ビルの屋上は銀河
大隅 スミヲ
ビルの屋上は銀河
完璧主義者である上司の国分寺さんは、最初から最後まで完璧でなければ企画書を通してはくれなかった。
そもそもこの仕事で企画書を書かせるということ自体がおかしな話なのだが、そのことをかつて国分寺さんに伝えた先輩が、次の日から職場に現れなくなってしまったということがあったという。そんな話は都市伝説だと思っているけれども、あの国分寺さんであればやりかねないということもあり、誰もが企画書のことで余計な口出しはしないようにしていた。
本日の私の任務。それは、エナジードリンクの力を借りて徹夜で仕上げた企画書を上司である国分寺さんに提出するということだった。他の上司であれば、メールなどで済ませてくれるのだが、国分寺さんの場合は対面で手渡さなければならない。それが国分寺ルールであり、決して破ってはならないものであった。
「この最後の部分は、きちんとルートを確認してあるのか」
眼鏡を鼻梁に引っ掛けるように下にずらした国分寺さんは、上目遣いの鋭い目つきでこちらを見ながら言う。この目で睨まれただけでも、普通の人は震えあがってしまうだろう。
「はい。大丈夫だと思います」
「だと思いますだと?」
静かな口調だったが、逆にその静かな口調のせいで凄みが増していた。
慌てて私は言葉を訂正する。
「だ、大丈夫です」
「そうか。それならいい。では、この企画書の通りにやってくれ。期待しているぞ」
「ありがとうございます」
私は国分寺さんに頭を下げた。嬉しかった。頭を下げているから顔は見えなかっただろうが、私の口元は嬉しさのあまり緩んでいる状態だった。
企画書が通った後は、この
毎日が残業だった。エナジードリンクも何本飲んだかわからない。終電で家に帰り、気絶するようにベッドの上に倒れ込む。時間が飛んだかのようにスマホのアラームで目を覚まし、出勤するという日々を過ごした。
そして、ついに計画実行日となった。
チームをα《アルファ》、β《ベータ》、γ《ガンマ》にわけて、ビル内へと送り込む。
ターゲットは、24階にある特別室へ入ったとの情報だった。
各チームからの連絡が左耳のイヤホンに聞こえてくる。
『チームα、展開完了』
『チームβ、ターゲット補足』
『チームγ、いつでもOKです』
「了解。それでは、実行に移る。諸君、検討を祈る」
私はイヤホンマイクにそう呟くと、エレベーターに乗り込んで、ビルの最上階である24階へと向かった。
24階に私が着くと、ターゲットのボディーガードと思われる黒スーツの男たちが廊下に倒れていた。24階の制圧はチームαの仕事だった。彼らは自分の仕事を的確にこなしてくれた。
廊下でチームαの人間にカードキーを渡され、そのカードキーで特別室の扉を開ける。
特別室の中には、ボディーガードと思われる男ひとりと、秘書と思われる女ひとり、そしてターゲットがいた。
ボディーガードがジャケットの内側に手を入れるのが見え、私は素早く動いた。
男がジャケットから手を抜き出すよりも先に、男の手をジャケットの上から押さえ込み、空いている方の左肘を男のこめかみに叩き込む。男は白目を剥いて、その場に崩れ落ちた。
男の事を制圧した私は、逃げようとするターゲットを取り押さえる。
そこで予想外のことが起きた。スタンガン、だったと思う。
首筋に電流が走ったと思ったと同時に私の視界は暗転した。
『ターゲット逃亡』『屋上に向かっている』
そんな声で私は意識を取り戻した。
特別室を飛び出し、私は屋上へと向かうための階段を上がる。
すると、何か黒いものが視界の隅を横切った。
その方向へと目をやると、額を撃ち抜かれたターゲットだった。
屋上にいた人間が仕事を成功させたのだ。
私は頭の中で配置図を辿った。
ビルの屋上は『銀河』だった。
もちろん、本名ではない。コードネーム、
一緒に仕事を何度かしたことはあるが、姿は見たことのない人物だった。
男か、女なのかもわからない。
どうやら、今回は銀河に救われたようだ。
これで国分寺さんに怒られないで済む。
私はそんなことを考えながら、後片付けをするチームに連絡を入れた。
ビルの屋上は銀河 大隅 スミヲ @smee
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