第6話 黄金の地平線

 ある日の夜。私のテントにタイクーンがやってきた。とうとうこの日がきちゃったのかあ。と感慨深い思いに浸ったのだが。


「明日の朝、南西に出征する。ボードウィン王国へ報復を行う」


「報復ですか?」


 相変わらず短パンにタンクトップのヤンキースタイルでそんなこと言われても戸惑うばかりだ。


「ボードウィン王国との国境の近くで放牧を行っていたものたちが、国境を超えて草原に侵入してきた向こうの正規軍に襲われたのだ。倍の血を流してやらねば、我らの誇りは守れない」


 安全保障上の問題でもあるのだろう。草原の民は容赦なく暴れるからこそ恐れられている。なのに、こちらがやられっぱなしでいたら、舐められて逆に攻め入るスキを与えてしまう。


「わかりました。留守はお任せください」


「何を言っている。お前もついてくるのだ」


「え?わたくしも?」


「そうだ」


 いままでお飾り妃で自由にやってきたのに、出征に着いていくのって正直に言ってめんどくさいって気持ちが勝る。


「わたくしは見つかった岩塩鉱山の調査などの仕事もあるのですが」


「そんなものはフィロメロスたちにやらせておけ。とにかくついてこい。以上だ」


「わかりました。準備しておきます」


 タイクーンはテントから去った。準備といってもお着替えをトランクに入れたり、博物学の調査キットを用意するくらいしかすることがない。というかそもそも何の仕事があるのかさえ分からない。


「妃なんてうまくやれるんですかねぇ」


 私は少し不安を抱えながら横になったのだった。










 そしてタイクーンの軍勢に着いて、私たちは草原の南西、ボードウィン王国との国境に近いところまでやってきた。西の山脈が驚くほど近い場所だ。拠点となるオアシスに着いてからアマリアに私は話しかけた。


「ここからなら西の山脈の麓までいけますよね?」


「まあ行けるだろうが、あそこらへんはただの荒れ地であまり面白いものはないぞ」


 なんかアマリアが私のことをだんだんと理解してきたような感じがする。


「ただ今回攻めるボードウィン王国の川の水源はあの山脈だった記憶がある。そう兄に聞かされたことがある」


「なるほど。水源地…」


 少し引っ掛かりを覚える。だがそれよりはタイクーンがわざわざ私を呼び寄せた理由の方が知りたかった。私は竜に乗るタイクーンを捉まえた。


「タイクーン。わたくしは何をすればよろしいのですか?」


「ああ、そうだったな。そっちの国々のデザインのドレスは持ってきているな?」


「ええ、一応持ってきていますが」


「それに着替えて俺のところに来い」


 そう言われたので、ドレスに着替えてからタイクーンの下に戻ってきた。するとタイクーンは竜の上から私に手を伸ばして抱き上げて、私を竜の背に乗せた。タイクーンの正面に体がすっぽりとおさまる状態。しかもスカートなので竜に対して横すわりになっているので、お姫様抱っこぽさもある。少しこのシチュエーションにドキッとしないわけではない。顔を上げるとタイクーンの美しく精鍛な顔がよく見える。戦場に望む男だけが見せる不思議なオーラも感じる。


「あの。わたくしがここに座ってどうしろと?」


「斥候によるとボードウィン王国の軍が草原に侵入していることが確認された。だから挑発だよ。草原の民とは明らかに違う自分たちの同胞民族らしき女を連れていれば奴らはどう反応する?」


「あー。冷静ではいられないかもしれません。それどころか騎士道を拗らせて救出を考えるかも」


「そう言うことだ。まあお前はそこで大人しくしていればいい。騎竜の戦い方をみせてやろう」


 そう言ってタイクーンは竜を走らせる。他の軍勢もそれに続く。目指すはボードウィン軍の陣地。これより戦が始まる。






 ボードウィンの軍勢は騎馬で編成されている。しかも結構な大軍だ数だけなら、私たちの三倍以上はいる。我々の存在に気がついたボードウィン軍は陣形を整えた。そしてタイクーンの軍勢はボードウィン軍の目の前で止まった。


「我は草原を治めるものタイクーンなり!お前らは我らが領域へと無断に侵入している。すぐに武器を捨てて投降せよ」


 数が圧倒的に少ないのに、まず降伏勧告を出しちゃうのがなんかすごい。


「ふざけるな!貴様らこそ投降しろ!我らの数は貴様らの何倍もいるのだ!それにお前が連れている女性!その眼と髪の色からするとそのお方はこちらから略奪した女性だな!それにおそらくはその気品!貴族の出!到底お前らを許すことは出来ない!」


 ボードウィン軍は私の存在に反応した。そのせいか士気も高まっているように見える。


『うおおおおおおおおおおお!!!』


 向こうがラッパを鳴らして進撃をはじめた。正面から見るととんでもない大迫力だ。


「たかが馬の分際でイキちゃってまぁ。タイクーン。あいつら数はいても、ペピータ様を囮にした作戦のお陰で冷静ではなさそうですね。作戦通りで行けそうですね」


 タイクーンの横に侍るアマリアが迫ってくる軍勢を侮蔑的な笑みで眺めている。


「ああ。では二手に分かれよう。アマリア。遊撃を頼んだ」


「了解いたしました。あっららららーい!」


 タイクーンの竜はボードウィンの方へと駆けていく。そして途中で北へと方向転換してボードウィン軍に背を向けるように駆けていく。タイクーンに付き従うのはわずか20騎程度。その後ろをボードウィンの大軍勢が追いかけてくる。


「あの!めちゃくちゃ追いかけられてるんですけど!?大丈夫なんですか?!」


「大丈夫だ。竜の魔法障壁は硬い。騎馬から魔法の矢を撃っても我々に刺さることはあり得ない」


 確かにそうだった。さっきから矢が雨あられのように降ってきているのだが、竜の張っている魔法障壁にすべて弾かれている。


「それによく見て見ろ、敵の軍勢を」


 後ろに振り向いてボードウィン軍を見ると、さっきと違って陣形がバラバラになりつつあった。本隊に着いていけなくなって置いていかれている連中もいた。


『あらららーい!』


 そして本体からはぐれた軍勢はアマリアの別動隊によって次々と撃破されていく。


「馬での戦いに慣れたものほど、この策にハマりやすい。なぜなら馬より早い生き物は草原の外にはいないからだ」


 本体はずっとタイクーンを追いかけているがはぐれたものが次々とアマリアたちに刈り取られていく。数は圧倒的にこちらが少ないのに、一方的に攻めているのは間違いなくタイクーン側だった。


「そして草原での戦いにおいて最も気をつけなければいけないことがある。360度の地平線。だが草は人の背よりも高く生えている。だから」


『あららららーい!!!!』


 タイクーンが進む先に突然騎竜の軍勢が現れた。


「伏兵?!」


 そしてタイクーン騎竜隊と伏兵たちはすれ違う。伏兵たちはすでにアマリアのせいで数を削られたボードウィン軍に突撃を行った。そして見事にボードウィンの軍勢をひき潰してバラバラにして見せたのだ。すでに彼らの陣形は維持できていない。それぞれが孤立して戦場にバラバラに散ってしまった。あとはもう戦争ではなく一方的な虐殺に等しかった。アマリアたち騎竜の民は騎手だけを狙って次々と兵たちを的確に殺していった。逆に馬は無傷のままだ。敵兵の中には果敢に騎馬の突撃を行う勇敢なものもいたが、突撃が届く前に騎竜の弓で命を刈り取られた。敵が全滅するまであっという間だった。敵が無力になったことを確認してから騎竜兵たちはタイクーンの下に集まってきた。


「タイクーンの偉大なる勝利に万歳!」


「「「「ウオオオオオオオオ!!!」」」」


 騎竜兵たちは勝利の雄たけびを上げる。戦は何の心配もなくタイクーンの策略と指揮のもと大勝利で終わった。






 戦場の後処理は兵士たちにとってはご褒美タイムだ。敵兵たちの鎧をはぎ取ったり、アクセサリーを取ったり、生き残った馬を自分の家畜にしたり。


「今日は大漁だ!偉大なるタイクーンの御恵みに感謝します!」


 アマリアは二頭の馬を手綱で引っ張っている。馬好きなのかな?というかここら辺をして父上に戦争の感覚が我々とは違うと言わしめるところなのだろう。彼らにとってはさっきの戦いは狩りだし、今戦利品をあさるのは収穫かなにかなのだろう。


「お前も何何か欲しければ漁ってくるといい。貴族の将校はお守りの宝石や金銀細工のアクセサリーなんかをよく持っているぞ」


「いえ。わたくしはいいです。それよりもタイクーン。此度の戦争の目的は報復ですよね?」


「ああ、彼らの軍勢は破った。これで十分だろう」


「いいえ。これじゃダメです。遠くでおきた戦争の被害なんて都にいる貴族や民にとっては想像の外側の出来事です。何も感じやしないです。ですから彼らに恐怖を与えなければいけません。二度と草原に来させないために」


「ふむ。もっともな意見だな。ではどうする?」

 

「はい。敵兵の首を刎ねて国境に並べてください。遺体はすべて山のように積むのです」


「お、おう。なかなか過激なことを言うな」


「そのような残酷な景観を造ってやれば、敵国の都にも噂が届きましょう。草原の民は恐ろしく容赦のない戦士たちなのだと」


 戦争の被害は目前に迫らないとわからないものだ。ここで残虐なオブジェを造って敵にさらしておけば今後は余計な争いを避けることが出来る。たしか歴史書にもそういうことが書いてあったような気がする。たぶん。


「わかった。お前の案を採用しよう」


 兵士たちによる戦利品漁りが終わった後、タイクーンは遺体の首を刎ねるように命じた。そしてその首と遺体を荷車を用意してボードウィン王国の国境まで運んだ。首は国境線の上に横に一直線に並べて、遺体は山のように積み上げておいた。


「うわぁ。えぐ。ペピータ様、ひくわー」


 アマリアが冗談なのか本気なのかわからない感想を言った。だけどこういう細かい工夫で軍事衝突を回避できるならやっておいた方が良い。戦争なんかで私の研究時間が減る方がよっぽど私にとっては困るのだから。






 ボードウィン王国との戦争が終わり、暇になった。だからアマリアを連れて調査にでることにした。


「また岩塩を見つけに行くのか!」


「いや、そんな都合よくなんどもみつかるわけないでしょ。今回は山脈に近いという環境の違いがどう植生や地質に変化を出すのか観測しに行きます」


「そうか。塩はもう見つからないのか」


 なんかアマリアがしゅんとしてる。それくらい岩塩の発見はインパクトが大きかったのだろう。まあそれはそれとして調査は調査だ。私たちは拠点から北西の方に進路を取った。山脈がどんどん近くに見えてきて感動を覚えた。


「この霊峰に我々騎竜の民は願掛けする。そして勇敢に戦って死んだ者はこの山のさらに上にある天の国に登るのだと聞かされている」


「山岳信仰の類ですか。なるほど。それは面白い」


 宗教は専門外だが、学問としてみるとなかなか面白いものだ。私の祖国にも戦士は天の国に行けるなんて言う信仰があった。どこの国でも人の考えることは一緒なのかもしれない。


「しかし昨日も思いましたが、ここら辺は草が随分高いですね」


「確かにそうだな。御陰で伏兵がしやすかった。ボードウィン王国の連中も排除できたし、ここら辺での放牧なら家畜もよく肥え太ってくれるだろうな」


 アマリアの視点からするとここら辺は放牧地として最適らしい。だけどふっと思った。足もとの土が柔らかいような気がした。私はしゃがんで土をつまみ上げる。黒くてどこか湿り気のある土。腐葉土のような感じと言えばいいのだろうか?スコップで土を掘ってみる。黒い土の層がかなり深く続いていた。


「あれ?まさかボードウィン王国の連中、この土の正体を知っていたから攻めてきたのでしょうか?アマリア。ここら辺の近くに水源はありますか?」


「水源?そんなものない!あ、いや、ないわけじゃない。行ってみるか?」


「ええ、ぜひ」


 アマリアの案内ですぐ近くにある浅い谷のような場所にやってきた。


「ここは雨期になると川になるんだ。山脈の方から水が流れてきてこの谷もどきに沿って流れていく」


「ほう。なるほど」


 谷もどきに降りて、その地質を調べてみた。粘土層が表面に出ていて、おそらく水は地面に吸い込まれずに済むだろう。


「アマリア。山脈の方に向かいます」


「え?今から?」


「泊りがけになるのはタイクーンにも許可をとってあります。さあ行きますよ!」


 私たちは三日ほどかけて山脈の麓までやってきた。谷もどきは山脈のところまで続いていた。そして山脈の麓の岩場に川を見つけた。それは深い谷の底にあった。降りていくことは難しい。北の方に流れていっている。だけどその川の水源を追いかけていくと、山脈から流れている沢を見つけた。それは全部北の方へと流れて言っている。草原の方にはチロチロと漏れているだけですぐに地面に吸われてしまっている。巨大な岩盤が草原と沢との間を断絶していた。


「な、言った通りここら辺はただの荒れ地だ。面白いものは何もないぞ。もうこれ以上見る者はないだろう。拠点に帰ろう」


 アマリアは飽き飽きしたような様子で私に向かってそう言った。だけど私の中ではいますべての情報がグルグルと渦を巻いて、かちりかちりと組み合わさっていったのだ。


「そうですね。すぐにタイクーンのところへ帰りましょう。報告しなければならないことがあります」


 私は竜に乗って拠点へと走らせる。早くタイクーンに私の思いついたことを報告しなければならない。これは私だけが出来る私だけの大仕事なのだから!。








 調査の旅から帰って、すぐに私はタイクーンの下へ行った。書類山積みの机で書類仕事をしている。草原の覇者にはあまり似合わない光景に見える。


「俺の下へわざわざ来るだなんて何かあったのか?」


 タイクーンは首を傾げている。いままで私からタイクーンのところへ行ったことはない。女から男のところへ行くなんてはしたない真似はしない。だけど今は違う。これは未来を豊かにする大事業を思いついたのだから。


「ええ、端的にいいます。非常に肥沃な黒土の層を発見しました。麦を撒けばおそらく草原の民だけでなく周辺諸国さえも養えるほどの肥沃な土地です。おそらく先のボードウィン王国の軍勢はこの黒土の存在を調査しに来たのだと思います」


「何?黒土?俺に専門的なことはわからないが、それはそんなに優れた農業が可能な土なのか?」


「はいまちがいありません。わたくしの命を懸けて断言します。あの土地は世界で一番肥沃で豊かな土地でしょう」


「だがちょっと待て。いきなり農業の話をされても、困るという事情はわかるな?そもそもここら辺の土地が肥沃であってもそもそも水が足りない。それは宝の持ち腐れではないか?」


「それも解決が可能そうなのです。黒土層の土地の近くに雨季になると川になる水路がありました。今は枯れていますが、山脈から水を通せば、農業は可能です」


「まてまてまて。山脈から水を通す?あそこの水は北と南に流れていくんだ。西の草原の方へと水を流すことはいくらなんでも現実的じゃない」


「水が西に流れているのを塞いでいる岩盤を発見しました。それを破壊できればこちら側に水を流せます」


「逆に聞くがそれは破壊できる岩盤なのか?」


「それは…おそらくは可能なはずです」


「なるほど。わかった。その岩盤が問題なんだな。破壊できる自信が今のところはないと。そういうことだな」


「はい。ですがリソースを割り振っていただければ、可能かもしれません。いいえ可能なはずです!」


「で、そのリソースを俺におねだりしていると…ふぅ…」


 タイクーンは珍しく悩んでいるような様子を見せた。


「我々は戦争は得意だが土木事業には必ずしも明るくはないのだ。ペピータ。お前のいう夢の話は俺には可能とは思えない」


「いいえ、これは夢のある話ではあっても、現実味のない話ではありません。タイクーンもお気づきでしょう?最近は寒くなったせいでどんどん放牧地は狭くなっています。だから南下して食料や資源を周辺諸国から奪っている。民を飢えさせないために」


「その通りだ。俺にはタイクーンとして民を養う義務がある」


「ならばこそ新たなる農業用地を確保するべきなのです。これは未来への投資です。タイクーン」


 私は机に身を乗り出してタイクーンに顔を近づける。この事業に私は本気だ。


「だめだ。リソースは割けない。人手は足りないくらいなんだ。諦めろ」


「何とか捻出できませんか?」


「俺が暗君で、お前が傾城の女ならできたかもな。出せぬものは出せぬ。ペピータ。一つ断っておくがお前の発見は素晴らしいものだと思う。お前の夢が叶わないのは政治的事情というやつだ…すまないな」


 タイクーンはどこか悔しそうに呟いた。話はそこで終わった。だが私は一度夢を見た。あの黒土の上に黄金に輝く一面の麦が実るところを。必ず叶えてみせる。それはきっともしかしたら寒冷化する世界を救うことにもなるかもしれないから。



 私はまだ諦めない。





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