第7話 はったりはお妃の仕事に入りますか?

 父上から手紙が来た。内容は多岐にわたるが、要約するとこうだった。


『パパは王族どもを皆殺しにして、ついでに貴族も皆殺しにして、エーレンフリート王国の独裁者になっちゃたんだゾ。タイクーンに感謝(笑)。だから邪魔者もいなくなったので寒冷化対策の備蓄も始めました。ところでペピータは元気にやっていますか?』


 バリバリ楽しそうに生きているようだ。ついでに私のことを心配するような記述もあったけど、それよりも気になることがあった。手紙の端っこに走り書きがあった。


『妃とは時に王の代理を演じることが出来る特権を持つ』


 これは父上からのヒントだ。私は花嫁である。花嫁は夫に我儘を言う権利がある。だが妃に我儘を言う権利はない。王は妃の我儘を相手にはしないからだ。だけど今私には叶えたい夢がある。ならばどうすればいいのか?


「フィロメロス様。ちょっとお話よろしいですか?」


 私は文官たちが仕事をするテントにやってきた。


「どのような用件ですか?」


 今タイクーンは東の方に遠征して留守だ。つまり最高決定権を持つものはここにはいないのだ。


「エーレンフリート王国に条約に基づき、兵士を供出するように指令を出しなさい・・・


 タイクーンは人手が足りないと言っていた。だからないならあるところから持ってくればいいのだ。


「え?いやいや。いまのところ戦争とかでの兵力は足りているのですが」


「フィロメロス。勘違いなされないように。これはタイクーンの妃であるこのわたくしの命令です」


 今私はどんな顔をしているのだろう。きっと怖い顔をしていると思う。目の前のフィロメロスはどこか帯びるような様子を見せている。


「ですが、いくらなんでもタイクーンの妃とはいえ、そのような命令は…」


「出せます。あなた方の歴史書は拝見しました。タイクーンが不在の時には、妃が政務を行うことは慣例として認められているのでしょう?違いますか?」


「たしかに歴史上ではそうなっています。ですが今上のタイクーンの下では妃がそもそもおりませんでしたので、そのような前例がなくて。だからタイクーンが期間なされた後に…」


「それでは遅いのです!!」

 

 ここからは私の演技アドリブだ。妃の命令権は今の草原の民では曖昧になっている。だから私がそれを掴むことも可能なはずなのだ。タイクーンがいれば止めれてしまうが、いない今ならいける!


「フィロメロス!フィロメロス・ニコラオス・ラケス!!わたくしは誰だ!!言ってみなさい!」


「あなたさまはタイクーンの妃のおひとりであるペピータ様です」


「違う!間違っている!勘違いも甚だしいぞ!わたくしはタイクーンの妻にしてただ一人・・・・の妃であるペピータだ!!この地上にわたくし以外にタイクーンの妃はいないのだ!!」


 もともと妃の命令権は正妃や側妃などで順位が変わるのだろう。だがタイクーンには私以外の妃はいない。フィロメロス的にはタイクーンは何人も妃がいるべきだと考えているのだろう。だから今口が少しすべった。


「ただ一人の妃であるという意味を正しく考えなさい。今の今までタイクーンが誰も娶らなかった意味を考えなさい」


 ぶっちゃけ知らんよ。タイクーンが私以外の妃を持ってなかった理由なんて知らない。


「ただ一人の妃。そうか…タイクーンはご政務を預けるに足る妻が得られるまで誰も娶らなかったんだ」


 いい感じにフィロメロスが勘違いしてくれた。私はフィロメロスの回答にできるだけ意味深な笑みを浮かべる。その通りだと言ってやるつもりはない。すべては曖昧なまま勢いだけで命令権を獲得してしまいたい。


「そう。わたくしこそがただ一人の妃。タイクーンに豊穣を齎すために嫁いだわたくしは嫁いだのです。わたくしは確信しております。今です。今なのですよ。今、兵を集めて西に行けば、岩塩なんて目じゃないほどの豊穣が草原の民に約束されるのです。このわたくしが齎してみせます!」


 私は両手を広げて天井に顔を向ける。私は知っているのだ天の御意思ってやつを。その振りをする。文官たちは私の様子を見てざわざわと騒ぎ出す。


「実際にペピータ様は岩塩層を見つけている。あれで財政がどれだけ助かったか」「民心も得ているし兵士たちにも慕われている」「そんな人が言うならばそれは本当に叶う予言なのでは?」


 インテリ層ですらはったりまかせのお芝居に騙されてありもしない予言を信じるようになる。ペピータは天より遣わされた豊穣の女神の化身。人々はそう私を錯覚する。


「フィロメロス。再び命じます。条約に基づきエーレンフリート王国に兵を出させなさい。わたくしは彼らを連れて西に向かいます。新たなる豊穣を得るために…!」


 フィロメロスはしばらく唸っていた。だけど最後は頷いてくれた。


「了解いたしました。お妃様。エーレンフリート王国に出兵要請を行います。こまごまとした調整はこちらにお任せください」


「はい。よきにはからいなさい。あとこれを父に。手紙です。覗いちゃだめですよ」


 私は手紙をフィロメロスに渡してから文官たちのテントを去った。第一段階はクリアした。人手は確保出来た。私の齎す豊穣の時は近い。


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