「ほう。そうか。だがそれは未来の王妃がやるべきことなのか?」


 いずれ私はこの国の王妃となる。そのときは色々な公務があるだろう。だけどプライベートで研究を続けことを妨げる理由はないはずだ。


「殿下。殿下は以前、博物学をやっているわたくしをとてもがんばっていると褒めてくださいました」


「そうだったか?覚えていないな」


 私はよく覚えている。婚約の話が進んだ時に、王太子をナシメント家に招待した。私は自分が収集した標本や書いた論文などを王太子に隠したりせずにありのまま見せた。その時王太子は優しくがんばったねと褒めてくれたのだ。その時の優しい笑顔はよく覚えている。だから婚約を承諾したのに。


「まったく。このような小汚いことを王妃がやれば国の威信にかかわるのだぞ。ペピータ。お前は俺の周りにいるご令嬢方を見習うべきだよ。花のように蝶のように優雅で傍にいるものを楽しませ癒す可愛らしい女。王妃は国民にそういう親しみを求めているのだ。野山に入って泥だらけになったり、墨で手を汚したり、そんなことは誰もお前に望んでいないんだよ」


 誰かに望まれて博物学をやってきたわけじゃない。ただただ楽しくて学問をしてきた。だけど私には何も反論できなかった。かつて褒めてくれた王太子が、今私を同じことで蔑んでくることがショックだったから。


「輿入れ前にはちゃんと身の回りの整理はしておくことだ。それと花嫁修業も欠かさずにしておけ。お前は俺の妻になるのだ。可愛く美しく優雅でなければ困るのだ。俺に恥をかかせるな」


 そう言って王太子はスケッチブックをその場で破り捨てた。落ちた紙くずは給仕たちがあっという間に片づけてしまった。私は体を震わせて俯きながら、王太子に一礼してその場を去った。後ろからはクスクスと嫌女たちの声が聞こえた。なぜそんなものを聞かされなければいけないのだろう。がんばってきたのに、沢山の苦労をしたのに。こんなの理不尽だ。





 元気がないまま会場をうろついて父、ガエウ・ナシメントのもとに私はやってきた。


「おや、ペピータ。元気がなさそうだがどうかしたのか?」


 父の言葉は私を気遣っているようだったが、顔にはうっすらとした余所行き用の笑みが張り付いている。感情を表に出さない貴族らしい貴族の所作がそこにはあった。


「いえ。ちょっと王太子殿下と…博物学のことで…」


「ほう?殿下はお前の趣味を認めていたと私は記憶しているが?」


「そうだとわたくしも思っておりました。ですが違ったようです…」


 理解のある人だと思っていた。だから結婚しても大丈夫だと思った。恋や愛はまだわからないけど、リスペクトがあるならやっていけると思っていたのに。


「ふむ。まあ心変わりはよくあることだ。だが彼の場合はちょっとかわいそうな事情もあると思う」


「事情ですか?」


「ああ、ちょっと前に北の国境で騎竜民族の軍閥と戦争があったことは覚えているな?」


「ええ。こちらの大勝利だったと聞いております。敵は我らが騎士たちに蹴散らされて草原に逃げ帰ったと」


「それは嘘だ」


「うそ?ふぇ?」


 私は父の言葉に驚いてしまった。戦勝を祝うパレードなんかで王都はとても盛り上がっていたのに。


「実際はこちらの敗北だ。私も従軍したからよく覚えている。あの騎竜の民の獰猛さと勇敢さ。そして何よりも圧倒的な強さをよく覚えている。ああ、忘れられないくらいに麗しかった…」


 父は笑みを浮かべている。だがその笑みに私は恐ろしさを感じてしまった。なにかの狂気が宿っているように思えたからだ。


「おっと。話が反れてしまったね。あの戦いには王太子も従軍していた。近年は各国の小競り合いもないくらいに平和な時代だ。盗賊退治くらいしか武勲がない王太子は、異民族の討伐にとても張り切っていたのを覚えているよ。だけどそれがよくなかった。草原からくる蛮族と侮ったのがいけなかった。王太子はよく戦ったよ。だけど敵わなかった。敵の王。彼ら騎竜の民は自分たちの王をタイクーンと呼ぶ。タイクーンは強かった。戦場の熱気と興奮の中心はタイクーンだった。王太子はタイクーンに挑んだ。だが負けた。命からがら逃げだして心に傷を負った。深い深い傷をね」


 そんな話は知らなかった。それで性格が変わってしまったのだろうか?かつての王太子は優しい人だった。戦争で心を病んでいるというのか。


「わたくしは婚約者として王太子殿下に何かして差し上げないと。お慰めした方がよろしいですよね?」


「いいや。放っておけ。戦場で得た心の傷は、女では癒せない。せいぜいその肌の暖かさで痛みを忘れさせることだけしかできんよ。彼は負けた。もう再起は叶わない」


 父は肩を竦める。そこには王太子への興味のなさしかなかった。仮にも忠誠を誓う王族への態度には見えなかった。ただ私もさっきあのように傷つけられたばかりだ。今は王太子のことは放っておくことにしよう。


「さて、それよりも他に話したいことがあって私のところへ来たのではないのか?王太子の話はついでだろう?本題はなにかな?」


「あ、はい。実はさっき王城の庭の植生と気温の調査をしました」


「ふむ?それで?」


 興味深そうに眼を細めて私の話に父は耳を傾けてくれた。父は博物学をやって周りから疎まれる私の唯一の理解者だった。


「花々の開花がおそらく遅れています。原因は気温の低下です。去年よりも1.5度も気温が下がっていました」


「ほう。それはそれは…うむぅ?それはまさか…」


 父は何か心当たりがあるような顔でしきりにあごひげを撫でていた。


「父上には何か心当たりがございますか?」


「ああ。さっき言った北の草原への出兵時もなにか肌寒さを感じたのだ。ペピータ。仮定の話になるが、このエーレンフリート王国が寒くなっているとして、北の草原地帯はここよりももっと寒くなったりはしないか?」


「そうですね。おそらくここよりも寒くなっているはずです。もっともわたくしは北の草原地帯を伝聞でしか知りません。あくまでも仮定でしかないです」


「そうかそうか。そうかぁ。なるほどなぁ。これはこれは…いやはやなかなか…」


 面白い。父の口からそう聞こえたような気がした。そしていままでみたこともないようなひどく無邪気な笑みを浮かべている。何か楽しそうなことを思い浮かべている子供みたいに。


「父上。あの…話はまだ終わっておりません」


「ああ、すまない。ペピータは寒くなっていることを踏まえて、私にどうして欲しいのかな?言ってごらん」


「すぐに領内で食料の備蓄を行うべきです。飢饉になるかもしれません。その可能性は高いと思います」


「なるほど。理解した。ではそのように手配しておこう」


「もちろん公爵領だけでなく、王国全土で準備しておくべきだと考えます」


「ふーん。まあ一応、国王には言っておくよ」


 ちょっと戸惑ってしまった。自分の領地はともかく、飢饉となれば国も危ないのに、なんでこんなにもどうでもよさげに見えるのだろうか。


「話はこれで終わりだねペピータ。今日はもう疲れただろう。先に屋敷に戻っていなさい」


「父上はまだ夜会をお楽しみになるのですか?」


「いや。これから政庁の方へ行く。今の話を聞いて確信したことがあるのでね。仕事をしないとね」


 父は私を見ながらニヤリと笑った。何かを企んでいるような嫌な予感を私は感じたのだった。

















 そしてあの夜会の日からしばらくした後のことだった。国王陛下の命令で私は政庁への出頭を命じられた。私はその時、婚約について良くないことが起きたと想像した。よく聞く話だ。婚約者よりも結婚したい女が現れて婚約が破棄される。大抵の場合私のような真面目な女は捨てられて、明るくて可愛いちょっと我儘な女の子が選ばれる。そんな日が来たのかと、私は恐れていた。









 だが現実はもっともっと恐ろしい運命を人々に齎す。

 運命という名の歯車は人の血肉を油にして滑らかに回っていく。

 運命が巡り廻り人々をひき潰した先に歴史が生まれる。












 通された部屋に国王陛下と父上がいた。国王陛下は部屋に私が入ってくるなり、どこか気まずそうに顔を伏せた。まるで私に何かの罪悪感でも覚えているように見えた。先日の王太子の私への辱めの件についてだろうか?それで正式に謝罪がもらえるのだろうかと私はちょっと期待してしまった。実際父はどこか楽し気に笑っていた。そう父は気の毒そうな様子の国王陛下を見ながら嗤っていた。


「やあペピータ。相変わらず美しいね。息子にはもったいない女だよ君は」


 国王陛下は顔をあげてぎこちない笑みを浮かべる。


「ありがとうございます、国王陛下。ところで今日はどうしてわたくしは呼ばれたのでしょうか?この場にいるのは陛下と父上とわたくしだけ。王太子殿下について何かお話でもあるのでしょうか?」


 王太子が何かをやらかしてその尻拭いでもするための会議かなって思った。それなら婚約者の私が呼ばれるのに納得できる。


「それは…ガエウ。やはりこれは君から伝える方が…」


「陛下。そのようなことをおっしゃいますな。私にはとてもとてもそのような恐ろしいことを可愛い娘に伝えることが出来ません。どうか陛下の口より、この国を代表して、我が娘ペピータにお命じくださいませ」


 父は何か謙遜のようなことを言っているが、どこか慇懃無礼なにおいを感じた。愉しんでいる。人の弱みに付け込んでいる悦楽。


「そうだな。わかった。ペピータ・ナシメント。汝に勅令を下す」


「はい。なんでしょうか国王陛下」


 勅令という言葉に私は身をこわばらせた。これから言われることは国家からの命令なのだ。拒否は不可能。拒否すれば極刑だってあり得る。


「汝ペピータ・ナシメントと王太子ループレヒト・アーベントロートとの婚約をエーレンフリート王国国王フーベルト・アーベントロートの名の下に破棄する」


 婚約破棄?!だがよりにもよって国王陛下から直接婚約を破棄されるなんてこんなこと。私にいったい何の落ち度があったというのか?こんな事態は認められない。こんなことがまかり通れば、私は他の誰とも結婚できなくなる。王家から睨まれる娘と結婚する男なんてこの世にはいないのだ。


「陛下。わたくしにいったいどんな落ち度があったのでしょうか?!悪いところがあれば直します。婚約破棄については御再考をお願いいたします!」


「違うペピータ。違うのだ。お前は悪くないのだ。だが婚約は正式に破棄されなければならないのだ。続けて勅令を下す」


 国王陛下はとても残念そうな顔でそう告げる。私に対して本気で申し訳ないと思っているようだ。だったらなぜ婚約破棄などするのだろうか。


「汝ペピータ・ナシメントにタイクーン・アーキスへの輿入れを命じる。これは草原の民と王国との不可侵友好条約締結を祝うための結婚である。拒否は一切認めない」


 婚約破棄に続けて命じられたのは新たなる相手との結婚。それも恐ろしいと噂の草原の覇者タイクーンのところへ。私はあまりの事態に愕然としてしまった。













 本来の私は歴史書にも名前も残らないようなちっぽけな女でしかなかったはずだ。






 だが人々の絶望と悪意とが入り混じって、私を歴史の中心へと押し上げていく。






 そこで私にできることは一体何なんだろう?






 何をすればいいというのだろう。








 それは誰も答えてはくれなかった。

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