最終話 戻らない時間
ブロンシュは一度も振り返らず、僕の元から立ち去った。
「僕はなぜ…君を裏切ってしまったんだ…こんなにも大切だったのに…なぜ…」
そして、僕はあの夜の事を思い出していた。
階段から落ち、目覚めない君を抱きしめながら、僕は泣き伏した。
「こ、こんなことになるなんて…こんなつもりじゃ…」
その時僕は、震えながら呟くカレリアの言葉を聞き逃さなかった。
「彼女に何をした!」
僕は立ち上がり、彼女の着ているガウンの胸倉を乱暴に掴みかかった。
「ひっ! あ…わ、私たちの仲を教えようと…あなたが来ているのを見計らって、ブロンシュに部屋に来るようメモを…」
「!」
バシッ!!
「きゃっ!」
僕は彼女の頬を思い切りひっぱたいた。その勢いで彼女は床に倒れこんだ。
「なっ!…あ、あなたに私を殴る資格があるの? 私を抱いたのはあなたの意思でしょ? ブロンシュを傷つけたのは私じゃないわ! あなたよ! あなたのせいでブロンシュが死んだのよ! 私のせいじゃないわ!!」
彼女は頬を押さえながら僕を責めた。
「……そうだ…全て僕のせいだ。お前なんかに絆されたから…本当に僕はなんて愚かだったんだ…ブロンシュ…」
彼女の笑顔も、二人の思い出も、全て僕が壊した…!
僕はふらりと立ち上がり、部屋へ戻った。
そして窓を開け…………バルコニーから飛び降りた――――…
君の元に行って謝りたかった。
何度も…何度でも謝るから、また君の笑顔を見せて欲しい…
そして気が付くと僕は過去に戻っていた。
カレリアに出会う前に。
僕はすぐにブロンシュに会いに行った。
生きている君を見た時、どれ程嬉しかったことか。
けれど彼女は僕が来て、なぜか戸惑っていた。
いつもは僕の名前を呼んで、朗らかな笑顔で迎えてくれるのに。
だが、僕も彼女と最期に会った時の事を思い出すと、まともに顔を見られなかった。
僕はとても後悔したんだ、ブロンシュ。
君を傷つけた事を…
君を裏切った事を…
だから今度こそ、必ずブロンシュを幸せにしよう。
もう二度と同じ過ちは犯さないと誓った。
今回もカレリアは僕に誘いをかけてきた。
カレリアはブロンシュを妬んでいる。彼女を傷つけたいがために僕に近づいた。
回帰した事で見えてきたカレリアの本心。
だからもう絆されない。
ブロンシュを傷つける者は消す。
カレリアといると不愉快でたまらなかったが、ある程度交流を持たないと僕の計画がうまく行かない。
回帰前は彼女に誘われると、ブロンシュとの約束を何度も反故して会っていた。
ブロンシュの気持ちも考えずに。
今回は二人きりにならないために、僕のクラスメイトのアンデイを連れて行ったり、ブロンシュにカレリアと会った事を逐一報告したりした。
アンデイにしたのは、彼がカレリアに気があったからだ。彼を巻き込むのは気が引けたが、僕の計画には必要な人物だった。
そしてあのパーティーでの夜。
カレリアに催淫剤が入ったワインを飲ませて、事前に酩酊させておいたアンディのいる場所に連れて行った。
あとは、それを他の人間に目撃させるだけだ。
パーティー会場での不祥事。
ヴェリタス伯爵は怒り心頭だった。
すぐにアンディとカレリアを結婚させ、辺境地へ飛ばしてしまった。
アンディの家は男爵家だ。ヴェリタス伯爵の言葉には逆らえない。
派手好きなカレリアにとって田舎暮らしは耐え難く、好きでもない男との暮らしは屈辱だろう。
そこまではうまくいったのに…ブロンシュの心は僕から離れてしまっていた…
ブロンシュ…僕と君は幼馴染で、子供の頃から誰よりも多くの時間を過ごしてきたね。
だから将来、君と結婚することは当たり前の事だと思っていたんだよ。
…カレリアに出会うまでは。
僕よりひとつ上のカレリアは大人の女性に見えた。
魅惑的な赤い髪とガーネットの瞳。
おとなしい印象のブロンシュとは真逆の、艶やかな大輪の薔薇のような彼女に魅せられ、どんどんのめり込んでいった。
ブロンシュには
それを愛情だと思った。
ブロンシュを蔑ろにし、傷つけている事は分かっていたが止められなかった。
けどあの夜、動かなくなったブロンシュを抱き締めて、彼女がどれほど大切な存在だったか気づかされた。……遅すぎたけれど。
まさか、君にも回帰前の記憶が残っているとは思いもしなかった。
だから過去に戻った時、僕に対する態度がよそよそしかったんだね。
たとえ時が戻っても、君を裏切った事実を消す事はできない。
僕たちはもう元には戻らない事を悟った。
『あなたに私を殴る資格があるの? 私を抱いたのはあなたの意思でしょ? ブロンシュを傷つけたのは私じゃないわ! あなたよ! あなたのせいでブロンシュが死んだのよ! 私のせいじゃないわ!!』
回帰前…僕が死ぬ前にカレリアに言われた言葉が脳裏に焼き付いて離れない。
そうだ…一番悪いのはブロンシュを裏切った僕だ。
彼女の前から消えるべき人間は僕だった。
そして、僕は罰を受けた。
ブロンシュを永遠に失うという罰を…
それでも僕は過去に戻れた事を感謝している。
君が僕から去ってしまっても、この世界のどこかで君が生きてさえいてくれればそれだけでいい…
僕はブロンシュから返された指輪を胸に握り締め、さっきまでブロンシュが座っていたソファを見つめた。
霞む視界の向こうには、僕に微笑みかけるブロンシュがいた。
『レナード様』
婚約者の浮気を目撃した後、私は死にました。けれど戻ってこれたので、人生やり直します。 kouei @kouei-166
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