第7話:『   』

 誰が為に私は征く?

 誰が為に死に征くのか?

 私、城未来の判断で餘目曹長を危険な目に合わせてしまった。

 一時CPA心肺機能停止状態にまでなった。

 その後、心肺再開まで電波体バグの襲来はなかった。

 安心した。今の私では間違いなく戦いにならない。

 戦いに身が入らない。また判断ミスをするかもしれない。

 そうしたら次は避難民を危険に晒す。次は自分。命を落とす。

 私は自信を無くしていた。今まで受けた訓練も全てが崩れ去った。

 また同じ過ちを繰り返すのではないだろうか。

 怖くてそれ以来コックピットブロックへ乗れずにいた。

 餘目曹長が現場に復帰した。あの時試験機は破棄された為、福岡重工から持ってきた人型装機リンネ実戦機が新たな愛機となる。

 餘目機が使用可能となった為。今日は訓練機のオーバーホールメンテナンスの日だ。メンテナンス完了まで約2ヶ月かかる。

 やる気に満ち溢れた整備課局員達が訓練機に集まってくる。

 鐘倉さんもいる。作業着に身を包み、工具箱を携え、意気揚々とやってくる。

「オーバーホールっ♪オーバーホールっ♪」

 のりのりである。これからオイルまみれになるというのに元気な事だ。

 私は格納庫のベンチに腰掛けメンテナンスを眺めている。

 ホイストクレーンを使い、訓練機の腕が1本外されていく。

 そうして地上へ降りた片腕をさらに細かく分解していく。

 分解された部品から点検、劣化した部品は交換。清掃され再度組み立てられていく。これが2ヶ月続くのである。

 この間、出現した電波体バグは全て餘目曹長任せにはなってしまう。現状人型装機リンネの予備が効かない状態である。自衛隊の様に汎用AIで並列化されていれば話は別であるが。最悪の場合、災害派遣となり自衛隊も参加する作戦となる。

 きっと今だったら私が参加するより成果があるのかもしれない。膝に腕をつきうなだれる。手のひらを見つめ握る。

 あぁ、ダメだ。自信がなくなっていく。ケアレスミスを起こしそう。排莢噛みジャムだけじゃない。今までできていた事が全て出来ない気がしてくる。

 幸い出撃がなかったので報告書も作成していない。

 今の私じゃ要項抜けまくりなんだろうな。

 生徒手帳を見つめる。餘目曹長入院中に送ったLINEを見返す。

「ははっ、何言ってんだろ私。要点も纏められてない。ただ感情的に送っただけじゃないか。これじゃあ困らせるだけだ。」

 私は落ち込む。さらに落ち込む。

 きっとそれを見ぬふりできなかったんだろう。

 遠くで鐘倉さんの声が聞こえた。

「ちょっといってきまーす!」

 ふと声のした方を見つめると鐘倉さんは私の方へ走ってきていた。

「ぐっすっくさん、よかったらお話ししませんか?」

「貴女オーバーホールメンテ中でしょう?抜け出していいの?」

「整備班長命令です!モーマンタイです!」

 整備班長命令。一体何を言われたのだろう。鐘倉さんが問題を起こしたとは考えにくい。ネジの件以外。

 だとしたら私の事だろうか。落ち込む私に声をかける為に命令されたのだろうか。

「私隠し事苦手なんで、言っちゃいますね。城さん、最近の錦糸町事変の後から様子がおかしいです。それを局員が気にしているんです。」

 あぁやっぱりか。そうだろうと思った。周りに気を使わせてしまったか。それも大事なオーバーホールメンテを放り出してでもときた。

「ごめんね鐘倉さん。大切な仕事の途中なのに、私なんかの為にごめん。」

「城さんじゃありません。です。」

 そっか、と漏らす。でも納得いかない。私個人の悩みに機関の仕事1つと秤にはかけられない。

「私は大丈夫。戻っていいわよ。」

 とは言ったが、そういうわけにはいかないらしい。というか怒った鐘倉さんを初めて見た。ここで帰ったら整備班長に怒られるらしい。ぷんすかという擬音はこの為にあるのだろうな。

「せっかく整備班長命令で自由な時間を貰ったんです。城さんも報告書無いですよね?なら、話しましょう!」

 敵わないな、鐘倉さんには。

 最初こそ跳ね除けてしまったが、それ以来は私専属として公私共に最高のパートナーである。

「そうね、少し話聞いてもらおうかしら。」

「任せてください!奥州特攻目安箱おうしゅうぶっこみめやすばこになってあげます!」

 そのネタは伝わる人を選ぶと思う。

 それに、寄せられたお便りはネギぶちまけて馬渋滞何里とかそんなんだった気がするわ。

 相談して大丈夫かしら。ネジ以来の不安が襲ってきた。

 あれからネジは余っていないだろうか。しっかり締めているだろうか。

「ほらほら、この鐘倉美空に話してみてください!」

 そうしてみようか。うん、腹は決まった。

「あの、ね。笑い話じゃないけど笑わないで欲しいの。私、餘目曹長が身代わりになってCPA心肺機能停止した時、取り返しのつかない事をしたと思った。排莢噛みジャムった時、焦ってモニターから目を逸らしたの。それが原因での事故だった。」

「でもそれは、玄月2尉も御園生局長も言ってましたが、誰かが悪い事故じゃなくて、悪い運が巡り重なり起こった物だって。」

 それが納得できなかった。機を降りる理由が欲しいわけじゃない。怒られたいわけじゃない。でも、あれは間違いなく私の焦りが原因だ。冷静に、後方へジャンプし排莢噛みジャムを直せばよかった。

 そうじゃないにしろ、ナイフもあるしバリアシステムもあった。なにも曹長に全てを押し付けなくても、自分で対処出来た。でも出来なかった。

「それが自分で処理できないのよ。割り切れないの。私の所為で事態を招いた。みんなに宥められても、私は納得できないの。」

 そりゃそうですよねと鐘倉さん。でもねと続ける。

「私が餘目曹長だったとしても同じ事してます。城さんを助ける為に飛び込みます。例え命令が無かったとしても。それに城さんの立場なら、素直にありがとうと伝えます。だってそれは餘目曹長の気持ちじゃないですか。」

 気持ち。私の気持ち、曹長の気持ち。確かにそうだ。何で素直に受け取れないんだろう。気持ちが邪魔する。でもそうだ。感謝を伝えられていない。なんて初歩的なところで躓いていたのだろう。

 運よくなのか、餘目曹長が局長と格納庫へ来た。人型装機リンネ実戦機の確認であろう。

 もう松葉杖もなく自力で歩行している。ある意味驚異的な回復力だ。目が覚めて1週間。機能回復プログラムを受けているとはいえ、凄まじい回復力だ。

「局長、専用AIの移植は済んでいるのでしょうか?」

「えぇ、滞りなく作業は進んでると聞いてるわ。早ければ今晩から出撃可能。まぁその前に来ちゃったら汎用AIなんだけど。」

「カタログスペックでは試験機を遥かに凌駕していますね。運動性、装甲値、反応性。素晴らしいですね。私にはオーバースペックな気がしますが。」

「貴女ならすぐ使いこなすでしょう?試験機も最後の方は操縦に付いてこなくて困ってたじゃない。」

 確かにそれはそうだと話す。もっと研鑽を積み、機体のスペックに相応しいまでに上り詰める意志を感じる。

 そんな会話を聞いて私が入る隙間がないと悟る。

 それでも鐘倉さんは違った。

 今がチャンスとばかりにぐいぐい押してくる。

「ちょっ!流石に今は無理だって!」

「そんな事無いです!またと無いチャンスです!」

 押してダメなので鐘倉さんは私を引いて餘目曹長の元へ駆け寄った。

 心の準備ができてない。いきなり連れてこられても話す言葉が用意できない。

「あら?城さん、鐘倉さんどうしたの?」

「整備班長命令です!」

「あぁ……、なるほど、じゃあ鐘倉さん食堂行きましょうか!補給課局員にスイーツでも作らせよっか。」

「いいですね!行きましょう!整備班長命令でメンテ免除されてますし、局長命令なら逆らえません!」

「それじゃあ2人とも、またね。行きましょう鐘倉さん。」

 行ってしまった。局長あれで気づいたのか。やるなぁ。

 それはそうと2人残されてしまった。気まずい。

 言葉に詰まる、が何とか捻り出す。

「あの、曹長。その、話があります。」

 なんだ?とカタログを閉じこちらを見つめる曹長。

「最近の錦糸町事変の際は助かりました、ごめんなさい、ありがとうございました。」

 言えた。言葉は混ざって正しく無いが伝えられた。

「んー、実は局長からお前のアフターケアを命じられていてな。私は不器用だから、どうしたらいいかわからなくて。その、すまなかった、心配をかけて。」

「やめてください。私の判断ミスが招いた事故です。」

 急に頬に痛みを感じた。痛い。

 餘目曹長に頬をつねられていた。

 容赦がない、かなり痛い。

「い、痛いです曹長!」

「お前は考えすぎだ。確かに判断を間違えたかもしれないがそれをバックアップするのが私の仕事。なによりお前と私はチームだ。もっと私を頼れ。」

 あんな危険な目に遭ってなお、頼れと言ってくれる。こんな上司が居るだろうか。否、普通は居ないだろう。

「そう……ですね、私あれから、コックピットに乗るのが怖くて、だからシミュレーターでの訓練も出来ずに居て。またミスするんじゃないか、また失いそうになるんじゃないかって。」

「そうかもしれないが、私は生きてここに居る。安心しろ、私はそう簡単には死なないぞ。」

 なんだろう、説得力がある。悩んでた自分が少し馬鹿らしくなるくらい。そうか、よかった。曹長は無事なんだ。

「城1曹、新型人型装機リンネの操作感を確かめたい。シミュレーターでの訓練頼めるか?私は大丈夫だ気にせずに居てくれ。」

「そう、ですね。了解です。お付き合いします。」

 私たちはシミュレーションマシンへと向かい起動する。

 私は訓練機汎用AIにて起動。

 餘目曹長は実戦機、《シモ・ヘイヘ》AIにて起動。

 秋葉原事変にて事象開始。

 現場再現。シミュレーションスタート。

 映像は外部モニターに出力される。

 スイーツを嗜みながら、笑い合う2人が居た。

「ふっきれたね城さん。よかった。」

「ありがとうございます局長!2人にしてあげてくれて。」

 そういう気回しも必要なのよ私にはと言い、ケーキを口へ運ぶ。

「貴女もオーバーホールメンテ、いい所で戻るんだよ?ケーキ食べてからでいいからね。」

「ありがとうございます!局長大好きです!」

 はいはい、と笑いをこぼす。

 たまの休息もいいだろう。それは操縦者アクターに限らず各課の局員にも必要である。

 オーバーホールなんて2ヶ月ぶっとおしメンテナンスである。専属外の整備課局員も協力する。整備課総力戦である。

「局長ご馳走様でした!、もう少し城さんと話してメンテ戻ります!」

「はいはい、いってらっしゃい。気を付けるんだよ。」

 鐘倉さんは小走りで食堂を後にした。

 ――――――――――――――――――――

《状況終了-シミュレーション終了-ハッチ開放》

「助かる城1曹。やはり私の癖に合わせてるとは言え、試験機とは比べ物にならないな。」

「私は訓練機のまま戦ってますからね。逆に癖がなくて使いやすい部類なんでしょうが。」

 カタログを広げ餘目曹長はまたマシンスペックを確認していた。

 もしかして結構こういうの好きなのかな。機械紙とか買ってきてみようかな。

 ちょっと微笑ましい。カタログに噛み付くんじゃないかって勢いで見ている。

「……さーん、城さーん!」

 鐘倉さんが格納庫へ帰ってきた。いいなぁ、私も甘味食べたかったな。

「城さん、気持ちの整理は出来ましたか?」

「ええ、ありがとう。しっかり曹長と向き合って話した。私の思い込みすぎだったわ。曹長がもっと頼ってって言ってくれたの。」

 なんだいい感じじゃないですかと笑われてしまった。

 餘目曹長は?と聞かれる。ありのままの状況を伝える。

「あそこでカタログと睨めっこしてるわよ?」

「ほんとですね。実際に動かして馴染ませるタイプかと思ってました。しっかり取説読むんですね。」

 しれっと失礼な事を。私だったら口が裂けても言えない。

 というか私も取説読むんですけど?ちょっと怒りますよ?

 まぁ私の場合、訓練機なんで授業の延長線上な訳なのだが。

 訓練機の扱いも慣れてきた。私の場合は私に合う英霊が見つからない。であれば乗り慣れた訓練機で戦おう。そして今に至る。

 同じく入学したみんなとは、傷の数が違う。それだけ酷使していた。だからこそのオーバーホールメンテが必要になった訳だ。

「城さん。ふっきれたようでよかったです。それじゃあ班長命令も終わりな訳なんで、メンテに戻りますね!誠心誠意マルっとメンテしてきます!」

 走り去っていってしまった。整備課に合流する。すぐさま解体作業に移っていた。

 私はどうしようか、せっかく吹っ切れたんだ、もう少しシミュレターで訓練しようかしら。

 曹長……は相変わらずカタログか。コンビネーションの確認はまた今度かな。

「どれ、俺が乗ってあげましょうか?」

 不意をつかれて話しかけられた。びっくりして跳ね上がる。

 そこにはファイルを小脇に抱えた男性が立っていた。

 近くにいる局員は男性に気付き敬礼をする。

 男性はいいっていいってと言い敬礼を下させる。

「話は聞いているよ、君が城1曹だね?私は東海林しょうじ。ここ、対電波放送局副長をやっているんだ。よろしく。」

 そう手を差し伸べてくる。ここの上官は制服を着ないのだろうか。ロングTシャツに半袖のYシャツ。自由だな。

 私は差し伸べられた手に応える。

「城未来1曹です。よろしくお願いします。」

 礼儀正しくてよろしいと返された。

 仮にも軍属である以上命令には忠実だ。

「本題だけど、俺がシミュレーション乗ろうか?餘目曹長と同じとはいかないけれどこれでも人型装機リンネ操縦経験者だ。ある程度は対応できると思うよ?」

「し、しかし、副長ともあろうお方にそんなお願いできません!」

 東海林副長は頭を掻き、こちらを見つめる。

 そこに本日2度目の登場。御園生局長が現れた。

「遥に実戦機のシミュレーション結果聞きに来たけど驚いた、副長こんな所でなにしてるの?」

「これは局長。うら若き操縦者アクターがシミュレーション相手に困ってたんで名乗り出たんです。副長だからと断られましたが。」

「ちょうどいいじゃない。城さん、相手して貰いなよ?一応練馬駐屯地で災害派遣用に操縦者アクター講習受けてるから。局長命令、仲良くなる意味も込めてやりなさい?」

 こうなるといよいよ断れない。胸を借りるつもりでお願いしよう。

「よろしくお願いします!」

 うんうん。そう言い副長はシミュレーターへ入っていった。

 城未来、汎用AIにて起動。

 東海林環、汎用AIにて起動。

 秋葉原事変にて事象開始。

 現場再現。完了。シミュレーションスタート。

 初めてのお互い汎用AIでの現場再現。

 それでも侮っていた。東海林副長は私が欲しいタイミングで欲しい援護をしてくれる。向こうも汎用AIの筈だ。特筆すべき英霊が無くともここまで戦えるのか……。勉強になる。

 秋葉原事変を再現している。絶えず火力支援で浸蝕短SAMやCIWSが撃ち放たれている。

 副長はその隙間を縫い、電波体バグを攻撃していく。それもこちらの援護をしながら。且つ、排莢等のデメリットも目配りしている。この人は本物だ。この力を持ちながら副長であるのか。私が戦うより遥かに強いのではないだろうか。

 《状況終了-シミュレーション終了-ハッチ開放》

 東海林副長がこちらに歩み寄ってくる。

「あの、ありがとうございました!操縦お上手なんですね。アシストしながらフォワードも務める。びっくりしました。」

「ありがとう。城さんもしっかり周り見えるようになってるね。だからこそフォローができるんだよ。右往左往してたら間違って当たっちゃうでしょ?そういう事、後は慣れと時間が解決してくれるよ。」

 なるほど。迷いなく動く事が出来たから的確にフォローを貰えたのか。餘目曹長との連携ももう一段進めるかもしれない。

 本当に勉強になる。

 まだまだ上を目指さなくてはと思える。もっと街に被害なく、効率的に殲滅を。がんばろう。

 結果を見ていた御園生局長が話し始める。

「どうだった?東海林副長やるでしょ?結構強いのよ。上層部の話だけど有事の際は、格納庫にある汎用機を使用し本部直衛に回ってもらう予定なの。副長故忙しいけど、暇そうだったら好きなだけシミュレーション付き合わせていいからね?」

 部下思いなのか、扱いが雑なのかたまに分からなくなるが、ありがたい話だ。新しい戦術を練ることができる。

「そういうわけだ、存分に俺を使い倒すといい。いくらでも相手してやるから、いつでも言いな。」

「はい!ありがとうございました!」

 御園生局長と東海林副長は手を振り格納庫を後にした。

 私はすぐさま生徒手帳を取り出し、今回のシミュレーション結果を書き留める。

 今度餘目曹長に確認してもらおう。新しいコンビネーションパターン。日々研究は怠らない。城未来の性格故である。

 その曹長はというと、カタログを持ちながら、実戦機のコックピットブロックに居た。

 きっと早くのりたくてうずうずしているのだろう。実際はそうならないことを願うばかりだが。

 私は格納庫ベンチへ戻りオーバーホールメンテナンスを見学する。

 ついには両足も外され、見るも無惨な姿になってしまっていた。

 あぁ私の訓練機。2ヶ月後にまた会おう。

 ――――――――――――――――――――

 錦糸町中央発令所。

 局長席には、御園生局長と東海林副長が居た。

「東海林副長。先の錦糸町事変で失った試験機の代わりに受領した実戦機を使用しますが、予定していた軍備拡大計画に遅れが生じています。3機目の実戦機の完成予定はどうですか?」

 苦い顔をした東海林副長は応える。

「急造指示を出していますので早くて1ヶ月と見ていただければ。適格者に関しては福岡駐屯地訓練兵に逸材を見つけております。後日転属の通達を出します。」

 本来、今日時点で全3機の人型装機リンネが実戦配備される予定だった。が、1機を錦糸町事変にて失った為運用に誤差が生まれている。

 現在の急務は激しくなる電波体バグ襲来に対して、可及的速やかに人型装機リンネの増備である。

「局長、Pawn程度であればその表皮にバリアはなく、高周波ナイフやAP弾徹甲弾で容易にコアへアクセスできますが、knight型ともなると、微弱なバリアを纏います。浸蝕対電弾での対策が必須となるでしょう。」

 そこに局長は続ける。

「しかし、現状浸蝕対電弾はその設計故、量産が難しいものになります。浸蝕短SAMの小型化は容易ではないと。結果どうしてもHE弾榴弾に頼ってしまう。それも万能ではない。どの装備も少なからずデメリットがある。軽視できないね。」

 局長の話通り、浸蝕対電弾はその製作の難しさのせいで、実戦に回せる量が限られてくる。

 威力は先の羽田事変で実証されている。危険も伴うが。

 これの製造ライン増設も急務である。

 問題は山積みである。解決に向け動いている最中に電波体バグに襲われない事を願うばかりである。

「では局長、俺は組み立て指示に福岡工場へ戻ります。1ヶ月後空輸にて東京国際空港羽田空港へと移送。そこから鉄道にて通常輸送を行います。」

 東海林副長は忙しく準備する。局長席に広げた資料を片付ける。

 その中の一枚、福岡駐屯地の適格者についての資料を局長が拾い上げる。

月水火土真弥つきみかどまや曹長……か。なるほどね。人型装機リンネ操縦専攻。適正有り。」

「はい、性格に難無し。すぐ馴染めるでしょう」

「いいでしょう。今使える者は、総動員です。」

 わかりました、と資料をまとめる。

「それでは行きます。護衛は大丈夫です。俺ですからね。」

 そうでしょうねと呆れる局長。

 東海林副長は生身でも強い。格闘術の精通しており、浸蝕さえなければ素手で電波体バグに対抗できるのでは?と噂される人物である。一般人がナイフ持って襲い掛かっても返り討ちに会うのが容易に想像できる。

 錦糸町発令所をでてJR錦糸町駅へ向かう。東京まで出て博多まで新幹線で移動する。局員が錦糸町駅まで付き添う。

 ――――――――――――――――――――

 格納庫。

 ベンチに座る私は何か悲しみにも思える感情を抱いていた。

「あぁ、ついに頭まで外れてしまった。」

 オーバーホールメンテナンスは順調、見てる側はなんだか悲しい。

 どんどんバラされていく。

 休憩だろうか、鐘倉さんが降りてきた。

 ベンチへと向かってくる。

「城さん、お疲れ様です!いやぁめちゃくちゃ大変ですね〜。晩御飯が楽しみな位です!」

「貴女本当なんでも楽しそうね。羨ましかぎりだわ。」

「当たり前じゃないですか!前話しませんでしたっけ?機械いじりが好きだって。」

 突然鐘倉さんは話し始めた。

「実は私の家町工場なんです。知ってますか?作った部品が宇宙にまで行ったんです。下町ロケットってやつです。それで私、父親の仕事カッコいいなっておもって。それからなんです。工場に入り浸って、最初は目覚まし時計の分解。その内ゲーム機なんかも分解し始めて、あぁ機械いじりって楽しいなって思ったんです。」

 語られたのは鐘倉さんの過去。

 やっぱり分解好きだったんだ。

「それで、工業高校に通おうと思ってたんです。そんな中中央高校のパンフレットが学校に届いたんです。授業料無し、且つ給与が支払われる自衛官学校に準ずる物だと。町工場はそんなに裕福じゃないので好きな事をして少しでも親に恩返し出来たらなと思ったんです。」

 なんだいい話じゃないか。そうかそんな理由で通っていたんだ。

 好きな事が仕事になるなんて素敵じゃないか。

「いい事じゃない。親御さんに恩返しできるなんて。私は……。」

 そこで言い淀んだ。過去がない。私には記憶がない。

 中学入学からしか記憶がないのだ。孤児と言われここまで育った。

 そこに鐘倉さんは続ける。

「いいかもしれません。でも友達が居なかったんです。機械いじりが好きな女の子。普通こう言うことが好きなのは男の子じゃないですか?だから周りに壁があって。それで高校に入学した時勇気を出して城さんに話しかけたんです。変わりたくて。」

 そっかそうだったのか。それであの日私に話しかけてくれたのか。友達が居ない者同士、初めて友達を作ろうとした。

 元から友達のいない鐘倉さん。

 友達を失った私。

 ある意味惹かれあったのかもしれない。

「そう、ありがとう。私も友達欲しかったから嬉しかったわ。」

 お礼を述べる。えへへと鐘倉さんは照れ隠している。

 そこへカタログを持った曹長と本日3度目の御園生局長が現れる。

「遥、いい加減カタログ見飽きない?朝からずっとじゃない。」

「興味深いです局長。やはり反応速度が段違いで……。」

「はいはい。あら城さんに鐘倉さん。休憩?」

「はいです!一旦休憩を挟もうって事で城さんと話してました。」

 いいわね、と局長も話に混ざる。

 あなたもよと言われ餘目曹長も腕を引かれる。

 あぁ、私に足りなかった物はこれなんだ。

 心の『   』《クウハク》が埋まらなくて悩んでたんだ。

 色々な人との出会いと繋がり。それが私の悩みを消した。

 私達の『   』は温かい気持ちで埋め尽くされた。

 ――――――――――――――――――――

 その心、未完につき大器を待つ。

 心の空白は、最愛のパートナーの活躍により埋め尽くされた。

 そんな城1曹の心の回復を他所に、首都中央駅馬東京を起点とし、特定範囲に人型装機リンネの存在を認識する力場が張り巡らされた。

 未だかつて無い電波体バグの存在。

 ついに始まる本格的な災害派遣。

 江都東京はかつてない危機に瀕した。

 次回、《第8話:英華霊秀血戦都市トウキョウ前編》

「城1曹!それ違うよ〜!」

「まどろっこしい!」

「耐えるんだ、答えを導き出す迄、誰も欠けることなく。生きろ!」

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