第2話:天網恢恢

 入学して1週間は経っただろうか?

 朝の点呼にはじまり、課業行進、一般教養、操縦科なので人型装機の操縦訓練。

 一通り慣れ始めてきた頃。

「城訓練生。次のステップに進みましょう。いい調子、というよりかなりハイペースです。しっかり身についていますか?」

 無線を通して自衛隊員からの指示が入ってくる。

 機体の回線を介し返答する。

「はい。今の所は問題ありません。」

 いいでしょう。と自衛隊員。

「次のステップは人型装機を運用する上で最重要なアクションとなります。訓練に移行していいか比良坂先生に許可を取ってきますね。少しお待ちください。」

 駆け足で比良坂先生へ寄っていく。

 気になってしょうがない。

 メインカメラを望遠に切り替えその様子を覗く。音は……拾えない。

 するとすぐに帰ってきた。

「許可は取れました。が、いきなりするのは些か危険であるとの判断でしたので、校舎に戻りシミュレーターを使用して練習、その後訓練機で実践です。では格納庫へしまいに行きましょう。」

「了解しました。」

 促されるまま格納庫へ歩く。所定の位置へ機体を置き、ワイヤーロープで地上へ降りる。

 そしてそのまま自衛隊員と校舎内へ入っていく。

 途中オープン回線で嫌味が聞こえた。

「あいつ機体下ろされたぞ、やっぱ女子には無理なんだよ。」

「それに手帳にマニュアル持って校舎に向かってるぞ。あれは降ろされたな。」

 幾らでも言えば良い、貴方達が足踏みしている間に私は先へ行く。

 そこに比良坂先生が割って入った。

 メガホンを持って語りだした。

 「あー、あー。あんまりバカ言ってんじゃねぇぞ。城訓練生は現在操縦科成績トップ。次のステップとしてシミュレーターを使用するため機を降り校舎に向かったのだ。女子に負けてるお前らの方が余程惨めだ、励め。」

 ちょっといい気味。

「彼等は自覚が足りませんね。その点貴女は優秀です。なんでしょう、漠然としますが目的を感じます。」

「そう、ですね。目的はあります。どうしても叶えたい夢が。その為に私は落ちこぼれる訳には行かないんです。」

 そうだ。私には悲願がある。

 それは唯一の親友神成蒼の仇をとること。

 懐中時計を取り出す。

 蓋を開ける。

 いつの日か2人で撮ったプリクラが貼り付けられている。

 嫌がる私に引っ張る蒼。

 蒼を喰った奴はあの時茶髪のお姉さんが駆逐した。

 私は少しでもこの世から電波体バグを殲滅したい。

 その為にこの高校を選んだんだ。

 校舎に入る、階段を昇る。2階。シミュレータールーム。

 ずらりとならぶシミュレーター。

「好きなのを選んで乗ってください。」

 言われた通りにする。選ぶのは一番端の機械。隅っこ族である。

「それでは生徒手帳を挿入、起動してください。」

 生徒手帳をスロットに差し込みイグニッション。

「練習通りハッチを閉めてください。」

「ハッチ閉鎖。」

「それではまず、動かない電波体 バグを投影します。アクションはそれから。攻撃する必要はありません。特徴を捉えましょう。」

 メインモニターに変化が訪れる。モザイクがかった何かが写り鮮明になる。

 

 呼吸が荒くなる。それはそうだ。親友を、喰われた。

「呼吸が異常です、大丈夫ですか?城訓練生。」

 私は過去を……初めて他人に話した。

「なるほど……それは酷な体験でしたね。配慮が欠け申し訳ありません。1度消しますね。」

 モニターから電波体バグはいなくなった。

「すいません。やはり強張ってしまいます。が、やると決めたのでもう大丈夫です。出してください。」

 担当自衛官は少し悩む。適性はあっても耐性が無い。電波体バグの前に出すのは危険すぎるのではないか。

 これも城訓練生の為。鬼にならないといけない。

「城訓練生。今の事態と過去の事情を比良坂先生に相談してきます。少し待っていてください。」

 私は悟った。まずい、降ろされる。転向させられる。それだけはまずい!

「あの。待ってください!大丈夫です。やらせてください!。」

 担当自衛官は首を振りシミュレータールームを後に……しようとしたところに、白衣の男性が立ち塞がった。

 強引に扉を閉めてしまった。

「く、玄月2尉?何をするんですか。これから比良坂先生に相談があるんです。」

「話は聞いていましたよ。ですが彼女の眼をもう一度見ましたか?今の彼女の眼にはやる気しか映っていません。もう一度やらせてみましょう。直轄ではありませんが上官命令です。」

 担当自衛官は言い淀む。口に出そうとして押し返す。

「わかりました。城訓練生もう一度動かない個体を投影します。冷静に。」

「はい!」

 助かった。玄月2尉というのか、先日適正訓練でお会いした以来だ。

 感謝の意味を込めてハッチを開けお礼を述べる。

「あの、ありがとうございます!」

 玄月2尉は笑って手を振ってくれた。

 機内に戻りハッチを閉じる。

 メインモニターには電波体バグの姿。

 今度は大丈夫。あれは偽物。

 無線が入る。

「城訓練生、これが現在確認されている歩兵Pawnと考えられる個体です。体長約5m。正面には大きな口、そして後部には10本の触手。最後に口の中最奥に生命の要、コアがあります。このコアを破壊することで対象は蒸発します。」

 説明ごとに電波体バグが動いていく。

「次いで注意点。触手に注意。あれは触れれば心肺停止後電波体バグに飲み込まれます。また、触手は電気系統を浸蝕します。戦車等は乗っ取られます。万が一人型装機に取りつかれた場合はコックピットブロックにたどり着く前に対象箇所をパージ破棄します。」

 ふむふむ。あの日対峙した奴はここまで分析されたのか。

 私はシミュレーター内でメモを取りながら話を聞き続ける。

 ここからが大事な所と話が続く。

「城訓練生、人型装機の電力ですが、何で賄っているかご存知ですか?」

 これは教科書でみた。

「はい、東京スカイツリーから放たれる充電電波です。それ以外は内部5分、バッテリーパック10分の合計15分の内部電源です。」

「はい、模範解答ですね。素晴らしい。ここで問題があります。充電電波は建物を貫通しない。よってスカイツリーと直線で結ばれる必要があります。そこで人型装機は腕部スティールワイヤーを壁面に突き刺し、バーニアと巻き取りにより建物屋上へ登ります。この動作を連続して市街戦を行うのです。このワイヤーアクションが鬼門となります。できなければただの餌になるわけです。」

 そんな立体機動をしながら街を駆け抜け敵を狩るのか。

 ただ操縦する……歩くのとは訳が違う。

 突き刺す場所も悪ければ簡単に抜けてしまうだろう。

 それに巻き取りもタイミングを合わせなければ壁に激突してしまう。

 確かにいきなり実機は怖い。

 しっかりシミュレートしてから挑もう。

「ではまず各武装の確認をしましょう。選択は操縦桿前コンソールから。初めに頭部チェーンガン。」

 言われるまま兵装を選択する。

「兵装選択が出来れば、電波体バグに撃ち込んでも構いません。幾らでも出せますので。」

 トリガーを引き標的を攻撃する。

 そこまで威力があるものじゃない。予備兵装と言った所だろう。

 標的に損傷は認められない。

「いいでしょう、次。高周波ナイフ。デメリットは把握していますね?では振動ありで。」

 コンソール操作。腰部ホルダーからナイフが出て来る。

 キィィィィィィィイイイイインと音をたて振動を始める。

 機体を操作し、電波体バグに突き刺す。

 表皮が断ち切られる。コアが露出した。

「問題なし。最後にリコイルライフルです。本日はシミュレートですが排莢には細心の注意を。訓練ではAP弾徹甲弾を使用します。では撃ち方はじめ。」

 ライフルを構える。照準をコアに合わせ、撃つ。

 動かないので当てやすい。全弾撃ち込みコアが炸裂した。

「はい、そこまで。兵装選択にミスなし。特徴の理解度よし。順調でいいですね。」

 よかった、落第にはなってない。首の皮一枚繋がった、玄月2尉のおかげだ。

 さて、次だ。スティールワイヤー。最重要科目。これができねば卒業はあり得ない。

「城訓練生。それでは教科書120頁を開いてください。立体高機動の訓練に入ります。人型装機リンネには腕部にスティールワイヤーと呼ばれる兵装を搭載しています。これは直接電波体バグに突き刺す事もありますがその本質は、人型装機リンネのメインバッテリーを充電する為、スカイツリーの影からビルの屋上へ駆け上がる為。そして電波体バグの視覚外から攻める事にも使えます。」

 教科書を睨み付ける。事細かに手順が書かれている。

 充電は本体5分、予備バッテリー10分、15分以内にスカイツリーから発する充電電波を受信しなければならない。

 まず頑丈そうなビルの壁面等にワイヤーを突き刺す。巻き取りと同時に背部バーニアを吹き推力とする。

 そうして背面アンテナで受信し稼働。

 これが出来て初めて実戦で電波体バグと対峙出来る。

「と、まぁ文字見て話で聞いても分からないでしょう。実際にシミュレーターで動かしてみましょう。練習の為ビルはめちゃくちゃ硬いのでどこブッ刺しても大丈夫です。では開始。」

 シミュレーション事象が書き変わる。場所は錦糸公園前交差点。とてもリアルに再現されている。

 操縦桿を操作し近くのビルにワイヤーを突き刺す。

 試しにやってみよう。これが間違いだった。

 巻き取りと同時にペダルを踏みバーニアを吹かす。なんだ簡単じゃんとはいかなかった。

 バーニアが強すぎワイヤーが弛む、巻き取りにタイムラグが出来、調整のためにバーニアを切る。するとどうだろうか、地面に堕ち巻き取り中のワイヤーに引っ張られビルにぶら下がる。

 無様だ。恥ずかしい。こんなに難しいのか。

「城訓練生、聞こえますか?シミュレーターなのでダメージはありませんが、実機ともなれば機体、操縦者アクター共にダメージを負うこととなります。これは必修科目なので必ず覚えなければ実機には乗れません。休憩を挟み6限目を始めましょう。」

 一度シミュレーターから降りる。持ってきた水筒で水分を補給する。

 ふう。これが何日続くのか。最初の感触では一切出来る気がしない。でも成さないと夢には近づかない。

「教官、もし出来たらですが、録画出来ませんか?休憩時間などに手帳で見直したいんですが。」

 ふふっと笑い出した。

「城訓練生は真面目……生真面目ですね。その点は評価点ですが、頑張りすぎはマイナスですよ。でもいいでしょう、6限目の内容は録画して手帳に送りますね。」

「ありがとうございます!」

 イメージトレーニングが出来る。

 6限開始のチャイムがなる。

「では再開しましょう。シミュレーターへ。」

 駆け込みハッチを閉じる。

「いいですか?バーニアの吹かし量の微調整も大切です。踏み込み過ぎない、浅過ぎない。巻き取りは速度は一定です。速度に集中しましょう。」

 言われた事はわかる。それがついてこない。

 再度ビルにワイヤーを突き刺す。

 巻き取りと微調整してバーニアを吹かす。

 今度は弱すぎる、巻き取りに持っていかれる。急いでバーニアを再度吹かす。焦り過ぎて逆に強くなる。

 結果は同じ。ビルに吊るされる。

 き……厳しい。

 もう一度。事象をやり直す。

 リスタート。

 何度も何度も失敗する。

 何度も。

 何度でも。

 幾度も。

 私は何度も失敗した。

 それは翌日も、翌々日も変わらずに。

 諦めかけさえした。

 その度に懐中時計を開き、蒼を見てやる気をふり絞った。

 失敗に失敗を重ね。

 来る日も来る日もシミュレーターにかじりついた。

 訓練に励む時間はあっという間に過ぎる。

 ひと月は経っただろうか。

 そしてそれは訪れる。

 機体が浮き、空を飛ぶ感覚を覚えた。

 巻き取りが安定するバーニア。巻き取りが終わる瞬間突き刺した槍の返しを畳み、引き抜きバーニア推力で屋上へ昇る。

 やった。出来た!

「城訓練生。よく出来ました。習得も早い方です。が、シミュレートですので何処に刺しても安定します。実戦ではビルにも強度があります。それはもう課業を通して、さらにシミュレーターの設定を変更して、体に覚え込ませるしかないですね。……えっと。」

 どうした?なにかを言い淀む。

「どうしました?」

「その、もし望むなら現在対電波放送局トロイメライに勤務している、唯一の操縦者アクターに教えを乞う事が出来ますが、その気難しい人なので。望むなら私から局長に話します。どうしますか?」

 そんなの決まっているじゃないか。

 現役の操縦者アクターの操縦技術を間近で見て教鞭をとって頂ける。これ以上ないチャンスだ。

 答えは是!決まりだ。

「お願いします!是非その技術をこの目で見たいです。」

「いいでしょう。連絡しておきます。そのいい人なんですが、難しい人ですので傷付かないでくださいね?」

 教官は軍人手帳を取り出しコールを始めた。

「お忙しい所失礼致します。中央高校出向の橘です。現在訓練生の1人がスティールワイヤーによる立体高機動に苦戦しています。電波体バグ出現が安定して発生してないのであれば、餘目あまるめ曹長をお借りできないでしょうか?……はい、ありがとうございます。出来れば午後の課業から合流できればと思います。ありがとうございます。以上、よろしくお願いいたします。」

 教官がかなり畏まっている。誰にかけたのだろう。

「気になりますか?」

 顔に出ていた。恥ずかしい。が、聞いてみよう。

「対電波放送局御園生局長です。餘目曹長というのが例の操縦者アクターです。お昼から合流予定です。」

 ん?御園生って聞いたことある。たしか、

「この学校の理事長先生ではないんですか?」

「いい線行きますね。正解です。理事長兼局長なのです。気さくな方ですよ。私達下士官も何かあれば直接コールして良いと言ってもらっています。」

 いい人なんだな。局長というともっと厳しいことをイメージしていた。

「ふふ、優しいなんて思ったでしょう。実際はしっかりしてる方ですよ。IQ200と言われていて、対電波放送局にある2つの頭脳の1つとまで言われてます。」

 たしかすごい若かった。それでいて局長にしてIQ200。

 これだけ聞くと働いているスタッフも凄そう。私は本当に目指せるかな?

「いい時間ですね。城訓練生、お昼に行きましょう。食後食堂に来てくれるらしいのでそこで合流しましょう。」

 はい。と返事を返し、シミュレーターを降りる。

 教科書と水筒を持ち食堂へ向かう。

 階段を駆け下り食堂へ入る。

 食券を買う、というより食べたいものを選ぶ。

 食費は学校負担の為鐘倉さんなんかは大助かりなわけだ。

 今日の気分はうどんかな?ざるうどんを選び列に並ぶ。

 教官はカレーライス。ふと曜日を確認する。木曜日。

 海自とは無関係か。なんてどうでもいいことを考える。

 お盆に食事を乗せてもらい、席に着く。

 対面には教官。このお昼が日課になっていた。

 鐘倉さんは整備科の時間が合わないらしく中々一緒に食べられない。

 食べている途中、食堂の入り口が騒がしくなる。

 ざわついているのは主に中央高校出向の自衛官達教官である。

「来ましたね、ちょっと早いけど。行ってきますね。」

 そういうと教官はざわつきの輪の中に入っていった。

 思ったよりすぐ帰ってきた。リクルートスーツの女性と共に。

「お待たせしました、城訓練生。こちらが現在対電波放送局に勤めている餘目 遥あまるめ はるか曹長になります。」

 急いでうどんを飲み込み立ち上がる。

「あ、あの城未来訓練生です!よろしくお願いします!」

 深々と礼をする。

 ……何も返ってこない。恐る恐る顔を上げる。

 なんというか怖いんだが、そうじゃない何かを感じる。

「城訓練生、少し難しいと言ったでしょう。曹長人付き合いが苦手なんです。この成績ならもしかしたら貴女は局詰めになるかもしれません。そうなれば上司と部下です。仲良くお願いしますね?2人とも。」

そうしているうちについにその口が開いた。

「あ、餘目遥曹長である。城訓練生、話は聞いている。その、なんだ。今日はよろしく頼む。」

「はい!よろしくお願いします!」

「曹長お昼は食べましたか?」

「そういえばまだだ、食堂を借りよう。行ってくる。」

 そういうと入り口の食券機まで歩いていった。

 難しいって、めっちゃ怖いじゃなくてよかった。人付き合いが苦手なのか。私と同じだ。

 それに確かに成績トップを維持できればトロイメライには配属される。

 となれば直属の上司か。媚を売るなんて事はしない。実力で認めてもらおう。

 食事も終わりかけ、餘目曹長が帰ってきた。

 メニューは同じざるうどん。

「美味しいですよね。」

「う……うむ。そうだな。」

 話が続かない。難しい!

「待たせては悪いな。すぐ食べ終わる。」

「いいですよ曹長!ゆっくり食べてください!」

 とはいうものの、餘目曹長はずずずと吸い込んでいく。

 あっという間に食べ終わってしまった。

「さぁ行こう。時間が惜しい。少しでも私の技能を吸収してくれ。」

「はい!」

 食器を片付ける。

 3人してシミュレーションルームへ上がる。

 教科書、ノートを開き準備する。

「城訓練生、まず君の現状が知りたい。先に乗ってくれないか?」

 緊張する。教官だけならまだしも曹長まで見ている状態であの醜態を晒すのか。

 しかしやるしかない。

 シミュレーターに乗り込み事象を再開させる。

 ビルの壁面にスティールワイヤーを突き刺し巻き取りと同時にバーニアを吹かせる。

 強過ぎず、弱過ぎず。ふらつきはするが、なんとかビルに飛び乗る。

 大きく息を吐きシミュレーターのハッチ開ける。

「その、こんな感じです。」

 餘目曹長は考え込みシミュレーターに乗り込んだ。

「すまない、局から試験機のデータを取り寄せられないか?汎用機では癖がな。」

「了解しました、至急局に確認します。…………稟議通りました。さすが早いですねは。インストールしますね。」

 わからない言葉が沢山出てくる。試験機?データ?稟議?なんの事だろう。

「インストール完了、曹長どうぞ。」

「助かる、では事象を始めてくれ。」

 始まる。現役操縦者アクターの操縦テク。

 固唾を飲み込みモニターに食いつく。

 同じ事象。錦糸町駅から開始。

 ビルに向かいスティールワイヤーを突き刺す。

 このあとすぐフッと機体が浮き上がる。

 ワイヤーの巻き取りが始まり。バーニア、スラスターを併用し姿勢制御を行う。綺麗だ。ブレが全くない。

 そのまま次のビルに反対の腕のワイヤーを突き刺す。

 前のワイヤーは返しをしまい巻き取り始め、今刺した方も巻き取りながら姿勢制御。これを繰り返しビルの隙間を飛んでみせた。

 最後にビルの屋上に登り、ワイヤーを引き抜く。

 遅れてワイヤーが腕部に巻き取られる。

 陽光に晒される機体が輝いて見えた。

 これが本物の立体高機動。

 何度でも見ていたい。

 餘目曹長がシミュレーターから降りてくる。

「ん。こんな感じだが、どうだろうか?」

「凄いです!どうすればあんな綺麗に飛べるんでしょうか!?」

「城訓練生はワイヤーを指すところは問題ない。ビルが崩れないいいポイントに刺している(あのあれ、シミュレーションで何処刺しても頑丈なんです。)あ、え?本当に?あーえっと、あとはバーニアのみじゃなくスラスターも併用し姿勢を傾ける事なく巻き取ることかな。口で言うのは簡単なんだが。もう一度乗ってみてくれ。」

 催促されシミュレーターに乗り込む。

 錦糸町駅前。1歩踏み出した……が歩けずにこけてしまった。

「あの、教官、感覚がいつもと違うんですが……。」

「あ!ごめん!試験機のままだ!少し待っててね。」

 個人の癖が出る。こう言う事なのか。

 かなり差がある。1歩も歩けなかった。

 だから専用機が与えられるわけか。

「はいお待たせ。切り替えるよ。」

 全天真っ暗になる。正面には「NO SIGNAL」……が消えて風景が戻った。

「城訓練生。連続で飛ぶ必要はない。あれはビルに登ることができれば自ずと出来てくる。まずは目の前のビルに登るんだ。橘、ビルの補強実際に近い形で。」

 了解しましたと教官がシステムをいじる。

「これで刺すところ間違えればワイヤーは抜けてしまう。考えろ、ビルは何処が硬いかを。」

「行きます!」

 シミュレーターは動き出す。錦糸町の街を駆ける。

 狙いをつけてビルの端鉄骨の柱にワイヤーを撃ち込む。

 返しも張り出しビンとワイヤーが張った。

「いいか、そこからだ。バーニアだけに頼るな。全身のスラスターを使い姿勢を保て。」

 巻き取りを開始する。バーニアを吹かせ機体を持ち上げる。

 もちろんバーニアだけだから姿勢はすぐに崩れる。そこにスラスターを追加する。

 パシュ、パシュと全身から細かくガスが排出される。

 今までで一番良い。安定して巻き取れている。

 なんと何事もなくビルに登り切ってしまった。

「あれ?出来た?出来てました?」

「城訓練生、今まででいちばん綺麗な立体機動でした。飲み込みが早いですね。」

「まさか一発とは恐れ入る。その調子であればすぐ飛び移りも習得出来るだろう。今日は6限まで時間をとってあるから幾らでも聞いてくれ。」

 その後何度か試して見たが、餘目曹長の教えが効いたのかかなりいい所まで立体機動は習得できた。

 1時間程シミュレーターを使用し休憩の為に外に出る。

 周りを見渡すとポツポツと生徒が増えてきた。

 追いつかれてきた。私は決して抜かされてはならない。

 謎の使命感と焦燥に焦がれていた。

 私はトロイメライに入局する。それが電波体バグを根絶やしにする足掛かりとなる。

 あの日瓦礫の下で誓ったのだ。彼の為、私は心に鬼を飼う事を。

 私はこの世から一匹残らず電波体バグを駆逐するのだと。

 蒼を食べたやつはあの日謎のお姉さんが倒してくれた。

 きっと蒼も成仏できただろう。

 でも私の怒りが収まらない。一匹でもこの手で駆逐しないと。

「どうしました?城訓練生。顔が強ばってますよ?あんまりそんな顔してると餘目曹長みたいになりますよ?」

「橘……私をなんだと思ってるんだ?気難しいかもしれないが。」

 ふと笑顔になる。

「まあまあ2人とも。いいじゃないですか、餘目曹長も橘さんも。私はおふたりと居てとても楽しいですよ!」

 とでも言っておかないと危険な気がする。

 まぁ事実でもある。本当に怖い人かと思ったら20代位のバリバリのキャリアウーマンに見える。

 それがあんなに腕のいい操縦者アクターとは。

 始めて人型装機リンネが発表されたのが、去年の春頃。

 それ以前に完成はしていて操縦訓練が始まっていたとしても2年。

 2年であそこまで綺麗に動かせるものなのか?

 否、やるしかないのだ。食らいつかなければならない。

「あの、餘目曹長。私にはまだ早いですが、戦闘教練見せてもらえませんか?」

 2人は顔を見合わせる。

「城訓練生。戦闘訓練はまだ先ですが、次いつ餘目曹長をお借りできるか分かりませんからね。いいでしょうか?」

「ん。了解した。」

 そういうと餘目曹長はシミュレーターに入っていった。

「では適当に事象を開始しますね。訓練機を選択。《Pawn》型電波体バグを配置。どうぞ。」

 モニターを凝視する。

 錦糸町駅前では複数の電波体バグが配置されている。

 まずHE弾榴弾で敵の表皮を剥がした。

 続けて射撃しコアを破壊。瞬間、次の敵が急接近。

 ナイフを取り出し突き刺す。触れれば浸蝕。瞬く間にナイフを足場にビルの上に駆け上がる。兵装交換AP弾徹甲弾

 表皮のない裏側から直接コアを射撃。撃破。

 最後の1体。スティールワイヤーを突き刺し振り回す。

 壁にぶつけそのままAP弾徹甲弾の入ったスナイパーライフルで打ち尽くしコアを破壊。

 事象を終了させる。

 ……呆気にとられる。なんだ今の。

 あれが対電波体バグ戦闘?

 真似て手首を動かしていたが途中から全くわからなかった。

「城訓練生。あれが目指すべき姿です。英霊AI込みなので狙撃していますが、貴女が何と合致するか分かりません。ですが、その時は魂魄を共鳴させ事態にあたるのです。」

 餘目曹長が降りてくる。

「あんな感じだ。これもいきなりそうなれとは言わない。お前がトロイメライに配属になったら嫌でも教え込んでやるから安心しろ。」

 はは……笑えない。けど目指してる。

 ちょうど6限終了のチャイムがなる。

「私はここまでだな。明日以降も頑張ってくれ。」

「あの、ありがとうございました!すごく勉強になりました!必ず局に入ります!」

 手を振り、餘目曹長は行ってしまった。

「それでは本日の授業は終わりにしましょう。私は片付けがあるのでホームルームに向かってください。」

「はい!今日もありがとうございました!失礼します!」

 私はシミュレートルームを後に、1年2組の教室へ向かった。

 1月も経てば多少話せるようにはなった。

 教室の扉を開け。

「遅くなりました。」

 と、先生に一声かける。

 席を見ると既に鐘倉さんは帰ってきていた。

 真っ黒である。

 こちらに気づき手を振ってくれる。

 急いで席に戻る。

「お待たせ、今日も真っ黒ね。」

「ですね〜。毎日お風呂が恋しいです。」

 また頭流してあげようかな。

 いや、甘やかしすぎるのは良くないか?

 でも頑張ってくれてるんだよな。私専用機メンテナンスの為に。

「鐘倉さん。今日は頭流してあげるわ。」

 みてわかる程ぱああっと明るくなる。

「ほんとですか!嬉しいなぁ!」

 パンパンと手を叩く音に教室が静かになる。

「操縦科に連絡だ。現在も変わらず城訓練生が成績トップ。明日以降は訓練機を使用し、実際にグラウンドの壁を使用し立体軌道の訓練を許可する。他の者もシミュレーターでしっかり訓練し追いかけるように。以上。今日は連絡事項ほとんどないのでこれで解散。お疲れ。」

 日直の号令で起立、礼を行いこの日の課業が全て完了した。

 教科書を鞄に詰め、校舎前に整列。課業行進で寮へと戻る。

 今日は非常に内容の濃い1日だった。

 餘目曹長、いい人だったな。上手くいけば上司はあの人だ。着いて行きたい。そう思える。

「何をニヤついてるんですか?珍しいですね〜。」

「あら、顔に出てた?良い事あったのよ。秘密だけどね。」

「なんですか!それ!気になります〜!」

 夕焼けに染まる帰り道を歩いていく。

 天が張り巡らした網に奴らがかかるのはいつの事だろうか。

 その時は絶対に逃さない。私が奴らを追い詰めてやる。

 ――――――――――――――――――――

 訓練中に鳴り響く警報。

 混乱へと落ちる戦地秋葉原。

 突如襲来した電波群体バグズは、高速輸送作戦により現着した訓練機と対峙する。

 次回、《秋葉原事変》

 その時私は、過去に決別する。

 これが私の仇うちだ!

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