太陽の花が咲き誇る季節に。(Re:birthday)

陽奈。

第1話:明日未来

 2年前のある日、私達江都東京都民は悪夢を見せられた。

 東京にはある程度の間隔で未確認生命体が湧いて出る“日常”が続いていた。

 その日から怯え生きる事に。為す術なく喰われ行く事に。

 何も出来ない、解決策が見つからない。人は滅びるべきなのだろうか。そう考えてしまう。

 そんな中、私はある夢を見た。否、夢にも見たがまさか現実になるとは思わなかった。血塗れの少女が駆る二足歩行兵器。それがあの未確認生命体を駆逐していく様を。

 高揚した。あれこそがきっと反撃の鏑矢なんだと。

 ちょっと間に挟む話がある。

 中学2年生の夏。私は自らを”親友”と名乗る友達、”神成 蒼かんなり そう”と共に夏休みを使い映画を見にきていた。場所は中学校や児童養護施設のある東京都墨田区錦糸町オリナス錦糸町へ。

 鑑賞したのはSF。それこそ宇宙の世界で戦いを繰り広げる戦士の話。鑑賞後は年相応にはしゃぎ、宇宙の戦士を夢見た。

 その帰り道である。エスカレーターを降りエントランスへ差し掛かった時、爆発が起きた。何もわからない。でも確かに建物が爆発した。崩れてきた天井の欠片に押し潰される。

 苦しい。でも蒼は!?なんとか身を乗り出し周囲を探す。

 居た!が恐ろしい状況になっていた。

 蒼は意識がなく瓦礫の下。それを掘り分けて未確認生命体が蒼を触手で掴み持ち上げていた。

「待って!ダメ!」

 そんなの虚しく空を切るだけ。誰も何も待ってくれない。

 目の前で、私の目の前で蒼は奴らに喰われた。

 そんな中ただ1つ蒼が遺したもの。喰われた直後に降ってきた。蒼の大切な懐中時計。私はそれを引き寄せただただ涙した。

 奴は満足したのかオリナスから出て行った。

 刹那、そこに純白……のロボット?が舞い込む。

 でっかい銃を構え、蒼を飲み込んだ奴を溶かした。

 そしてそのロボットの胸が開きそこから人がでてきた。

 長い茶色の髪の毛。両目が赤い。血とも違うが、実際両目から血を流し、身体にまで付着している。

「ごめ……ね、お……せ。貴女はもう……夫。私によろしくね。それじゃ。」

 スピーカーから声が聞こえるがよく聞き取れない。私によろしく?わからない。

 こちらに手を振りロボット内に戻ると。純白のロボットは飛び去っていった。

 その後間も無く外で爆発が起こる。

 何度も何度も長い時間をかけて爆発する。

 すると、爆発と同時に自衛隊が駆け込んできた。

 私を見つけ瓦礫を2人がかりで取り除く。

「兼坂、さっきの機体は……?」

「わかっている。だが今は目の前のこの子だ。玄月こそ力入れろいくぞ。」

 私の足に残った瓦礫以外全て取り除かれた。

「ごめんよ。足ちょっと痛くなるけど病院まで我慢な?駆血帯で足を絞めるよ。」

「君にはわからないだろうが長時間血が止まった手足を解放するのは危険……と言うか死に繋がる。スマイリングデス。すまんな痛いよな。」

 これは瓦礫に押し潰された全ての人に言えること。

 救急救命での常識。

 災害現場ではみんなが力を合わせて瓦礫を取り除いてしまう。

 すると止血されていた手足から溜まった毒素が全身に流れ出す。

 結果急性腎不全に陥り死に至る。助けられた安堵から笑い、その中では毒素が駆け巡る。そして笑いながら死んでいく。

 これがスマイリングデス。”挫滅症候群クラッシュシンドローム

「君は速やかに墨東病院へ移送後人工透析を受けてもらう。毒素を取り除くためにね。そしたら安心だ。」

「あの、ありがとうございます。」

「なに、仕事だからね。あとは衛生課の隊員に任せるよ。それじゃ。」

 行ってしまった。忙しいだろうな。

 その後は言われるがまま、墨東病院に移送され透析を受け、入院した。

 心に大きな傷を残して。私は生き残った。

 この錦糸町で起こった事件は”ゆくりなき地上波事件”と呼ばれるようになった。また、現れた未確認生命体は電波体バグと呼称するらしい。

 入院生活はまあ、施設と似たようなもので退屈な毎日だった。

 入院中テレビに齧り付くようにニュースを見たが、

 ニュースで二足歩行兵器の話題を見た事がない。

 だからきっと極秘に開発されているものなんだろうと、中学生の私は考えた。浅はかにも期待した。

 翌年、たまたま預けられていた施設のTVニュースで富士総合火力演習というものを見た。

 陸上自衛隊が保有する戦力を公開するイベントだ。

 そこで見た陸上自衛隊最新鋭機。未確認生命体を対処すべく予定を繰り上げて建造された二足歩行兵器の披露があった。

 夢に見た、現実にも見た、形は違えど反撃の鏑矢そのものだ。

 愚かにも好奇心が押し勝った。

 演習の最後には、こう語られた。

「来年度より、陸上自衛隊はこの人型二足歩行兵器の操縦者を育成する自衛官学校を開設する。場所は墨田区錦糸町錦糸公園跡。既に建設は始まっているが、ここに都立錦糸中央高等学校を開校する。操縦科、整備科、砲雷科、衛生科、補給科の各部門での教育を開始する。受験資格は中学校卒業のみ。大人に混じり過酷な訓練となるが入校を期待している。以上。」

 沸き立った。私がアレに乗れる。アレに乗って蒼の仇が撃てる。

 進路調査には都立錦糸中央高等学校操縦科希望と

 1から3まで埋め尽くした。

 私には親がいない。記憶がない。気づいた時には児童養護施設にいた。施設のスタッフさんと三者面談。何度も聞かれた。

 本当にこの選択でいいのかと。後悔はしないかと。

 その度に答えた。私は私の気持ちに従ってこの学校を選んだ。懐中時計を握りしめ何度も答えた。

 そうして次の物語が始まるのです。

 ――――――――――――――――――――

 春告鳥が知らせる。四季が始まる。

 私が歩く傍らに、風に舞う桜の花びら。地に落ちた花びらは私の歩みより少し早く地面を転がっていく。

 追いかけるように早足になる。桜色に染まった通学路を歩き続ける。

 晴れ渡る春空。雲ひとつない快晴。

 私は今、都立錦糸中央高等学校の入学式へと向かっていた。

 墨田区錦糸町、かつてゆくりなき地上波事件で荒れ果てた錦糸公園を再開発、学校として運営が始まった。その第1期生としてこれから通うことになる。

 同じく入学式に向かう人だろう。錦糸町駅から制服を着た学生が増えてきた。

 緊張と期待で感情が渋滞している。懐中時計を握りしめ緊張に打ち勝つ。

 校門が近づいてくる。入学式であるわけだ、国旗と学校旗が校門に飾られていた。

 旗をくぐる。

 ついに来た。都立錦糸中央高等学校。

 全寮制のこの学校での生活がここから始まる。

 私は蒼の仇を、絶対にとるんだ。

 校舎入り口まで歩く。クラス分けの紙が大きく張り出されていた。

 私の名前は城未来ぐすくみくる……。

「えっと……2組か」

 自分の名前を見つけ校舎に入る。私たちが1期生ということで、校舎はとても綺麗だ。

 1年生の教室は3階。階段を昇……。

「エスカレーターあるのこの学校……?ショッピングモールかよ……。」

 バリアフリー目的だろうエレベーターまでついていた。ここまでくるといよいよ学校かも怪しい。

「職員室と1階。寮は別棟にあるのね。」

 パンフレットを読みながら1年2組の教室を目指す。

 ふと窓の外に視線を移す。校門から校舎まで桜道が続いている。満開の桜。

 ではあるが、花粉が辛い。どうでもいいが通年性の花粉症である。綺麗通り越して地獄まである。

 こんなに綺麗なのに、私にとっては悪魔だ。

 目は赤く充血しくしゃみも咳も止まらない。

 だめだ、見ているだけでかゆくなってくる。行こう。

 そうしているうちに教室へとたどり着いた。

 私はコミュ障だ。いきなり「おはよー!」なんて入っていけるわけがない。静かに入ろう。

 教室の扉を開ける。……先に教室にいた生徒が一斉にこちらを見る。やめて……。帰りたい。

 教室に入るとまずモニターに表示されている席を確認する。

 黒板ではなく大型のモニターが設置されていた。

「流石、最新の設備。チョークすら使わないのか。各席に専用のPC……すごいな」

 席に座り鞄をおろす。辺りを見渡す。大体20人ほどの生徒が集まっていた。

 出席番号だと6番。廊下側最後列。花粉は嫌だが桜は好きだ。窓際じゃないかななんて言う淡い期待は音を立てて崩れ去った。

「あの……はじめまして。」

 ぼーっとしていた。前の席の女子に話しかけられた。あの事件から友達との接し方が今1つわからずにいた。

 とりあえず挨拶を返すべきだろうか。

「えっと、聞こえてますか……?」

「あ……ごめんなさい。初めまして。」

「私はね、鐘倉美空かねくらみそらよろしくね。」

「私は城未来よ。よろしく……あれ、貴女どこかで?」

「えっと……初めてだと思います。」

 確かに見覚えがある、でも思い出せない。

「でもその髪飾り……たしかに。」

「どこでも売ってるようなやっすい奴なんで誰かつけてたのかもです?」

 かなりおどおどしている。多分勇気を出して話しかけてくれたんだろう。ずっと手を握っては開きを繰り返している。

 そこで鐘倉さんが続ける。

「あの、城さんは何科を専攻されるんですか……?」

 ああなんだそんなことか。

「私は操縦科よ。どうしても叶えたい夢があるの。」

 そう言い私は懐中時計を取り出し蓋を開く。

 二年前の昼過ぎ。あの日で止まった時計を修理した。

 いまではきちんと時を刻んでいる。

「そういう貴女は何科なの?」

「私は、整備科です。あの、ですね。その……」

 この子は本当に人づきあいが苦手なんだろう。私も人の事言えた立場ではないが。

「その、この学校、人型装機のパイロットは専属のメカニックを見つけなくてはいけなくて、それは私も同じなんですが、グループワークなんかできそうもなくて、でもせっかく話しかけられたんだから、その、一緒にやれたらな……なんておもってます。」

 そういえばそんなことパンフレットに書いてあった気がする。すっかり忘れていた。

 一通りパンフレットは読んだはずであるが抜けていた。

 きっと相性もあるだろう。今ここでOKを出していいのだろうか。

 私には私の目的がある、それが完遂できないのであれば切り捨てるまで。

 でもこの人には何か感じることがある。昔どこかで、確かに。

 「そうね、一応保留で。ホームルーム見てからとかね。」

 一応やんわり断りを入れておいた。適正ってものがあるはずだし。

 まぁ私も関係こじらせて陰キャなんだけど。

 考え事をしていると、教室前方のドアが開いた。

 あぁ、担任なんだろう。40代位の男性がノートをもって教室に入ってきた。

 教壇にのぼり発した第一声は想像とは全く違うものだった。

「入学おめでとう。私は君たち2組担任比良坂浩一ひらさかこういちだ。君たちはこれから訓練を通して、対電波体バグ戦術を学んでいくこととなる。その1期生の為、訓練の難易度も手探りの状態だ。機械に飲まれるな。いつ電波体バグが攻めて来るか分からない。頼れる仲間を手に入れろ。己を過信するな。私たちの目的は適性の無い生徒をふるいにかけることだ。忘れるなよ」

 いきなりなんて物騒な。しかし電波体バグに対抗する為能力の無いものは不要な犠牲を出さないために脅しをいれたのであろう。

 それでも私は揺るがない。私の目的のため何としてでも訓練を乗り越えてやる。

 そこで担任の比良坂先生が続ける。

「人型装機の操縦訓練は私の担当科目だ。操縦科専攻の生徒は専属の整備科生徒を見つけるように。操縦訓練以外では専用機の整備を担当してもらう。1人以上の整備科を今週中に見つける事。足りない分は実習中の自衛隊練馬駐屯地の隊員が補佐してくれます。以上。」

 そう言い放つと教壇に設置してあるPCをいじり始めた。

 ふと顔を上げると前の席の鐘倉さんが、こちらをずっと見ている。

 私を選んでと言わんばかりに。仔犬かなにかかな。

 目まで潤ませてこちらを見続けている。

「はぁ……。貴女メカニックに自信あるの?」

 根負けした。それでもただただ受け入れる訳にはいかない。

「私、機械いじりが好きで。よくものを分解しては構造をみて組み立て直したりとか、してました。」

「それ、最後にネジとか余らなかった?すごい不安なんだけど……。」

「大丈夫です!。」

 ……本気かこの子……。それでよく整備科を。こんな子に私の訓練機を任せて大丈夫なのだろうか。

 確か自衛隊の銃の整備訓練では部品ひとつなくなったら、作業を止めて生徒全員でその部品を探すらしいが、ほんとに大丈夫かな……。

「冗談は頭のてっぺんから爪先までにして。やってもらうからにはネジが余ったなんて許されないんだからね?即刻チェンジするから。」

「ありがとうございます!鐘倉美空、がんばりますです!」

 選んだの失敗だったかな。ここに信頼関係の無いツーマンセルが誕生した。

 これから、信頼を築き上げなければならない。

 訓練中に腕が外れましたとか洒落にもならない。

 教室内もざわつき始めている。

 もちろんクラス内で見つける必要はなく、隣のクラスから整備科を探すのもいいわけである。

 そんなクラスの喧騒を断ち切る比良坂先生の一声。

 「そこまで。これから講義棟へ移動し入学式を行う。出席番号順に廊下に並ぶように。」

 そう言われ1人、また1人と席を立ち廊下に並び始める。

 早い人ではもう友だちを作り笑いあってる人もいる。

 陽キャってどうなってんのよ。私と鐘倉さんは陰キャだから、《陰×陰》で陽とかにならないかしら。

 そういえば中学の時数学の先生が例え話で教えてくれたっけ。

 マイナスとマイナスをかけるとプラスになる。

 分かりやすく言うと、

 嫌いな奴(マイナス)が車に轢かれる(マイナス)とどうだ?嬉しくないか?(プラス)って。

 今思うとかなりぶっ飛んでたと思う。授業で事故起こすなよ。

 そんな事を考えていたら、廊下への整列が終わったらしく講義棟へむかい歩き始める。

「ところで鐘倉さん、あなたどうしてこの学校に?」

 ふとそんなことが気になった。

「私は私の得意な機械いじりを活かしたいなって思ってたんです。そんな時この学校が新設されて、そこに整備科の文字があって。だから私は ここで長所を伸ばしたいと思ったんです。」

 不安だ。ネジが残るんだろう?でも、前向きでいい子だと思う。不安だけど。

 講義棟への渡り廊下に差し掛かる。

 ここからでも満開の桜が見える。やっぱどこの学校も桜は植えるものなんだろうか。

 講義棟に到着、大講義室のある1階へと階段をくだる。

 大扉を開け、中に入る。

 1組、3組は既に揃っているようだ。

 真ん中に空いた列に私たち2組が入る。

 これで全校生徒だ。1期生のみなので約100人。

 操縦科、整備科、砲雷科、衛生科、補給科をそれぞれが専攻する。

 そしてこの学校は自衛隊から派生した、対電波放送局トロイメライが運営する。って募集要項に書いてあった。

 ここを、成績優秀で卒業する事で、トロイメライで勤務することが出来るらしい。

 狭き門ではあるが、私の目的は電波体バグを殲滅すること。目的が一致している。だから私はトロイメライへの編入を目指している。

 それに防衛大学校と同じく授業料はなく、代わりに給与が支払われる。

 勉学に励む事でお金が貰える。なんて素晴らしいことだ。

 その上全寮制。食事付き。紛うことなく自衛隊のそれである。

「静かに。これより、都立錦糸中央高等学校の入学式を始める。まずは、理事長御園生詩葉みそのおうたはより挨拶です。」

 始まった。まず呼ばれたのはこの学校の理事長先生らしい。

 壇上に上がる。その姿はあまりにも若すぎる。

 あって20代後半。それにしてもその若さで理事長になれるものなのだろうか。

「はじめまして、私は御園生詩葉です。この度は入学おめでとう。貴方達にはこれから訓練に励み、1人でも多くの兵士として、電波体バグの脅威から民間人を守る盾と矛になってもらいます。」

 力無き物の盾となる。牙無き物の矛になる。

 私達は御霊を捧げる為にここに立っている。

 御園生理事長は続ける。

「ここに居る教職員から全てを学びなさい。その技術を盗みなさい。貴方達には3年しか時間がありません。その時間を決して無駄にしないように。」

 その通りである。私は私の夢を叶えるためここに来た。

 私の力になるのであればその全てを学ぶまで。

 3年間必死にしがみついてやる。

「頼んだわよ鐘倉さん。私は貴女を信じるしかないの。2人でトロイメライを目指しましょう。」

「はい!頑張ります!よろしくお願いします!」

 理事長の話が終わった。

 緊張が解け余裕が出てきた。あたりを見渡す。大講義室の端には教職員と思われる人が立っている。

 それとは別に軍の制服と思われる人が二人立っていた。

 壇上から降りた理事長先生と何かを話しているようだが流石に聞き取れない。

 ――――――――――――――――――――

入学式を見守る。二人の背中があった。

 理事長の式辞を聞きながら白衣の男は切り出した。

「どう思うかな、兼坂んねさか砲雷長。1期生の中に光る原石は見受けられるかな。」

「操縦科の生徒が多いらしい。中にはゆくりなき地上波事件を経験した者も居るようだ。」

 そこに式辞を終えたが壇上から降りてきた。

白衣の男は続ける。

「お疲れ様でした、。」

「やはり私の容姿で理事長は驚かれますね。仕方ない事ですが。それに局長という役職でありながらどうしても人前に立つのは緊張しますね。普段の指揮は玄月くろつき2尉に任せっきりですからね。」

 そこに兼坂砲雷長が重ねる。

「いいんですよ局長。玄月2尉はこれでいて戦術作戦課。広く深く見渡して的確に指示を出すのが仕事ですから。」

「ふふ、ありがとうございます。貴方がた2人のおかげで指揮系統の統率が取れています。非常に助かっていますよ。」

「玄月2尉と話していましたが優秀そうな生徒が揃っていますね。資料を確認しましたが、操縦科以外にも原石は眠っていそうです。」

 ここに揃っているのは対電波放送局トロイメライの中心人物だった。

 入学時各生徒の資料だけではなく、実物を見にきていた。

「明日の操縦科訓練も見学しようと思いますが、戦術作戦課を空けても大丈夫でしょうか?」

「いいでしょう。電波体バグ出現時は呼び出しますので専用端末は必ずオープンにしておいてください。」

「ありがとうございます。兼坂砲雷長も留守をお願いします。」

「しかたないな。砲雷科の方もよく見ておいてくれ。」

 話を切り上げる。学校長の話もすでに終了していた。

 三人は入学式会場を後にした。

 ――――――――――――――――――――

「それではこれで入学式を終了します。入学生の皆さんは担任の先生の指示に従い各教室へ戻ってください。」

 入学式が終わった。これから教室に戻りホームルーム。

 恐らくこの学校での生活のイロハを教えてもらえるのだろう。

「終わりましたね、入学式。私明日からの課業が楽しみで仕方ありません!」

 鐘倉さんは呑気でいいな。見習うべきなのだろうか。

「貴女陰キャなの?陽キャなの?時々わからなくなるわね。」

「私メカニック関係になると不思議と元気が出るんです。父親の背中を追い続けた。好きだったってのもありますけどね。」

 ネジの件は気になるが。良い理由じゃないか。

 私と違って憎悪に塗れた理由じゃない。

 理由は違くても一緒に目指してみたいと思えてきた。

 大講義室をあとにする。

 再度教室を目指し移動を始める。

 互いの専攻する科について話をする生徒が増えてきた。

 合計で5つの科がある。それぞれがみんな理由があってここにきたのだろう、が話を聞いているとかっこいいからなんていう理由も聞こえた気がする。それでいいのだろうか。

 講義棟の階段を登る。渡り廊下をゆく。

 また満開の桜に迎えられて元きた道を進む。

 教室の扉を開き、自席へ戻る。

 最後に担任の比良坂先生が入ってきた。

「入学式お疲れ様でした。これにて晴れて当校の生徒となる。理事長先生からお話があった通り、この3年間で必要な技術をしっかりと身につけてもらう。」

 さらに続ける。

「本日はこのままホームルームを行い解散となる。終了後は各寮へ向かうこと。寮長が待っている。今日は入学式ということで特別な晩御飯になるそうだ。それと操縦科の生徒はホームルーム後少し残ってほしい。」

 どうやら何か連絡事項があるらしい。一緒に寮へ帰る約束をされたが、鐘倉さんには先に帰っていてもらおう。

「私先に行ってますね?」

 察してくれたらしい。ありがたい。

 その後は学校利用時の注意事項。生徒手帳は学校支給のスマートフォンに内蔵されていると言う事。

 各専攻科の授業を受ける場所等の説明があった。

 ホームルームが終わり生徒がまばらになり始める。

「それじゃあ私先に女子寮行ってます。城さんの部屋も確認しておきますね……あ、電子生徒手帳のLINE交換しませんか?」

 私専属の整備科生徒だ、交換しておいた方がいいだろう。

「いいわ、交換しましょう。」

「ありがとうございます!部屋割り確認したら連絡しますね!」

 そう言い放つと鐘倉さんは女子寮へと向かい教室をあとにした。

 私はこれから操縦科の説明を受ける。

 比良坂先生の指示に従い、自席から教壇近い席に各々座っていく。

「残ってもらってすまない。早速ではあるが明日、操縦科生徒には人型装機適正試験を受けてもらう。とはいえ操縦方法すらまだわからない状態だ。簡単な座学のあと、自衛隊員の指示に従い搭乗。歩行を行ってもらう。基礎的なことだ、酷ではあるが出来なければ他の科へと移動してもらう。」

 いきなりふるいにかけられる。確かに適性がなければただ電波体バグに捕食されるだけだ。明日からは通常の高校の科目に加え電波体バグに対する知識。人型装機の操縦訓練等が始まる。過密なスケジュールとなるが、私はやると決めたんだ。そしてこの学校に来た。諦めることは出来ない。先ずは明日の適正試験を通過するんだ。

「以上である。明日以降の授業楽しみにしている。解散。」

 初日が終了した。自席に戻り鞄を持つ。ふと電子生徒手帳を確認するとそこには鐘倉さんからのLINEが届いていた。

『さっそくLINE送らせてもらいました!、寮の部屋ですがなんと同室です!203!やりましたね!寮の部屋でまってまう。』

 まってまう?嬉しさのあまり打ち間違えたのだろうか。

 いや嬉しいのか?私は複雑な気分だ。まぁ何も知らない人より少しでも話をした人の方が安心できはするが。

 とりあえず返事をしよう。私メル友とか居なかったからなんて送ればいいんだろう。

「えっと……『了解しました。』でいいかな。」

 簡略すぎるだろうか?堅苦しいだろうか?まぁでも無難であろう。

「送信……と。」

 LINEを返信し女子寮へ向け歩き始める。

 エントランスのエスカレーターを降る。改めて思うがほんとすごいな。エスカレーターにエレベーター。ショッピングモールじゃん。

 購買部、売店ある。全寮制だからかシャンプーやボディーソープ等の日用品も揃っている。

 注文することもでき、品物を取り寄せてくれるらしい。

 もちろん食堂もある。食費は学校負担。電子生徒手帳を券売機にかざすことで食券が出てくる。

 ほんと、至れり尽くせりである。

 校舎を出る。元錦糸公園はかなりの広さだった。

 そこに学校が建った。墨田区総合体育館が現在の大講義棟になっていてその大講義棟の横に寮が建っている。

 寮から少し歩けばオリナス錦糸町もある。駅も近い。素晴らしい立地だと思う。

 空を見上げる。桜を透かし、限りない夕空が私を迎え入れる。

 春の夕空。日が長くなったとはいえ既に橙に色づいている4月の空。

 地面には細く長く私の影が落ちている。

「疲れたな。初日は気疲れだ。明日からは体力も使う……はぁ、頑張ろう。」

 ふと口から出たため息が私の影を追いかけていく。

 校舎脇を歩き続ける。見えてきた女子寮だ。

 入口のセキュリティに電子生徒手帳をかざす。

 ロックが解除され自動ドアが開く。入ってすぐに管理人室と談話室があった。そこから一人の女性が声を上げた。

「貴女が最後ね。私はこの寮の寮母。よろしくね。」

「遅くなってすいませんでした。」

「大丈夫よ、学校から居残りの連絡がきているから安心して。貴女のルームメイトは先に部屋に向かっているわ。荷物を置いて食堂に来て。ご飯にしましょう。」

 鐘倉さんの事だ。LINEも来ていたし。

 居住区は2階にあるようだ。談話室前の階段を登る。

 大きな廊下に出る。廊下の両側には部屋がたくさん並んでいた。

「203号室……と、ここね。」

 階段を登りすぐ傍の扉の前に立つ。

「鐘倉さん先に居るのよね、ノックするべきかしら?でも自室であるわけだし……まぁいいや、入りましょう。」

 私は203号室の扉を開けた。

「あっ!城さん、遅かったですね。待ってましたよ。」

 鐘倉さんが迎えてくれた。

 部屋にはベッドが2つ、机が2つが両端に設置されていた。

 クローゼットもある。入学時事前に配送を頼んだ荷物は既に部屋に運び込まれていた。

 私の荷物はキャリーケース1つ。そんなに持ち込むものもなく、最低限の私服と日用品のみである。が、鐘倉さんは鞄3つ。

 何をそんなに持ってきているんだろう。

「えへへ、私の好きな部品とか持ってきたら荷物多くなっちゃいました。邪魔にならないように飾りますね!……さて、と私服に着替えたら食堂へ行きましょう!」

 あぁ、言われて思い出した。荷物の話をしにきたのではない。

 急いで制服を脱ぎ荷物から私服を引っ張り出し着替える。

 冷静に考えると着替えを見られている。まぁ減るものじゃないから良いんだけど。

 制服をハンガーにかける。クローゼットへしまう。

 準備完了。食堂へ向かうとしよう。

「ごはん楽しみですね!初日だから豪華だって言ってましたね〜」

「貴女はほんと呑気ね。私は明日からの訓練が不安すぎて。それでも乗り越えるんだけど。」

 部屋を後にする。階段を降り、談話室を抜け食堂へと向かう。

 そこにはビュッフェスタイルの豪華な食事が用意されていた。

 前菜副菜汁物デザートドリンクまで。ちょっとお高めのホテルのような状態だ。

「城さん!お寿司ですよ!ローストビーフにトンカツ、おでんなんてのもあります!納豆もです!」

 かなり豪華だ、鐘倉さんがはしゃぐのもわかる気がする。

 納豆のくだりはちょっとわからない。実は納豆も買えない程だったのだろうか。単純に納豆が好きなんだろうか?

 ケーキにプリン、スムージーなんてのも用意されている。

 さすが初日の歓迎会。明日から頑張れって意味なんだろう。

 プレートを手に取り、気になる物から順に乗せていく。

 お寿司は食べたい。お肉も捨てがたい。

 それからこれは、

「ドラゴンフルーツ……、なにこんなものまであるの?」

 なんでも揃いすぎて逆に怖いまである。

 だが庶民的な肉じゃがやコロッケなんかもある。見ているだけで面白い。

 一通りプレートに盛り付けた後、鐘倉さんの待つテーブルへ向かう。

 そこに待っていたのは、プレート4枚山盛りの料理。

「え、貴女そんなに食べるの?」

「はい!私ご飯大好きなんです!だからここの食堂無料って聞いてそれでこの学校を最終的に決めたわけです!」

 あぁ、機械いじり好きがこうじてここに来たのではなく、

 食費が無料という事が追い風になったのか。

「それにしてもすごいわね。太らないそれ?カロリーの塊ばかりじゃない。」

「機械いじりって結構体力使うんですよ。整備科なんでそれはもう毎日大盛りで食べないともたないですね!」

 整備科ってそんなに体力使うのだろうか。

 確かに訓練機回り全て対応してくれるらしいから相当大変なんだろうけど。

「見てるこっちがおなかいっぱいだわ。」

 まぁそんな事は置いておいて、食事にしよう。

「いただきます。」

 まずは寿司を口へ運ぶ。鮪の赤身。……おいしい。

 回転寿司も長らく行ってないが、比べられない程美味しい。

 サーモン、エビ、タコ。どれも美味しい。

 次は肉料理。ローストビーフ。これも美味しい。

 絶妙な火加減、生ではなくギリ火が通っているこの感じ。

 薄さもあいまって、とろけるようになくなる。

「すごい美味しい。お金かかってるなこの学校。」

 ふと対面の席の鐘倉さんを見る。

 アニメでも見ているかのようだ。両手で食べている。

 右手には箸、左手にはチキンレッグ。絵面が大食いのそれである。

 勢いよく食べすぎたのかむせかえっている。

「まったく、もっとゆっくり食べなさい。逃げる物じゃないんだから。ほら、お水取ってくるから待ってて。」

 席を立ち、蛇口へと向かう。コップを手に氷を入れる。

 これドリンクバーにあるタイプの蛇口だ。

 蛇口の下のレバーをコップで押し水を溜める。

 そうして鐘倉さんの元へ戻る。

「ほら、水よ。落ち着いて飲みなさい。」

「…………っはぁ!、ありがとうございます!私喉に詰まるくらい食べてチョット苦しいの好きなんですよね。」

 私は何を聞いているんだろう。Mなのかしら。喉に詰まるのが好き?おばあちゃんになったら嫌でも餅が喉に詰まる上に死すら近づいてくるというのに。

「それもいいかもしれないけど、もっと味わって食べましょう?」

 せっかくの美味しい料理なのだ、流し込んでしまっては勿体無い。ファミレスなんかとは比べ物にならないのだから。

「はうう、おいしいです。」

 この子の幸せは簡単な物なんだろう。故、沢山の幸せを感じることが出来るのだろう。

「はいはい、ゆっくり食べてね。」

 忘れていた、この楽しいという感情を。いつ以来だろう。それを思い出させてくれた事に感謝しなくては。

「ありがとね。」

「ふぇ?なにがですか?」

「なんでもないわ。さぁ食べたらお風呂に行きましょう。」

 理解ができない。私はデザート含め1プレート。対して鐘倉さんは4枚。彼女の方が先に食べ終わっていた。

「よく噛んだの?」

「飲み物ですから!」

 カレーかよ。いやカレーも飲み物じゃないけど。

 楽しい食事も終わり時間は19時になろうとしていた。

 食堂を後にし、一度自室に戻る。着替えやアメニティを取り、大浴場へと向かう。

 うん日本の大浴場らしい。

 入り口には《ゆ》とかかれた暖簾。嫌いじゃない。

 暖簾をくぐり脱衣所で衣服を脱ぐ。

 体重計に扇風機、ドライヤー、ガラスの冷蔵庫……牛乳類まで完備してある。もう旅館のそれである。

 脱衣所端の引き戸を開ける。いい加減驚くのも疲れた。

 大浴場だ。かなり広い。滝湯に岩盤浴、サウナに水風呂。一通り浴場としての機能が揃っている。

 かけ湯をし、メインとなる大きな湯船へと浸かる。

 きもちいい。すこし熱めの温度になっている。

 まさか、飛び込んだり泳いだりしないよな……。

 あぁよかったかけ湯をしてゆっくりと浸かっている。

 なんでこんな心配してるんだろう。

 母性本能ではないが、どうも放っておけないところがある。

 それにしてもあったかい。滝湯なんかも気になる。何日もかけてゆっくり制覇していこう。

 一度湯船からあがる。椅子に座りシャワーを出し頭を洗う。今回は自分でシャンプーを持ってきたけど備え付けてある。

 次回からはこれを使おう。私のよりお金かかってそうだし。

 頭を洗い、体を洗い、再度湯船へ浸かる。

 極楽極楽。初日の気疲れが癒えていく。

 天然温泉ではないが掛け流しである。常に新しいお湯が入りつづけている。

「なんて贅沢な……」

 こんなお風呂に毎日入れる。家をでて寮に入ったのも正解だったのかもしれない。

 そこに鐘倉さんがやってきた。

「いやぁ広くて綺麗で良いお風呂ですね。整備科なので毎日オイルまみれになると思います。こんな立派なお風呂で汚れを落とせるなんて夢見たいです。」

 そういえば私は操縦することしか考えていなかった。

 万が一に備え最低限機体の知識を得るために、整備科の人に教わることも多いだろう。そんな中で整備科はオイルまみれになりながらメンテナンスしてくれるんだ。感謝だな。

 熱めのお風呂からあがる湯気は天井を伝い、落ちて……こない。

 傾斜があり水滴が壁際に集まっている。ヒヤッとすることがなくていい事だ。

「鐘倉さん、明日から私の訓練機の事よろしくね。ネジとか気をつけてね。」

「任せてください!自衛隊の方が補佐してくれますので!それじゃあ私、滝湯行ってきます!」

はしゃぎたくなる気持ちも分かる、こんな大浴場なかなか入れるものじゃない。

 初日からあんなに飛ばしてあの子は大丈夫なのだろうか。

「鐘倉さーん、私先に出るよー?」

 聞こえてるかは不明だが、一応声をかけておいた。

 火照った体を濡らすお湯を拭き、脱衣所へ戻る。

 鏡の前の椅子に腰掛け、髪をタオルドライする。

「ドライヤー、めんどくさいのよね。でもまぁ風邪なんかひいて訓練に参加できないなんて嫌だもの我慢だ。」

 コンセントを刺しドライヤーの電源を入れる。熱風が出てくる。髪をほぐしながら乾かしていく。

 腰まである長髪の為時間がかかる。

「髪、切ろうかしら……。」

 そう考え出してから何年経っただろう。結局切らずに伸ばし続けてしまった。

 ふと鏡を見つめる。私は女子らしい事を何もしてこなかった。化粧水も乳液も付けない。肌のお手入れなんかした事ない。髪だってトリートメントはめんどくさい。シャンプーしかしない。

 だからパサついている。無料なんだからトリートメントするべきなのだろうか。明日以降ちょっと考えてみようと思った。

 そうしていると、大浴場の戸が開き真っ赤になった鐘倉さんがやってきた。

「あ゛つ゛ぃ゛〜。し゛ぬ゛ぅ゛〜。」

 我慢大会でもしてきたのだろうか。

 扇風機をつけ風を送ってあげる。オアシスを見つけた砂漠の民のようにふらつきながら近づいてきた。

「仕方ないなぁほんと。」

 身体にタオルを巻き直し、冷蔵庫へと向かう。

 そこからフルーツ牛乳を2つ取り出し栓を抜く。

「ほら鐘倉さん。脱水症状でるわよ。飲んで。」

 そっと、瓶を差し出す。

 彼女はそれを受け取り、飲み干した。

「ありがとうございます……。はぁ。」

 ため息つきたいのはこちらである。

「早く髪乾かして部屋に戻りましょう?流石に自分で乾かしてよね。」

 そうして私は再び髪を乾かし始める。

 お風呂で交流を深める。日本ならではだと感じる。

 裸の付き合いとはよく言ったものである。

 ドライヤーの風に髪がなびく。髪が乾き始めてきた。

 隣では鐘倉さんがドライヤーを使い始めた。

 2人並んで髪を乾かす。電波体バグの脅威を忘れた平和な時間。2年現れていない。都民はその平和に酔いしれていた。

 いつ現れるか分からない。放送自体は続いている。きっと知らぬ間にまた空に傷をつけている事だろう。

 気付かないうちに人間の生活に入り込んでいるのかもしれない。

 だとしたらそんなに怖い話は無い。

 いつ捕食されるか分からない。機械を乗っ取られるか分からない。

 怯えながら生活をしなくてはならない、そんな現実が見え隠れする。

 1度考え出すと止めどなく溢れてくる。

 今は、次の被害を出さない為に訓練に励むんだ。

 気持ちを切り替えよう。

 考え事を、している間に髪はほぼ乾ききった。

 あとは寝るだけなので髪は結ばずにしておく。

 髪の長さが私より短い鐘倉さんも、いいタイミングで乾かし終わったらしい。

 使用したタオルを返却。着替えを入れた木編みの籠へと戻る。

 準備していた寝巻きに着替え、持ってきたお風呂道具を小脇に抱え、脱衣所を後にする。

 他愛もない話を交わす。

 廊下を歩き階段をのぼる。

 そうして私たちは203号室へとたどり着いた。

 時間はまもなく21時。明日からの課業を考え、早めに就寝することとする。

 お風呂道具を片付け、布団へと入る。

 そんな気はしていたけど、やっぱりふかふかだ。

 マットレスもいい感じに体を支えてくれる。

 寮生活は文句のつけようがない程完璧だった。

「おやすみなさい、城さん。」

「ええ、おやすみなさい鐘倉さん。」

 リモコンを使い部屋の明かりを落とす。

 初日から色々あった。流石に疲れたな。……寝れそうだ。

 そうして私は意識を手放した。

 ――――――――――――――――――――

『総員起こし5分前』

 なんだろう、部屋に放送が聞こえていた。

 眠い目を擦り上体を起こす。

 何かわからにうちにさらに放送が鳴る。

 それはラッパの音だった。

「嘘でしょ、起床ラッパ?元が自衛隊なのはわかるけどここまで同じなの?」

 時間を確認する。朝6時。まさに自衛隊のそれである。

 急いで身支度を整える。布団を綺麗にたたみ、廊下へと整列する。

 他の部屋からも続々と人が出てくる。やはり自衛隊の事を勉強している人が殆どだ。起床ラッパの意味を理解している。その上昨日のホームルームでそれっぽい事を言われていた。起床後着替えて整列、布団はシワひとつなく畳むことと。

 私は流石に起床ラッパまでは存在しないだろうと侮っていた。

 そこに遅れて鐘倉さんが飛び出してくる。

 そして昨日はあんなに優しかった寮母さんが険しい表情で現れた。

「201号室点呼!」

 点呼が始まった。

「202号室点呼!」

 私たちの番が近づいてくる。

 昨日のホームルームで言われた通りに答える。

「203号室点呼!」

「203号室、鐘倉美空!」

「城未来!総員2名、現在員2名!」

 問題はなし。寮母さんは次の部屋へと移っていった。

「これもしかして課業行進もあるのかしら……。」

「ありますね。ホームルームにむけて整列して行進するらしいですよ。」

 本当に自衛隊だ。でも卒業後対電波放送局か防衛大学校への配属を考えれば当然か。

 点呼が終わり、駆け足で寮をでる。

 課業前の体操がある。隣の男子寮では上半身裸。乾布摩擦を行っていた。

「朝起きてすぐ体操。朝日が気持ちいいですね〜。」

 驚いた。鐘倉さんは絶対朝は起きないし、超インドアで体操なんかやりたくないなんて思っていた。

 いや実際やりたくないのは私の方である。

 これが3年間毎朝続く事になる。

 対電波放送局に入れてもかわらないのだろうか。

 自衛隊行きは確実に変わらないな。

 地獄を見るとはこの事だ。これが終われば今日は適正訓練。決して落ちるわけにはいかない。

 寮母さんが前で体操を先導する。

「「「いーちにーさーんしー」」」

 あわせて体を動かしていく。

 腕を伸ばし腱を伸ばし。体を捻っては曲げる。

 深呼吸を行い、朝のラジオ体操が終了する。

 体力錬成を行いその後受け持ち区域の清掃を朝食までの時間に行う。

 小走りで寮へ向かう。

 担当である廊下の清掃を開始する。姑のように指でなぞり埃を確認される。やり直しが課せられる為、手は抜けない。

 その後6時20分食堂へ向かい朝食を摂る。

「いただきます。」

 朝ごはんは納豆に卵焼き、塩鮭。まさに朝ごはん。

 ある意味食事は至福の時間である。

 鐘倉さんと並び食事を始める。

「私普段エネルギーバーしか食べないから、新鮮な感じがするわ。」

「え、城さん。それ栄養足りるんですか?」

「サプリメント使ってるから。多分足りてるでしょ。まぁこれからは栄養バランス考えられた食事が提供されるんだけど。」

 他愛もない話で少し盛り上がる。こんな時間も悪くない。

 退屈だった日々が色付いている。

 昨日見たけど流石鐘倉さん。おかわりしている。朝からよく食べれるなぁ。

 私は1人前で、十分だ。そんなに食べたら課業中お腹壊しそう。

 さて、

「ご馳走様でした。」

 食事を終わらせ、自室に戻る。学校指定の鞄へ時間割通りに教科書を詰め再度寮を出る。

 寮前に整列する。

 朝8時国旗掲揚である。本職自衛隊の旗衛隊員が日本国旗をゆっくりとあげていく。国旗に向かい敬礼をする。

 その後、クラス毎に2列に並び課業行進で校舎へと向かう。

 寸分狂わず手と足を上げ行進をする。

 昨日も通った桜通りを進んでいく。今日は昨日の帰りとは違う。一人ではなく生徒全員である。

 頭の中は適正訓練の事でいっぱいだ。緊張してきた。

 下駄箱を開ける。靴を履き替える。エスカレーターを使い教室のある3階を目指す。

 昨日の懇親会は男子寮でも催されていただろう。

 既にクラスの垣根を超えて仲良くなっている人たちがいる。

 そういうスキル私も欲しい。中学の時も蒼くらいしか友達がいなかった。正確には向こうからグイグイきたんだが。

 教室に着く。前から6番目通路側の席に座る。

 鞄を机にかけ、大きく背伸びをする。

 朝から怒涛の時間だった。ホームルームまでまだ少し時間があるので電子生徒手帳を弄る。この学校には図書館が存在しない。

 正確には閉架図書のみ存在する。基本的にはクラウド上で全てこの生徒手帳で閲覧できる。 

 その他施設の利用予約、電子マネーの決済、セキュリティの解除。官品である。失くすなんてもっての外だ。

「便利な物ね……。操縦科の場合、機体の起動にも使うのね。スカートのベルトにストラップで固定しようかしら。」

  そこに通知が来る。

『朝ごはんもっとゆっくり食べたいですよね〜。』

 鐘倉さんからである。一緒に登校し一緒に教室に入った。

 当然前の席には鐘倉さん本人が座っている。

「喋った方が早いんじゃない?」

「えへへ、ちょっと生徒手帳使ってみたくて。」

 初めてスマホ買ってもらった子供か。機械いじり好きなの分かるけど、そのレベルなのか?疑問だ。

 ホームルーム開始のチャイムがなる。

 担任比良坂先生が教室へ入ってくる。

「おはよう、今日から本格的に各科授業が始まる。人型装機を、軍を運営する上でどれ1つ欠けてはいけない物である。決して気を抜かないように。」

 ついに始まる。私の訓練。ここからが本番である。

「特にここで話すことは無い。各科解散。授業へ向かうように。操縦科は校庭へ集合すること。以上。」

「整備科は操縦科訓練にくっついて行きますので、一緒に行きましょう城さん。」

「ええ、行きましょう。」

 2人は教室を後に、校庭へと向かう。

「そういえば、操縦科専攻の女子、城さんだけらしいですよ。まぁ女の子がロボット操縦なんてなかなか思わないですよね。」

「そういう貴女こそ、整備科女子少ないでしょ?女子は基本衛生科か補給科らしいし。」

「イレギュラーですね私たち!」

 喜ぶところでは無いのでは。まぁいい。

 課業行進の際に校庭に並ぶ訓練機を目にした。

 操縦者一人一人の癖に合わせてチューニングされる専用機。故に専属の整備科が必要なのである。

 校庭に到着する。

 自衛隊員が、訓練機を格納庫から出している。

 そこに比良坂先生の声が響く。

「訓練生整列!これより格納庫にて座学を行い、その後自衛隊員より、実機の操作方法の説明。その後練習を経て適性試験、歩行訓練を行う。格納庫へ移動するように。」

「「「はい!」」」

「じゃあ城さん一旦お別れですね、歩行訓練頑張ってください!」

「はいはい、貴女もね、それじゃ。」

 整備科の鐘倉さんと別れ格納庫へ移動する。

 整備科は格納庫奥の未使用機を使用して講義を受けるらしい。

 格納庫内には机とホワイトボードが用意されていた。

 着いた順に前から座っていく。

 約30名。確かに女子は私一人だ。

「おい……女子が混ざってるぞ……」

「どうせ適性試験で落ちて衛生科あたりにいくだろ」

 まぁそんな気はしていた。でも機械に乗るのは男性のみと誰が決めた。

 最近では新幹線の運転手やトラックドライバーなど女性も増えてきている。

 こいつらの頭はいつの時代で止まっているのだろうか。

 私は誰よりも電波体バグに対する憎悪が強いと思っている。だから私は強い。こんな奴らに負けてられない。

「そこまで、静かに。」

 比良坂先生が嫌味を切り裂いた。

「ではまず、人型装機について説明する。正式名称リィンカーネーション。略式リンネ。日本語にすると輪廻転生となる。リンネの搭載AIには、各時代を代表する英霊の存在が刻まれている。例えば実戦配備されているトロイメライのリンネには、白い死神シモ・ヘイヘが搭載されている。生前彼は32人の部隊で4000人ものロシア兵を相手に戦うスナイパーだった。その事からこの人型装機リンネは遠距離狙撃が得意な機体となっている。もちろん近接攻撃が出来ない訳では無いが、長距離狙撃においてそのAIが存分に発揮される。」

 なるほど。個人のスキル、それに合わせてAIを書き換えて専用機とするのか。

 自衛隊は、いや対電波放送局はいつの間にそんなに技術を確立していたんだ。驚きが隠せない。

 過去の英霊を刻み込んだAI。私に合う英霊は居るのだろうか。

「訓練機の時点では汎用AIを使用する。実際に英霊を刻むのはトロイメライでの実戦配備が決まってからだ。災害派遣を主とする自衛隊では変わらず汎用AIを使用する。」

 その後も人型装機リンネに関する基礎知識等の説明を受けた。

 標準装備されている高周波ナイフやリコイルライフル。

 弾の種類や性能、またデメリットに至るまで事細かに説明を受ける。

 そして肝心な電源問題。

 これは機体背部のアンテナで東京スカイツリーからの充電電波を受信、内蔵するバッテリーを、充電しながら行動する。

 内蔵電源は5分バッテリーパック10分の計15分。作戦行動不能の場合は、僚機より腰部背面のバッテリーを交換する必要がある。

 しかし東京は高層ビルが乱立し充電がままならない。

 そこで腕部に搭載されているスティールワイヤーをビルへ射出。ワイヤーの巻き取りとバーニアを併用し速やかにビルへ登り充電を受ける。

 そして人型装機リンネはアニメで見るように大気圏内をバーニアで飛びまわることが出来ない。羽もなく重力に引かれる力が強いからである。

 言い換えれば、バッタのようにビル群を飛び跳ねながら戦闘するスタイルである。

 一見かっこ悪いが、正面からだと触手に浸蝕される可能性がある。視界外の上方から急襲する事が出来るメリットもある。

「説明は以上、残りは随時説明して行く。次は実際に訓練機に触ってもらう。校庭へ移動!」

 校庭へと移動する。そこには訓練機の準備を済ませた自衛隊員と、入学式に居た白衣の隊員が待っていた。

 白衣の隊員と目が合うと手を振ってくれた。

 会釈を返す。

「城未来訓練生、壱番機へ。」

 自衛隊員に呼ばれる。校庭に準備された訓練機、その壱番機に近づく。

「電子生徒手帳を出してください。」

 言われるがまま、手帳を出す。訓練機の起動に必要な認証キーをインストールする。

「先程の座学で簡単な操作は学んだと思いますが実際に操縦してもらいます。どうぞ乗り込んでください。」

 訓練機の頭が後ろスライドし胸の辺りから乗り込めるようになっていた。

「本来はコックピット閉めてもらいますが今回は私が説明しますので開けたままでお願いします。ここからは無線で指示を送ります。」

「よろしくお願いします。」

 私は片膝着いた訓練機に近づく。胸からは片足を乗せて昇降するワイヤーが垂れていた。

 そこに足を乗せ、スイッチを入れる。コックピットに向かいワイヤーが巻取られていく。

 そうしてついに訓練機のコックピットに座した。

「これが私専用、人型装機リンネの訓練機。」

 そこに無線が入る

「城訓練生、聞こえますか。まずは腕を動かしましょう。人型装機リンネには脳波を感知する装置が実装されています。極論手を動かしたいと思えば動きます。また、操縦桿の握る強さで手の開閉を操作します。では動かしてみてください。」

 言われたままに腕を動かす。操縦桿を握り指を動かす。

 その通りに訓練機の指が動いた。

「そうですねその調子です。続いて歩行訓練です。現在はオートバランサーが機体のバランスを取って居ますが、実践では使用しません。無しで練習しましょう。操縦桿のみで機体を歩行させます。説明を受けた通りやってみましょう。」

 私はついに、訓練機ではじめの一歩を踏み出した。

 嬉しい。夢にまでみた第1歩である。

「バランスよし、歩行にブレなし。腕部動作も良好。城訓練生、適性試験合格とします。これより訓練に励むように。」

 あ、操縦練習から見られていた。思わぬ所で合格を貰った。

 良かった、蹴落とされなくて。これで私は蒼の仇討ちに1歩近づいた。

「一番乗りですね、城訓練生。では訓練機を格納庫にしまう仕事があるのですが、いい機会です、このまま格納庫まで歩きましょう。ゆっくりで大丈夫です。」

 言われたままに格納庫へ向かう。

 途中機体が倒れる音が聞こえた。

 私を嘲笑った男子たちであろう。不合格の声も聞こえる。

 してやった。見返してやったのだ。人を蔑むからこうなるんだ。少し嬉しくなる。

 そうこうしているうちに格納庫に到着、指定の位置に移動し片膝立ちになる。

 コックピットから出る。ワイヤーを使い地面へと降り立つ。

「ありがとうございました!」

 私を担当してくれた自衛隊員にお礼を述べる。

「対電波放送局に防衛大学校にしろ、貴女はやって行けそうですね。その調子です頑張ってください。」

 褒められた。犬であればしっぽを振っていたかもしれない。

 いつ以来だろう。人に褒められ嬉しくなったのは。

 帰ったら鐘倉さんに伝えよう。これから専属としてよろしくと。

「やぁ、適性試験合格発表おめでとう。」

 校庭にいた白衣の男性が声をかけてきた。

「私は対電波放送局トロイメライの隊員なんだ、よろしくね。君は将来人型装機リンネの操縦者として対電波放送局を目指すのかな?それとも災害派遣の為に人型装機リンネを使う自衛隊員を目指すのかな?」

 トロイメライは成績優秀者しか選べない道である。

 私は、落ちこぼれでなければ優等生でもない。秀でたものがある訳でもない。それでも。

「私は対電波放送局トロイメライを目指します。私自身の夢の為に。」

 彼の目を真っ直ぐ見つめ力強くそう答えた。

 ふふっと笑い、彼は返した。

「うんうん。いい意気だ。その時が来るのを待ってるよ。」

彼は手を振り行ってしまった。

 ――――――――――――――――――――

 そうして一日が過ぎた。

 あとから聞いた話だと、どうやら適性試験では半数が不合格となったらしい。

 砲雷科や、整備科へ回ったらしい。

 衛生科や補給科は女がやるものだと。

 多分また落とされるんだろうな。そういう考えでいるうちはいつまでも変わらないだろう。

 そこへ整備科が戻ってきた、昨日話していた通り皆作業着でオイルまみれである。初日からそんなにハードなのか。

 鐘倉さんも案の定オイルまみれで帰ってきた。

「あっ!城さん、適性試験どうでした?」

「お疲れ様鐘倉さん。適性試験は無事合格したわよ。私を見下した奴らを見返してやったわ。」

「おめでとうございます!私の方は、もう大興奮です。あんなに凄い機械を触らせてもらえるなんて。」

 メカ大好き鐘倉さんも整備科がお気に入りのようだ。

「これから私専属メカニックとしてよろしくね。」

「もちろんです!高機動型でもフルアーマーでもドンと来いです!」

 アニメの見すぎであろう。そんなものが出来るならとっくに高機動型人型装機リンネが爆誕してるはずである。

 でも高機動型ならスティールワイヤー無しでビルに登れるのかしら。だとしたらかなり実用的である。

 ワンアクション減らせる。電波体バグに対して優位に立てる。

 その後ホームルームでは、比良坂先生による操縦科不合格への叱咤。合格者への激励。他兵科への授業の確認があった。

 こうして長い1日が終了した。

 明日からはまた訓練に励む日々が始まる。

 蒼の仇討ちにまた1歩近づけたそんな1日であった。

 ――――――――――――――――――――

 訓練は続く、燦々とした春の息吹を感じながら。

 基本動作良好。現在成績トップを進む。

 シミュレーターでの訓練が始まり、より電波体バグとの戦闘を意識させられる。

 それでも私は食らいつかないといけない。

 果たすべき夢の為に。

 次回、《天網恢恢》

 まず1歩、そして1歩。私はまた理想へ近づく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る