第9話 平穏
——後日談
物資と若い娘を要求した『六道衆』達は、その指定した返答の日をあろうことかすっぽかした。
だが、それでも村人は連中を恐れ村の中にこもっていた。
なんにせよ不気味ではあったからだ。
しかし、その5日後、近くの街から『操術師』の傭兵の一団が派遣され、『六道衆』連中は『鋼骨塊』の残骸だけ残し消えたことを告げた。
そうして皆が頭に疑問を残しつつも、ひとまず平穏な日々に戻っていく。
その派遣された傭兵連中は俺と師匠のもとにもやってきた。
俺が『操術師』だから、という理由で色々聞かれたり、ガラ悪く問い詰められたりもしたが、全てシラを切る。
向こうにしても俺1人で六道衆の『鋼骨塊』全てを討ち取ったとは考えにくかったらしく、彼らは適当な結論を出して、村から切り上げた。
『六道衆』の『鋼骨塊』同士仲間割れがあってああなったという、あながち間違いでもない結論だ。
依頼主にもそれで通すらしい。
特別起こったことといえばその程度。
そして、村の中でも勘の良い奴は、俺が何かやったんじゃないかと薄々疑ってる風だったが何も証拠はなく、仮にその通りだったとしても恩人なわけで、うっすらそんな空気を滲ませたが、それでも1ヶ月も経てばあの事件は人々の口に上らなくなり、最初から何もなかったかの様に、誰も気にしなくなった。
誰も。
ただ1人、俺を除いて。
あいつらを切り刻み、ぶち殺した俺だけが奴等の死に様を目に焼き付け、記憶し続けていた。
◆◆◆◆
「なんか、諸行無常ってやつですかね……」
「どした、急に……」
夕暮れ時、小さなテーブルに向き合って座り、師匠と食事を取っていた。
硬いパンに、薄い塩味の効いたスープ。
雪の降り始める時期の食事として、ありふれた物。
「いや、1ヶ月前の話ですよ。『六道衆』連中が略奪しに来た時のこと。もう、誰も話題にしないなと思って……」
「……それは、そういうもんでしょ」
そう言ってゆっくりと木の匙で、スープを口に運んでいる。
「『六道衆』が攻めてきた。でも、村の住民には何も無かった。それより冬に備えなきゃいけないし、収穫も、食料の調達も進めなきゃいけない。村民にとっては、そちらの方が大事だ……」
でも、いや……俺は
「楽しかったな……」
不意にそんな言葉が口を突いた。
意識もせずに溢れた言葉は限りなく本音に近い。
そうして手持ち無沙汰に匙でスープをかき混ぜていると、師匠が何か警告する様な目で見つめてくる。
それに一瞥だけを返し、食事を続けた。
なんだろう。
彼等の様な争いと自分を切り離せない連中と命を賭け合うのはとても楽しい。
けれど、それをおかしいと思っている自分も確かにいる。
地上にいる時は常に、その二面性が頭にあり、心が粘土の様にグニュグニュと混ざり合っている。
何かこびりついてくる様なそれは、空にいる時は、そういった全てから切り離されて自由で。
だから……俺は、
——どうしたい?
俺はどうしたいんだ。
◆◆◆◆
それから1週間後、師匠は朝になっても起きてこなかった。
久しぶりの寝坊かと思いしばらく放っておき、昼前に流石に起こそうと思い、様子を見に行ったらベッドの中で冷たくなっていた。
夜中に眠ったままの、なんの感情も思考もない、無機物に似た顔。
元々医者に見せた時もなんでまだ動けるのか分からないとまで言われた。
いつこうなってもおかしく無いとは思っていたが……しかし、最後に平穏な生活を送り安らかに死ねたのなら悪くは無かっただろうと、俺は自分を納得させた。
でも、この村に居着いたのは師匠のためだ。
彼女の終の住処として気を使ったつもりだった。
◆◆◆◆
——雪が溶けて、春になった
清々しいくらいの陽気はどことなく俺を憂鬱にさせる。
かさつく湿気の無さと、骨に染みる冷たさの絶えたこの季節は、妙にあらゆる生き物の活気を感じさせて俺は好きになれない。
しかし、山には動物があちこちで跳ね回り、姿を見せるので、この時期は畑の手伝いより狩りの方がタスクの比重が大きくなり、自然、山で1人過ごす時間が長くなる。
その日も春の恵みをたらふく食べ、肥え太った鹿を一頭仕留め、それをソリで引きずり山を降りていた。
一歩一歩踏みしめ、草の短い獣道を通ってゆくと、いつかのように背の高い岩の上でアルカが待っていて、それから付き添って村への帰路を歩む。
「あのさ、ありがとね」
急な礼の言葉に意味が少し受け取れなかったが、少し考え思い至る。
数ヶ月前のあの事件のことだ。
「……なんのこと?」
だが誤魔化す。
「……秋口のさ、あの、村に物資とか人とか要求しに来た人達。あの人達どうにかしてくれたのって、ナガトお兄ちゃんだよね?」
最近、彼女の声が少し、しおらしいのが気になった。
「さあ……?」
俺はあくまでシラを切る。
何事にも建前は大事だ。
それに、村では既にあの事件のことを話さないのが暗黙の了解。
皆忘れたいのだろう。
だから、俺もそれとなくその流れに合わせた。
皆、あのことを一刻も早く忘れたい。
でも、俺は……
「あの、あのさ、なんか悩んでる?」
その言葉を聞いて、足を止めた。
全く、勘が鋭い。
「その、リョウコさんのこと?」
「……別に、それは違うな」
そう言って彼女の方に振り向き、視線を据えてアルカと目を合わせた。
妙に張り切ってる様な、全てを受け止めようとする様な、そんな目を見て俺は少し居心地が悪くなる。
「悩み……悩みか、悩んでるっていうか、ただ、漠然とし過ぎてて、なんとも言えねぇ感じかな」
「そう、そっか。その、私もさ、人の悩みとか分かりたいと思うからさ、その、話せる時でいいから話してよ。それとさ……」
少し間を置いて、アルカは最後に、決心した様子でこう言った。
「どこか、遠くに、遠くに行っちゃわないよね……?」
縋る様な、不安を隠さない声。
そんな彼女を前に、俺は何も答えられず、少し目を逸らした。
あの時から、脳に何かが燻り続けている。
(終)
シャッコウスズメが征く 空き巣薔薇 亮司(あきすばら りょうじ) @akisubara_ryoji
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