第10話:過去になる今日、近づく明日

 その日は朝から誤報の連続だった。

 『ブー!ブー!ブー!』

「アラート!放送事故局不明!観測特異点ノイズ発生……いや、消失!」

「東京スカイツリーに感なし。誤報と処理!」

 アラートは鳴る。だが、肝心の電波体バグが出現しない。しないにこしたことは無いのだが。

「ふむ、今日5度目。これは困ったね。」

 対電波放送局発足以来初の事態に、局内は困惑している。

「うーん、困りましたね。メインシステムである《アクタガワ》を今メンテナンスする訳には行きませんしね。この状況では、いつ本警報が鳴るか分かりませんしね。とりあえず再起動してみますか?」

 対電波放送局トロイメライ。そのメインシステム、《アクタガワ》。墨田区に縁のある人物芥川龍之介より拝命。全3門有る、羅生門にて放送倫理・放送人権・青少年に関する物を審議、議決するものである。

「ひとまず操縦者アクターは即時待機させようか。整備課には悪いけど修復作業は最優先。休憩無しだ。それと《アクタガワ》は大急ぎで再起動しようか。」

 通達しましょうと、館内放送を入れる。

 『操縦者アクターは即時待機。修理出来次第、搭乗。整備課は突貫にて修復作業。これより本所は度重なる誤報に対しメインシステム《アクタガワ》の再起動を実施します。以降起動までの約5時間、《アクタガワ》を使用した作業が出来なくなります。以上、各所よろしくお願いします。』

「それでは再起動しよっか。」

 御園生局長と東海林副長は鍵を取り出す。

 局長席左右に存在する鍵穴にそれぞれ鍵を挿す。

 副長が始める。

「カウント、どうぞ。」

 そして局長。

「1……2……3!」

 2人同時に鍵を回す。

 『メインシステムアクセス許可。』

 再起動のプロセスに必要な2本の鍵。幹部クラス、それも局長・副長のみが持つ。

 もちろんシャットダウンにも必要だが、今回は再起動。

 倫理・人権・青少年を司る羅生門が次々光を失っていく。

「メインシステム沈黙。再起動準備……再起動シークエンススタート。」

 光を失ったシステムが再度光り出す。

 メインモニター、局員手元のコンソール。全てが全面緑に光り始める。

 順に順に、メインシステムのシステムシークエンスが進んでいく。

 コンソールは暗くなり、メインモニターにプログレスバーが出現。再起動までのパーセンテージが表示される。

 現在3.912%。画面下にはさらに細かいプログレスバーが高速で動いてシステムの進捗を知らせている。

 再起動まで4時間30分。

 その間、《アクタガワ》の予備システムにて東京スカイツリーからの感を得る。

 『ブー!ブー!ブー!』

「再度アラート!事故局不明!……ダメです、反応消滅。」

「うーん、困ったねこれは。メインが逃すなら予備じゃダメだろう。」

 何度感を得ても、逃してしまう。追いかけられない。

 それとも果たして本当に逃げられているのか?

 発生しかけているだけで、してないのではないだろうか。

 様々な憶測が飛び交うが何1つ核心へとたどり着かない。

 そこで局長の手帳が鳴り響く。

「はい御園生。えぇ、はい。……心得ております。現在原因究明中となります。はい。では。」

 局長は手帳をコンソールへをげつけた。そのままインカムにて補給課へ連絡。

「あーイライラするなぁもう。あ、補給課長?ごめんなさいスイーツお願いできる?大至急。」

 察する。上からの圧力だろう。

「局長、上ですか?」

「ええ、BPO放送倫理・番組向上機構からです。観測特異点ノイズの発見、誤報の原因究明を急務とするとの事です。」

「まぁ上の言いそうな事ですな。それでのその態度ですか。あんまり食べすぎると太りますよ?」

 うっ、痛い。でも私は太らないから大丈夫。私の体質。

 それよりも本当にまずい。これでは今どこで被害が出ているか一切わからない。

 局員には広くSNSも検索させているが、現状被害報告はヒットしない。

 埒が明かない。これでは全く前進しない。何か対策を講じなくては。

 唇を噛み締める。案が浮かばない。私で浮かばなければ他の人では無理であろう。

 今日は誤報の処理で終わりそうだ。あぁ、襲来はなくてもこれでは局員全員が疲れてしまう。

 仕方ない、再起動が済むまでは動きようがない。一度休憩を挟もう。館内放送を入れる。

『全館予備システムにて稼働。各員交代で対電警戒を厳となせ。また、申し訳ないが整備課は変わらず修復を最優先。以上。』

 今はこれが最善だろう。上も現状を理解しているはずだからこれ以上追求してこない筈だ。

 あとは予備システムが何処までやれるか。メインシステムの早期復旧。これが一番の急務だ。

 残り時間4時間12分。先はまだまだ長い。

 その間も予備システムによる誤報は鳴り止まず。局員は緊迫の中疲弊しきっていた。

 ――――――――――――――――――――

 メインシステム復旧迄4分。

 その後4時間で鳴った誤報18件。

 誤報の合間合間で判って来た事もある。

 発生源は、全て錦糸町管内。それも中央高校近辺。

 地上員による目視も発見に至らず。

 ドローンカメラ、センサー類ももちろん全て感なし。

 その時1報の無線が入る。

「こちら整備課。先刻より、人型装機リンネ修復部、特に部品同士の結合部を発端に、謎の紋様が浮かび上がりはじめました。紋様発生箇所はなぜかこちらによるアクセスを受け付けません。その為再度部品交換を繰り返しています。」

「ふむ?謎の紋様ね……。軍人手帳で撮影。発令所に回してちょうだい。」

 了解と無線が切れる。程なくして発令所に画像が届く。

「メインモニター、出します。」

 確かに腕部交換作業中に浮き出た紋様がカメラに写っていた。

 そこで局長が気づく。

「見たことあるな……。!?遥と城さんに連絡繋いで!急いで!」

 嫌な予感がする。胸が、心臓が高鳴る。とても嫌な予感が頭をよぎる。

 急いで確認しないといけない。同時にメインシステムも間も無く復旧する。疑問が確信に変わるかもしれない。

「手帳呼び出します!」

 メインモニターに映し出される監視カメラによる格納庫ベンチ映像。

 そこには頭を押さえて項垂れる2人の姿が。

「遥!城さん!もしかしてそれは……。」

「「電波体バグです!」」

 そしてその時が来た。

「メインシステム《アクタガワ》復旧しま……うわ!」

 復旧と同時におびただしい数のマーカーがメインモニターを埋め尽くし、警報が、アラートが響き渡る。

「しまった!狙いはこれだ……!」

 あの紋様は遥が侵食された際、皮膚に浮き出た紋様だ。

「アラート!東京スカイツリーに感あり!放送事故局不明観測特異点ノイズ収束!電波体バグ本所に侵入されました!!!」

 一歩判断を間違えれば局員の命が危うい。

 でも状況を開始しなければ終息しない。

 局長は苦い顔をする。

「くっ、対電戦闘用意!可能な限り本所の中で処理をする!現在開示されている情報では起動している機械を乗っ取ります。最低限のシステムを残し全てをシャットダウンします。」

 副長が続ける。

「最も危険なのは人型装機リンネ各機の暴走である。整備課は起動キーを排出後電源を落とせ。その後ホイストにてバッテリーパックを取り外せ。これで5分しか動けないはずだ。そしたら逃げろよ。」

 格納庫、整備課が忙しくなる。急いでメインシステムのシャットダウン。次いで認証キー、軍人手帳の取り出し。そしてバッテリーパックの取り外し。いつ乗っ取られ暴走するかわからない状況での作業。

 危険を伴うが、今やらなければ本所に対し攻勢に出られる。それだけは避けなければならない。

 館内放送を入れる。

『現状から判断するに、本所は微粒子レベルの電波体バグに侵入を許した物と思われる。非戦闘員は現在の職務・持ち場を放棄。避難を最優先。発令所ブロックを残し総員退館!』

 非戦闘員、発令所外の局員はすべて避難させる。

「目に見えない以上、どのみち人型装機リンネでは対処できないしね。しかたない。」

 が、敵が入り込めるのはシステムだけではなかった。そう《機械》自体に入り込める。

 バツンっ!と発令所内の電源が落ちる。

 メインシステム《アクタガワ》は補助電源にて稼働している。

「電源予備に切り替わります。」

 すぐさま発令所は予備電源に切り替わる。館内は非常灯、赤一色。

 やられた、電気設備に入り込みそれを遮断された。

 予備電源は別系統にて準備してあるがそれが取り込まれるのも時間の問題である。

 その前に敵の所在の詳細。数。対策を練らなければならない。

「目標群α、と、トラックナンバー1001-90018ひとまるまるひと-きゅうまるまるひとはち

 約9万もの電波体バグが錦糸町地下基地に侵入していた。

 数は増えていないと考える。CICより追加の感の報告はない。

 細胞分裂はしない。現状の数が総数であると考える。

 それは人型装機リンネのパーツにとどまらず、地下基地館内ほぼすべてに侵入されているだろう。

 せめてもの救いは超小型と思しき電波体バグが現在の所人体に影響を及ぼさないことである。

 遥の時みたいに人体に対し汚染浸蝕を行いその生命活動を停止させる力はない。

 やはり小型故既存の電波体バグ程の力がない物だと推測する。

 さしずめ零型電波体バグジェネシス。その群体である。

 館内では《アクタガワ》の維持に予備電力の大部分を割く為、空調が切れている。

 秋の初めとはいえ、未だ東京は暑い。ましては地下基地である。空調が切れれば風一つ入らない。

 換気扇は回っているがそれではなんの解決にもならない。

「局長から達します。非常時です、制服の着崩しを許可します。各々暑さの対策をするように。」

 助かったと口々に局員は制服のボタンをはずす。首元二重ボタン。その下にチャック。

 ほぼ全員が上着を脱いだ。

 局長、副長も上着を脱ぐ。そんなか異常な光景が見えた。

男がいた。

 玄月2尉だ。汗は……かいている。それでも脱がないのか。

「あの、玄月2尉。暑くは無いのですか?」

 気になる局員は居たらしい。

「暑いです。が、私のアイデンティティですからね。脱ぎませんよ。それに多分もう1人白衣が居ますよ?」

 メインモニターを正面にし、戦術作戦課の反対側CICにもそれは居た。

「へくちっ」

 CIC局員総員が疑問に思う。へくち?いやそこではない。

「その、兼坂砲雷長暑くないのですか?」

「これは私のアイデンティティだからね。それに多分もう1人いるよ?玄月なんかもそうだろうに。」

 この人たちは一体何なのだろうか。この絶望的状況で。

 ほんの少しの微笑ましい瞬間である。

 場所は戻り局長席。

 衛生課から無線が入る。

「御園生局長!城1曹が急変です。詳しくは軍事手帳へ回しますが、手の甲はじめ、顔や首筋等に浸蝕紋様が発現しました!その後激しい頭痛を訴え、衛生課で回収し収容しました。」

「ふむ?遥はどうかな?」

「はい、餘目曹長は依然変わりありません。頭痛も治ったそうです。」

 城1曹をお願いし無線を切る。

 なぜか城さんだけ浸蝕紋様が発現した。同じく浸蝕被害を受けた遥には発現なし。

 何が違う。謎が謎に重なり迷宮深く落ちていく。

 局長席から下、両脇の戦術作戦課、CICを見下ろす。

 そしてメインモニターを見つめる。

 メインモニターは3重液晶になっており、液晶に奥行きがある。

 その最奥のモニターに3門の羅生門が映し出される。

「さて、君達は何を考えるかな。教えてくれ、倫理・人権・青少年よ。」

 メインシステムは再起動後アラートを鳴らせ続けた為、アラートを切り運用している。

 以降、沈黙を貫いている。もちろんまだ電波体バグによる浸蝕は確認されていない。

 その後も城1曹の件以外、侵攻がない。目に見えないので知らないところで侵攻は進んでいるはずではある。

一度アクタガワのアラートを入れてみようか。変化があるといいけど。」

「了解しました。アラート復帰。」

『ブー!ブー!ブー!』

 案の定アラートを発する。それはそうだがおかしい。

 アラートが発せられるのは出現時のみだ。それが常に鳴り響いている。

「CIC、感はどうか?」

90019きゅうまるまるひときゅう。1体のみ増えています。」

 また謎が増えた。CICの捉えた目標群が1つ増えた。このサイズの群体で1体のみの増加はあり得ない。

 増えるとすれば爆発的に増えるはずだ。それが1つと来た。

 考えられるとすると…………そうだ、城1曹。彼女に発現した紋様が反応していると考えられる。

 だとすれば紋様状態がおさまれば数は戻る、筈である。

「アラート切っていいよ。」

 再度アクタガワは沈黙した。また謎解きが始まる。局長席で肘をつく。

 この私をここまで悩ませるか。

 普段は操縦者アクターとして戦いには参加できない。

 でも今回は操縦者アクター無しで戦わないといけない。

 そう、ある意味頭脳戦である。

 本所が乗っ取られるのが先か、私達が解決策を見出すのが先か。雌雄を決する時が近づいてくる。

 さて、一度整理しよう。

 本日は朝から誤報続きだった。

 これに対しメインシステムの不調を考え再起動を試みたが結果変わらず。

 しかし誤報は誤り。実際には本所に9万近い微粒子レベルの電波体バグが侵入していた。

 そして1体感が増えた。これは暫定城さんの紋様発現によるものと仮定。

 城さんは現在衛生課にて経過観察中。尚、遥は紋様発現せず。

 これがここまでの状況である。

 ここで副長が切り出す。

「局長。この数、しかもこのサイズの敵をどう相手しますか。」

 それも問題である。地下基地全体を吹き飛ばすわけにはいかない。

 それは江都東京の敗北そのものである。

 かといって殺虫剤の様に1体ずつ相手にしてたら1体1秒で約9万秒。25時間かかる。現実的ではない。

「これといって現実的な方法が浮かばないね。さて、とどうしたものか。完全に後手だねこれじゃあ。」

 超人頭脳御園生詩葉も現状お手上げ状態である。もちろん副長以下各セクション担当者も現状を維持することしかできない。

「それにしても暑いね。キャミソールになりたい位だ。」

「局長それはやめてくださいね。」

 いくら暑くても下着姿でうろつかれては見るところに困る。

「冗談よ。流石に弁えてるわ。さて、現状3人しか居ない操縦者アクターを失うことは、我々の敗北と同義です。遥と噛崎さんにはパイロットスーツを着せて待機。バイタル測定と万が一の際の蘇生ができる様にしましょう。」

 パイロットへ通達。城さんにも念の為スーツを着せた上で衛生課に面倒見てもらおう。

「最悪の場合、スーツにも入り込まれてると考えるべきですね。」

 そこへ再度CICから反応。

 「90018きゅうまるまるひとはち。感がひとつ減りました。」

 すぐさま衛生課へ連絡。

「御園生だ。城さんの容態はどうかな?」

 返ってきた答えは予想外のものだった。

。浸蝕紋様発現中です。頭痛も継続中。」

 おかしい。予想していたものとは事態が違う。

 CICが感じた反応は城さんのものではなかった。

 ではなんだ、単独で乗り込んできたというのか?

 そんなに知性が奴らにあるのか?それとも何か、たったひとつだけ分裂した?それとも空の傷ゲートを通って1体だけが現世コチラガワに現れたのか?それもなぜ単独で?

 ダメだまた深みにハマっていく。

 また1から考えを整理し直す。

 何度も何度も考えを改める。

 今日だけ変わった事と言えば…。

 ……?そう言えば格納庫が騒がしかった。

 あれは確か、そうだ。どこからか分からないが猫が迷い込んだと言う報せだった。

 不審者ではなく不審猫。

 そうだ思い出せ、その細部に至るまで。

 確か、大層城さんに懐いていたと聞いた。

 局長としては、関係の無いものをいつまでも基地内に置いておく訳にはいかない……が、格納庫で整備課の癒しになっていると聞き、丁重にもてなした上で逃がすように促した。

 発令所にも動画が送られてきてメインモニターで鑑賞した。

 あの時カメラを見つめた笑ったような気がした。

 不吉な笑みを浮かべたのだ。猫が。

 あれは偶然か?確かあの瞬間一瞬動画が乱れた。

 誰も気にはとめなかったが、最高性能を誇る《アクタガワ》に最新設備、最新の軍人手帳。

 電波障害は出ていなかった。なぜ乱れた?あれも偶然か?

 何もかもが偶然なのか?

 その後はどうした。えっと……そうだ、ミルクを与えたら寝てしまった。格納庫で。

「格納庫全体のカメラ起動して。隅々まで映して。」

 メインモニターが切り替わる。格納庫を映す監視カメラの映像である。

 居ない、居ない、いない。

 猫がどこにもいない。誰か逃がしたか?

 軍人手帳をコールする。

「遥?噛崎さんもいるよね?今日格納庫に迷い込んだ猫、眠ったあとどうした?」

「は。そう言えばあれから見ていません、(ボクもみてないよー)格納庫は今全員退館したので我々だけですがきっと見たものはいないでしょう。最後まで見ていてのが我々なので。先の事変の猫かと思いましたが喋らない。ほとんど動かないので別かと思っていました。疑問は残りますが。」

 ではどうした、勝手に出て行ったか?退館時に誰かについていったのか?

 否、タイミングがおかしい。退館命令の後で感が増え、そして消えた。ということは普通に考えれば基地内に残り、そして消えた。猫が消えるなんてあり得ない、が首輪型GPSを付けて居た訳ではない。追えない。

 やはりこの猫か今回のポイントなのだろうか。

 局長はこの絶望的状況を愉しんでいる。笑っているのだ。

 普段活かすほどの事は起こらない。そんな頭脳を存分にフルで回転させている。その状況が楽しくて仕方ないのだ。

 さぁ、証明も大詰めだ。初歩的な事も見逃さない。

 猫の件は関係ありそうだが今回の警報には無関係と考える。

 気にはなるが、今は除外する。

 その前に、

「遥、噛崎さんを連れて発令所へ上がってちょうだい。人型装機リンネを使用しない以上操縦者アクターは必要ありません。管理を簡略化するために目の届く所にいて欲しいの。」

 了解、向かいますと通話は切れる。

 さぁ続きだ、と意気込んだその時である。

 発令所へ衛生課からの連絡が入る。

「こちら衛生課。城1曹の容態安定しました。浸蝕紋様沈静。頭痛も治りました。」

「ごめんなさい。そちらに猫居なかった?」

「猫ですか。確かストレッチャーに乗っていました。城1曹に寄り添う形で。その後は確認していません。が、居なくなって間も無く容態が安定しました。」

 ふむ。猫との関係性が垣間見れる。こっちも気にしたいが現在は本部地下基地の問題だ。

 奴らは機械を乗っ取れる。だがそれはハードのみでソフトを乗っ取る事は出来ない。なので、機械を動かせてもシステムを書き換える事は出来ない。逆に言えば、パスやスルーを使用して侵攻を遅延させる事は出来ない。

 依然アクタガワは掌握されていない。正式に稟議が可能だ。そして思いついた。このサイズ、この数を相手取る方法を。

「副長、案があります。問題は東京都全域に影響が出る事ですね。稟議通してみましょう。実は……。」

「なるほど、確かにこれは《アクタガワ》倫理に引っ掛かりますね。しかし最も現実的な方法であることも確か。通過することを願うばかりだ。」

「通達、これより立案した作戦を《アクタガワ》による稟議にかけます。」

 結果はそう待たずとも出た。

「羅生門から反応。人権・解錠、青少年・解錠、倫理・審議中!」

 やはり倫理に問題がある。それはそうだ。東京都全ての放送設備に問題が出る。だが通さないといけない。そうでなければ未来がない。

 メインモニター奥、羅生門倫理が高速で点滅している。

 手前のモニターには解錠と施錠が交互に繰り返されている。

 ついにその時はくる。

「倫理・解錠。全システム一致で可決!」

 来た!システム可決!これで反転攻勢に出られる。

 局長は立ち上がる。

「これより東京スカイツリーを使用し、反放送電波を放射します。これにより、バリアを持たないとされる零型電波体バグジェネシスを対消滅させます。しかし注意が一点、一般の放送設備は反放送電波の受信で機器が破損します。放送電波を受信しない様にアンテナを抜かせましょう。東京全域に案内開始。」

 立案された作戦は、強力な反放送電波による電波体バグの対消滅である。このデメリットの部分が倫理に引っかかっていた。

 あれは小型のBPO放送倫理・番組向上機構そのものである。羅生門の意見は上の意見のそれと同義である。

『まもなく東京都全域にて大規模な放送障害が発生します。つきましては機器故障対策の為、各機関、個人におかれましてはアンテナ線の取り外し等、放送電波の受信ができない様対策をお願いいたします。繰り返します……』

「案内放送開始。」

 まもなく作戦発動。

「東京スカイツリー反放送電波充填開始。」

 膨大な放送電波を放出する準備。地下基地まで放送電波を飛ばす為に出力が大きくなる。

 結果その出力のせいで東京中の受信設備に届いてしまう。

「あとはこの作戦が成功することを祈るばかりだね。」

「充填率まもなく100%」

 反放送電波の効果確認の為、アラートがうるさいが、システムをオンにする。

「《アクタガワ》アラートオン。」

「アラート入れます。」

 システム復旧。が、しかしアラートはならなかった。

 あれだけ鳴り響いていたアラートが静かになった。

 CICが得た感が消えた事に理由があると見ていいだろう。

 きっとあの猫だ。核心に変わりないだろう。

 いや、今はいい。現状を打破しよう。

「充填100%オーバー。」

「マイクロ波ではないので人体には影響がないと思います。が、異常があれば逐一報告を入れる事。では、反放送電波、放射開始。」

 目に見えない放送電波がスカイツリーより放射される。

 刹那、CICより報告が入る。

「目標沈黙を開始、8万……7万……、徐々に減少!」

 よし効いている。確実に仕留められる。

「やりましたね局長。これで本部の電波体バグは根絶やしに出来ますね。」

 その間もCICから感の情報が伝えられる。

 6万……5万……順調に減少していく。

 効果は十分。現状局員からの異常も報告がない。

 4万……3万……さらに減少。

 うんうん。いい調子だ。頼むから合体なんてしないでくれよ。

 2万……1万……。間も無く殲滅。後一息。

 5千……2千5百……。作戦完了まで秒読み状態。

 『ブー!ブー!ブー!』

 そこでCICからの報せ。

「局長、おかしいです。感が1つ消えたり現れたりを繰り返します!」

「猫か!?感の詳細は!」

「こ、ここです!本所発令所内!」

「総員、注意して探せ!発令所内にこの件の重要な参考猫がいるぞ。絶対に逃すな!」

 中央発令所は慌ただしくなる。反応を指した猫を探す。

 それは今回の事件の顛末を握るかもしれない。

 コンソールの下、椅子の周り、その全てに目を配る。

 居ない、見当たらない。発令所に詰めている局員から発見なしの報告が上がる。

 だめだ見つからない。何故だ、確かに感はここの筈だ。

「CIC感はどうか!?」

「え、あ、はい。感あり、いや消失……いや感あり。ダメです、追いきれません。最終履歴も発令所です!」

 CICでも追いきれない。それでも発令所内にいる。

 でも見つからない。その時である。

「あれ、あそこにいるのそうじゃないですか?」

 戦術作戦課の局員が指差す先。

 3重液晶のメインモニターその最奥。羅生門・倫理の上に佇む1匹の猫がいた。

 目を疑った。あれは電波体バグなのか?

 ハードではなくソフトに侵入された?

 物理的な捕獲は無理だ。

 が、ソフトでも捕獲できるだろうか。

「ね、猫飛び出して来ました!」

 あり得ない、モニターから飛び出してコンソール上を歩いている。

 局員は怯えてしまっている。それはそうだ、電波体バグの疑いがある生物が目の前にいるのだ。浸蝕捕食の可能性もなくはない。

 さすがに危険には晒せない。探させたことも充分危険だが、あの距離は本当に危険だ。

「戦術作戦課、CIC自己防衛!」

 局員はすぐさま席を立ち9mm拳銃を構える。

 あり得ないことづくしで驚きつかれた。

 さらに驚くべき事態が起きた。

 局長と目があった。

「あ……。」

 副長に庇われ背を盾にする。

 そして、耳を疑う。

「君たちは違う。やつがれは探していた。そして見つけた。君たちは違う。」

 猫が、喋った。そう喋ったのだ。

 それも違うと?私たちではない何かを探している?

 否、見つけたと言っている。では何故ここに現れた。

 何かに追い出された?だとしたらどこを。

 突然猫がコンソールを飛び出した。

「発砲待ちなさい!」

 猫は発令所を飛び出した。

 自動ドアに反応した。いや反応させたのか?

 あの大きさで自動ドアが反応するとは思えない。

「副長、追ってください。その他の局員は再度配置へつく様に。各所の監視カメラを洗って。どこに出たか追いかけるのよ!」

 わかりましたと副長は発令所を飛び出す。

 メインモニターは館内各所の監視カメラを順次映し出している。

 見当たらない。捕獲はできないが逃してはいけなかった。

 この一連の放送電波事変の首謀者、或いはそれに準ずる何かかもしれない。

 でもソフトに入り込める相手をどう捕獲する。

 発令所ではしばらくの間、猫の所在についてざわついていた。

 ――――――――――――――――――――

 まぶしい。ここはどこだ。私はどうした。

 たしか格納庫で即時待機していた、筈。

 それがここは、保健衛生室?私はどうしてここに。

「城さん!大丈夫ですか?私退館命令出たんですが城さんが心配で残っちゃいました。」

 鐘倉さんがそこにいた。格納庫から一緒に来てくれたんだろう。

「そういえば猫ちゃん居なくなっちゃいました。覚えてます?格納庫にいた猫です。」

 そういえばそんな事もあったな。不思議な猫だった。いや不気味だろうか。先日の事変の猫が忘れられない。だから少し怖かった。でも賢い猫だった。人の言葉を理解したかの様に振る舞った。それこそ本当に先日の猫。

 犬みたいにお手やおすわりをさせたがどれも1度で覚えたのか、すんなり言うことを聞いてくれた。そうだ、それも確か私だけ。私だけ言うことを聞いていた。

 別に他の人の言うことを聞かないわけではなかった。

 ただ懐かれたかの様な状態だった。それもとても。

 ずっとそばを歩いていた。時には腹を見せる仕草もあった。

 でもこちらを見つめて何かを訴える様な仕草を見せる事もあった。

 いや訴えていたのかもしれない。喋れないだけで何かを。

 その時である、保健衛生室の扉が開いた。

 鐘倉さんが様子を見にいく。

「あれ、誰もいませんね……?」

 私もベッドがから起き上がり、鐘倉さんの肩を掴みドアを見る。

 誰もいない。確かにそうだ。でも無人でドアが開くだろうか?

 否、そんな訳はない。霊体に反応したなんて非現実的な事でもないだろう。今現在起こっている事も非現実的だが。

 痛い。急に頭痛を感じる。さっきまでの電波体バグ出現の頭痛とは違う。もっと深く不快だ。立ってられなくはないが、すごく気分が悪い。

「城さん大丈夫ですか!?顔色悪いです、寝ましょう?」

「いえ、大丈夫、それにこの頭痛ちょっと違う。」

 そう、いつもと違う。それに気になる事もある。それはである。

 秋葉原事変、神成蒼以来電波体バグと思しき声が聞こえるのである。

やつがれはここだ、集え、異端の命。」

 呼ばれている。行かなくては。

 ――――――――――――――――――――

 中央発令所。

 局長の指示で地下基地内各ブロック隔壁を閉鎖している。

 カメラで追えないなら閉じ込めてしまえと言うものである。

 が現実はうまく行かなかった。結果オーライではあるが。

「局長!第B-21ブロック解錠!続けてB-22ブロック!」

「逆算だ、どこへ向かっている?逐一東海林副長へ連絡を!」

「保健衛生室を経由!これは、格納庫です!このまま行けば格納庫へでます!」

 目標の所在はわからなくても解錠された隔壁からどこに向かっているかを考える。

 何故格納庫?人型装機リンネはバッテリー外してるから5分しか動けない。それを使って暴走するのか?

 格納庫には3体の人型装機リンネ。各5分で15分。

 それだけあれば発令所は潰せるか?

 確かに武器は格納庫にあるが実際はどうだ?わからない。

 急いでくれよ副長。何が起こるかわからない。

 その時城未来は声に惹かれ歩んでいた。親友鐘倉美空の声も届かずに。

 歩むその先にはあの猫が。空中を歩いていた。

 行き止まり。隔壁に到達する。猫は隔壁のロックシステムを睨む。施錠が解錠へと変わる。緑のランプがつき隔壁が開いていく。

 そうして格納庫へ辿り着いた2人と1匹。

「あ、あの城さんどうしたんですか?なんで何も喋ってくれないんですか?」

 とうの城未来はと言うと、目は虚である。己が意志で歩いたではなく連れてこられた、が正しいだろう。あの猫に。

 2人の間に何があるかわからない。

 鐘倉さんには何も感じない。

 向かい合う城さんと猫。

 何が起こっているんだ。何が起ころうとしているんだ。

 ――――――――――――――――――――

 場所は戻り中央発令所。

「副長、間も無く保健衛生室を通過します。」

 副長の足が速いとはいえ基地が広すぎる。

「局長!格納庫のカメラに猫を発見!城1曹とあれは整備課の鐘倉3曹です!」

「城さんはなぜ、衛生室にいたのでは?それに鐘倉さんは退館命令を出した筈……。」

 命令違反である。命の危険を鑑み出した命令であるのに。

 あれは、何かを話している?向かい合って見つめあってる。

「音声拾えるかな?カメラも望遠、彼女らを映して。」

 了解と、カメラが望遠に切り替わり音声を拾う。

やつがれは迎えに来た。さぁ行こう異端の命。君はここの人間が言う電波体バグだ。気付いて居るだろう?」

 虚な目に光が戻る。衝撃の事実を叩きつけられた。

「わ、私が……電波体バグ?そんな訳ないじゃない。だって、だって、私は蒼の仇を討ちたかった。その悉くを駆逐したいと考えて戦って来たのよ!それなのに、なのに、私が電波体バグだなんて信じない!」

 局長、御園生詩葉の頭では最後のピースがカチリと音を立ててはまった。

 そうだ、ずっと疑問だったことが解決した。

「君は感じて居るだろう。その違和感に。だって君は。」

 そう、だって城さんは。

「「浸蝕無しに浸蝕紋様を発現させたんだ。」」

「そんなの嘘よ!だって私は秋葉原事変で確かに浸蝕された!だから浸蝕紋様がでたのよ!」

 違う。それは間違って居る。実際の事変を思い出せ。

 俯瞰して、物事を見るんだ。

「君はあの日。」

 そうだ、浸蝕されたのはコックピットブロックではなくである。

 あの時点で玄月2尉の判断ですぐさま左腕部を破棄パージした。コックピットブロックへの浸蝕を防ぐ為に。

 浸蝕があればほぼ即時にCPA心肺機能停止状態に陥る。

 が、ログでもコックピットブロックへの浸蝕は感じ取られていない。

 結果、求められた答えは、《城未来は浸蝕無しで紋様を発現させられる能力を持つ》。

 それはなによりも城未来が電波体バグに対して特異体質であることを示して居る。

「城未来の経歴は?最優先。」

「はい、メインモニター出します。」

 格納庫映像が半分、もう半分が城未来の経歴情報を表示する。

 誕生日5月9日出生年不明。2020年4月墨田区立錦糸中学校入学。それまでの経歴一切不明。孤児であるとしかない。

 やっぱり。城未来はある日突然産み落とされた。

 そう考えるしかない。

「君はやつがれ等が生み出した人型特異電波体ヒューマノイドバグスター。人間の意志や思考を汲み取る為に生み出された生命体である。君にはある一定の過去以降記憶がない筈だが?」

 猫は残酷な真実を突きつけ続ける。

「うそ……だよ。嘘だと言ってよ。ねぇ鐘倉さん……。」

 鐘倉美空は衝撃の事実に口を開き、固まって居る。

 城未来の問いには応えない。否応えられないのである。

「おねがい、だれか、だれか私を人だと認めて……。」

 発令所局員の中にも疑惑が広がり始めた。

 電波体バグの手助けをしていたのかなど、不満が聞こえて来た。

 まずい、持ち場が崩壊する。

「総員そのまま、現在副長が向かっています。現場の判断を任せましょう。」

 格納庫へ場所を戻す。

「わたしは、電波体バグ。じんるいのきょうい……。いきてちゃいけないんだ……。」

 腰に携えた9mm拳銃を取り出しこめかみに当てる。

 手は震える。怖い。死にたくない。でも誰かを、鐘倉さんを危険に晒すなら私は自決する。

「やめなよ。君は電波体バグだコアがある。本当にそれは頭にあるのかな?」

 そうだ、私が電波体バグだった場合コアを撃ち抜かないと死ねない。それにここで死んだら高温の蒸気で鐘倉さんを危険に晒す。ダメだ、手詰まりだ。

「じゃあ行こうか。演者アクタ―城未来。やつがれ達の世界。幽世アチラガワへ」

 そういうと、猫の尻尾が伸び城未来の体を巻き取り持ち上げた。

「あ……わたしは……電波体バグ……」

 空を浮く猫と城未来の体。

 格納庫奥へと向かっていく。

 そこへ到着する東海林副長。

 9mm拳銃を構える。

「止まれ!撃つぞ!」

 副長は本気だ。狙いを猫に向ける。

「いいのかな。やつがれのコアも分からないだろう?それに城未来に当たったらどうする?盾にしてこの子のコアにあてるかもしれないぞ?」

「くっ、一丁前に頭を使うな。今までの特異電波体バグスターとは違うな。」

「そうだね君たちの区分ならking型いったところかな。多分型には収まらない。』

 最も危険度の高い区分。女王queen型と並ぶking型その中でも特異体。

「まってください東海林副長!あそこにいるのは私の親友なんです!出自はどうあれ、あの子は私の友達なんです!」

「下がれ!鐘倉君!そもそも非戦闘員は退館命令を出したはずだぞ!」

 それは、と言い淀む。命令違反は承知の上で残ったのだ。友の為に。

 その間猫は後ずさる。徐々に格納庫端へ。

 そして昇降機へを入っていった。

「まて!どこへ行く!」

 猫は昇降機のロックを睨む。隔壁と同じだ。簡単にロックを解除されてしまった。

 昇降機が昇っていく。

「発令所!止められないか!」

 ――――――――――――――――――――

 中央発令所。

 局員が声を上げる。

「錦糸公園前交差点昇降機ロック解除。起動します!カメラでは猫が城……1曹を連れ乗り込んだ様子が映っています!」

「副長より昇降機遠隔操作の依頼……ダメです、リンクカットされこちらの操作を一切受け付けません!」

 まずいな。城未来も連れ去られてしまう。彼女は現在重要参考人だ。たとえ記憶がなくとも電波体バグに関する何かしらを得られるだろう。

 運悪くここまで血液検査がなかった。あればとっくに異常には気付いていただろう。

『ブー!ブー!ブー!』

「あ、アラート!放送事故局……これは、初観測!観測特異点ノイズ発生。電波体バグ出現の感なし。空の傷ゲートのみ開きます!観測位置オリナス横太平4丁目交差点上空!」

 玄月2尉が続ける。

「放送事故局不明かつ初観測。強制放送停止措置が行えない。空の傷ゲートが閉じられない!」

 その間猫と城未来は地上へとたどり着いた。

 太平4丁目交差点へ向けゆっくりと空を移動する。

 その時である。戦術作戦課局員が驚くべき事態を伝える。

「く、玄月2尉、錦糸公園前交差点昇降機再度起動しました!」

「なにが起きた!?」

「格納庫より反応!人型装機リンネ汎用機起動コード確認!認識手帳1-2-5。これは軍人手帳ではなく生徒手帳です!」

 そこで気付く、局長も玄月2尉も。

 

 対電波放送局で預かる学生は城未来と鐘倉美空のみ。残り全員正式な軍人である。よって局員は軍人手帳を持つため除外。城未来は現在拉致されている・認識コードは1-2-6。番号が違う。

 となれば残りは鐘倉美空3曹のみである。

 副長から無線が入る。

「すまない、俺が猫に集中している隙に汎用機に乗り込んだようだ。エレベーターに乗り地上に出るぞ。死なせるな……局長!」

「ええ、戦時特例!避難が完了していませんが武力を行使します。ただし鐘倉さんが攻撃を受けそうになった場合に限ります。こちらからは攻撃しません。城さんを巻き込んでしまう。」

「汎用機、地上へ出ます!」

 猫を追いかけるように汎用機・鐘倉美空が地上へと出る。

 正式な操縦者アクタ―ではない。戦闘は不可。歩行がやっとであろう。

 猫は間もなく空の傷ゲートへたどり着く。

 追いかける。追いかける。ひたすらに走る。路駐の車を蹴飛ばして、走行している車は何とかよける。そして追いつく。猫に、城未来に。

 コックピットブロックは開けっ放し。ハッチ全開で走ってきた。走りながら手を伸ばす。オープン回線で話しかける。

「城さん!行かないでください!私、貴女の友達の鐘倉美空です!ずっと友達です!中身が何でもずっとずっと友達です!おねがいします!帰ってきてください!」

 虚ろな城未来には声が届かない。

「わたしは、くちくされるがわ。わたしはにんげんじゃない。わたしは……。」

 もう空の傷ゲートまで距離がない。猫の尻尾に巻き付かれたまま動けない。

 私はそうして連れていかれるんだ。幽世アチラガワへ。電波体バグの世界へ。

 ゆっくりと目を、閉じる。

 大きな音がする。少し目を開ける。汎用機が倒れている。私を倒しに来たのだろうか。

 でも違った。コックピットブロックから出たのは私の親友鐘倉美空。

「いかないで!私を一人にしないで!まって未来みくる!!!!」

 鐘倉さんの声は届かない。でも確かに一粒の涙が落ちた。

 ごめん。そう聞こえた気がした。そうして猫と城未来は空の傷ゲートへと消えていった。

 刹那、1つのミサイルが空の傷ゲートへと飛び込んだ。そうして空間は閉じてしまった。

「未来……ごめんね。存在証明してあげられなくて、ごめん。」

 涙した。かけがえのない友を失った。

 それでも現実は進んでいく。

 無線が入る。局長だ。

「鐘倉さん無事?命令違反は後回し、錦糸公園前交差点から格納庫に戻り副長と共に、中央発令所へ来て。急ぎよ?」

 無線は切れた。言われた通り格納庫へ戻る。昇降機を使い地下へと降りる。

 コックピットからワイヤーロープで地面に降り立つ。

 副長が待っていた。

「流石整備課だな。基本動作は出来てるみたいだ。っとそうじゃないな。発令所へ行くぞ。」

 泣いてる余裕はない。行かなきゃ。

「ぐす。はい、行きましょう。」

 2人は中央発令所に向け走り出した。

 できれば今すぐ迎えに行きたい。でも私にはそんな力がない。

 方法があるとすれば局長が思いつくだろう。それに賭けるしかない。

 靴音を響かせ発令所へ向かう。最短ルートで。

 事前に副長が戦術作戦課に連絡し隔壁を開けてもらっている。

 そうして発令所にたどり着いた。

 局長席に副長と並ぶ。

 そこで聞いたものは城未来への不満と恐怖感であった。

 それはそうだ、今まで戦い補佐した存在が電波体バグであった。

 それが局員を戦慄させていた。

 私なんかの言葉じゃ何も変わらない。でもこの現状を変えないと。

「あ、あの……。」

 局長が手を出し遮った。こちらを向いてウインクをした。

「黙れええええええ!」

 驚いた。局長から出た言葉に。それは全館放送かつ、軍人手帳にまで配信されている。

 そして続けた。局長が。

「今日迄我々が生きて来られたのは誰のおかげか?そう城未来の頑張りがあったからである。我々が今城未来に為すべきことは何か?そう《感謝》の気持ちを伝える事である。私は感謝の心を忘れるような人間を機関に招致した覚えは無い。気持ちを伝えるべきは今この時だ。。城未来の奪還はこの私御園生詩葉、そして我等機関の総意である。時局を鑑み、誇りと共にその魂魄を賭し尽くせ!」

 誰もが聞き入った。そしてその胸に刻み込んだ。

 そうだ、感謝を伝えなければならない。城未来は我等の仲間である。

「決意を翳せ!戦いの時である。ここからは総力戦だ。錦糸町本部の全てを突貫運用。我等はこれより反転攻勢に出る!我々は矛である、牙無き民の牙となれ!その間自衛隊に災害派遣を要請。盾とする。振り向くな、征け!幽世アチラガワの世界、その先の城未来まで!」

 全局員を鼓舞した。局長の言葉は重く突き刺さりも希望に満ち溢れていた。

 局員はみなやる気を取り戻していた。

「各セクション長は局長席へ集合。今後の作戦行動の指針を決定します。」

 私はセクション長じゃない。局長席から降りようとした、が局長に止められた。

 もう少し待ってと言われた。

 程なくして、退館していた局員も帰ってきた。

 操縦課、整備課、砲雷課、衛生課、補給課長が集まる。

「集まってもらって悪いわね。城未来奪還作戦についてです。先んじて幽世アチラガワ空の傷ゲートが閉じる際に1発のミサイルを撃ち込みました。虚数空間と思われる幽世アチラガワの座標固定、存在証明を行う楔です。これを頼りに城未来を見つけ出します。幸い生徒手帳を持っていますのでミサイルを中継に見つけられるでしょう。それから鐘倉さん。貴女には本日付で操縦課に転向、城未来奪還作戦で遥、噛崎さんと共に前線で戦ってもらいます。すぐ訓練に移るように。」

 おどろいた。私が、操縦?でも未来を取り返せるなら私はなんでもする。シミュレーションもかじりつく。餘目曹長や噛崎1曹からも操縦を教わる。技術を盗む。そして英霊を刻まないといけない。探さなければ。私の個性を。

「私の正義。未来に届け!」

「撃ち込む気持ちが正義の証明じゃないわよ。正義とは己が事を強く強く信じ抜く事である。偽らざる心に従うんですよ。」

「……はい。肝に銘じます。」

 戦いが始まる。守る戦いから攻める戦いへ。

 戦いは流転した。

 まっててね未来。必ず助けに行くから。

 その時は私が、貴女の存在証明をしてあげるから。

 必ずみんなで助けに行くから。

 みんなで手をつないで輪になろう。

 貴女と共存できると証明するから。

 だから一緒に帰ろう。未来。

 私たちの日常に。

 

 太陽の花が咲き誇る季節に。 完

 

 

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太陽の花が咲き誇る季節に。(Re:birthday) 陽奈。 @hina-runa

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