第5話 作られた不信感

「そのネックレス、とても素敵ね」

 朝、一緒に食堂へ向かいながらカレリアが私に話しかけてきた。


「そう? ありがとう」


「ウチはアクセサリーとか買う余裕がなかったから、羨ましいわ」

 出た。“羨ましいわ” 

 彼女の常套句になりつつあるわね。


「…良かったら、このネックレス使ってくれる?」


「え? いいの!?」


「ええ。カレリアの方が似合うわ」

 私はネックレスを外し、カレリアに渡した。


「ふふ、やっぱりそうよね。ありがとう」

 途中、失礼な事を言ったがそれには構わず、受け取ったネックレスを嬉しそうに見つめているカレリア。さっそく首に着けていた。



****



「あら、そのネックレスは…」

 席に座るなり、カレリアが身に着けているネックレスに気がついたお母様。


「あ、ブロンシュが譲ってくれたんです。もういらないからって」

 “いらない”なんて言っていないのに…でも、よけいな事を言ってくれてありがとう。


「いらないって…それはお祖母ばあ様の形見でとても大事にしていたでしょ? ブロンシュ?」


 そう。お母様の母親…あのネックレスは私を可愛がって下さったお祖母ばあ様が、亡くなる前に下さったネックレス。


 何でも私の物を欲しがっていたカレリアなら、このネックレスも欲しがると思った。だからわざとつけてきたのよ。そして、お母様ならすぐに気が付くと思ったわ。


「えっ…そ、そうだったの? ブロンシュ。私知らなくて…」

 さすがにお祖母ばあ様の形見と聞いて、戸惑っているカレリア。


「いいのよ」


「いや、おまえ大事にしていたじゃないか。もういらないからって…本当にそんな事言ったのか?」

 お父様が私に問いかけてきた。


「それは…」

 お父様の問いに、口籠る私を見てカレリアが口を挟んできた。


「あ、いえ、いらないからというか…もう使わないって…その…」

 あわてて言葉を訂正していたが、お父様もお母様もカレリアに不審な目を向けていた。


「そ、そんなに大事なものだとは知らなかったわ。これ、返すわね」

 あわててネックレスを外して私に返してきた。


「いいの? あんなに羨ましがっていたのに」


「そ、そんなに羨ましがっていないわ。素敵ねって褒めてただけじゃない」

 一生懸命取り繕うカレリア。


 そんなやり取りに、食堂には妙な空気が流れてた。


 朝食が終わり、私とカレリアは一緒に食堂を出た。


「ごめんなさいね、カレリア。お父様とお母様に変な誤解をさせてしまって…」

 私は歩きながら謝る素振りを見せた。


「…」

 カレリアは不機嫌な顔をして、さっさと部屋に戻ってしまった。


『これくらいでカッカするなんて、意外と単細胞な人ね』

 私は思わず笑ってしまった。


 前ならカレリアが不機嫌になるのが怖くて、言う事を聞いていた部分があったけれど、今ではなぜそう思っていたのか疑問だわ。


「お嬢様、旦那様と奥様がお部屋でお待ちです」

 カレリアが去ったタイミングで、執事が声をかけてきた。


「お呼びですか?」

 私は両親がいる部屋を訪ねた。

 二人とも渋い顔をして、私の方を見た。


「さっきのネックレスの事だけど…本当にあなたがカレリアに譲ったの?」

 お母様が心配そうな顔で聞いてきた。


「はい」


「どうして? あのネックレス、お祖母ばあ様から頂いたからとても大事にしていたでしょ?」


「…それは」


「カレリアに奪われたのではないの? あなた子供の頃言ってたわよね? カレリアが私の物を取るって。あの当時は子供同士の事だから気に止めなかったけれど、まさか今も…?」


「…こうして返してもらったから大丈夫です」

 私はお母様の言葉を肯定も否定もしなかった。

 その方が、カレリアに対する不信感を煽れると思ったから。


 両親は不安げな視線をお互いに向けていた。


 前はカレリアへの同情心から、私より彼女を優遇する場面が多々あったけれど、今回はどうなるかしら?






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