お姫様と向日葵
「さようなら」
「……自殺未遂、だそうです。大量の睡眠薬をお酒で流し込んだ形跡があったとか。でも、薬もお酒も量が多かったのか、効き目が出る前に全部吐いちゃったから一命は取り留めたらしいですけど……」
長々と続いた語りを、そこで少し区切る。
「……それで。容態が安定したって聞いてから、一度お見舞いに行ったんです。そこで何て言われたと思いますか?」
まるで吐き出すように、どす黒い感覚を覚えながら言う。
「『会いたくない』って、面会を拒絶されたんです。笑っちゃいますよね、こんなの」
白音先輩は何も言わず、ただ私の話を聞いていた。
「これまで散々見ないふりをしておきながら、全部終わってから駆けつけて。何がしたかったんでしょうかね、私は」
自嘲するように笑う。結局のところは嫌なだけなのだ。自分の殻をこじ開けてくれた、明るい場所へ連れて行ってくれた人がいじめられていた時に、私は何もしなかった。
そんな自分が、つくづく嫌になる。
助ける事ができたかは分からない。でも、支えになる事くらいはできたかもしれない。
「必要な時にそばにいてあげられなかった。手を伸ばすこともせずに、友達を見捨てたんです」
そう、そうだ。
だからずっと一人になっていた。もう誰も見捨てたくなかったから。
捨てたくないならば、捨てる物をはじめから持たなければ良い。
「私はそういう人間なんです。そういう奴なんです。だから先輩、お願いします」
まあ、つまり。何が言いたいかと言うと。
「先輩。私と、友達にならないでください。無関係な他人でいてください。少なくとも私はこの先、そのつもりでいますから」
深々と頭を下げる。
私は進みたいのだ。白音先輩と出会って、話して。かつて陽葵ちゃんがそうしてくれたように、何かを得られるようになった、中学生の私に戻ってしまったから。
そこから先に進んで、高校の私━━何も持っていない私にならないといけない。
でないと、私はまた。
誰かを見捨ててしまうから。
誰かを傷付けてしまうから。
「……それが、お前の言いたいことかよ」
「ええ、そうです。だからもう、私と関わらないでください。私に構わず、先輩は自分自身の人生を生きてください。私は大丈夫で」
「━━━━━うるせえよ」
低く鋭い声で先輩が言う。
「何が『見捨てる』だ。何が『傷付ける』だ。そうやって分かった風に言ってれば、さぞかし満足だろうよ」
「……何が言いたいんですか」
怒気を込めて先輩を見据え、静かに言う。見ると、先輩の手はまるで何かを我慢しているかのようにきつく握りこまれていた。
「なーにが傷付けるだ。関わりたくないのは、単に自分が傷付きたくないだけだろうがよ。そもそも、『見捨てる』だ?何様のつもりだよ、お前。たかが人間一人が、そんなに大きく人を変えられるわけねえだろうが」
「……先輩。それ以上は、私も怒りますよ」
「ああ、怒れ怒れ━━━━アタシだって怒ってんだよ」
震える声で、先輩は続けた。
「お前も、その陽葵とか言うやつも。他の誰かに助けを求めるべきだったんだよ。一人で勝手に全部抱え込んで、挙句の果てには背負いきれず潰れるなんておかしいだろうが!」
まるで堪えきれないかのように。火がついたかのように、激しく。
━━━━━━━━━それは、私に憤っているというよりも、誰か違う相手に怒っているようで。
「お前らは自分が潰れたら、ダメになったら悲しむ奴らがいるって事を自覚しろよ!他人を悲しませて、それがさも美学かのように語ってんじゃねえよ!」
「……黙って聞いてれば!」
バン、と机を叩いて無理やり言葉を割り込ませた。先輩が一瞬怯んだ隙に続けて言葉を差し込む。
「私だって……私だって、色々考えてたんですよ!その結果がこれで、陽葵ちゃんはああなって!じゃあ私はどうすれば良かったんですか!?」
普段は言わないような私の大声に驚いたのか、先輩はまだ黙ったままだった。
「そうです、そうでしょうよ!私は自分勝手に他人を悲しませましたよ!」
言っているうちに、自分でも何を言っているのかよく分からなくなってきた。
頭が熱い。
段々と口から出る言葉も語気が荒くなっていって。酷いことを言っている自覚も、理不尽な事を言われている自覚もあった。
ただそれでも、口は止まってくれなかった。
「でも、どうしようもないでしょう!?あんな状況で、陰気で気弱なただの中学生である私が何か出来たとでも言いたいんですか!?」
言ってから気付く。あまりにも身勝手な自分の姿に。あまりにも醜いこの心に。
結局のところ、私は。
「そうやって知ったふうな事を言っておけば、先輩はさぞかし満足でしょうね!どうせ他人で━━━━私の思いは分からないんですから!」
何もやらなかった自分を、それでも許して、受け入れて欲しかったのだ。
怠惰な自分のままで、誰かに認めて欲しかったのだ。
自分から離れようとして、それでいて、どこかで相手からのレスポンスを望んでいる。
━━━━━━━━━━なんて、浅ましい。
そして、熱くなった頭のまま。
茹だった脳は、言葉に歯止めを効かせることができなかった。
「━━━━━━━━━先輩はひとりなんだから……分からないんですよ!」
ぶちまける。
訳の分からない言葉を、訳の分からない頭で、訳の分からない感情のまま吐き出す。
「…………っ、」
すると先輩は、なぜか。とても傷付いたような顔をして。何か怒鳴り返してくるかと、予想していた反応とは違っていて。
だから、それ以上は何も言えなかった。
「…………もう、帰ります。お時間取らせてすみませんでした」
素っ気なく言って立ち上がる。玄関まで意識的に足音荒く歩き、ドアを開ける。
「それじゃあ、さようなら」
最後に振り返って、精一杯の皮肉を込めて。
乱暴にドアを閉めた。
出された水には、最後まで口をつけなかった。
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