第4話
息子も眠って、夫も寝て、深夜二時。一番夜が深い時間帯だ。
今夜これからすることを思うと全く眠くならない。私はダイニングテーブルに座って流れるテレビをぼおっと観ていた。ミステリーは嫌いだった。トリックとか、現実的ではない捜査とかで興が削がれるから。だからまさか自分がミステリーじみたことをすることになるとは思っていなかった。だが、特にトリックもないし、捜査を撹乱するようなこともしない。ただ刺すだけだ。
実行する前に、息子の顔を見たい。最後になるかも知れないから。
子供部屋に行き、息子の寝顔を覗く。夫によく似ている。だとしても、大切な息子だ。
生まれたとき。幼稚園、小学校。中学校では不登校になった。高校を出て、今や大学生だ。その時代時代の息子の顔が姿が浮かび、これが別れになるのかと思うと涙が出て来た。
二度と会えないかも知れない。会えたとしても、これまでと同じように母親として接してくれるか分からない。いや、理解して支えてくれるだろうか。息子の生活はどうなってしまうのだろう。人殺しの子供として生きるのは辛いことだろう。そんなことを息子に背負わせてまで、夫を刺す意義があるのか。
私だって人生を捨てることになる。
「あれ、母さん? どうしたの?」
「ううん、顔を見に来ただけ」
「そう」
息子は目をつむる。
この子を見捨てることは出来ない。
ダイニングに戻り、テーブルに就いて呼吸を整える。
私は包丁を出すのをやめた。
今日はやめた。
毎日、いつだって刺すことは出来る。決めるのは私だ。
夫の命を握っているのは私だ。
そう言い聞かせて、腹の中の黒い渦を自分から漏れないように整える。
夜が更けていく。
夫は今も安穏に寝息を立てている。
いつそれが私に断たれてもおかしくないのに。
(了)
黒い渦 真花 @kawapsyc
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