第3話 最強のざまぁってやつを魅せてやるよ(震え声)

 円卓にタイクーンとその側近であるフィロメロスがついている。タイクーンは静謐な顔で泰然としている。対してフィロメロスは警戒感全開で王国側の使節団を睨んでいる。だけどそんな圧にも負けずに父は飄々とした様子で円卓についた。


「ペピータ。君は私の後ろに立ってなさい」


 言われた通り私は父上の後ろに立つ。


「そちらが花嫁様ですか?確かに噂に聞いていた、いいや噂以上の美姫だ」


 フィロメロスは私を一瞥してそう言った。褒められて嬉しいと言えば嬉しいが、この状況では愛想笑いをするのが精一杯だった。口を開けばその瞬間切り捨てられそうな異様なプレッシャーがこの円卓には渦巻いている。


「ええ、ありがとうございます。この子は自慢の娘なんです」


 だけど相変わらず父上はのほほんというかノリが軽い。この会議が決裂したら後ろの軍勢が即王国に攻めてくるのは目に見えている。その緊張感がこの人にはないのか。あるいはそれこそどうでもいいというのか?父上のことはもう考えたくない。


「おひさしぶりだなタイクーン。俺がエーレンフリート王国王太子ループレヒト・アーベントロートだ」


 王太子も円卓に着く。今回の条約締結の使節団のリーダーは王太子だと聞かされている。なんでも父上が推挙したとかなんとか。


「ひさしぶり?ん?ループレヒト・アーベントロート?会った記憶がないのだが、気のせいではないか?」


 タイクーンは首を傾げている。顎を撫でる様が不思議と可愛らしく見える。


「煽っているつもりか?!先の戦で俺は名乗りを上げただろう!」


「名乗りを上げた?ああ、なるほど。そういうことか。俺はそういうのに興味がない。俺と戦ったものは死ぬか逃げるかそのどちらかだ。そんな者たちの名など覚えておく価値はないからな」


 タイクーンは表情一つ変えずにそう言った。これは煽りではない。圧倒的実力に裏付けられた事実・・だけを彼は話している。格が違う。いままで自信に満ちた男たちを何人も見てきたが、タイクーンはその誰とも違う。戦場での戦功など彼にとっては自慢話にもならない。だってきっと彼はいつも勝っているのだから。日常話をわざわざしようとは思わない。そんな感覚で彼は最強の軍団を率いているのだ。


「…くそ…名前さえ覚えられていないというのか…」


 王太子は小さくそう呟いた。円卓の下で手を握って震える体を必死に堪えているように見えた。


「ナシメント公爵。そちらの国王はいずこにおられる?到着が遅れているのですか?」


 フィロメロスは怪訝そうに父上を見ている。父上は尋ねられて笑顔で答えた。


「本会議にエーレンフリート王国国王陛下はいらっしゃいません。代わりにこちらの王太子殿下が国王陛下の名代としておいでなさいました」


 条約締結ではよく聞く話だとは思う。元首どうしではなく、互いの全権代表大使が条約にサインをする。ありふれた話だと思う。だが今の父上の返答を聞いてフィロメロスは立ち上がり激怒した。


「どういうことだ!!こちらはわざわざタイクーンがお出ましになられたというのに!そちらの王は来るつもりがない?!対等な会談相手とみなしていないのか?!我らを侮辱しているのか?!」


 あ、これ常識が違うパターンだ。こちらの外交儀礼と向こうの外交儀礼の考え方の根本思想が異なるようだ。


「侮辱などしていない!俺は王太子!いずれはエーレンフリート王国の国王になるのだ!名代としては十分以上だろう!」


 王太子も立ち上がって怒鳴り返す。まあ国王の長男が来ているのだ。こちらの感覚ではむしろ相手をすごく尊重しているつもりなのだが、向こうからしたらそうではない。文化の摩擦とはこういうことなのか。フィロメロスが怒ったことが後ろの軍勢に伝わったのだろう。竜たちが咆哮を上げ始める。兵士たちも叫び声をあげる。


『『『アララララララーイ!アララララララララーイ!!』』』


 効き馴染みのない怒号だが、使節団の護衛の兵士たちはどうやら知っているらしい。こちら側の兵士たちはみな一様に青い顔になって怯えていた。


「いやぁ相変わらず腹に響くねぇ。彼らはこの叫びと共に竜で突撃してくるんだよ!こちらの魔法砲撃も矢も砲も一切ものともせずに竜の圧倒的強靭な鱗でガードしてこちらの陣形を食い破るのさ!恐ろしい恐ろしい!あはは!」


 父上だけが楽しそうに雄たけびに耳を傾けている。


「父上。そのようなことを言っている場合ではないと思うのですが!?これって一色触発の事態でしょう!!すぐに謝罪をして会議を仕切りなおすべきです。今すぐ早馬を飛ばして国王を呼ぶような誠意を見せないとまずいですよ!」


 流石にこれはまずい。私は父上に讒言する。


「いや国王は来ないよ。だってあの人今はお城の奥で震えてるもの。来いって言っても来やしないよ。無駄無駄」


 あっけらかんとうちの国のグダグダさを暴露する父上に私は唖然とした。正直に言って、この条約締結。そもそも最初から無理なのでは?詰んでない?


「とにかく俺は父の名代。すなわち国王そのものであると言っても過言ではないのだ!だから俺とタイクーンは対等だと言ってもいい!」


「ふざけるな青二才のクソ餓鬼が!!そもそも戦に負けた国の王でさえ、我らがタイクーンとは対等とは言えぬのに!せめて会議中くらいは対等扱いしてやろうとこちらとしては最大限譲歩したつもりなのだがなぁ!それでやってきたのが、よもや本人どころかその子供?バカにするのも大概にしろ!!」


 どんどん場の空気が熱くエスカレートしていく。さっきから後ろの軍勢から数騎の竜がやってきて円卓の周りをグルグルと回っている。おそらく挑発しているのだ。竜は大きく口を広げてこちらを威嚇しているし、私なんかさっきから竜に乗る兵士たちから性的なからかいの声が飛んできている。正直に言って恐ろしい。体を震わせず、笑顔だけさっきから維持できている私は自分で自分を褒めてもいいと思う。


「静かにしろ」


 それは良く通る声だった。それはタイクーンの声だった。それを聞いた騎竜の兵士たちはいっせいに黙り、竜たちも唸るのを止めた。フィロメロスもまた捲し立てていた口をピタッと止める。


「フィロメロス。お前の気持ちはわかるが、少し落ち着け」


「タイクーン。ですが我らのタイクーンが侮辱されているのです」


「それならば報復すればいいだけの話だ。口喧嘩などみっともない。男ならお喋りに精を出すな」


 タイクーンがそう言うとフィロメロスは胸に手を当てて一礼して椅子に座った。王太子のことを相変わらず睨んでいるが、何も口にしなくなった。タイクーンが場を完全に支配している。静寂が訪れた。


「静かにしていただき感謝するタイクーン。では条約締結のための会談を始めよう」


 王太子は空気が読めないのか、会議を再開しようとタイクーンに呼びかけた。


「いいや。ループレヒト・アーベントロート。お前と条約締結の話など俺はしない。お前では役が勝ちすぎる。お前に王器はない。お前に俺と言葉を交わす資格などない。黙っていろ」


 王太子はブルりと震えて黙ってしまった。タイクーンの声は冷たい。明らかにうちの王太子は会談の相手とみなされていない。とするとそもそもこの会議、やっぱり成立しないのではないだろうか?と思った時だった。


「タイクーン。もうこんな茶番は終わりにしましょう。すぐにでもこやつらを皆殺しにして王国に攻め入ることを提案いたします」


 フィロメロスがタイクーンにとんでもないことを進言した。もうだめじゃん。詰みじゃん。現実逃避したい。そんな時だ。今まで黙っていた父上が声を上げた。


「草原の覇者タイクーン。此度のこと大変なご無礼でした。申し訳ありません。王国政府より全権を預かった特命大使として心よりお詫びを申し上げます」


 父上は立ち上がってタイクーンに向かって謝罪した。だけどそんなの今更通じるとは思えない。


「くだらん!そのような形式ばった謝罪などで我らの受けた屈辱を晴らせるものか!」


 フィロメロスは父上を睨んでいる。その眼には殺意がありありと浮かんでいる。だけど私は見たのだ。頭を下げた父上の俯いた顔がどうしようもない程、獰猛な笑み・・・・・で会ったことを。


「形式ばった?いいえとんでもございません!わたしの謝罪はすなわちエーレンフリート王国そのものが謝罪したとの同義です!なにせわたしは全権特命大使ですからね」


「全権特命大使だからなんだ?!それでタイクーンと対等などいえるわけが…」


 父上はフィロメロスの言葉を遮って、冷たい声で言った。


「言えますよ。あなた方のプロトコール外交儀礼では王太子は国王の名代としてタイクーンと対等ではないという。ですが逆に言えば我々のプロトコールにおいては全権特命大使のわたしはこの場における言わばエーレンフリート王国の意思そのものなのです。すなわちわたしとタイクーンはこの会議においてだけですが、互いに対等な身なのですよ」


「そんなの屁理屈だ!」


「あなた方の名代問題もわれらからすれば屁理屈です。ここはひとつ、屁理屈と屁理屈が打ち消し合ったということで、水に流しませんか?どうですかタイクーン?」


 父上はフィロメロスを軽くあしらってタイクーンへと問いかける。そこには卑屈さも怯えもない。堂々とした態度そのものであった。まるで父上がこちら側の王だと私たち王国側でさえ錯覚しそうな貫禄があった。


「タイクーン。あんな言い分は無視するべきです」


「黙れフィロメロス。あの男の言い分、俺にはもっともだと思えた。面白い。確かにループレヒトには俺と対等に話す資格はないが、あの男にはありそうだ。ガエウ・ナシメント公爵。お前を俺の対等な交渉相手として認める」


 驚いたことにタイクーンは父上を交渉相手として認めた。


「ありがとうございます。タイクーン」


 父はお礼を言って席に着く。


「では不可侵友好条約についての会談を行いましょう。もっとも条件そのものはすでに合意ができております。年に三回エーレンフリート王国はタイクーン・アーキスに麦・米・金銀宝石等々の貢物を用意する。その量についてはすでに送っている補足条項で定められており、タイクーン側の提起によって、その貢物の種類と量は定期的に見直す」


「ああ、それでかまわない」


「次にタイクーンの呼びかけに応じてエーレンフリート王国は兵を招集しタイクーンの指揮下に預ける。その兵力や装備についても補足条項で定められており、タイクーン側の提起で見直しが行える」


「ああ、その通りだ」


 不可侵友好条約とは名ばかりで実質的な臣従条約でありあまりにも片務的な内容になっている。だがそれを飲まなければ王国は滅びる。まあさっきの王太子のあれを見たり、国王のビビりを知っちゃったりすると滅んじゃえば?みたいな気持ちにはなってくる。


「次に草原の民がエーレンフリート王国で略奪や不法行為を行った場合はタイクーンが罰する。よろしいですか?」


「むろん構わない」


 これの約束が重要だ。これによって国境を超えて草原の民が略奪してくることがなくなる。エーレンフリート王国は草原の民の恐怖から解放される。もっとも貢物を出すために税金が上がるのだからマクロ的に見たら負担の方が大きいのかもしれない。


「そして最後にエーレンフリート王国はタイクーン・アーキスを兄として敬い、友好を誓うこと」


「ん?はて?…まあよい。それでいい」


 最後の条文に何か法的な義務は発生しないだろう。だが精神的には我々が敗戦国であることを否応なく心に刻み込まれる。ある意味呪いの文章だ。だがタイクーンの反応が少し変だ。隣のフィロメロスも少し首を傾げている。なんだあの様子。嫌な予感がする。


「ではこれで条約には互いに同意したということで、調印を…」


「待てナシメント公爵?!どういうことだ?!最後の条文!そんなものは聞いていないぞ!!」


 王太子が立ち上がって怒鳴る。調印まじかでまたトラブルを起こしやがった。この人は本当に可愛くない男だ。


「聞いていない?私はちゃんと説明したはずですが?」


「いいや全く聞いていないぞ!俺は条約検討の会議すべてに参加した!最後の文章は『エーレンフリート王国とタイクーン・アーキスは友好を誓う』だったはずだ!!」


「はは。何をおっしゃいますか。王太子殿下は聞き間違いをなさったようですね。まったく仕方がないひとですね」


「とぼけるな!お前たちも条文の内容は覚えているだろう!?さきほどの兄として敬うなんて条文はなかったはずだ!!」


 王太子は傍に控えていた使節団の法律家たちに同意を求めた。彼らは一斉に目を反らして俯いた。それで察した。父上、この土壇場で条約を書き換えやがった。


「王太子殿下。みんなが黙ったってことは条約は最初からこうだったんですよ」


「違う!お前が勝手に書き換えたな!このような屈辱的な条文はいくら何でも飲めない!エーレンフリート王国は独立した主権国家だぞ!」


「主権?はっ!そんなものタイクーンの前に何の意味があるのやら。殿下。君がまったくここまでバカだとは思わなかったよ」


「貴様!王族の俺に向かってなんだその言葉は?!」


 王太子は父上の胸倉をつかむ。だが父上の飄々とした様子は一切崩れない。


「ガエウ・ナシメント公爵。こちらは条約に異を唱えるつもりはないが、そちらはこの土壇場で異を唱えるというのか?」


 タイクーンが悠然と問いかけてくる。彼からすれば決裂しようが結ぼうがどちらでもいい話だ。こちらのいざこざには興味がないようだ。


「いえいえ。全権特命大使のわたしには異はありません。まあ若者とは権威に反抗したがるものですからこの醜態は多めに見ていただきたい」


 そう言って父上は指を弾く。すると王国軍の兵士たちが父上から王太子を引き剥がし、縄で王太子を拘束した。そして魔法を使えないように魔力封じの首輪までつける。


「おまえら!なんでナシメントの命令にしたがうんだ!!こんな屈辱的な条約など!」


「うるせぇんだよボンボンが!お前だって分かってんだろうが!タイクーンには勝てないんだよ!ちょっと条文が違うくらいでガタガタいうな!」


 兵士の一人が怒鳴り散らした。王族相手であってもこの物言い。タイクーンの恐ろしさを兵士たちはよく理解しているのだ。


「ふざけるな!条約は片務的であっても対等なものだったはずだ!それをナシメントは臣従条約に書き換えたんだぞ!王国民としての誇りはないのか!」


「そんなものより騎竜に追いかけまわされる方がよほど怖いね!条約締結の邪魔するなら王族だって容赦はしない!」


 これが現場の空気感だったのだ。王国はすでにタイクーンの威に屈していた。知らぬは王族のみである。


「ナシメント!お前!国を売り払うつもりか?!」


「いいえ。売るのは国じゃありませんよ」


 父上は条約文章にサインをしながらそう言った。そしてその文章をタイクーンの方に持っていく。


「タイクーン。我らはあなた様の下僕に御座います。どうか慈悲をお与えください」


 父上はタイクーンの傍で恭しく膝をついて条約文章の紙を恭しく渡す。タイクーンはそれを受け取り、サインした。この時点で条約は正式に発効されたのである。


「互いの繁栄を祈ろう。これよりエーレンフリート王国は我が弟。兄弟も同然である」


「ありがたき幸せ。ペピータ。こちらに来なさい」


 父上は深くタイクーンに頭を下げる。そして私を呼びつけた。言われた通り。私は父上のもとへ行き、タイクーンの前に立った。


「こちらが私の娘、ペピータでございます。条約が結ばれた証となる花嫁に御座います。どうぞ可愛がってください」


 私はその場でカーテシーする。プロトコール的に正しいかは知らないけど、これしか儀礼を知らないんだから仕方がない。


「そう、よきにはからえ」


 タイクーンは私に一瞥くれたが、とくに関心を払ったりした様子はなかった。私にはまったく興味がないらしい。


「こんな条約無効だ!!」


 王太子は地面に押し付けられたまま叫ぶ。タイクーンは一瞬だけ王太子を見たが、すぐに目を反らした。どうでもいいようだ。だがフィロメロスは嫌そうな顔をして言った。


「ナシメント公爵。タイクーンが調印した条約をそちらの国の王族が批判するのは気分が悪い。すぐに猿轡でも噛ませて静かにさせろ」


 さきまでのノリなら殺せとか言いそうな気がしたけど、今は冷静になったらしい。むしろ疲れて見えるので早く帰りたいのかもしれない。


「そうですね。たしかにタイクーンへの不敬そのものですよね。つまり王太子は条約に反しているということになりますよね。まったく嘆かわしい」


「いやそこまでいうつもりはないのだが。とにかく静かにさせてくれれば文句はない」


「わかりました!すぐにあの条約違反者の不敬な不届き者を黙らせます!」


 そう言って父上は王太子の傍に近づく。すると近くの兵士が大きな袋を持ってきて父上に渡した。


「王太子殿下。わたしは先ほど言いました。売るのは国ではありません」


「お前はまごうことなき売国奴だ!」


「いや娘の幸せを願う只のどこにでもいる父親ですよ」


 父上は王太子に猿轡を噛ませて、さらに王太子に袋を被せた。そして袋の口を縛り王太子はすっぽりと袋の中に納まる。そして父上は暴れる袋を肩に担いで私たちの方へとやってきた。


「タイクーン。条約違反者第一号です。どうか草原の民の流儀に従って罰してくださいませ」


 タイクーンはそれを聞いて目を細めた。


「なるほどそういうことか。お前は食えぬ男だ。いいだろう。フィロメロス、ナシメント公爵を手伝ってやれ」


「袋に詰めたってことは…ああ…だがまったく同情の余地もない…タイクーンの威に首を垂れていればよかったものを…」


 父上は嗤っていた。そして王太子の入った袋を担いだまま、フィロメロスと共に草原の方へと行く。そして草原に王太子の入った袋を横たえる。袋はもぞもぞと動いて唸り声を出している。ちょっとかわいそうな罰ゲームみたいだ。まあああやって多少放置されれば頭が冷えて現実的にものを見れる男になれるかもしれない。







そんな馬鹿な考えは目の前の現実に一瞬で踏みつぶされた・・・・・・・













「やれ」










 タイクーンは軍勢に向かってそう命じた。















そして王太子の入った袋の上を騎竜たちが走り抜けていった・・・・・・・・













その時間は一瞬だった。だけどその光景を私は永遠に忘れることは出来ないだろう。わたしは悲鳴を上げることさえできなかった。




「騎竜の民はこうやって貴人を処刑するんだよ」


 父上が私にそう説明した。淡々とした口調がとても恐ろしく聞こえた。


「ですが父上。彼は王太子。王族ですよ。貴族が忠誠を誓う相手じゃなかったですか?!」


「ペピータ。もう世界は変わってしまったんだよ。条約の発効によってエーレンフリート王国はタイクーンの弟になったんだよ。すなわち王太子殿下はタイクーンの家来なんだ。粗相をしでかせば処刑される当然のことだよね?」


 さも当然と言われても受け入れがたかった。だけど茫然と立ち尽くすことしかできない。


「本当に食えぬ男だ。ガエウ・ナシメント公爵。お前は娘を俺に嫁に出すことでタイクーンの義父となった。とうぜんエーレンフリート王国はタイクーンの弟と定められた以上。お前の方が王太子、それどころか国王よりも圧倒的よりも偉い存在となった」


 タイクーンは冷たい声でそう吐き捨てた。そう。今や父上は王族たちよりも偉いタイクーンの義理の父である。その権力と権勢はエーレンフリート王国において最盛を迎えたのだ。


「お前は娘を売ることで国を得た。まったく大した悪漢だな。反吐が出る」


 珍しく饒舌に喋っている。父上に対してタイクーンは本気で嫌悪を覚えているようだ。


「おや、我が義息子むすこはご機嫌斜めかな?」


 タイクーンの顔が目がやや険しくなる。殺意さえ感じる。だけどタイクーンに父は殺せない。だって。


「確かにわたしはかわいいかわいい娘をたった一人売り払っただけで国を一つ手に入れた」


「俺の威を借りて私欲を満たすなどとは。お前は軽蔑に値する」


 そう。わたしは条約の発効とともにタイクーンの妃となったのだ。いくら誰からも恐れられるタイクーンでも妃の父親を簡単には殺せない。父上はこの政治ゲームでタイクーンさえも掌で転がしてみせた。


「我が義息子よ。それは心が狭いというものだ。わたしが手に入れたのはたかが一国。だがお前が今日手に入れたはわたしの娘」


「お前の娘に人質以上の何の価値があるというのだ?」


「我が娘は豊穣の女神の化身。その智をもって世界を統べるすべをお前に授けるのだ」


「世界を統べるだと?」


「そう。我が義息子よ。よく聞け。その娘を得たお前は今まさに世界を手にする資格を得たのだよ。それに比べれば私が得たのはたかが一国。それでもまだ不満かな?」


 父は一体何を言っている?私にそんな価値があるわけがない。


「くくく。期待しているよ。我が義息子むすこ


 タイクーンさえも煙に巻いて父上は使節団を引き連れて王国へと帰っていった。


「お前の父は面白い男だな。だが俺はああいう輩を好かない」


 白銀の竜がそばにやってきた。タイクーンは私を抱き上げて竜の背に飛び乗った。


「だから俺はお前を愛することもないだろう」


 そして竜は草原を走る。タイクーンに竜の軍勢が付き従う。行く先は地平線の先。わたしはあまりにも広い世界に一人投げ出されてしまったのだ。








***作者のひとり言***




「ふ、お前を愛するつもりはない」が出来て筆者は絶頂です(*‘ω‘ *)

でも愛されない理由が父親のせいなのなんか新しい気がする。



それと王太子へのざまぁはいかがでしたか?!

最高にスカッとするざまぁでしたね!←






というかパパ上さま婚約破棄からのダイナミック売国で一国の支配者になるのマジでカオス。政治力99とかありそう。

タイクーンに嫌われてるのに、死んでないっていう事実がすごすぎるわWWW


ではまた。次回空草原の生活がはじまります。よろしくね。

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